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俺の食事事情がプロレスすぎて困る件

「おーい。 こんちゃー」


 ワダヤマヒロシは十メートルはあろうかと言う城壁に肘を掛けながら、王都ハンガーヒルの町並みの一角に声をかけていた。


 それが、きっかけとなった。


『勇者だ、『偉大なる勇者』が来たぞー!!』


 町のどこからか、絶叫に近い音量で誰かが叫ぶ。


 その瞬間……町の一部の建物の中から、一斉に人が飛び出していた。


 それはもう、必死の形相。


 そして彼らはワダヤマヒロシの姿を認めると……先を争うように必死で彼のもとに集まっていた。


 中には、軽食の屋台を全力で引っ張るものもいる。


 また、走っている者たちの姿もよく見れば……彼らは一様に、手に手に何かを携えていた。


 そして……恐ろしい早さで、『簡易食堂』と『屋台村』を形成する。


 そう。


 それは……ワダヤマヒロシの特別な食料事情に対応した、『ハンガーヒル飲食業協同組合』の皆さんと、『ハンガーヒル屋台連合』の皆さん。


 今日もワダヤマヒロシの胃袋を満たすべく……まあ正確にはワダヤマヒロシからなるべく多くの金貨を巻き上げるべく集参した、王都ハンガーヒル内の飲食業の皆々様の姿だった。


 そう……ワダヤマヒロシの食事は、特別だった。


 なぜなら彼は……通常の一〇〇〇倍の胃袋を持つ、一七メートルの巨人。


 一〇〇〇人の団体様が来るのと同じである。


 その、一度に日本円で一〇〇万円、金貨十枚のお買い物。


 しかも、ツケや分割払いなどではなく……即金!! 金貨だけに!!(ドヤァ


 まさしく、爆買いの海外旅行者なみの優良消費者であった。


 そこにサービスを提供しようというものが現れるのは同然である。


 彼の場合……それは、食事だった。


「勇者勇者、こないだ教えてもらったシシケバブ!! いい感じで焼けてるよ!!」


「こっちだって負けてねえ!! 中を抜いて香草を詰めた鳥の丸焼きだ!!


 教わった通り、パン焼き窯でゆっくり焼いてあるから、肉が固くねえんだ!!」


「なんの! こっちだってパン焼き窯だ!!


 勇者に教えてもらったピザだよ、ピザ!! 勇者、腹が減ってるなら肉よりこっちだろう!!」


「腹が減ってるならハンバーガーだ!


 ひき肉を丸めて叩いて焼いて……それだけでもうまいのに、パンで挟むなんて、画期的すぎるだろ!!」


 料理人と思しき人々が、手に手に口に出した料理を天に掲げ、出来栄えをワダヤマヒロシに見せようとする。


 それらは……この王都にはなかった料理。


 ワダヤマヒロシが日本から持ち込んだ知識により調理されたもの……いわゆる、料理系チートである。


 と言っても……ワダヤマヒロシには、調理の心得はない。


 『男の料理』どころか、『独身男のエサ』レベルの調理もやったことがない。


 せいぜいが、テレビのグルメ番組や料理マンガの知識レベルだった。


 なので……この世界に、料理革命や『私ニコノ調理方法ヲ売ッテ下サーイ!』的なイベントは……今後、もう、ない。 たぶん。


 それを無償で提供したのは、彼からすれば……食いたいものが食いたかった。 ただそれだけである。


 しかし。


 そのおかげで……現時点において、食の多様性はこの王都が一番となっていた。


「(……と言っても……金がかかるのは、変わらないんだよなぁ……)」


 料理人たちの掲げる料理を旨そうに見つめながら……ワダヤマヒロシはひとり、ごちていた。

 と……料理人の中から、ごつい男が一人、歩みだしてきた。


 周囲から一目置かれているのだろうか……彼が歩く道は、彼が通る前から人が退いてゆく。


 料理人には決して見えない、偉丈夫とでも言うべきその男。


 『ハンガーヒル屋台連合』の胴元、その名を、ブランドと言った。


 要はテキヤの親玉である。


 と……もう一人。


 ワダヤマヒロシが城壁の向こう側から見下ろすその人垣の、ブランドの反対側。


 そこから……いわゆる、コックの姿をした女性が歩み出る。


 『ハンガーヒル飲食業協同組合』代表、カーシャ。


 その体形は、言うなれば……ダイエット食品の広告の、使用前と使用後の、中間よりやや使用前側か。


 既に妙齢を越えつつあるその女性……いわゆる肝っ玉母ちゃんがダイエットに大成功したら、こうなるのであろう、と言った感じだった。 彼女に反抗期の子供がいたら、絶対鬼ババアと呼ばれているはずだ。


