俺のレベリングがなんだかキナ臭くて困る件2
「……あー、なるほど……そういう事か。
言うなれば、亡命途中の敗軍、という訳か」
妙に納得したように呟くワダヤマヒロシ。
その、チョー無礼な言葉に、その場にいた約百人の軍隊の空気が変わる。
あるものは疲れたように力なく頭を垂れ、あるものは激昂したかのように険しい視線をワダヤマヒロシに向ける。
反応は様々だが、共通している事があった。
それは、全員が無言、という事であった。
『武器を帯びる生業の者』が、『集団であるにもかかわらず』、である。
それはほとんどあり得ない事と言っていいだろう。
なぜなら……彼らは身体を使う職業、言わばガチムチ集団である。
INTよりSTRに重きを置く集団がお行儀が良いわけがない(偏見)。
また……『集団』というものは、とにかく騒がしいものである。
『集団心理』という事もあるのだろうが……『無口なデモ隊』、『おしとやかなオバちゃん集団』というものは、この世に存在しないはずなのだ。
にもかかわらず、ワダヤマヒロシの目の前の集団は寡黙であった。
それはそれほどに疲弊しきっていたためかもしれないし、そう言う訓練を受けたためかもしれない。
また、そう言う寡黙を是とする国民性の集団なのかもしれない。
そう言えば先ほどアンノマイヤは『近衛のもの』と言っていた。
それは『そういう教育を受けている』という事もあるのだろうし、『そういう国民性の集団』という事もあるのだろう。
良い悪いは別として、声高に騒ぐことを是としない国民性の集団。
『日本人』であるワダヤマヒロシにとって、それはそれだけで美しいものに見えた。
繰り返すが『良い悪いを別として』、声高に騒ぐことを是とする集団というものを、『日本人』は美しいものと思えないのだ。
……これは特定の国や民族を指して言うのでは(以下略)。
で。
ワダヤマヒロシのデラックス失礼な言葉だったが……最高級士官と思しき女性アンノマイヤは、自嘲ともとれる口調で応じる。
「まさしくその通り。 反論の余地はないな」
アンノマイヤの男性のような言葉遣い……しかし日本で言うところの宝塚の登場人物を思わせる口調ではなかった。
つまり、男性を無理に演じている女性のような口調ではなかった。
言葉遣いと見た目こそ『クッころ』でおなじみ姫騎士なのだが……不思議なほど落ち着きがある。
軍装ではあるが、どちらかと言えば軍師と言ってもさし障りないほどの理知的な雰囲気。
そう考えて見れば、その知性的な表情の瞳の奥には理性と知識と教養が輝いているように見える。
そしてそれでも一軍を率いて、味方に被害を全く出さずに見事トロールを撃退して見せる指揮能力。
まさしく二物も三物も持って生まれた人間。
ワダヤマヒロシの狭い人生の中、会ったこともない人種だった。
「(なるほど……これが高級貴族というヤツか……)」
ワダヤマヒロシは、妙に納得していた。
アンノマイヤは続ける。
「ただ、訂正するなら……我らはもはや、軍ではない。
既に烏合の衆だ……なぜなら、仕えるべき国が、すでに滅んでしまったからな。」
アンノマイヤの言葉に、その場にいた五十人の兵士たちの雰囲気が重く沈む。
それを見ながらワダヤマヒロシはふと気付く……そう言えば、その場にいたのは兵士だけ。
女性の姿はアンノマイヤと……アンノマイヤの側近と思しき老騎士が抱いていた、赤子のみ。
おそらくその乳幼児が、アンナカーリナ・ビョルンストルム親王殿下とやらなのだろう。
何も知らない、知るはずもない乳幼児は老騎士の腕の中で静かに眠っていた。
その顔を見ながら……中級指揮官と思しき老騎士が、乳幼児を傍らの兵士に預けながら、重い雰囲気を割るように、静かな口調で言う。
「……しかしまだ、親王殿下が御座します。
永き雌伏になるでしょうが……殿下におかれましては、いずれ、ビョルンストルム王国の再興を……」
静かな、しかし熱をもった老騎士の言葉に、アンノマイヤは静かに頭を振った。
「近衛隊長、それは我らが論じることではない。
殿下が成年し、その上で判断されることだ。
決して我らが頭から決めつけることではないし、殿下に強いてよいはずがない。
