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うちの執事(セバスチャン)が無能すぎる2  作者: 原雷火
チェスは乙女のたしなみですわ
3/11

これは困った事になってしまいましたわ

土曜日の朝――


朝が弱いと言ってなかなか起きないセバスチャンをなんとか起こして、支度を調えると、わたくしたちは馬車に揺られて貴族の館に向かいましたわ。


行きの車中でセバスチャンがわたくしに言いましたの。


「ところでお嬢様が優勝なさることは間違いないかと存じ上げますが、賞金の使い道についてはいかがいたしましょう?」


キリリと眉を上げるセバスチャンですけれど、もう勝ったつもりでいるだなんて気が早いですわね。当然、そのつもりですけれど。


わたくしは笑顔で告げましたわ。


「ヘレントのティーカップセットの購入資金に充てようかと思いますの。まだ新しい窯元ですけれど、品物は確かですわ。白地に緑のラインが上品で、淡いピンクの薔薇の絵があしらわれていて……あのカップで飲む紅茶はきっと、普段とは違う味がしますわ」


セバスチャンが眉尻を下げた。


「ティーカップでお嬢様の淹れる紅茶の味は変わりません。常に最高です。そこで私から提案なのですが、ここは一つパルミリア産の超高級限定生ハム骨付き原木の購入などいかがでしょうか?」


先日、買い出しの時に加工肉を扱う店で、試食したセバスチャンを石像に変えてしまった魔性のお肉ですわね。


「確かに良い品ですけれど、持て余してしまいますわ」


セバスチャンはラピスラズリの瞳を神秘的に輝かせた。深い海のような色合いに、吸い込まれてしまいそう。


「お嬢様……私は生ハムを骨付きで一本まるごと食べるのが、幼い頃よりの夢なのです」

ハッと我に返って、わたくしの口から自然と溜息が漏れましたの。


「塩分の取り過ぎで死んでしまいますわよ? ともかく、生ハムをまるごと買うことはありませんわ」


セバスチャンは小さく肩を落として「それは残念です」と呟きましたわ。もし、買ってあげたら喜ぶのかしら?


「そのうち、自分でお金を稼げるようになったら……か、考えてあげますわ」


するとセバスチャンの顔がぱああっと明るくなりましたの。


「なんとお優しい。私はお嬢様に御使いできることを心より誇りに思います」


自分の胸に手を当てて、そっと会釈をするセバスチャン。本当に食べ物の誘惑に弱いですわね。間違って誰かに「美味しいモノを買ってあげるよ」と、言われてひょいひょいついていってしまわないか、ちょっぴり心配ですわ。


窓の外をちらりと見ると、王都を縦断するレーヌ川にさしかかりましたわ。陽光がキラキラして、なんだかとても綺麗ですわね。


橋を渡った先に、目的の貴族のお屋敷があるみたい。

馬車が渡りきると、思い出したようにセバスチャンがわたくしに言いましたの。


「ところで、お嬢様ほどのチェスの腕前でしたら、賭けチェスなどをなされば大金を手にすることも容易いのではありませんか?」


わたくしは驚いて目をまん丸くさせてしまいましたわ。


「なにを言っているのかしら? 賭けチェスは王都の法律で禁じられていますわよ。今回のように主催者が出す賞金とはわけが違いますもの」


セバスチャンは「これは失礼いたしました。私の勉強不足です」と、小さく頭を垂れましたの。


執事なら法律に関する知識だって、人並み以上にあっても良さそうですのに……わたくしの執事なのですから、セバスチャンにはもう少しがんばってほしいですわね。





すぐに馬車は会場に到着しましたわ。


今回の大会を催した貴族――ウィリアム・ゴドウィンの館。


実家のお屋敷ほどではありませんけれど、なかなかに豪奢な門構えですわね。


先に客車を降りると、セバスチャンはわたくしをエスコートするように手を差し伸べましたの。


「お足元にお気を付けください」


「ええ、わかっていますわ」


時々ですけれど、きちんと執事らしく振る舞うものだから、いくら駄目な執事でもセバスチャンを解雇はできませんのよね。


馬車を降りて門前の番兵にセバスチャンが招待状を見せると、わたくしたちは中庭に通されましたわ。


そのまま邸内のロビーに踏み込むと、わたくしたちよりも早くに集まった参加者の人いきれで、息苦しいくらい。


不思議と参加者は……日焼けした肌の運河人のような出で立ちから、職人のような方もいれば学士のような雰囲気の殿方まで、統一感がありませんけれど……みんな一様に若い男性ばかりですわ。


