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俺のタダ働きが多すぎて困る件

「うーい……じゃあ、戦利品でも集めて、けーるかー……あっ」


 言いながらワダヤマヒロシは、先ほど蹴っ飛ばしたマンティコアの死体を拾い集めようとした。


 そしてすぐ気付く。


 己の周囲。


 大きく成長した樹々が生い茂る豊かな森……だったはずなのに、直径一〇〇メートルほどの円形ハゲが。


 いつの間にかワダヤマヒロシは、そのミステリーサークルの中心にいた。


 ていうか……先ほどデモンストレーションに使った『風』の中級魔法『竜巻』により、広大な範囲で周囲の木々が一定方向に薙ぎ倒れていたのだった。


「おー、よく見たら、樹が倒れてる方向が、台風の渦巻きと逆方向だ。


 これって、ここが南半球ってことなんだね………って、おいいいいいい!!!


 マンティコアの死体、どこ行った!!??」


 慌てて周囲を見渡すワダヤマヒロシ。


 しかし……周囲の木々さえも引っこ抜かれるか倒れるかしているこの状況。


 探すまでもなく……今回の獲物は、どこかに吹っ飛ぶか、切り刻まれるかしていたらしい。


「……あー。 俺の一〇日分の食費が……」


 ぺちんと額を叩くワダヤマヒロシ


 食用には向かないが、高級な装備品の素材となるはずのマンティコア数体の死体……概算で、金貨三〇〇枚分。


 日本円で三〇〇〇万円の収入の喪失だった。


 無論それは、彼の巨体を支えるための食費に消えるはずだった。


 その、消失……ワダヤマヒロシは、シニカルな笑みを浮かべた。


「……まあ、いいか。 まだ少しは金はあるし。


 しかし……慣れって恐ろしいな。


 世の中には一〇〇万円ぐらいの借金で首をくくる人もいるってのに……まして俺なんて、転生前は無収入だったのに。


 目の前で三〇〇〇万円消えて、まあいいかで済むとか……いや、やっぱ惜しいな……」


「ふふん。 我の指導の賜物じゃな!」


 と……ポケットの中から野分がフンスフンスしながら言っている。


 ちなみに……その尻の下には、金貨三千枚が袋に小分けされて入っている。 日本円で三億。


 『暴風雨』討伐でハンガー王国に貰った報奨金と……ここ一か月の冒険の成果である。


 ときどき上から覗き込んだ時に、野分が袋を開いてうっとりしているのを、ワダヤマヒロシは見たことがある。


 これは金の亡者という訳ではなく……ただ単にヒカリモノが好きというだけのようだ。


 流石はヒカリモノ好き好き大好きのドラゴンの血統……クエストなんかでドラゴンを倒した時に高級装備や金銀財宝がドロップするのはそういう理屈らしい。


「……アホか。


 そのせいで今、三〇〇〇万円逃したんだろうが。


 ……ちょっと探すから、もうちょい待ってろ」


「ふん……セコいのう」


「……お前が言うな」


 そんなやり取りなどし、倒木を軽々ひっくり返しながら周囲を捜索するワダヤマヒロシ。


 結局……マンティコアの死体は見つからなかった。


 代わりに……気絶した女の子を見つけたよ♪


 なんというベタな展開。

「………」


「………」


 ワダヤマヒロシと野分は、倒れた少女を見下ろしていた。


 少女は……きっと、回復魔法が得意なんだろう。


 そうとしか思えない服装をしていた。


 すなわち……修道服。 それも、大人用の修道服を、小さい子が無理に着ている感じ。


 萌え袖、とでも言えばよいのだろうか。


 いや……日本の低俗な文化を異世界に持ち込んではいけない。


 生態系を破壊どころか文化を破壊してしまう……カルチャーハザードは恐ろしいものである。


「えぇと……生きてる、よね?」


 かなり上空から見下ろしながら、ワダヤマヒロシが覗き込むようにしながら言う。


 応じて野分は……これ以上ないほどに、百点満点の笑顔を見せた。


「のう、主よ。


 どっちだと思うかの? のうのう?」


 からかうネタができてうれしかったのか、心配そうな顔を見せるワダヤマヒロシの不安を引っ張る引っ張る野分さん。


 野分のその顔から、光がこぼれていた。


「……ウザっ。


 だから、どっちなんだよ。


 外傷はなさそうだけど……俺、まさか、生涯初の殺人……」


「だから、そんなものは『慣れ』じゃと言……」


「慣れたかねえよ、殺人に」


 互いにセリフを食い合いながら、そんなやり取りをする二人。


 そのやかましい会話の中でも、少女は目を覚まさなかった。


 ワダヤマヒロシは、思わずため息を付いた。


「………。 いいから、退いとけ」


「あっ、こらっ」


 ワダヤマヒロシは邪険に野分を払いのけると、そのまま両手で少女の身体を下からすくい上げる。


 そして、顔の前で観察する。


「良かった……息は、あるな。 ちょっとごめんな……よっと」


 言いながら、ころん、と掌で少女を転がす。 『少女を転がす』……ものすごい表現だと思うが。


 なお、スカート部分の丈が長いため……残念ながら、ぱんつチラリ、略してパンチラはなかった。


「えぇと……ケガとかはしてなさそう。


 おい、野分。


 お前、古竜の叡智、とか言ってたな。


 全ての魔法を網羅するんだろ?


