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俺のレベリングがなんだかキナ臭くて困る件

「ふ…わああああ……!!! すごい……すごいですね!!!」


 ルビンスカヤは、その年頃の少女にふさわしい笑顔を見せながら、素直に感動していた。


 何時まで経っても消えないその笑顔。


 よほどその体験に心を捕らわれたのであろう。


「……そんなに嬉しいもんかね……」


 苦笑しながら言うワダヤマヒロシ。


 ワダヤマヒロシの右ポケットに収まりながら、肩から上を外に出しながら、ルビンスカヤはワダヤマヒロシの顔を見上げる。


 そこからは……笑顔がこぼれっぱなしだった。


「はいっ! とっても!!」


「……はは。


 まあ喜んでくれてるなら、良かったよ」


 ワダヤマヒロシの顔からも……苦笑がこぼれ続ける。


 そのまま、ワダヤマヒロシは歩き続けていた。


 その歩行速度は……ワダヤマヒロシからすれば、時速四キロ。


 だが……ルビンスカヤからすれば一〇倍の、時速四〇キロである。


 たかが時速四〇キロの世界。


 しかし……ルビンスカヤにとっては、未知の速度だった。


 まして……彼女がいるのは、ワダヤマヒロシの右ポケット。


 この世界の人間からすれば、地上一四メートルほどの高さになる。


 そういえば……高さ一四メートルにして時速四〇キロで移動する経験は、地球の人間でもなかなかない。


 しいて言えば、全速の大型タンカーの舳先に立つ感じか。


 そう考えれば、ルビンスカヤの感動も、至極まっとうなものであるとも言えた。


 そもそもまだ……彼女は、いろいろなものに感動できる年齢であった。


「うむ。


 ルビンスカヤよ、お前は……ずっと『その顔』をしているのだぞ?」


 そのとき不意に、左のポケットの中で器用に寝転がりながら、野分が声をかけていた。


「えっ…?」


 驚いたような、不思議そうな顔をするルビンスカヤ。


 野分は、自身も機嫌のよさそうな顔で、応じる。


「お前が『その顔』をしていれば……我が主の機嫌がいいからな」


「ちょ、お前……まあいいけど」


 野分の言葉に、ワダヤマヒロシは、さらに苦笑を見せていた。


 野分の言葉通り……ワダヤマヒロシの機嫌は、悪くはなさそうだった。


「……?


 ご主人様、私いま、どんな顔をしていますか?」


「ふむ………笑ってるね。 すっごく」


 不思議そうに問い返すルビンスカヤにワダヤマヒロシは、真面目な顔をして……至極正確に答えていた。


 応じてルビンスカヤが……ふいに、笑顔をはじけさせていた。


「じゃあ……これからも、そうするようにします!!


 ご主人様がお好きなら!!」


 そう言いいながらルビンスカヤが見せる笑顔に……ワダヤマヒロシは一度驚いたような表情を見せてから……さらにもう一度、苦笑を見せるのだった。


「……おう。 任せたよ。」


「はいっ!!」


 元気いっぱいに応じる、ルビンスカヤであった。

 元気いっぱいに応じる、ルビンスカヤを見ながら……はにかんだような笑顔を見せながら……その、さわやかな世界の中で、ワダヤマヒロシは思うのであった。


「(おおおおおおお俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない!!


 けど何コレこの可愛い生き物。


 なんで俺こんなにウキウキしてんの?


 なんで俺こんなに喉が渇いてんの?


 なんで俺若干息が苦しいの?


 ヤバイ……なんかこの生物、頭からかじって食べちゃいたいんですけど!?


 そんな自分が、やたらこっぱずかしいんですけど!!??


 はっ……そうか!!


 これが日本が誇る特定無形文化財にして、世界記憶遺産……。


 すなわち、これが……これこそが!!


