私、王妃になります
ガタゴトガタゴト
私の名前はアフロディーテ、十七歳です。
祖国では知られていないが、この名前は遙か西方の国々で崇められている美の女神と同じ名前だそうだ。
名前を付けてくれたのは亡きお母様だと聞かされているけど、私はお母様のように綺麗ではないのでこの名前はあまり嬉しくない。
まあこの付近の国々ではほとんど知られていない女神様だから、知っている人はほとんどいないみたい。
「暑い・・・」
暑い理由はとても簡単で、着慣れない無駄にひらひらしたドレスと分厚いベールを被っているからだ。
ドレスを脱ぐ訳にはいかないので私はベールだけを取って座席に置いた。
人前ではベールを被っているようにと言われたけれど馬車の中にはうたた寝をしている侍女のフィリアが一人だけだし今くらいは良いだろう。
私はグランケルト王国から隣国の王妃とやらになるために国境を越えて今はコルト王国内を旅している。
周囲にはコルト王国の近衛騎士の皆様がピッカピカの鎧を着て護衛をしてくれている。
あとグランケルト王国から護衛騎士のハイデマンが一人だけ付いてきている。
このハイデマンとフィリアは恋人同士らしいが、何かとんでもないことをやってしまったらしく国内に居づらくなった為に私との同行を願い出たと噂で聞いた。
本人たちとは会話が成立したことが無いので詳しくは分からない。
貴族の子弟だと聞いているけど、いったい何をしたんでしょうか?
「退屈だな・・・」
馬車の窓を開けてはいけないと言われているので景色を眺めることも出来ないし、同乗している侍女は寝ているので話し相手にならない。
まあ、起きていても話し相手にはならないのだけど。
「嫌だな・・・」
今回のことはよく分かっておらずとても不安だ。
いつもなら私が何かするときはベルトお兄様がすぐに来てくれて、色々な助言がもらえるのだけど今回に限っては準備から出発までの一ヶ月の間、一度もお兄様は会いに来てはくれなかった。
秘密の連絡手段も試してはみたのだけど、お返事の手紙はこなかった。
お兄様もわたくしだけに構っていられないだろう事は分かっているつもりだけど、よく知らない人たちから命令されたり、その人達に準備を任せなければならなかったのでどうも不安なのだ。
「襲撃だ!」
突然の声とともに周囲に怒号と剣戟の音が響きわたる。
「なに、え、やだー!」
剣戟の音で目を覚ました侍女が騒ぎ立てたが、この馬車は近衛騎士に守られているのでなにも心配する必要はないはずだ。
ガタン!
急に馬車の扉が開き護衛騎士のハイデマンが現れて手を差し出した。
「もうダメだ、馬車から降りるんだ!」
護衛騎士はただオロオロしている姿を見て無理矢理に荷物でも担ぐようにして馬車から降ろし、馬に乗せてこの戦場から離脱していく。
「各個の判断で退却しろ!」
それを見た近衛騎士の号令が響く。
すると近衛騎士たちは馬車を放棄して逃げ去っていく。
御者も馬車から飛び降りて駆けていった。
最初の挨拶の時に近衛騎士はこの国の最精鋭だと豪語していたはずなのだけど・・・
「よし、予定通りアフロディーテ王女を確保しろ」
襲撃者の一人が空いている馬車の扉の前に立った。
「・・・やられた!」
襲撃者は私を見て落胆している。
「隊長、おそらく先ほど逃げた侍女がアフロディーテ王女です」
「なんだと!」
隊長と呼ばれていた男が駆け寄って馬車の中を見て怒りの表情を浮かべた。
「くそっ!アフロディーテ王女がこんな不美人であるはずが無い。おそらく侍女と服を取り替えたのだろう。おい、全員馬に乗れ。先ほどの侍女服の女を追うぞ」
襲撃者の隊長は手短に指示を出して自らも馬にまたがる。
「隊長、この女はどうします」
未だ扉の前に立っていた襲撃者が隊長に問いかけた。
「放っておけ、今はアフロディーテ王女の確保が最優先だ」
「了解です隊長」
そして私以外は誰もいなくなった。
そう誰もいない、戦闘があったはずなのに死体どころか怪我人もここにはいなかった。
「・・・・・どうしましょうか?」
私、グランケルト王国第三王女アフロディーテ・グランケルトはなにも無い草原にただ一人で取り残されてしまった。
ところで、コルト王国の近衛騎士や護衛騎士、さらには私を攫いにきたはずの襲撃者たちにまで放置されたのはなぜでしょうか・・・