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しっぽのないねことふたつのさがしもの

作者: ゆきじ

実家のまわりには自由猫がたくさんいるのですが、その中にしっぽが途中までしかない猫がいました。絶対的ボス猫でしたが、その背中には哀愁があり、なんとも魅力的な猫でした。どこからきて、どこにいくのか…。そんな猫を見ていてできたのがこの「しっぽのないねことふたつのさがしもの」です。

いつの間にか見かけなくなったしっぽのないねこは、もしかしたら、冒険の真っ最中かもしれません。

昔、世界には夜も昼もなく、空はずっと灰色でした。

人も動物も木々さえも寝ているのか起きているのかわからないままうつらうつらと毎日を過ごしておりました。

虹色の魔法使いはそんな世界を憂いでおりました。

ある日、しっぽのないねこを呼ぶと虹色の魔法使いはこう言いました。

「しっぽのないねこよ。夜と昼を探しておくれ。」

しっぽのないねこは虹色の魔法使いの願いを聞き入れ、夜と昼を探す旅に出ることになりました。

旅の支度をしていると、虹色の魔法使いは丸い鏡と金の鈴をしっぽのないねこに手渡して言いました。

「この鏡と金の鈴はお前が必要と思ったときに使っておくれ。」

しっぽのないねこは鏡と金の鈴を大事に袋に入れました。

しっぽのないねこは一生懸命夜と昼を探しました。

けれどしっぽのないねこは夜と昼がどんなものか知らなかったので大変困難なことでした。

高い山に登り、てっぺんに咲いていた小さな花に聞きました。

「夜と昼を知らないかい。」小さな花は半分眠りながら答えました。

「知らないわ。それは良い香りがするものなの?」

深い海の底でじっとしている貝にも聞きました。

「夜と昼を知らないかい。」貝はめんどくさそうに答えました。

「知らないよ。それはおいしい物なのかい?」

見つからないまま長い時間が過ぎ、しっぽのないねこは途方にくれていました。

あてもなく深い森の中を歩いていると、小さな家を見つけました。

しっぽのないねこはひどく疲れていたので、家の前に立つと3回ノックをして言いました。

「旅をしている者です。少し休ませていただくことはできませんか。」

しばらく何の返事もなかったので、がっかりしたしっぽのないねこはその場を立ち去ろうとしました。

が、その時戸が開いて女の人が出てきました。

女の人は「何もありませんが、それでよければどうぞ。」そう言ってしっぽのないねこを招き入れてくれました。

しっぽのないねこは大きくお辞儀をすると家の中に入りました。

家の中にはどっしりとしたテーブルがあり、パンとスープが用意されていました。

厚切りのパンはこんがりと焼けていてバターがたっぷりぬってあり、その上にお砂糖がふりかけてありました。

スープは黄色味を帯びたポタージュスープで湯気が立ちのぼり、おいしい香りが鼻の奥をくすぐりました。

座りごこちが良さそうな大きな椅子をひいて女の人は言いました。

「こちらへどうぞ。さあ、めしあがれ。」

「いただきます。」

しっぽのないねこはまずバターとお砂糖がとろけるパンを一口食べました。

なんとおいしいのでしょう。そのおいしさに耳がピンとなったくらいでした。

スープは一口飲むとおなかの中があたたかくなり体中がぽかぽかしてきました。

すべて食べ終わる頃には元気が体中満ち溢れていました。

そうすると、しっぽのないねこはどういうわけか自分が旅をしているわけを女の人に話したくなりました。

そして自分の旅のことを一から十まで話して聞かせました。

女の人は黙って聞いていました。

最後にしっぽのないねこは

「本当においしかった。ありがとうございました。私にはこれくらいしかできません。せめてものお礼に受け取ってください。」

と虹色の魔法使いからもらった鏡と金の鈴をテーブルの上におきました。

立ち去ろうとしたその時、女の人が言いました。

「待ってちょうだい。よく聞いて。ここから先の森は不思議の森です。奥の奥までまっすぐに行きなさい。あなたの探すものがみつかるかもしれません。逆さの場所に気をつけて。」