 ……『萌え』……と言う奴、かっ!!)」


 絶対、輸出したくない負の文化やーつだわ、それ。


 異世界の文化を汚染するんじゃねえといいたい所であった。


 ワダヤマヒロシは、自分の思考の終着点に、衝撃を覚えていた。


「………」


 それを無言で、左のポケットの底から見上げる野分。


 野分は、静かな口調で言った。


「ルビンスカヤ……やはり、『その顔』はほどほどにしておけ。


 なんだか、主の顔がキモイ」


「「……え゛っ!!??」」


 ルビンスカヤとワダヤマヒロシは、同時に衝撃を受けていた。

 さて、『風水害対策本部』の一行である。


 現在地は……昨日の円形ハゲのできた森の手前。


 小さな山々の間を走る峠道だった。 


 三人は、冒険者の本分を全うすべく、今日もクエストに出発していた。


 今日も今日とて、ワダヤマヒロシの食い扶持を稼ぐためであった。


 三人。 そう、三人。


 本日より、新メンバー……ルビンスカヤもパーティの一員となっていた。


 あれから、何とか誤解を解くことができた。


 ワダヤマヒロシはロリコンであっても幼児性嗜好がないこと、彼女が奴隷として販売されたのは不幸な行き違いであったこと。


 ワダヤマヒロシがHENTAIではないこと……は、誤りかも知れないが。


 とにかく……ルビンスカヤはやっと心を安らかにした。


 そして先の笑顔を見せてくれるようになった。


 ただし……彼女の『奴隷』という身分は変わらなかった。


 なぜなら……キャンセルしようにも、修道院が認めなかったのである。


 野分が払った金は……金貨一〇〇枚。


 日本円で、一〇〇〇万円である。


 その返金に、修道院が応じなかった……実はもう、すでにちょっと使ってしまっていたのだ。


 何という自転車操業。


 それを見て……下手に返さないほうが良い、という結論になった。


 第一……彼女を養う資金なんて、ワダヤマヒロシの食費からすれば、微々たるもの。


 かくして……彼女は冒険者ギルドにも登録し、パーティの一員となったのである。


 いちおう、彼女にもお小遣いを渡して……その範囲でなら孤児に援助をしても良いことになった。


 ワダヤマヒロシはオタクではあったが……良くも悪くも日本人だった。


 浪花節と義援金には、弱かったのである。

 なお。


 ワダヤマヒロシは、冒険者ギルドにおいて、クエストを受けられなかった。


 なぜか。


 それは……至極まっとうな理由であった。


 ワダヤマヒロシは……冒険者ギルドはおろか、町の中にさえ入れないのだから。


 制度や法律的にではなく……物理的に。 自主出禁で。


 身長十七メートルの巨人、ワダヤマヒロシ。


 町の中において、意図せず人を轢き殺したり、踏みつぶしたりする恐れがあったからである。


 『暴風雨』の時でさえあの騒ぎだったのに……人間を踏みつぶしてしまったら彼は(以下略)。


 で。


 代わりにクエストを受注してくるのが、野分である。


 彼女がまた……エグいクエストを受注する。


 先の『マンティコア一〇頭の討伐』や『グリフォンの巣の殲滅』など。


 上級冒険者でも手こずるようなクエストを、それはもうバンバンと。


 もっともその分実入りは良いのだし、それをこなすだけの戦闘力が二人にはあるのだが。


 スパルタ教育。


 転生直後……かつて新米冒険者であったワダヤマヒロシは、低レベルのうちから徹底的に野分にシゴかれ、毎夜毎夜へとへとになっていたこの一か月であった。

「で……野分。


 今日は、どんなクエスト受けたんだ?」


 若干ジト目で野分に問いかけるワダヤマヒロシ。


 ……過去の経験が、ワダヤマヒロシの純真な心に、猜疑心というものを産み付けてしまったようである。


 フンスと、野分は答える。


「ゴブリンの一頭の討伐……」


「はあ!? なんで今さら……」


「……のクエストを、一〇〇個」


「…って、おいいいい!! 実質、殲滅クエストじゃねーか!?」


 思わず突っ込むワダヤマヒロシ。


 しかし……野分はそれに応じなかった。


 野分は……ワダヤマヒロシとは違う方向を向いていた。


「??????」


 不思議そうに、野分を見つめ返すルビンスカヤ。


 どうして自分が……ずいぶんイイ顔をした野分に微笑みかけられているのか、分からなかったからだった。


 またどうして……自分の足が自分の足ではなくなったように竦んでいるのか、分からなかったからだった。


「ふふん……まあ、新入りには頑張って貰おうかの。


 でないと……二度と頑張ることができなくなってしまうからの」


「あ、あの……あの……野分さん。


 素敵な笑顔だと思うんですが……ただ、不思議と安心感というものを全く感じないんですがっ!?」


「なぁに……それはやがて、安堵感に代わると思うぞ?