そのご聖断によっては……このまま、民草に溶けていってもよいと、私は思っているのだ」
「そんな……忠節の誉れ高いアンノマイヤ・アイヤネン叔伯爵ともあろう御方が!!」
「それ、その『叔伯爵』と言う奴だ。
私は叔伯爵であって伯爵ではない。
つまりは伯爵の身内……アイヤネン領を統べるアイヤネン伯爵の、ただの妹に過ぎない。
まあ、若年ながら分不相応にも王室祭典礼長などという役職を頂き、卿らの上役を務めているが。
それでも……私は、いや我が家は忠節は果たしたと考えている。
帝国軍との戦の先頭に立ち……当主ともども全滅することによってな。
こういう言い方は卿らに悪いが……今の私は、利息を払っているに過ぎない。
つまりは、殿下を安全な場所に送り届けるまでが臣下としての私のつとめ。
それより後は……お役御免という訳だな。
貴卿らも、それに倣うと良い。
誰も文句は言うまいよ。
あとは……さて。
私一人、冒険者にでもなって生計を立てるとしようか」
冷たく突き放すようなアンノマイヤの言葉。
指揮官自らが口にしたそれは……別に国家に忠節を尽くさず、離脱しても構わないということであった。
ただ、逆に言えば……逃避行が終わるまでは離脱を許さないという意味とも取れたが。
静まり返ったその場に……老騎士の苦笑の息遣いが漏れる。
「はてさて……陛下に、安全な場所などありますかな……?」
苦笑しながらの老騎士の言葉に……アンノマイヤも苦笑で応じる。
「……ふふふ、それを言ってくれるな。
では……いずれにせよ、しばらくは逃げ出すことはできん、ということになるか。
場合によっては、この命が尽きるまで。」
「は。
我ら近衛隊五十名……アンノマイヤ叔伯爵と同様、元よりそのつもりです」
「うむ。
ふふっ……早く、お役御免になりたいものだな」
「全くです」
二人がそう言うと……周囲五十名の兵士たちから同様の苦笑がこぼれていた。
その場にいた全員が、同じ思いだったからだった。
ただ一人……ワダヤマヒロシを除いて。
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その、ワダヤマヒロシである。
急に始まったその場の忠臣蔵の寸劇みたいなものを眺めながら……遠慮がちに空気を割る。
「えぇと……ちょっといいかな?」
「……? 何かな、巨人どの」
急に会話を割られ、不審そうに問い返すアンノマイヤ。
その問い返しに……ワダヤマヒロシは何やら難しそうな表情を見せる。
「いや……この辺は見知った土地だし、普段は目障りだからウィンドウを畳んでるんだけど……俺、『オートマッピング機能』が付いてんだ。
最近になって、『対生物レーダー』まで追加されたんだけど……」
「?????????」
突然のワダヤマヒロシの言葉とその内容に……アンノマイヤ達は一様に、ぽかーん、としていた。
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ワダヤマヒロシの口から唐突に暴露された、とんでもない事実。
これについて、少々説明させていただく。
以前も少し述べたが、彼の『スキル』や『魔法』の操作、そしてその行使を管理しているのは……『転生者支援システム』と呼ばれるG U Iである。
それはVRMMOものにありそうな、コマンドツリー構造のタッチ式のGUIと考えて良い。
それゆえに、他の異世界転生ものでよくある魔法の『無詠唱』だのなんだのは、彼にとっては関係ない。
視線によるクリック操作で、簡単に管理できてしまうからだ。
……まあ、もちろん連続使用防止や超過使用罰則は同様にあるのだが。
その、転生者支援システム。
なんと『オートマッピング機能』が付き、かつ『対生物レーダー』までついているらしい。
ワダヤマヒロシが持つ『星の巨人』や『古竜の叡智』などのチートスキル云々の前に……これこそが彼最大のチートであった。
他の異世界物において、最近では『チート』ではなく『ギフト』と呼ぶ流れもあるようだが……これはまさしく『チート』である。
だって、ずっこいもの!!