そして鏡と金の鈴をテーブルの上にあった手の込んだ刺繍がしてある白いハンカチで包むとしっぽのないねこに手渡し言いました。

「これは持ってお行きなさい。」女の人は優しく微笑み、しっぽのないねこは勇気付けられました。

しっぽのないねこは言われた通り、森の中をまっすぐ奥へと歩いて行きました。

森はどんどん深くなり、音がない時に聞こえるキーンという音がして耳が痛くなりました。

灰色のどんよりした空気がしっぽのないねこにのしかかります。

しばらく歩くとそれ以上前に進めなくなりました。

無理に進もうとしても見えない何かに遮られ知らない間に元の場所へ戻されるようでした。

しっぽのないねこは少し考え、後ろを向くと後ろ歩きを始めました。

不思議と後ろ歩きをすると前に進めました。

「逆さの場所が始まったな。」

そこではすべてが逆さまでした。花は土の下で根っこが土の上でした。

川は下から上へ流れ、地面から風が吹いていました。

しっぽのないねこは慎重に、後ろ歩きでまっすぐ進んで行きました。

すると空に浮いている時計が目に入りました。

時計はぷかぷか浮いていて、やはりうつらうつらとしていました。

時計は針が反対に進んでいて逆の時を刻んでいました。

しっぽのないねこは立ち止まると「おいおい時計よ。逆さになっているよ。」

そう言って袋から鏡を出して時計に見せました。

時計はぼんやり鏡越しに自分を見つめていましたが、はっと我に返ってくるりと回転しました。

「なんと、逆さになっているのに気付かなかったよ。」

時計が正の時を刻むと花は土の上で根っこは土の下になりました。

川は上から下へ流れ、風は空から吹いてきました。

「散歩してたのを思い出したよ。」「おーい。近くにいるのかい。」

時計が大きな声で呼ぶと、娘が1人現れました。

娘は漆黒の髪をしていました。

その髪はどこまでもまっすぐで長く、瞳は左右の色が違いました。

左は紫で右は緑でしたが、どちらも黒と見間違うほど深い色で、

大きな瞳で見つめられると吸い込まれそうでした。

着ているのは黒のビロードのドレスで艶があるのがわかりました。

そして胸元はビーズで彩られていました。

「私の名前は夜です。私を探していたのでしょう。」

娘はずいぶん長い間、逆さの時計と一緒にいたようでした。

「私にも鏡をみせてちょうだい。」

しっぽのないねこが鏡を差し出すと、娘はにっこりと笑って受け取りました。

鏡を受け取った娘は2、3歩駆け出したかと思うと、

もう空を駆けていました。

灰色だった空は娘の後を追って真っ暗になり、何も見えなくなりました。

ドレスのビーズは星になり、鏡は月になりました。

夜は優しく言いました。「小さなものに気をつけて。」

しっぽのないねこは夜が初めてだったので、足がすくんで動けなくなりました。

しかし目が慣れてくると月の明かりでどうにか歩けることがわかりました。

1歩1歩確かめながらまっすぐ歩いて行きました。

月明かりで蜘蛛の巣が銀色に輝いているのが見えました。

糸は細く幾重にも張り巡らされ、その重なりがさらに輝きを増しているようでした。

「やっかいなものだと思っていたけれど、こんなにきれいだったんだね。」

しっぽのないねこはそう言うと、いつもは払ってしまう蜘蛛の巣をそのままにして通り過ぎました。

月明かりになれたしっぽのないねこがどんどん歩いていると

石ころがころころとついてくるのがわかりました。

「ちいさなものに気をつけて。」

しっぽのないねこは夜の言葉を思い出しました。

ついてくる石ころの数はどんどん増えて行きました。

その中の1つの石ころが言いました。「遊ぼう。」他の石ころ同じようにも言いました。「遊ぼう。」

しっぽのないねこは知らんぷりをしていました。

しかし、石ころが跳ねて足に当たったり、わざと踏まれたりして歩くのを邪魔するので立ち止まりました。

少し面倒に思いましたが、仕方なく「何をして遊ぶの。」と聞きました。

「おにごっこしよう。僕達みんなを捕まえて。」石ころはころころ転がって逃げました。

しっぽのないねこは袋から女の人からもらった白いハンカチを出すと

四方を結んで石ころを入れられるようにしました。

そして逃げ回る石ころをひとつづつ捕まえては白いハンカチに入れました。

やっと全部捕まえたと思ったしっぽのないねこは

白いハンカチをぎゅっとしぼって中から石ころが出ないようにしました。

「みんな捕まえた。」

 すると、石ころは「まだみんなじゃないよ。」「まだいるよ。」白いハンカチの中で騒ぎました。