 その体形は、言うなれば……ダイエット食品の広告の、使用前と使用後の中間より、やや使用前側、といったところか。


 二人は並んでワダヤマヒロシの前に立つと、軽く一礼した。


 そして……体勢を変えて、にらみ合う。


「ふふん……今日も、負けねえからな、カーシャ」


「おやおや……今日も、と言ったかね、ブランド。


 確か昨日はうちの圧勝だったはずだけど。


 そのことを忘れるとは……お前さんの頭はずいぶん都合よくできているんだねえ」


「いやいや、トータルでは負けてねえさ。


 この一か月……うちは料理の革命を続けてきたんだ」


「それはこっちも同じだよ。


 そもそもお互い、『偉大なる勇者』のお知恵を借りてるに過ぎないじゃないかね。


 新しい知識が入った分、都合の悪い記憶は消えて言ってるんじゃないかねえ?


 ずいぶんおめでたい連中だね」


「ぬかせ、カーシャ。


 ……『偉大なる勇者』をお待たせする訳にはいかねえ。


 腕で勝てねえからって、口で突っかかってくるんじゃねえ。 時間の無駄だ」


「同じ言葉を返してやるよ、ブランド。


 さあ、勝負を始めようか」


 二人のやり取りはまさに、ラップバトルのようなディスり合いだった。


 そして互いに不遜な視線を交わし合い……ワダヤマヒロシに背を向ける二人。


 いつの間にか、料理人たちの背後には……多くの人だかりができていた。


 その群衆たちに顔を向けながら、二人は叫んだ。


「「さあ! 本日の『ふーどばとる』を始めようぜ!!」」


 その言葉に、群衆たちが大きな歓声を上げた。


 その歓声の大きさは……ワダヤマヒロシの小さな呟きを打ち消してしまうほどのものだった。


「……はいはい、茶番、乙……おっ?


 野分、帰ってきたな………」


 と……ワダヤマヒロシは不意に、視線を城壁の上、少し離れたところに向ける。


 ワダヤマヒロシの言葉通り……城壁の上を歩く、野分の姿があった。


 基本的には一般人立ち入り禁止の城壁最上部。


 そこを一人歩く野分。


 おそらくは……城門をくぐれず、城壁を飛び越えても体が大きすぎて歩行さえ困難なワダヤマヒロシに代わって、森で助けた少女ルビンスカヤを送り届けてきた帰りなのであろう。


 ワダヤマヒロシは、ふと気付く。


 野分は……少し、不機嫌そうな顔をしていた。


 それを問いかけようとした瞬間……野分が先に言葉を返していた。


「主、後で話がある。


 だがしかし……今はメシが先じゃ!!」


 そう言うと野分は……ムスッとしたまま一〇メートル以上の城壁を飛び降りていた。


 そしてそのままケロリと歩き出すと……いつの間にか用意されていた、『審査員席』に座る。


 そして……食事の匂いに機嫌を良くしたのか、満面の笑顔で叫んでいた。


「さあ、料理人どもよ!!


 我とわが主の胃の腑を満たさんとする者どもよ!!


 そして……いずれはその腕で、王宮の料理人となったり、神をも唸らす伝説の料理人として歴史を残すかもしれない者どもよ!!


 これはまさしく、登『竜』門!!


 まずは我をうならせ、その胃の腑を満たしてみよ!!」


 その叫びに、料理人はおろか群衆までもが、おお、と唸る。


 その姿に……ワダヤマヒロシは素直な感想を小さく呟くのであった。


「……何気にうまいこと言ってんじゃねえ。


 それに……怒ってんのか、機嫌がいいのか、どっちかにしろよ……」


 その感想に関わらず……『ふーどばとる』は始まろうとしていた。

「さあっ!!


 『ふーどばとる』は佳境も佳境!!