オートマッピングなんてものがあれば、日本地図作製でおなじみ伊能忠敬もあんなに苦労しなかったであろうし、レーダーなんてものがあれば旧帝国海軍の艦艇ももう少し艦齢を伸ばせたであろう。
ワダヤマヒロシは実際、航空測量並みの超精密地図をいつでも閲覧することができるし、対生物レーダーのおかげで敵の居所を漏れなく察知することができる。
それは使いようによっては、地球で言う英国軍特殊空挺部隊や米国特殊部隊群や対テロ特殊部隊の任務を、一人でこなせるという事だ……まあ、ワダヤマヒロシの場合は身長制限に引っ掛かるが。
もう、ほとんど万能の能力なのだ。
これは少なくとも、敵対する者にとっては『ギフト』ではなく完全に『チート』である。
そのチートを行使しながら……ワダヤマヒロシは、静かに続ける。
「なんか、五〇〇人ほどの集団がこっちに向かってるんだけどね。
わー、なんか整然と更新してるな……きっちり、分隊小隊中隊に分かれてる。
これ、どう見たって軍隊だな。
状況的にも追手だと思うんだけど………」
「!!!!????」
瞬間、アンノマイヤを筆頭に……ビョルンストルム王国近衛隊全員に、これ以上ないくらいの緊張が走っていた。
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「……会敵まで、あと数十分ってとこかな。
向こうはまだ気付いていないと思うけど……真っすぐこっちに向かってるな。
道先案内人でもついてるんだろうな……内通者と思いたくないけど。
間違いなくこっちに来るだろうな」
「くっ!!!」
アンノマイヤの表情に、焦燥が大きく浮かぶ。
……もう少し慌てていたら『くっ……殺せ』とでも言っていたかもしれない。
だが姫騎士ではないアンノマイヤは、冷静に思考を巡らせているようだった。
近衛隊の面々が、口々にアンノマイヤの名を呼ぶ。
近衛隊とはいえ軍人、上官に当たる人間の命令を待っているのだろうが……不安や恐怖は隠せていない。
それらを耳にしながら、アンノマイヤは思考を巡らせる。
無論、逃げるしかない。 戦うなど、論外だ。
多勢に無勢でもあるし、何より彼らの任務は要人の護送。
戦闘は極力避けねばならない。
しかし……ここは見知らぬ土地、その上魔物の襲撃もある。
先のワダヤマヒロシの言葉通り、道先案内人がいるのなら、相手の方が行軍速度が早いかもしれない……アンノマイヤは焦りを隠せなかった。
「………手伝おうか?」
頭上から不意にかけられた声に、アンノマイヤは思わず顔を上げた。
道先案内人が、そこにいた。
無論、ワダヤマヒロシである。
最強の道先案内人……それどころか、最強の壁役にして最強の攻撃役。
彼が味方になるというのなら……どのような手でも打てるような気がした。
確かにワダヤマヒロシを味方につけられれば、状況は打破できるであろう。
実際に、彼の方からその打診はあった。
近衛隊の表情に、微かな希望の光が見える。
しかし。
アンノマイヤは……逡巡する。
ワダヤマヒロシの助力は良い……これ以上ないくらいの援軍だ。
だが、その対価は?
現状を打破しうる強力な力。 しかしその行使には、代償が必要であった。
それは、その力が強ければ強いほど対価は大きいはず。
しかも……アンノマイヤ達は、足元を見られても文句は言えない立場であった。
少々であれば、王家由来の金銀財宝は持ち出してある……しかしそれは、今後の潜伏に必要な資金であった。
もはや、這いつくばってでもワダヤマヒロシに助力を頼むしかない。
それはアンノマイヤにも理解できた。
だがその為の代償は……と、その時。
アンノマイヤの思考の中で、決意が固まった。
アンノマイヤは、決意を即座に実行した。
「……巨人どの。
我らを、ハンガーヒルに連れて行って頂きたいのだが。」
神妙な表情で……アンノマイヤは顔を上げ、真っすぐにワダヤマヒロシの顔を見つめていた。
アンノマイヤは逃避行の代償に……ワダヤマヒロシに自らの身の全てを捧げることに決めていた。
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「その代償に……このアンノマイヤ・アイヤネン叔伯」
「よし分かった乗れ」
「……ふぁっ?」
アンノマイヤのセリフを食いながらのワダヤマヒロシの即答……それにアンノマイヤの口から、変な音が出た。
その音が出終わるか否かと言うタイミングで……身長一七メートルのワダヤマヒロシは、馬上のアンノマイヤを掴み上げていた。
アンノマイヤの意外と可愛らしい悲鳴をそのまま放置し……今は無人の、左の胸ポケットに突っ込む。
「アンナカーr……なんとかかんとか殿下は!?」
その絶叫に……老騎士の傍ら、静かに眠る赤子を抱えた兵士が、ビクンと揺れる。
ワダヤマヒロシは、その兵士ごとアンナカーリナ・ビョルンストルム親王殿下も左ポケットに突っ込む。
「あと、最高級士官!! ……は、マズいか。
この辺の奴らを適当に……ほい、ほい、ほい」
ワダヤマヒロシがほいほい言うたびに兵士の絶叫が周囲に響く……今度は右のポケットに、兵士を三人ほど。
そして。
ワダヤマヒロシは叫んだ。
「俺たちは先行して王都ハンガーヒルへ行く!! 残りの奴は、後からついてこい……ていうか、走れ!!