 今日一日を生き延びられたらな。


 おい主、ちょっと借りるぞ?」


 イイ顔を見せながら野分は……ルビンスカヤの首根っこを掴んだ。


「えっ? えっ?」


 状況をつかめないまま、野分に連行されるルビンスカヤ。


 それをあっけにとられたまま見送るワダヤマヒロシ。


「(……こういう時、なんて言ったらいいか、分からないんだ……。


 般若心経でいいと思うよ……)って、おいい!!!!」


 ワダヤマヒロシが突っ込んだ時には……二人の姿は樹々の中に消えていた。


 彼女にとって、恐怖の一日が始まろうとしていた。


 パワーレベリングと言う、地獄が。

あるじよ、では我は、此奴こやつを鍛えてくるからの。


 主は、フリーハントでもしておるがよい」


 そう言いながら野分のわきは、ルビンスカヤをズルズル引っ張りながら森の中に消えていった。


「えっ? えっ? あの……えっ?」


 ワダヤマヒロシは、大いに戸惑うルビンスカヤの姿に……合掌を見せるのだった。


「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色……あれ?


 般若心経って、枕経だったっけ……まあいいか。


 安らかに成仏してくれよ……」


 無碍もなく、そんなことを言うワダヤマヒロシ。


 新人冒険者に対する野分の新人教育かわいがりは……ワダヤマヒロシ自身も経験済みだった。


 ワダヤマヒロシは……せめてルビンスカヤが天国に行けることを祈るばかりであった。


「さて……フリーハントと言われてもな。


 まあいいや。


 適当にぶらぶらしとくか……今日こそ、何か草食系の魔物がいればいいんだけど……。


 ……て、肉食の魔物がほとんどの生態系って、どうなんだ?


 もしかしてこの世界……人間が食物連鎖の最底辺なのか……?」


 ぶつぶつ言いながら、ワダヤマヒロシは散策を始めるのであった。

 で、さっそく魔物に遭遇した。


「て、早えわ!」


 状況にさっそく突っ込むワダヤマヒロシ。


 幸運にも、先に相手を見つけたのはワダヤマヒロシの方だった。


 無意識に、身を隠す……と言っても、彼の体は巨大すぎた。


 静かにその場にしゃがみ、息を潜めるくらいしかできなかったが。


 その目の前にいたのは……前方の峠道にいたのは、初見だったが、トロールであった。


 和製RPGでも割とお馴染みの魔物といっていいだろう。


 イメージ通り、知性の低そうな顔に、棍棒。 筋力だって、見るからに高そうだ。


 そして、その巨体……身長で言うと五メートルほどか。


 この世界の人間にとっては、かなりの脅威だろう。


 実際、討伐クエストであれば金貨二〇枚は下らない。 日本円で二〇〇万円だ。


 しかし。


 ワダヤマヒロシは、ため息を付いていた。


「知能が低いうえに……巨体と馬鹿力というアドバンテージすら、俺に及ばないのか……。


 ヒト型だし……まあ、見逃してやってもいいかな……」


 言いながら……ワダヤマヒロシは、かの巨体と自分を頭の中で比較していた。


 並んで立つと、ワダヤマヒロシの膝か太ももあたりに頭が来るぐらいだろうか。


 圧倒的に、ワダヤマヒロシ有利である。


 ……というか、魔法まで含めたら、ワダヤマヒロシに負けはないと思われた。 というか、オーバーキルは間違いない。


 しかし。


「うう……情けない……」


 トロールの姿に、ワダヤマヒロシは不意に……ほろり、と涙を見せていた。


 そのままワダヤマヒロシは……静かに、続ける。


「……あんな絵に描いたようなアホ面モンスターでさも……棍棒という『武器』を装備しているというのに。


 俺ときたら……完全に素手じゃねえか。


 『偉大なる勇者』の名がすたるどころか……完全に負けてるし……。


 棍棒相手に素手で殴りかかって勝つとか……どこの蛮族だよ。


 それに……」


 そこまで言ったところで、ワダヤマヒロシは一度、言葉を詰まらせた。


 そのまま、目頭まで抑えてみせる……ワダヤマヒロシは独白を続ける。


「それに……一瞬でも。


 一瞬でも……アレのメスの姿を想像してしまった自分が、憎い。


 まして……俺の妄想自動補正機能が思いのほかイイ仕事をしてしまったのが許せない。


 くそっ!!