 本日最終の、第一〇戦じゃ!!」


 野分の大きな声に、料理人たちと群衆たちの中から大きな歓声がこぼれていた。


 その人の波の中に……第九戦の勝者と敗者が消えて行く。


 勝者は金貨一枚を手に料理人たちに背中を叩いて祝福され、敗者もまた周囲に励まされながら消えて行く。


 そしてその光景に群衆たちがそれぞれの言葉をかける。


 娯楽に飢えている群衆たちにとってそれは、一大イベントだった。


 毎日の事で良く飽きないと思うが……それでも『勝負』と言うのは観客を熱狂させるらしい。


 お昼休みのうきうきなウォッチングどころの騒ぎではなかった。 …もう夕方だけど。


 ちなみに……勝者の料理九九.九人前はそのままワダヤマヒロシに金貨一枚で買い上げられ、敗者の料理九九.九人前は観客に格安で販売されるというシステム。


 まあ、敗者の分のほぼ一〇〇人前の食事を廃棄するのはもったいないという事だ。


 それが、より客を集める……興奮の対象となった料理を、その場で食べられるからだ。


 ちなみに……中途半端な〇.一人前は、勝敗を審査する野分の分。


 フードバトルを一〇戦やって、ちょうど二人前。 ……野分は意外と大食いであった。


 そして同様に、ワダヤマヒロシが支払うのは、賞金(代金?)金貨一枚×一〇回で、計一〇枚。


 食事一回ごとに金貨一〇枚、日本円で一〇〇万円かかる大巨人、ワダヤマヒロシさんであった。


 なお。


 直接金を払うのは、野分の仕事であった。


 ……悲しいかな、ワダヤマヒロシの巨大な指は、地面に落ちた金貨一枚をつまむこともできなかったからだ。


 野分は、続ける。


「本日ここまでの戦績は、『組合』対『連合』、四対三の二引き分け!!


 『組合』側の一歩リード!!


 泣いても笑っても、これが最後の一戦!!


 勝ったサイドには、『偉大なる勇者』の明日の朝食と昼食を作る権利が与えられる!!


 もちろんその為に、金貨二〇枚が与えられる!!


 さあ!


 最後の一戦を始めよ!!」


 その言葉に、群衆はさらに熱狂する。


 そして登場したのは、各陣営の代表……『ハンガーヒル飲食業協同組合』代表カーシャと、『ハンガーヒル屋台連合』代表ブランドだった。


 名実ともに最終決戦、というクライマックスであった。


「(……いや、いい加減腹減ったんで、早くして欲しいんですけど……)」 


 場内の盛り上がりに、熱い興奮を見せるワダヤマヒロシ……ではなかった。

 なお……この、フードバトルと言う形式。


 基本的には、ワダヤマヒロシの発案であったものを、野分が現在の形にした。


 どうも、ワダヤマヒロシの『記憶』を参考にしたらしい……要は、バラエティー番組だ。


 そのうち、ひな壇芸人でも出てくるようになるのかもしれない。


 元々の形は……ワダヤマヒロシの胃袋に必要な一〇〇〇人前の料理を、一〇〇人前ずつ、一〇回分に分けて『競争入札』させるというものだった。


 これには、ワダヤマヒロシの配慮もあった。


 毎回一〇〇〇人分の食事を必要とするワダヤマヒロシ。


 彼にとって一番いいのは、食事をどこか一店舗に絞って自分を囲い込ませ、独占させること。


 そうすれば値引き交渉もできるし、食事の質の向上も見込める。


 店舗側にすれば、少々値引きしても継続が見込まれる高収入。


 双方ウィンウィンの関係になって、万々歳……と行きたい所だったのであるが。


 なにせ彼は、冒険者である。


 いつ死ぬかわからない(と言っても彼を倒せるものなどそうそういないが)し、遠出して数日間帰ってこない(と言っても彼の移動速度は(以下略))事も考えられる。


 少なくとも、毎日一日三回という決まった周期で食事を出来るとは、限らない。


 そうなると……業者を固定していた場合、ワダヤマヒロシが不在となると、食材に大量のロスを発生させ、大赤字に転落させることも考えうるのだ。


 そうならないようにするために……ワダヤマヒロシは、『競争』をさせることにした。


 つまりは多数を参加させることで……参加者のリスクの分散と、企業努力が見込める。


 当然商売である以上、競争に負けると不良在庫を抱えることは考えられるが……それこそそれは商売というものそのものがもつ根本的なリスク。


 集中しないよう分散されてもなおそのリスクを負えないようでは、そもそも商売することが間違っているというものだった。


 そして企業努力……これは言うまでもなく、今後の品質の向上のためだ。。


 かくしてワダヤマヒロシは……完全に買い手有利の、『ワダヤマヒロシ食事産業』を形成することに成功したのである。


 まだまだ『質』より『量』という年齢。


 溢れかえる『食欲』を満たすため……食費も極力減らす為、ワダヤマヒロシは、必死で考えたのであった。


 そしてそれが……金銭的にも品質的にも、この国の食産業を大きく発展させていることに、ワダヤマヒロシは気付いていなかった。

「むうっ!! こ、これはすごい!!


