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うちの執事(セバスチャン)が無能すぎる2  作者: 原雷火
甘い宝石は罠の味ですわね
7/11

今のはセバスチャンを試していたのですわ

後ろ手に手首をひねり上げられたまま、セバスチャンは眉一つ動かさずにわたくしに訴えましたの。


「イタイイタイイタイイタイ。お嬢様、これは国家権力の横暴です。私が無実であることに加えて、お嬢様にお仕えする有能な執事であることを証言してください。このままでは逮捕拘禁のうえに、してもいない罪をかぶせられてしまいかねません。そうなれば、いったい誰がお嬢様のお世話をするというのですか?」


恥ずかしげも無くシレッと言わないでほしいですわね。お世話をしているのはもっぱら、わたくしの方なのですし。


一年間の息災を待たずして、お目付役のセバスチャンがいなくなるのは一人暮らしのチャンスですけれど、お父様との約束をきちんと果たしてこそ勝ち取れる権利ですものね。


わたくしはオジサマに言ってやりましたの。


「わが家の執事を拘束する以上は、犯罪の証拠をお持ちですのよね?」


オジサマは目を白黒させてから、そっとセバスチャンのいましめを解きましたわ。


「おっと……これは失礼したマドモアゼル。私は王立警備隊特別捜査班の主任警部ドミニクというものだ」


トレンチコートの胸ポケットから紋章入りの手帖を取り出して、オジサマ――ドミニク警部は言うのですけれど、頭を下げる相手が違いましてよ。


「わたくしではなく、謝罪ならセバスチャンにするのが筋というものですわ」


ドミニク警部はセバスチャンに向き直ると、ゆっくりとお辞儀をしましたわ。


「申し訳ない。あまりに目撃証言と身なりや背格好が一致していたために、つい手が出てしまった」


セバスチャンは手首をさすりながら「本当に失礼ですね。しかし、通りすがりの野次馬一般人と、その怪盗紳士なる人物はそんなに似ているのでしょうか?」と、涼しい顔で警部に告げましたわ。


警部は頭を上げてせき払いを一つ。


「オホン……実は我々特捜班もすっかりお手上げ状態なもので、猫の手も借りたいくらいなのだよ。怪盗紳士について判っていることといえば、それこそ君のような背格好の男だということくらい。長身に黒髪という宿直の店員らの証言しかなくてね」


あごひげを撫でながら警部は困り顔で言いましたの。


怪盗紳士……なんだか、ちょっぴり楽しそうですわね。わたくし、つい訊いてしまいましたわ。


「怪盗なのに紳士というのは、いったいどういうことですの? 泥棒は泥棒ですわよね?」


警部は周囲をぐるっと見回しましたわ。セバスチャンが取り押さえられた時に湧いた野次馬も、警部の勘違いとわかってしらけたみたいで、方々に散っていってしまいましたわね。


わたくしたちだけが残ったところで、ドミニク警部は言いましたわ。


「怪盗紳士はこのサントレノ通りに店を構える一流宝飾品店ばかりを狙う宝石専門の怪盗なのだよ」


それは大事件ですわね。わたくし、つい探偵小説好きの血が騒いでしまいそうですわ。


「ばかり、ということは、こちらのお店の他にも被害を受けたお店がありますの?」


「察しが良いですなマドモアゼル。この店……メレーリオで三軒目で、つい先週はこの通りの先にある宝飾品店のドヴァン。その前は同じく宝飾品店のアルディーニと、次々に被害が出ているのだよ」


手帖を開いてびっしりと書かれたメモを確認しながら、ドミニク警部はお腹を空かせた犬みたいに唸りましたの。


「そんな大事件にしては、新聞にニュースが載りませんのね?」


執事を起こすための武器という情けない理由ですけれど、おかげで毎朝新聞のチェックは欠かしませんわ。けど、この数週間の事なら目についてもおかしくない事件ですのに……妙ですわね。


