表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うちの執事(セバスチャン)が無能すぎる2  作者: 原雷火
チェスは乙女のたしなみですわ
2/11

わたくしが手ほどきをしてさしあげますわ

ある日の昼下がり――


食事を済ませたところで、セバスチャンがチェス盤を持ち出してきましたわ。


このわたくしに挑もうなんて、百年早かったですわね。


「チェックメイトですわ」


白と黒の駒が並ぶ盤面で、わたくしの白騎士がセバスチャンのどす黒いキングを追い詰めましたわ。


テーブルの向かいの席で涼しい顔をしながら、セバスチャンがそっと頭を下げましたの。


「これでお嬢様の三連勝ですね。おめでとうございます」


サイコロを振るようなゲームと違って、一手ずつ駒を交互に動かすこのゲームには、運の要素がからみませんの。強い方が勝つ。実にシンプルにして、わたくし好みですわね。


チェスはお父様が好んでプレイしていて、幼少の頃からお父様の打ち筋を見て育ったわたくしに、ルールを覚えたばかりというセバスチャンが勝てるわけありませんのに……この執事ときたら悔しいみたいで、負けても負けても挑んできて……。


わたくしは指摘してあげましたわ。


「ルークとキングを動かしていないのであれば、キャスリングができましてよ? もっと前にキャスリングでキングが逃げていれば、こうして追い詰められもしませんでしたのに」


いくつか条件があるけれど、それらを満たしてさえいればキングとルークの位置を交換できる。それがキャスリングというチェスのルールなのですけれど、素人のセバスチャンは知らなかったようですわね。


ラピスラズリ色の瞳を細めて、セバスチャンはゆっくりと頷きましたわ。


「四手前ですと……ああ、そこで私のキングとルークの位置を入れ替えていれば、このような窮地に陥ることはなかったということですねお嬢様」


「その時はその時で、違う手筋で詰んでさしあげましたわ。では、三連敗したセバスチャンには敗者らしく、勝者の私にかしずいて美味しい紅茶を淹れるという罰を受けてもらいましてよ」


わたくしがそっとダイニングの戸棚の右上に視線を向ける。


なのに、セバスチャンときたら左下の扉をあけて、真顔でわたくしにこう言いましたの。


「お嬢様……残念ながら茶葉がみつかりません。紅茶はまたの機会でよろしいですか?」


なんでわたくしの視線に気づきませんの? 解りやすい場所に茶葉を収納しなおしたばっかりですのに、本当にセバスチャンって駄執事ですわね。


眉尻を下げてセバスチャンはわたくしに歩み寄る。


「それにしてもお嬢様はチェスが大変お上手ですね」


「当然ですわ。お父様がお客様をもてなすさいに、チェスをしているのを横でずっと見てきましたもの」


時々、お父様の元にお客様がいらしてチェスをしていましたけど、お父様が負けたことなんて一度もありませんでしたわね。


そんなお父様と、セバスチャンを対戦相手として比べるのはあまりにも酷ですわ。


わたくしはそっと席から立つと「お茶にいたしましょう。今日もわたくしがとびきり美味しい一杯をごちそうしてさしあげますから」と、紅茶の準備を始めましたの。


「お嬢様はチェスがお強いだけでなく、大変お優しい。感服致しましました」


恭しく腰を折って一礼するセバスチャンですけれど、感服する前に紅茶を淹れられるようになってほしいですわ。


わたくしは紅茶を淹れる準備を整えながら、ぼんやり考えてしまいましたわ。

せっかくなら、もう少し強い相手と打ってみたいものですわね。


セバスチャンでは力不足ですし。


実はわたくし、あんなにもお強いお父様に何度も勝ったことがありますの。


ここ一年ほどの対戦成績では、わたくしの八勝二敗。お父様も、兄妹の中ではわたくしが一番強いと太鼓判を押してくださいましたわ。


そんなことを思い出しているうちに、紅茶のお湯が沸きましたの。


ティーポットとカップを温めていると、セバスチャンが「あっそうそう」と思い出したように呟きましたわ。


「本日、私がお嬢様にチェスの手ほどきをしてさしあげたのも、こちらの大会のチラシの影響なんですよ」


執事服のポケットから一枚の紙切れを取り出すと、セバスチャンは自慢げに胸を張りましたわ。手ほどきしてさしあげたのは、わたくしの方ですのに……本当に困った人ですわね。


セバスチャンがテーブルの上に広げたチラシは、チェス大会の参加者募集のものでしたわ。


主催は王都に屋敷を持つ貴族で、賞金も出るみたい。


セバスチャンがそっと頭を垂れましたの。


「いかがでしょうお嬢様。ここは一つ、力試しというのは?」


この賞金額……前々から欲しかった新しいティーカップのセットとぴったりですわ。


偶然という名の運命を感じてしまいますわね。


「あら? エントリーはちょうど今日までですのね」


セバスチャンは目を細めた。


「もし、参加をご希望でしたら、お嬢様の紅茶をいただき次第、私がエントリーしてまいります。もちろん、無理にとは申し上げませんが。お嬢様がお強いのは承知しておりますが、ここはチェスの猛者たちがひしめく王都ですから」


「言ってくれますわね。地方領主とはいえ、無敗だったお父様のその棋風を受け継いだわたくしに、力試しだなんて百年早いですわよ!」


こうして、わたくしは貴族の主催するチェス大会に参加することになりましたの。


大会が行われる週末まで、セバスチャンを相手に練習したのですけれど、やっぱりわたくしの相手にはなりませんでしたわ。


これでしたら一人で棋譜を並べた方が勉強になったかもしれませんわね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