 ……正真正銘、豚の丸焼きではないか!!


 本来なら、オークを狩ってくれば安く代用できるのに、『人型はイヤ、ゼッタイ』とか言ってワガママで食わず嫌いなスキキライを見せるおこちゃまな主に対する、何と言う心遣いであろうか!!


 のう、主!!


 のうのう!!」


 屋台連合から出された料理に、ワダヤマヒロシを見上げてイイ笑顔を見せる野分。


「………うるせえーわ。 人型なんて……器ぐらいでしか受け入れらんねーっての」


 余人はそれを、女体盛り、という。


 不満そうな表情を見せながら、ぼそりとつぶやくワダヤマヒロシ。


 それはまさしく……この世界ではほとんど市場に流れない豚であった。


 地球では普通に流通している豚肉だが、この世界で市場に流れないのは……訳があった。


 粗末な餌でもやっとけば、勝手にポコポコ増える豚。


 地球でも発展途上の国では……残飯だけではなく、人の排泄物をも与え、それでも全く問題なく育成できるという。


 妊娠期間約四か月、一度に一〇頭以上出産し、年に二~三回出産するという恐るべき繁殖力に加え……どんなに粗末な餌でも一度口にしたものは排泄までに一週間程度かかるという、信じられない消化吸収能力。


 まさに豚は、どんなに貧しい国にもいる、食肉用生産用動物の王様である。


 だが……それでもこの世界では、生産量が少なかっだ。


 魔物による食害が、激しいからだ。


 基本的には農地を含め、キロ単位の外壁に覆われた王都ハンガーヒルではあるが……どうしても、畜産業は外壁側に追いやられる。


 鳴き声による騒音と、糞尿による異臭の為である。


 そこへ来て外壁側は……いくら城壁が高く、魔物の侵入を阻んでいるとはいえ、『侵入型』や『潜入型』の魔物が時折壁を越えてしまう。


 その、格好の餌食になってしまうのだ。


 それゆえに……この国の畜産業は、かなり下火であった。


 そこで代用とされるのが、冒険者たちが狩ってくる魔物である。


 中でもオークやオーガは……豚肉のような味がするらしい。


 しかし。


 地球人にとってそれは、かなりの抵抗があるだろう。


 野分の言う『ワダヤマヒロシの『スキキライ』』……人型の生き物を食べるのは、どうしても食人行為を連想させてしまう。


 これだけは、絶対に慣れなかった。


 ……とはいえ。


 おそらくすでに……ワダヤマヒロシはオークの肉を何度か口にしているはずであった。


 なぜなら……一回あたり、一〇〇〇人前の食事の量。


 その大量の食事の中で、混じっていないはずはないのだ。


 これに関しては本人曰く、『……まあ、うまく騙してくれたら良いよ』とのこと。


 ……恋愛中毒の女かヤンデレか、と突っ込みたい所である。


 さて。


 さっそく豚の丸焼きを試食し、隠し味がどうとか絶賛の言葉をかける野分……本当にわかって言ってるのか、と問いかけたい所ではあったが。


 褒めちぎられて、満更でもない表情を見せるブランド。


 その勝ち誇った顔のブランド……それが、奇妙な違和感を覚えた。


 『ハンガーヒル飲食業協同組合』代表カーシャの顔が、まだ血の気を失っていなかったことに。


 そしてカーシャは、にやり、と笑った。


「では…こちらの番だね。


 本日の『ふーどばとる』、最終品目。


 我らが『ハンガーヒル飲食業協同組合』が出品する、最後のメニューは……こちらです!!」


 そう言ってからカーシャは……テーブルの上の蓋を次々取り、メニューを衆目に晒していく。


「こ、これは……何というか……」


 困惑顔で応じる野分。


 そこにあったのは……水産物が多めの、比較的あっさりしたメニューだった。


 それに、固くてまずい黒パンではなく、この国では珍しい……正真正銘、小麦粉一〇〇パーセントの白いパン。


 どちらかと言えば、地球における高級ホテルの朝食に近い……いや、そのものと言って良かった。


 料理と言うより、コースと言った方が良いように思われた。