ドミニク警部はますます困ったみたいに、眉尻を下げましたわ。


「被害を受けた店側からの申し出で、大がかりな捜査に踏み切れないのだよ。幸い、被害に遭った店はどこも保険に加入していて、多少なりとも補填はできたようだが……」


わたくしがセバスチャンに目配せすると、セバスチャンは小さく頷きましたわ。


「貴族街の宝飾品店ですから、高額な保険料を払っていてもおかしくはありません。お嬢様の健やかなる日常を保証する保険でありところの、私が言うのですから間違いありません」


後半の余計な一言はともかく、高級店ひしめくサントレノ通りに店を構えるとなると、保険も欠かせないということですのね。


ドミニク警部の眉が片方だけピンと上がりましたわ。


その目が一瞬だけ、狼みたいに鋭くセバスチャンを射貫きましたの。


「ほほぅ……執事殿はずいぶん博識なご様子ですな」


「お嬢様にお仕えするのであれば、それくらいのことは知っていて当然ですから」


柳のような物腰でするりと追及をかわしながら、セバスチャンは目を細めましたわ。


それにしても、どうして怪盗紳士なのかしら?


「ドミニク警部にうかがいたいのだけれど、怪盗紳士というからには、なにか犯行に特徴でもありますの? 聞いた限りでは宝石を狙う連続窃盗犯ですし」


警部は胸をエッヘンと張りましたわ。


「よくぞ訊いてくれた。実は怪盗紳士の名付け親はこの私なのだよ」


「あら? 特捜班の警部には犯罪者の名前を決めるというお仕事もありますのね」


「ええそうですとも。格好良い方が捕まえたときに箔が付くでしょう。まあ命名する以上は、責任を持って犯人を検挙する。それが私の使命にして義務だからね」


その割に、うちのセバスチャンを誤認逮捕しかけるなんて、なんだかいい加減な気がしますわ。


セバスチャンが目を細めて、わたくしに一言。


「どうやら私の紳士然とした振舞いに、警部殿は惑わされてしまったようですねお嬢様」


「自分で口にして誇るのは、あまり紳士らしい行いではありませんわよ」


紳士とはもっと優雅で、気品と教養を兼ね備えた男性のことを言いますのよ。


セバスチャンときたら執事の仕事以外では妙なところで博識ですけれど、紳士と言うには食いしん坊すぎますし、うっかりお皿やガラスポットを割る癖は、優雅さにほど遠いですわ。


ということは、怪盗は優雅なのかしら?


「あら? ということは、その怪盗は気品があるといいますの? それとも人を魅了するような優雅さの持ち主かしら?」


わたくしがぽつりと呟くと、警部はうんうんと二回ほど首を縦に振りましたわ。


「ええ、その通りだともマドモアゼル。まず、怪盗紳士が現れるのはきまって深夜。静かな影のように忍び寄り、どのような厳重な施錠も破壊せずに店に侵入する。その店が誇る一番の宝石以外には一切手をつけない。警備の人間や店の者に目撃されても、相手を傷つけることなく逃走する。その姿はシルクハットにタキシード……先ほどは彼の執事服に、つい我を忘れてしまってね。いや申し訳ない」


鼻息をフンスと吐き出しながら警部は言いまましたわ。たしかに人に危害を加えれば怪盗ではなく強盗ですものね。


傷つけず壊さずとは、紳士の振るまいらしくもありますし、加えて身なりまで紳士らしいだなんて……盗みを働くのに目立ってしまいそうですけれど……。


「今回はこのメレーリオの秘蔵品『星屑の涙』が消えたのだが……ええい、怪盗紳士め!」

わたくし、わかってしまいましたわ。


「犯人はきっと優秀な錠前師ですわね」


ビシッと警部の顔を指さしたら、警部から溜息が返ってきましたわ。


「ハァ……その線はすでに当たって成果無しなのだよマドモアゼル」


これは手強いですわね。つい、その場で腕組みしてうーんと唸ってしまいましたわ。


するとセバスチャンが自分の顔を指さして、こう言いましたの。


「あの、お嬢様。そもそもどうして私はいきなり警部殿に捕縛されたんでしょう。考えてみると納得がいきません」


「それはあなたが自称する紳士然とした雰囲気に、警部が惑わされたからということではありませんの? 先ほど自分で言ったことを、もう忘れてしまったのかしら?」


セバスチャンは首を傾げて「はて、そうでしたか」と惚けていますけれど、その間もずっと自分の顔を指さして……顔? そうですわ! 目撃者がいるのに人相の話が出ないだなんて、いったいどういうことかしら?