 俺の妄想め……なにが『トロ美ちゃん』だ!!


 結構可愛かったじゃねえか!!


 補正どころか……ほとんど『擬人化』ってレベルだったけど!!


 そして……そして………うぅ。


 『俺のサイズ』的にどうなのか……一瞬でも構造計算してしまった自分を、殺したい……。


 そしてトロ美ちゃん……。


 遺言を『ひでぶー!』にさせてしまってごめんね……俺だって結構ショックだったよ……」


 『俺のサイズ』とやらが『ナニ』の事なのか、まったくもってわからなかったりなんかしちゃったりするかもしれなかったりするかもしれないかもしれない。


 がっくりと頭を垂れ、割と本気で凹んでいるワダヤマヒロシ。


 と……その時だった。


 鬨の声。


 集団戦闘の開始を告げる、鼓舞の為の声が……ワダヤマヒロシの耳に突き刺さった。

「第一班!! できるだけ距離を取り、等間隔を保って囲み、足止めしろ!! 退かば押せ、押さば退け!!


 第二班!! 背面など、隙が一番大きいところのみ攻撃せよ!! 決して無理はするなよ!!


 第三班は周囲の警戒!!


 それ以外は………私とともに、散開!! 包囲の外周を固め威圧せよ!!」


 その指揮官と思しき女性の声に……その場にいた五〇人ほどの兵士が一斉に動き出していた。


 ものの十数秒後には、トロールはその集団に完全に包囲されていた。


 しかも、その女性の言葉通りに。


 比較的緩やかに配置された包囲網は、密集の愚を避けるためと思われる。


 トロールの手の届く場所には兵士はおらず、トロールはためらうばかりだった


 時折数歩前に出るが……その都度、そちら側の包囲網が後退する。


 そしてその逆方向の包囲網が狭くなる。


 上から見ることができれば……トロールを中心とした円が、トロールを中心にしたまま動いているように見えただろう。


 その統率された動き。


 それに……ワダヤマヒロシは思わずうなっていた。


「山賊の類じゃねえな……これ、軍隊じゃねえか。


 なんでこんなところに……」


 ためらうワダヤマヒロシ。


 その目の前で、トロールが悲鳴を上げる。


 包囲されたその背中側から、数人の兵士が、少数ではあるが斬撃を入れたからであった。


 それにトロールが反応しようとした時……斬撃を入れた兵士たちは、とっくに包囲網の輪の中に戻っていた。


 そしてそのトロールの背中を、新しくできた背面側の包囲網が、軽い斬撃を入れて行く。


 完全に統率された集団、それはまるで生き物のように動いていた。


「包囲網を、さらに緩く!! いつでも散開出来るように!!


 逃げるようならそのまま逃がせばいい!! 追撃戦の方が被害が少ないからな!!


 防御を徹底せよ!!」


 女性指揮官がそういうと……その集団はまたも生き物のように動く。


 それはまさしく……アリの集団が、自分の身体の百倍の昆虫に襲い掛かっているようにも見えた。


 その結束の前に、トロールは一〇分ほどで膝を落とした。


 そこに……もういちど女性指揮官の声が飛ぶ。


「油断するな!


 遠距離からの攻撃に専念せよ!! 動かなくなっても、さらに続けろ!!」


 女性指揮官の言葉は、鉄の規律をもたらしていた。


 そしてそのすぐ後に……トロールは全く動かなくなった。


 それを注意深く見ながら……女性指揮官は続ける。


「やはり……辺境は魔物が濃いな。


 これほど強力な魔物が、ざらにいるとは。


 とは言え……我が軍の敵ではないが。


 とどめを!!」


 女性指揮官の言葉に……兵士たちが応じる。


 数十人の兵士たちが一斉に、動かなくなったトロールに刺突する。


 そして矢ぶすまにされたトロールは……断末魔の絶叫をあげ、そのまま絶命した。


「軍隊……しかも、他の国の軍隊が、なんでこんなところにいるんだ?


