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うちの執事(セバスチャン)が無能すぎる2  作者: 原雷火
甘い宝石は罠の味ですわね
8/11

これは緊急の措置ですわよ

レーヌ川沿いの歩道を歩きながら、わたくしはセバスチャンに訊いてみましたの。


「どうして怪盗紳士が次に狙うお店を断言できたのかしら?」


セバスチャンは足を止めると、川面に視線を向けて言いましたわ。


「宝石を盗まれたという、ドヴァン、アルディーニ、メレーリオが同じ保険に加入しているからです。保険はとある宝石好きな大貴族の所有する保険会社のもので、補償も一流ですが保険料も超一流。そして、同じ保険にカルティナが加入しています。あとめぼしい宝飾品店といえばヴィオーラもでしょうか……」


わたくしもゆらりと流れるレーヌのほとりに立ってセバスチャンに並びましたの。転落防止の柵が邪魔で、川面が見えませんけれど。


ちょっと背伸びしながらセバスチャンの顔を見上げましたわ。


「どうして候補が二つあるのにカルティナなんですの?」


そっと目を伏せて思い詰めた顔になると、セバスチャンは吐息混じりに続けましたわ。


「実は……」


「実は……なんですの? もったいぶらないでほしいですわね」


ゆっくりまぶたを開いて露わになったラピスラズリ色の瞳で、じっとわたくしの顔をのぞき込んでからセバスチャンは笑顔で一言告げましたわ。


「どちらでも良かったのです。先に思いついた方の店名を警部殿に教えただけですから」


適当ですわね! けどセバスチャンらしくてホッとしましたわ。


「本日は宝石に縁があるようですし、ここは一つお嬢様も買い求めてみてはいかがですか?」


「美しいものは好きですけれど、所有するならティーセットの方がいいですわね」


セバスチャンは膝を折ってわたくしの耳元にそっと唇を寄せると、囁くように言いましたの。


「そんなお嬢様にぴったりのものがあるんです」


「きゃっ!」


吐息混じりの声に背中がゾクっとなってしまいましたわ。


わたくしはセバスチャンから半歩逃げつつ、にらみつけましたの。


「いきなりなにをしますの!?」


「耳よりな情報ですから、耳に寄ってお耳に入れた次第ですお嬢様」


「普通に言えばいいのに……もう、びっくりしてしまいましたわ。それに言った通りですけれど、宝石を買うお金なんてありませんわよ? それとも……わ、わたくしにプレゼントしてくださる……とか……」


わ、わわわわたくしったらなにを言ってるのかしら? セバスチャンから宝石を贈られるなんて、あり得ませんわ。


「ええ。そうですね。本日は日頃の感謝を込めて、私からお嬢様にプレゼントいたします。さあ、こちらへ」


どどどどどうしましょう!? セバスチャンと言えども殿方には違いありませんし、宝石を贈られるなんて、それはその……プロポーズと間違われかねませんのに。


わたくしはそんな勘違いはしませんけれど……ですけれども!?


棒立ちなわたくしを置き去りにして、セバスチャンはスタスタとサントレノ通りに戻って行ってしまいましたわ。


「お、お待ちなさい! ああもう! 待ってちょうだい!」


背が高くて歩幅も大きなセバスチャンの背中を追って、わたくしはつい、駆け出してしまいましたわ。


呼吸が荒くなって胸がドキドキ……きっと走っているからですわよね?



赤、青、黄色に緑や紫。色とりどりの結晶がショーケースに並ぶそのお店は……菓子店でしたわ。


セバスチャンがわたくしを案内したのは、サントレノ通りの端にある高級菓子の専門店でしたの。


「さあお嬢様。宝石のように美しい糖蜜の結晶……こちらがサントレノの新しい名物にして食べる芸術品の『宝石糖』にございます」


カラフルな砂糖菓子は、どれも宝石みたいにキラキラしていて綺麗ですわ。形も宝石を模していて精巧なのに、お値段はセバスチャンがわたくしにプレゼントしても大丈夫なくらいですのね。


胸のドキドキが収まったのはいいのだけれど、なぜだかちょっぴり、がっかりしている自分がいるのが不思議。


「お嬢様、こちらに試食がありますね。まずは私が先に毒味をいたしましょう」


お店の方がいるのに毒味だなんて失礼ですわ。ああもう、食べ物が絡むと途端にこれですもの。


セバスチャンはオレンジ色の欠片を口に含んで、嬉しそうに目を細めましたわ。それから瞳をキラキラさせて子供みたいな表情で言いますの。


「ほのかにオレンジの風味がして、これは絶品です。そのまま食べても良いのですが、紅茶に溶かしてもきっと美味しいでしょうね」


宝石糖は色ごとに味も違うようですのね。紅茶に入れたら同じ茶葉でもいろいろな風味をつけて楽しめる……あら、良いかもしれませんわ。


「さあ、お嬢様もお一つ……あーんなさってください」


餌付けでもするみたいに、セバスチャンはわたくしの口元にオレンジ色の宝石糖をスッと運んできましたの。他の客やお店の人がいるというのに、は、恥ずかしいですわ。


けど、あまりこのまま固まっていても注目を集めてしまいそうだし、これは緊急の措置ですわよ。


「あ、あーん……」


口の中に入った宝石糖はサラサラとほどけるように溶けて、甘く広がっていきましたわ。そして柑橘の爽やかな後味を残してあっという間に消えてしまいましたの。


さすがサントレノ通りの高級菓子店ですわね。


造形もさることながら、なんて……なんて美味しいのかしら!!