しっぽのないねこは目を凝らしましたが、石ころは見えません。

それでもあちこち探していると困っているのがわかったのか、石ころの中のひとつが言いました。

「あのね、真っ黒で見えないの。」

「言うなよ。」

「秘密をばらすなよ。」

他の石ころがとがめるように言いました。

騒ぐ石ころが落ちないように白いハンカチを持つ手に力を入れると、

しっぽのないねこは少し考え袋に入っている金の鈴を取り出しました。

そして鈴を揺らしてリンリンと鳴らしました。

鈴は聞いたことがないような透きとおった音色をしていて遠くまで響きました。

そしてもう一度リンリンと鳴らしました。

「きれいな音だね。」

声がしました。

「あっ、しゃべっちゃった。」

木と木の間の少しくぼんだところからその声は聞こえました。

どうもそのあたりに最後の石ころはいるようでした。

目を凝らして手でも探ってみましたが、捕まえることができません。

あまりにも見つからないので別の場所かも知れないと思い始めた時、

しっぽのないねこの背中のほうから声がしました。

「さっきは大切な巣を壊さないでくれてありがとう。少しお手伝いしましょうね。」

蜘蛛でした。

さっきの蜘蛛が曲芸のようにあちこち飛んで糸をはき、

蜘蛛の糸はもそもそ動いて逃げようとしていた真っ黒の石ころにからみつきました。

真っ黒の石ころが糸を払おうと転がれば転がるほど蜘蛛の糸はからみつきます。

何重にもからみついた蜘蛛の糸は月明かりでにぶく光り、真っ黒の石ころのいる場所がぼんやりわかりました。

そして、やっと真っ黒の石ころを捕まえることができました。

「ありがとう。君のおかげで助かったよ。」

しっぽのないねこは蜘蛛にお礼を言いました。

しっぽのないねこは捕まえた真っ黒の石ころから蜘蛛の糸を丁寧にとってやると白いハンカチに入れました。

中で石ころがおしゃべりを始めました。

「あんまりきれいな鈴の音だったんで、つい声を出しちゃった。」

「しょうがないよ。」

「しょうがないね。」

「楽しかったね。」

「楽しかったよ。」

「さあ、これでみんな揃ったね。」

「くっつこうよ。」

「みんなでくっつこう。」

たしっぽのないねこはそっと白いハンカチの結びをといて、石ころたちを外に出してやりました。

石ころたちはどんどんくっついてくっつき石になりました。

「みんな一緒はあったかいね。」と石ころが幸せそうに言いました。

くっつき石は風船のようにふわっと宙に浮かび楽しそうにぐるりと回りました。

そして「その鈴を僕達にちょうだい。とても気に入ったんだ。」と言いました。

金の鈴は「私もよ。」とでも言うように自分で揺れてリンリンと鳴りました。

しっぽのないねこが金の鈴をそっと差し出すと金の鈴も同じように宙に浮かび、ゆっくりくっつき石に吸い込まれていきました。

金の鈴が吸い込まれた場所が金色に光っていたかと思うとその光はくっつき石全体に広がり、

全部が輝き始めました。

しっぽのないねこはその様子を見ていましたが、あまりに輝くので、まぶしくて顔をそむけました。

そむけた先に娘が立っていました。

娘は輝く金色の髪をしていました。

金色の巻き毛は腰まであり、娘が歩くたびくるくる巻いて揺れて光りました。

瞳は水色のガラス玉のように透きとおり、瞳の色と同じ水色のドレスを着ていました。

ドレスの裾にはたくさんの白いレースが施してあり、髪と一緒に揺れていました。

娘はにっこり笑って言いました。「私の名前は昼です。私のことを探していたのでしょう。」

夜がしたのと同じように空へ駆け上がると、またたく間に空はドレスと同じ色のきれいな水色になりました。

ドレスのレースは雲になり、金色の巻き毛がキラキラ光の尾を作りました。

輝くくっつき石は娘を追いかけて空に昇っていきました。

くっつき石は太陽になりました。

はじめて世界に夜と昼ができたのです。

そうして

しっぽのないねこはさがしものをみつけることができました。






最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。面白かったです。童話的な優しさと美しさ、とんちが利いていて、丁寧に作り込まれていると感じました。猫が好きなので、もっと猫らしい仕草があっても良かったかもですね。楽しい…
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