 ここはまだハンガー王国……緩衝地帯って訳じゃねえだろ」


 ハンガー王国の紋章は炎を纏った双子の鳥。


 破壊と再生を司る『再生神』と同じ紋章だったはず。


 対してその軍隊は……公然と武器を携帯しながら、紋章はおろか、軍籍を表す徽章を一切身に着けていなかった。


 地球で言うなら、ハーグ陸戦条約違反……警告なしに撃ち殺されても文句は言えない。


 なぜならそれは……奇襲や先制攻撃とみられてもやむを得ない行動だからだ。

「けっ、警戒ーー!!!」


 その、戦闘を終了させて少しばかり緊張感がほぐれた集団に、再び緊張が走った。


 見張り役の男が、ワダヤマヒロシの姿を認めたらしかった。


 それを見ながら……ワダヤマヒロシはため息を付く。


「……あーはいはい。 そりゃそーだよねー、見つかるよねー。


 はいはい、でかくってごめんなさいねー……よっこいしょ」


 ひがみっぽく言いながらゆっくりと立ち上がるワダヤマヒロシ。


 山道の外れ、木々の重なり合った部分からワダヤマヒロシが身体をさらすと……戦闘集団に、明確な動揺が走った。


 人語を口にしながら、彼らのほぼ一〇倍の身長を持つワダヤマヒロシが出現し、立ちはだかるさまに……彼らは一様に恐怖した。


 しかし……それでも彼らは集結し、ワダヤマヒロシと彼らを指揮する女性の間に入ると奇麗な陣を作る。


 いわゆる、肉の壁、という事であろう。


 その壁の奥で、彼らを指揮していた女性指揮官は、短く叫んでいた。


「なんだ、あれはっ!?」


「なんだと言われてもね……俺ですけど?」


 不愛想に応じるワダヤマヒロシ。


 察するに……あからさまに警戒され、若干傷ついている様子だった。


 ワダヤマヒロシは、続ける。


「それに、あれ、ってなんだよ。 俺はこう見えても人間だっつーの。


 ほら、ちゃんとここに目があって、ここに鼻があって、意外かもしれないけどちゃんとここにも口が」


「そ、そういう話ではない!」


 ワダヤマヒロシの自嘲気味の言葉に、女性指揮官が鼻白む。


 ワダヤマヒロシは、もう一度ため息を付いた。


「あーそうですか。 ……ですよねー。


 こんだけデカいと、見る方も困りますよねー……よっ」


 言いながら、身長一七メートル、体重六十数トンの巨体が、地面に胡坐をかく。


 それだけで……周囲には軽い地響きと、押しのけられた空気による風が広がってゆく。


 ずうううん、そして、ひゅううう、と。


 たったそれだけの動作だったが……目の前で高速機動する巨人の姿に、その戦闘集団は絶句した。


 さもありなん。


 地球においても、ニューヨークの自由の女神像(身長約三四メートル)が原寸の人間と変わらぬ早さですったすった歩く姿を目撃すれば、見る人間は、恐怖しか感じないであろう。


 ちなみにアレ……日本においては『自由の女神像』だが、現地では『自由の像』と呼ぶらしい。


 なぜなら、モデルが……実は女性ではなく、設計者の兄である可能性が、結構な確率であるらしいからだ。


 ……なるほど、道理で、女神様にしては御顔の造作が以下略。


 多くの日本人が突っ込まずに我慢しているが、『どうせならもうちょっと美人に作れよ!!』『せめてそこは巨乳ちゃんだろ!!』『まず肌面積が圧倒的に少ない件について話そうか』という叫びはそのまま封印しておいた方が良い、という事だ。


「で……お前ら、何なの?