『この俺のようにな』!!」
言うや否や……ワダヤマヒロシは疾走を開始した。
……野分のパワーレベリングによって鍛えられたワダヤマヒロシは……今や、金メダル級のマラソン選手より早い。
彼の速度は……いまや、最大時速三六〇キロ。 巡行速度も時速二〇〇キロを二時間以上キープできる。
それを一〇で割っても、平均以上のアスリートと言って良い。
「おりゃー!! どけどけー!! 轢き殺しても知らんぞー!!」
疾走しながら叫ぶワダヤマヒロシ。
その左ポケットが……ふいにもぞもぞと動く。
「……ぷはっ!!
き、巨人どの……ま、まだ代償の話が………」
左ポッケから何とか頭を出し、ワダヤマヒロシを見上げるアンノマイヤ。
いつの間にか外れていた兜。
流れるような金色の髪が、時速三〇〇キロ超の風に踊り狂っていた。
その暴風に驚き、ポケットの中に引っ込むアンノマイヤ。
アンノマイヤ・アイヤネン叔伯爵。
ハンガー王国の隣国、ビョルンストルム王国内で、随一の領土を持つアイヤネン伯爵の妹、一八歳。
近衛隊の特別顧問を任されるほど武に長じ、また儀典における指揮指導を任される才女でもある。
アンナカーリナ・ビョルンストルム親王。
ビョルンストルム国王の娘……一歳二か月。
父親譲りの赤い髪をもつ、王位継承権四位の未だ幼い乳幼児である。
ポケットの中、おつきの兵士から乳幼児を手渡され、それを落とさないよう注意深く抱えながら……アンノマイヤは、ポケットの隙間からもう一度ワダヤマヒロシを見上げた。
「(代償なんてどうでもいいだろ)うるせえ!! 俺はやりたいようにやってるだけなんだよ!!」
「ヤ、ヤリたいようにヤってる!?」
「(人助けなんて)いうなれば……俺の身勝手な自己満足だ!! 悪いけど……付き合ってもらうからな!?」
「身勝手な自己の満足に、満足するまで付き合えと!?」
割と男前なセリフを叫ぶワダヤマヒロシ……その言葉に、アンノマイヤの顔が瞬間的に爆発していた。
……先刻の自身の決意に関連付けされた『ある誤解』に火が付いてしまったらしい。
顔を真っ赤っかにしたままのアンノマイヤ……それに気付かないまま、ワダヤマヒロシは続ける。
「といっても……まあ、良かったよ。
防衛戦や反撃戦をしろってお願いじゃなくってさ」
「?????????」
唐突なワダヤマヒロシの言葉に、アンノマイヤは不審そうにワダヤマヒロシを見直す。
構わず、ワダヤマヒロシは続ける。
「俺、こんな図体なんだけどさ……人は殺したくないんだよね。」
その言葉に……アンノマイヤは驚いたように目を丸くした。
この世界の人間の一〇倍の身長、一〇〇〇倍の質量と攻撃力を持つ存在の……あまりにも意外な言葉。
それに……アンノマイヤはその規格外の存在を、妙に身近に感じてしまっていた。
アンノマイヤは少し遅れて……小さく微笑む。
ころり。
世界のどこかから、そんな音が聞こえたような気がした……が、多分それは気のせいではなかった。
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一方のワダヤマヒロシは……ひどいことになっていた。
「(うおおおおおおおおおおおおん!!)」
彼の頭の中に、絶叫に似た音量でその泣き声が響いていた。
「(なにこの亡国の美姫。 なにこの忠誠心キャップオーバーの忠臣。
時代劇か、戦国時代劇なのか!?