「ドミニク警部にうかがいますわ。怪盗紳士は目撃されていますのよね? なのに、どうして顔の話が出ませんの? セバスチャンを押さえつけた理由も、背格好が目撃者の証言に似ているからというけれど、顔が似ているかどうかを気にするのが先ではありませんこと?」


ドミニク警部ったら「おお! そういえば忘れていた」と、大きな声を出しましたの。


「そうそうマドモアゼル。言い忘れていたよ。その目撃証言なんだが、どうもあやふやでね。犯人の顔について、目撃者は判で押したように『暗くてよく見えない』と先置きしてから『笑っていた』だの『泣いていた』だの『怒っていた』だの、なぜか表情のことばかり証言が出てくるのだよ。捜査は混乱する一方だ」


怪盗紳士は笑いながら犯罪行為に及んだのかしら?


けれど泣いていたり、怒っていたりもするだなんて、感情の起伏がずいぶんと激しいですわね。


セバスチャンは涼しい顔でわたくしに言いましたの。


「お嬢様、まさか情緒不安定な怪盗とは思っていませんよね?」


「え? ち、違いますの?」


「お嬢様は大変頭の良い方ですが、ごく希に見当違いな方向に思考が飛んでいってしまいます。柔軟でユニークな発想力とは思いますが……その、そもそも犯罪をしようという者が顔をさらすでしょうか?」


言われて首より上が一気に熱くなりましたわ。顔から火が出るとはこのことですわね。


「い、今のはセバスチャンを試していたのですわ。と、ととと当然気づいていましてよ。怪盗と言わず犯罪に手を染める者は顔を隠すものですわ」


「これは失礼いたしましたお嬢様。余計なことを申し上げました」


恭しく一礼するセバスチャンが、ちょっぴり憎らしいですわね。


恥ずかしいですけれど、改めてわたくしは警部に言いましたわ。


「犯人は仮面をかぶっていましたの。そして……きっと三人いるのですわ。笑った仮面と泣いた仮面と怒った仮面の三人組でしてよ!」


あ、あら? 警部ったら額のあたりを押さえるような仕草ですけれど、わたくしの名推理に声も出ないのかしら?


「マドモアゼル。確かに仮面ということは私も考えたが、三人いるというのは飛躍しすぎではなかろうか。恐らく我々特捜班を混乱させるために、三つの仮面を使い分けているのではないかというのが私の見解だ」