 この国と、戦争でも始めようっての?」


 ワダヤマヒロシのふてぶてしい顔から出たそんな言葉に……その集団に、今までとは少し違う種類の緊張が走った。

「……何のことかな、巨人殿」


 と。


 その女性指揮官は、ふいに目を細めながらワダヤマヒロシに応じた。


 目を細めたのは、警戒のレベルを上げた、という事であろう……少なくともワダヤマヒロシに母性を感じさせる要素はない。


 応じてワダヤマヒロシは苦笑を見せる。


「……そういうのは、いいんだよ。


 どうせ……アレだろ?


 ハンガー王国がハンガー平原の開発に手を出したらしい、『暴風雨』も姿を消した、なればここは侵攻に備えて偵察を。


 ついでに『威力偵察』もできれば、ってとこか……」


「……。 ほう、なぜそう思われる?」


 肯定も否定もせず、女性指揮官はただ問い返す。


 ただ……その声色から、緊張感が少し薄れていた。


 ワダヤマヒロシは応じる。


「お前ら……まるで、冒険者みたいな恰好をしてるけどさ。


 でも、軍人だろ?


 あんな組織立った動きは、冒険者じゃできない。


 分隊ならまだしも、小隊同士の連携とか絶対無理だ。


 そこへ来て、軍籍を示すものは何一つ身に着けていない……という事は、少なくともこの国の軍隊じゃないし、他国の表敬訪問の類でもない。


 となれば、他国の軍隊。


 時期的に……次々開発されてゆくハンガー平原がおいしそうに見えたんじゃないかな?


 で、きっとお前ら全員……今日はたまたま全員非番で、狩りに来たけどたまたま迷っちゃいました♪、とか?


 だとすれば……ザル過ぎんだろ、その設定。」


 その言葉に……女性指揮官は、兜からわずかに見える口元に、微かな笑みを見せた。


 その口元だけで、女性と判断できる……その美貌の片鱗がうかがえる顔。


 なお……その美貌の女性指揮官は、ただ一人、全身に及ぶ鎧を身に着けていた。


 金属の光沢などない鎧。


 無光沢マット系の装備を好むのは、この世界の軍人も米国軍人も同じらしい。


 もしかして:光の反射。


 鋲などところどころに金属は使ってあるのであろうが、ほとんどが硬質の皮革と思しき全身鎧だった。


 そして重要な事ではあるのだが……巨乳さんかどうかは、硬質な鎧であるため、分からなかった。


 他の異世界においては……金属の鎧でも胸の部分がぽよぽよ揺れる魔法がかけられているというのに!!


 なぜかと問われれば……ここは譲れなかった、と答えるしかない。


「ふふん……山菜取りかも知れぬがな」


 不敵な微笑を見せながらの女性指揮官のその言葉……ワダヤマヒロシは、小さく吹き出した。


 そのために……ワダヤマヒロシは気付けなかった。


 女性指揮官の笑みが……若干自嘲気味だったという事に。


 彼女はそのまま続ける。


「いやはや……慧眼だな。 無論我々が『そう』だとは言わないが。


 人語を解するどころか、兵法をたしなむとは。


 巨人にしておくのは惜しいくらいだ」


「うるせえ、好きでこうなったんじゃねえよ。


 ……日本のオタクを舐めんなよ。


 歴史的に見ても、『業』の深い一族日本人。


 鳥獣戯画の時代から『擬人化』はあったし、江戸時代には芝居の小道具として『猫耳』はすでにあった。


 それだけ『業』の深い日本人だ。


 その名残か近年のオタクコンテンツは……日本の伝統に基いて、携帯兵器や戦車に戦闘機、果ては軍艦に至るまで擬人化……と言うより美少女化してるんだからな。


 いわゆる『ミリタリー』×『萌え』、『ミリ萌え』ってやつだ。


 そうなれば当然その特徴や時代背景も調べるし、それが重なると……自然と戦史や戦略にも造詣が深くなる。


 趣味で始める勉強と、学校で習う勉強、どっちが効率がいいと思うよ。


 だからたぶん、例えば『威力偵察って何ですか?』って問いや『補給の重要性』に、正確に答えられる国民の割合……軍事関係者や徴兵制がある国を除けば、日本は世界一だと思うぞ?