わたくしは背伸びをすると、そっとセバスチャンに耳打ちしましたの。


「いったいどうなっていまして? わたくし場違いではありませんこと?」


セバスチャンはにっこりと目を細めた。


「参加資格は二十歳までの男女ということですが、今日はたまたま女性の参加者はお嬢様だけのようですね」


こういった大会は貴族が集まって行う“お遊び”と思っていましたのに、なんだか参加者の誰も彼も目が血走っていますわ。


つまり真剣勝負ということですのね! けれど、一日でこんなにたくさんの殿方の相手をしてさしあげられるかしら?


「諸君、よくあつまってくれた」


不意に声が上から聞こえて見上げると、玄関ホールの中央階段の踊り場に、白髪交じりの老紳士が姿を現しましたわ。白髪にモノクルをしていて、口には立派に整えられたおひげを生やしていますわね。しゃがれた声の主はこの方ですわ。


「ワシが今回のチェス大会を主催したウィリアム・ゴドウィンじゃ。参加を歓迎するぞ。今日は職業も身分も関係なく、存分に力を競い合おうではないか!」


あら、ずいぶんと開明的ですのね。王都の貴族というのは進んでいると耳にしていましたけれど、チェス盤を挟んで対峙すれば貴族も平民も無い……ということかしら?


ウィリアムの隣に背の高い若い男が控えていますわね。


金髪碧眼で色白の好青年ですわ。甘いマスクですけれど、ウィリアムのお孫さんかしら?


ちょうどわたくしの視線が好青年に向いたところで、ウィリアムは言いましたの。


「そうそう……今回はこのジュリアン・ビソンにオブザーバーを務めてもらう。ジュリアンは王国主催の大会で上位に名を連ねる打ち手じゃ。その異名は“千里眼”でな……相手の数十手先も見通す目をもっておる」


プロの棋士さまでいらっしゃいましたのね。貴族が指南役に迎え入れるというのも、以前にお父様が話していましたし、ウィリアムはよっぽどチェスがお好きみたい。


なんだか楽しい大会になりそうですわ。


と、思いましたのに……突然、セバスチャンが人混みをかき分けて、中央階段の下までセバスチャンが歩み出てこう言いましたの。


「こちらのジュリアン様を倒せば名実ともにお嬢様こそが、この場の誰よりも強いということが証明できますね。ウィリアム様に挑戦を申し込みたく存じ上げます! 我がお嬢様が!」


あ、ああ、ああああああ!


なにを勝手に話を進めていますの! わたくしも釣られるように前に出てしまいましたわ。


「セバスチャンなんてことをいいますの! わたくしたちは参加させていただいている身でしてよ?」


セバスチャンはケロッとした顔で首を傾げましたわ。


「おや……お嬢様は自信が無いとおっしゃるのですか? 地方領主のお父上に仕込まれた棋力をあれほど自慢していらっしゃったではありませんか」


うう、言い返せませんわね。


「そ、それはあくまでアマチュアのレベルの話でしてよ!」


ああもうバカバカバカ! セバスチャンの駄執事! 顔から火が出てしまいそうですわ。

すると、上からしゃがれた声がクモの糸みたいにスッと降りてきましたの。


「ほほぅ……地方領主の……風の噂でめっぽう強い御仁がいると耳にしたが……おっと、名乗らんでも良いぞ。ここにあっては貴族も地方領主の娘も平民も無いのじゃ。してお嬢さんや……さすがにジュリアンが相手では荷が重かろう。ここは一つ余興として、ワシと打ってはみぬか?」


立派に蓄えたおひげを指でつまむウィリアムに、わたくしが返答しかねていると……


「いいでしょう! さあお嬢様! 存分に叩きのめして差し上げましょう!」


セバスチャンがビシッとウィリアムの顔を指さして宣言してしまいましたわ。


これでは後に引けませんわね。自分はチェスがからきしですのに、どうしてそんなに自信満々なのかしら?


これは困った事になってしまいましたわ。

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