お涙頂戴はやめちくり……だって本当に泣いてしまうジャマイカ!!!)」
心の中で絶叫しながら……もうすでに、ワダヤマヒロシは号泣していた。
いや、号泣と言うか……なんともひどい状態に。
知らない人は、お父さんに聞いてみよう。
アメリカンなクラッカー、それがどういうものか。
ワダヤマヒロシの目からはそれがいくつも溢れ出し、先端の球体が、かっつんかっつんぶつかり合っていた。
そして……鼻水。
一部地域では『新幹線』(用例:『は~い○○ちゃん、お鼻、新幹線しましょうね~』『ぶぴー』)と言うそうだが、それがエロいオタクコンテンツに登場する『触手』のようにうねうね動いて風になびいている。
まるで昭和のギャグアニメの主人公のような泣きようであった。
そして昭和の子供のように、それを服の右袖で拭く。
その度に、右ポケットに入った兵士たちが悲鳴を上げる。
「(うおおおおおおおおおおおおん!!
こんなシチュエーション、小学生の時なら、指さして笑ってたのに。
こんなシチュエーション、中学生の時なら、クサい演出とか言って鼻で笑ってたのに。
なのに……なんでこんなに泣ける!?
俺、そんなに歳食ったのか!?
俺、まだ一〇代なんですけど!?
俺の脳、今まで使ってなかった分、老化してる!?
それはそれでうおおおおおおおおおおおおん!!)」
若干方向性を変えながらも号泣するワダヤマヒロシ。
王都に着くまで、それは全く止まらなかった。
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「『偉大なる勇者』!!
あのっ、あのっ……私、思うんです!!
子供の名前……あらまあ、あなたは確か、アンノマイヤ・アイヤネン叔伯爵ではありませんか?」
ワダヤマヒロシを真っ先に迎えたのは、エーリカであった。
いつも通り、城壁の石造りの物見櫓。
そこに立つエーリカの真ん前に身体を持っていくと……例の現場から十数分で到着したワダヤマヒロシは、全身で呼吸しながら、手早く荷物を下ろしていた。
他国の王位継承権四位の乳幼児とそれを抱いた女性を各一名に、武装した隣国の兵士を四名。
……何事か、と怒られそうな荷物であった。
荷下ろしが終わったワダヤマヒロシ。
深呼吸する間もなく……エーリカの両隣にいたメイド二人に声をかける。
「あ、えと、この人たち、俺の、客人、だから。
よろしく、頼むよ。 あとこれ……滞在費ね」
ハーハーいいながらそう言うとワダヤマヒロシは、左のポケットの底から、器用に指で挟んで、小さな袋を放り投げた。
それは……慌てて手を伸ばしたメイドが思わずズドンと取り落とすほどの重量。
落ちた瞬間に袋が破れ……その中身をぶちまけることとなった。
そこに……そこにあったのは。
金貨一千枚。
日本円で一億円。
ワダヤマヒロシの全財産の三分の一であった。
その光景に……アンノマイヤは、動揺を隠せなかった。
「ききききき巨人殿!!
こ、こ、これは一体…………」
「ウルセーオレハニホンジンダ!! ホットケ!!」
絶句するアンノマイヤに……ワダヤマヒロシは異国の言葉を叫ぶ。
そして、しばらく呼吸を整えから……顔を上げる。
「……一度、戻る。
間に合えばいいんだが……俺のマップに、魔物がいくつか写ってたんだ」
「まっぷ?」
「みんなと遭遇したかどうかは分かんねーけど。
もしそうだったら……行く手を阻まれて行軍が遅れてるかもしれない。
……早く助けに行ってやんねーと………帝国? のやつらに追いつかれたかもしれない。
……どうなってんだよ……ここはハンガー王国領じゃねえのか?」
少し焦ったように言うワダヤマヒロシに、エーリカが驚いたように応じる。
「『ゲルリッツ帝国』ですか!? ゲルリッツ帝国がビョルンストルム王国を通過して我が国を侵犯!?
……確かに、おじい様から、最近外交官がやってきて、ずいぶん高圧的な要求をしてきたという話を聞きましたけど……いきなりですか!?」
珍しく、ピンク色以外の言葉を話すエーリカ。
ビョルンストルム王国を通過どころか、すでに電撃的に戦勝している訳だが。
それはともかくその内容に、ワダヤマヒロシは、舌打ちをした。
「よし!! 行ってくる!!」
「「あっ……待って!!」」
美女二人の制止の言葉に耳を貸さず、ワダヤマヒロシは……再び、全力で疾走していた。
嫌な焦燥感が、ワダヤマヒロシを焦がしていた。
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