 きょうび、日本でオタクとして生きてきた人間には、軍事知識も自然と身につくってもんだ」


「……? 何を言っているのか、よくわからないのだが……」


 珍しくフンスしているワダヤマヒロシ。


 対して女性指揮官は、ぽかーん、であった。


 と……女性指揮官が不意にその表情を締める。


「で……どうするのだ?」


「……? どう、とは?」


 女性指揮官と問いかけに、ワダヤマヒロシは自然と問い返す。


「貴殿は我々を、他国の軍隊と思っているようだ。


 威力偵察まで考える侵略者、とな。


 ふふん……迷惑な話だがな。


 では。


 それを前にして、貴殿はどのように対応する?


 できれば、通していただけると助かるのだが」


「いや、どうもしないよ?」


 ワダヤマヒロシの即答に、今度は……肉の壁要員である兵士たちが驚いていた。


 ワダヤマヒロシにその気がなかったとしても、十分すぎる威圧を与える目の前の仮想敵が、『何もしない』と断言したからだ。


 しかし兵士たちは……油断しなかった。


 携えた武器を握る手に、微かに力が入る。


 それは、それぞれの長剣であったり合成弓であったりしても同様だった。


 なぜなら、『何もしない』という目の前の巨人がそのうち……『先っちょだけ!』とか言うかもしれないのだから。


「疑り深いなー……だから、どうもしないし、何もしねえよ。


 見つかったから、出てきただけだし。


 ……言っとくけど、俺、この辺の街道を歩くのにも、けっこう気ぃ使ってんだからな!


 この図体……人や荷駄を踏んだり蹴っ飛ばしたりしないようにするのは勿論、プレッシャーを与えないように手ぇ振って歩いたりしてるし!」


 その言葉を聞きながら……女性指揮官は、側近と思しき男の耳打ちを受ける。


 その進言に……女性指揮官は納得したように応じる。


「なるほど、あれが……『偉大なる勇者』。


 古竜『暴風雨』を倒したというのも、あながち誇張ではないのかもしれんな」


 と……女性指揮官の言葉に、兵士たちが初めて動揺を見せた。


 『暴風雨』の脅威は、広く大陸中に浸透している。


 実際、悪さをした子供を叱るのに、その名が使われるくらいだ。


 『暴風雨』のところに連れて行くぞ、とか、生贄に捧げるぞ、とか。


 実際彼らもそういう話を聞いて育っている……そしてそれは、おとぎ話の類ではないのだ。


 言わば、生ける伝説。


 そしてそれを倒したという巨人を前にして……彼らが怯えないはずはなかった。


「で……お前らの方こそ、どうなんだ」


 と……ふいにワダヤマヒロシが問いかける。


「俺ね、こうみえて、丸腰なんだけど(…まあ装備可能な武器がないってこともあるんだけど)。


 おたくの国は、たった一人の丸腰の人間を誰何すいかするのに、武辺も高い軍人が何十人も寄ってたかって取り囲むことを『是』とすんのか?


 痛すぎるだろ。


 それに……聞いて答えるかどうかは分からないけど、俺はまだ、お前らが何処のどいつって話、きてないぜ?」


「おっと……これは失礼したな、『偉大なる勇者』」


 ワダヤマヒロシの言葉に、女性指揮官が不意に苦笑を見せた。


 そのままハンドサインで、警戒態勢の解除を指示する。


「……。 あっ」


 と……兵士たちが動揺しながら武器を下ろしてゆく姿を見ながら、ワダヤマヒロシはあることに思い至った。


 目の前の集団が……国籍不明の武装集団が徽章や紋章も掲げず他国の領土を歩くという行動、その根拠。


 ワダヤマヒロシは、それをそのまま口にしていた。


「そうか。


 『亡命』、『逃亡』、あるいは…………『外交特使』か」


「ふふん……その全てが当てはまるかもな。


 私の名は、アンノマイヤ・アイヤネン叔伯爵(伯爵の身内)。


 近衛のものを引き連れ、主君の忘れ形見アンナカーリナ・ビョルンストルム親王殿下とともに、ハンガー王国に身を寄せんと参った。


 残念だが……『帝国』の攻撃を受け、我が『ビョルンストルム王国』は、敗戦した」


 面あてを完全に開放しながら……女性指揮官が名乗りを上げた。


 その目は……泣き腫らした後のように、充血が収まっていなかった。

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