「そ、それくらい気づきましてよ。ただ、警部と同じことを言っても仕方ないでしょう? わざと突飛な意見を出しただけですわ」


ああ、わたくしったら探偵は向いていないのかもしれませんわね。このままレーヌ川に飛び込んでしまいたい気分ですわ。そのまま流れ出て海の泡となって消えてしまいたい。


そんなわたくしをセバスチャンは引き留めるように言いますの。


「おお、流石お嬢様。常識に囚われない自由な発想です。しかし自由と言えば警部もずいぶんと自由に捜査をなさるんですね」


言われてみればそうですわね。


犯行のあった店内は、今も制服の王立警備隊員が現場検証の真っ最中ですのに、陣頭指揮を取るべき人物が一般市民とおしゃべりに興じている場合ではありませんわよね。


それにこの警部、とってもおしゃべりですわ。


「ところでドミニク警部。捜査情報をわたくしたちのような一般人に教えてしまって、問題はありませんの? 被害を受けたお店が口止めまでしていますのに」


警部は「おおっ! しまった!」と、わざとらしく言いましたわ。


「それはその通りだがねマドモアゼル。そう! 君のような才女の自由な発想に耳を傾けでもしなければ、あの怪盗紳士の影を踏むことさえもできないと考えたのだよ」


セバスチャンが「お嬢様の聡明さは一目で誰にもわかります。警部殿が頼りたくなるのも仕方の無いことです」と、胸を張って言いましたの。


羞恥心で死んでしまいそう。なんて意地悪なのかしら。


早々にこの場を立ち去りたい気分ですわ。怪盗紳士の事は気になりますけど、このままだとまた、余計なことを言ってしまいそうですし。


「これ以上、捜査のお邪魔をしては悪いですし、そろそろ行きますわよセバスチャン」


セバスチャンが「はい、お嬢様。まだ昼食には早いですから、他の店も見て回りましょう」と、小さく礼をしましたわ。


探偵ごっこにはこりごりですわね。


そう思った矢先、セバスチャンがドミニク警部に向き直って、ぽつりと呟きましたの。


「しかしあの事に気づかないだなんて、警部殿もまだまだですね。では、失礼します」


すかさず警部が声をあげましたわ。


「ちょっと待った! どういうことかね執事殿?」


「どうと言われましても、そもそも基本的なところがなっていませんよ。犯人は仮に紳士かもしれませんが、怪盗を名乗らせるのはいかがなものかと。まあ犯罪者に紳士と名付けること自体、私はあまりよろしくないと思うのですが」


怪盗紳士の名付け親にセバスチャンはチクリと言いましたけれど、怪盗を名乗らせられないとはいったいどういうことかしら?


「結論を言ってくれたまえ。いったい怪盗紳士のなにが不満だというのだね?」


セバスチャンは目を見開いて警部を見据えてから、静かな口振りで告げましたわ。


「いいですか警部。本物の怪盗というのは予告状を出すものです。目撃者はいるようですが、正確な情報が警部に伝わっていないということはつまり、このメレーリオも他の二件にも、事件前に警備隊員が配備されていなかったのではありませんか?」


「ぬぅ……その通りだ」


「もし怪盗が予告状を出していれば、警備は厳重だったはずです。ということは怪盗は予告状など出していないというわけですから、私からすればそのようなやからは、ただのこそ泥であって怪盗ではありません」


こじつけのようにも思えましたけど、言われてみればセバスチャンの言うことももっともかもしれませんわね。


探偵小説に登場する怪盗といえば予告状がつきものですわ。


そんな厳重な警備をかいくぐって宝石を盗み出すからこそ、怪盗なのですもの。


ドミニク警部ったら、反論できないみたいで悔しそうなしかめっ面になってしまいましたわね。


セバスチャンの言っていることは、少々へりくつっぽいですし。だけど明確な反論もできないというのは、きっと警部には面白くないでしょうね。


「と、ところで執事殿はどう思うかね。次にもし怪盗紳士が狙うとすれば……」


警部の視線はわたくしではなく、ずっとセバスチャンを見つめっぱなしですわ。


セバスチャンは目を細めて小さく口元を緩めましたの。まるで悪巧みでも考えているみたいな顔ですわね。


「次は恐らく、同じくこの通りにある宝飾品店のカルティナでしょうね。では、そろそろ参りましょうかお嬢様。この調子ですとメレーリオのカフェも休業かもしれませんし、他に良いカフェを探すついでにウインドウショッピングなどに興じては?」


「え、ええ……ちょ、ちょっとセバスチャンったらそんな適当なことを言って良いのかしら? 次に怪盗紳士が狙う店の名前だなんて、警部が真に受けてしまいませんこと?」


小声でセバスチャンに返しましたけれど、セバスチャンはなにも言いませんでしたわ。


そしてドミニク警部はというと、中折帽子を目深にかぶり直して、なにやらブツブツと呟き始めましたの。


呼び止められる気配もありませんし、わたくしとセバスチャンは犯行現場となったメレーリオ宝飾品店の前からそろーりそろりと離れましたわ。


それにしても、どうしてセバスチャンったら、あんなにスッと次に狙われる店の名前があげられたのかしら?

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