「お嬢様。ちょうど新しいシュガーポットにぴったりではありませんか?」


「これは幸運な巡り合わせね」


「では、日頃の感謝を込めて、わたくしが選んで差し上げましょう。この青い宝石糖はいかがですか?」


「綺麗ですけれど、わたくしはオレンジが気に入りましたわ。青だと紅茶に入れた時に色が変わってしまいそうですし……これとこれとこれを、それからこちらの色を少量ずつ包んでいただけるかしら?」


赤や白にオレンジといった、紅茶に入れても目立たない色の宝石糖を選ぶわたくしに、セバスチャンは「あっ……はい、ではそういたしましょう」と、少しだけ残念そうに眉尻を下げましたの。


あら? セバスチャンったら青が好きなのかしら? けれど必要ありませんわ。今回はわたくしへのプレゼントなのですし、わたくし好みのチョイスをするのが道理というものでしょう?


宝石糖の青も綺麗だけれど、どうしたってかないませんし。


あなた自身には覚えは無いかもしれませんけれど、何よりも美しい青い宝石を、わたくしはあなたの顔を見るたびに堪能できるのだから。



それからサントレノ通りのカフェで昼食を摂って、またしばらく陶器や服を見てから、わたくしたちはメゾネットに戻りましたわ。


夕方から夜にかけて、これといって普段となにも変わりませんけれど、新しくなったシュガーポットと、それを満たす宝石糖の入った夕食後の紅茶は、少しだけ多く幸せを増やしてくれましたわね。


疲れてしまったのかセバスチャンったら、一時間も早く床についてしまって……わたくしも紅茶を飲んでしばらく、いつもならもっと遅くならないと出ないあくびが出てしまいましたの。


今日は日中、歩きっぱなしでしたし、頭の中も綿菓子のようにふわふわとしてきたから、今晩は早めに就寝することにしましたわ。


そして翌朝――


朝刊が届くよりも早く、メゾネットの玄関チャイムが鳴りましたの。当然、執事はぐっすり寝ているものですから、わたくしが朝食の準備を中断して、エプロンを外し来客の応対に出ると……。


玄関の外には髭のオジサマ警部と、制服警備隊員がずらっと並んでいましたわ。


オジサマ――ドミニク警部は手帖の紋章をちらつかせて「少々よろしいですかなマドモアゼル?」と、真剣な眼差しで言いましたの。


「あら、いったい何事ですの?」


「朝早くから申し訳ない。執事殿は在宅だろうか?」


「ええ、まだぐっすり寝ていますけれど……そういえば、わたくし名乗りもしませんでしたのにどうしてここに住んでいるとわかったのかしら?」


警部は小さくせき払いをしてから「特捜班の捜査能力をもってすれば、突き止めるくらいは簡単なのだよ」と鼻息も荒く言いましたわ。


「そうですの。住所を調べてまでわが家の執事に、いったい何のご用件かしら?」


「落ち着いて訊いて欲しい。実は……届いたのだ。昨晩未明、サントレノ通りにある宝飾品店のカルティナに……怪盗紳士がついに予告状を出したのだよ!」


興奮気味にドミニク警部は言いましたけれど、昨日の今日で予告状だなんて、とんでもない偶然ですわね。


「もしかしてセバスチャンをお疑いですの?」


セバスチャンみたいなお寝坊さん限って、怪盗紳士だなんてありえませんわ。夜になればすぐに寝てしまうのに、どうして怪盗なんてできるのかしら?


それに抜けているところもあれば、どことなく頼りない時もありますけれど、セバスチャンは悪い事をするような人間ではありませんもの。


警部は髭を撫でながら首をゆっくり左右に振りましたわ。


「いやいやマドモアゼル。疑うだなんてとんでもない。執事殿の慧眼すいがんに感服したのだよ。このようなタイミングで、しかも怪盗紳士が今までにはない予告状を出してきたことは確かに気になるが、ともあれこれは好機! ぜひ執事殿に捜査協力を願いたいと、こうしてはせ参じた次第なのだ」


困りましたわ。相談しようにもセバスチャンはまだパジャマ姿にナイトキャップをかぶって、お気に入りのクマちゃんとすやすやタイムですし……。


「これはこれは警部殿。このような朝早くからご苦労様です」


突然、わたくしの背後から声がして振り返ると、そこにはきちんと身なりを整えたセバスチャンが立っていましたわ。


普段なら「あと五分、いえ三分でいいのでまぶたを閉じさせてください」と、あれほど起床することに抵抗しますのに……。


わたくしを背に庇うように前に出て、セバスチャンはドミニク警部に向かい合いました。


「あまり鼻息荒くお嬢様を脅さないでいただきたい」


「私はこうしてお願いに来ただけだ。脅してなどいないさ」


二人はどことなく渇いたような笑顔を浮かべましたわ。


「では参りましょうかお嬢様」


「え……ええ!? こんなに朝早くからセバスチャンが出かけるだなんて、明日は大雪でも降るかもしれませんわね」


「ご冗談を。さあ準備をいたしましょう。こういった経験はなかなかできないものですよお嬢様」


ほどなくして警備隊の迎えの馬車がやってきましたわ。


それにしても捜査協力だなんて、本当にセバスチャンにできるのかしら?

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