「た、確かに、うまそうではあるが……いや、きっとうまいのは見ただけでわかるので間違いない。


 しかし……何というか。


 夕食のメニューとは、ほど遠いような気がするのじゃが……むしろ、明日の朝に食べたい料理じゃ。


 確かに今日の料理は……濃いものが多かったからのう……」


 ためらったままの野分。 だが、食指が動いているのは間違いない。


 それに、カーシャが不敵な笑みを見せる。


「ならば……当方の負けにすれば良いのです。 不戦敗でも構いません。


 そうなると……互いに四勝四敗二引き分けのドロー。


 そして判定で、当方の勝ちとなれば……明日の朝は、この『朝食』を召し上がっていただくこととなるでしょう」


「むうっ……!? そう来たか!!!」


 妖艶さまで滲み出して見えるカーシャの笑みに……野分は大いに感嘆していた。


 そして、断言する。


「今回の勝負、連合側の勝利!! 


 よって、今回の『ふーどばとる』は判定へ!!


 勝者は……『組合』側とする!!」


 その声に、群衆は割れんばかりの拍手と快哉の声を上げていた。

 群衆の熱狂。


 それを、絶望したように眺めるのは……ブランドだった。


「ば、馬鹿な……試合を捨てたうえで勝利とは……」


 全身で動揺を見せるブランド。


 しかし……この戦いの勝者は、カーシャだった。


 不敵に笑うカーシャ。


 そして……その表情と同じ口調で、カーシャは言葉をかけた。


「なぁにね、こちらは今……とんでもない隠し玉を用意してるのさ。


 これには……とんでもない手間と日数がかかっちまってね。


 そのために……こちらに手を掛けていられないってことだよ。


 それまでは片手間でやって……アンタと引き分けられれば、それでいいってことだね。」


 カーシャのその言葉に……群衆たちの拍手と歓声が、一瞬でやんだ。


 ブラントもまた、顔から血の気が引いてゆく。


「なん……だと……?」


「ふふん……それを、楽しみにしてな。


 …野郎ども!!!!


 負けた奴は、それを材料に反省しな!!


 勝った奴は……『偉大なる勇者』にお給仕を!!


 多くは言わせるなよ……あたしたちは、誇り高き料理人だ!!


 急げ!!!!!」


「「「「「「「「「喜んで!!」」」」」」」」」


 カーシャの言葉に、参加者の九名が一斉に動きだす。


 彼らは料理人、ここは野外ではあるが……それは彼らの厨房の中での動きだった。


 常に全速。


 その動きで、カーシャの指示に従ってゆく。


 群衆も『連合』側の人間も、それを畏怖に近い表情で眺めるのだった。


 目の前の異能集団を前に、それしか、できなかったのだった。

「(……だから、なんなんだよ、この茶番………料理バトルマンガじゃねえっての……)」


 もはやため息しか出ないワダヤマヒロシ。


 緊張感に満ちた雰囲気の場を前にして、いちおう、それを口にしない分別は、あったようだった。


 なお。


 この『ふーどばとる』。


 観光資源となり、この王都の名物として長く残ることとなる。


 本人は思いもよらなかったが……ワダヤマヒロシの影響は、この国ののちの観光収入にも飛び火していたのである。

「だからさ……カーシャたん、隠し玉って……この間、下ごしらえしてたアレだろ?


 ぼく、一緒に手伝ったじゃん。 知らないふりするのに……必死だったお」


「いやん、バラしちゃだめえ。 内緒なんだからぁ。


 ね、チューしてあげるから、黙っててえ」


 濃硫酸のタンクに投げ込みたくなるような会話は……カーシャとブランドのものだった。


 フードバトル終了の二時間後……密会している二人。


 それこそ濃硫酸のタンクに投げ込まれたかのように、顔をデレデレのドロドロにしてイチャイチャする二人であった。


 真剣勝負セメントはどこへ行ったというのか……何というプロレス。


 これもまた、この行事が長く続く所以ゆえんでもあった。

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