 回復魔法は使えないのか?」


 ワダヤマヒロシのその言葉に、野分は、むう、と鼻息をみせた。


「主……そなたには我の『古竜の叡智』を授けたよな、分かってて言っておるじゃろ。


 回復魔法と闇魔法は、他の魔法とは少し系統が違うのじゃ。


 基本的には、人間と神と悪魔しか使えんよ。」


「うん、わかってて言った。 使えねえな、て」


「に゛ゃ゛っ゛!?


 主でなければ、ブレスで吹き飛ばしてやるところじゃ!!


 それに、ドラゴンが回復魔法を覚えたら……最強になってしまうではないか。


 魔王にだって、勝ってしまうぞ?」


「……確かになぁ……」


 言葉を返しながら、ワダヤマヒロシはいろんな角度で少女を観察する……と、ふと気付く。


「駄目だ……フィギア鑑賞ぺろぺろしてるみたいになってしまった。 人の道を、外れる」


「何をいまさら……むぎゅう。 襟をつかむな!」


「……黙っとけ。 仕方ない。


 ちょっと早いけど……王都に、帰るか。」


 言いながらワダヤマヒロシは、左のポケットに野分を収納、左手に少女を乗っけながら、帰途についていた。

「おー、王城が見えてきた。 もうすぐ着くなー」


 ワダヤマヒロシは……森を抜け、それに沿うように造られた街道を歩きながら、一同に声をかけていた。


 その視界の前方には……ワダヤマヒロシの言葉通り、遠くにハンガー王国の城が見えていた。


 少し、小さい城。


 その周囲一キロほどの外縁部に城壁と、等間隔で作られた石造りの物見櫓。


 すなわち……城塞都市。


 だがそれは……砦、と言った方がふさわしいかもしれなかった。


 城壁はさほど高くなく、ところどころに修復の跡が見える。


 それも激戦の跡という訳ではなく、ただ単に経年劣化し、崩れたところを補修したと思しきもの。


 全体的に、歴史がありすぎるように見える構えだった。


 だが、曲がりなりにもそこに人は住んでおり、年季の入った壁は、魔物などの外敵の侵入を防いでいる。


 それは、今も……五〇〇年昔も。


 王都ハンガーヒル。


 ワダヤマヒロシと野分の二人だけのパーティ、『風水害対策本部』の拠点となっている町であった。

「しかし……あるじよ、そなたは足が速いのう」


 左のポケットの中から、野分のわきがワダヤマヒロシの言葉に応じる。


「んー? そっかな。


 俺はただ、歩いているだけなんだけど」


「……まあ、そうではあるのじゃろうが。


 やれやれ、主は……己が巨人なのを忘れておるじゃろ。


 普通なら、半日以上はかかる道のりじゃぞ?」


 苦笑しながら、野分は答えていた。


 意外なことではあったが、ワダヤマヒロシの歩行速度は……この世界の人間の一〇倍だった。


 つまり、歩行速度、平均時速四〇キロメートル。


 走るために生産された競走馬なら、最高、時速六〇~七〇キロ。


 ではあるが……しかし、それは数分しか持たない。


 ワダヤマヒロシのそれが『歩行速度』であることを考えると……それは恐ろしい移動速度だった。


 また歩行速度だけではなく、手足を動かすなどのそれ以外の挙動の速さも一〇倍。


 と言うより……通常の人間の動作と全くの等比率で体を動かすことができた。


 そのさまは……特撮映画でよくある、『ただの着ぐるみ』をゆっくり動かして『巨大なもの』に誤認させるというのと全くの『逆』。


 言うなれば、シンでお馴染みの巨大怪獣が、緩慢な動作ではなく……人と同じ挙動で、すったすったと歩いているようなもの。


 ……よく考えれば、キモチワルイ光景だった。


 『ワダヤマヒロシ視点』とでもいうべきか。


 ワダヤマヒロシが、『ミニチュア』の世界を歩いていると言うべき光景。


 そこには、そう見えるように『魔法』や『スキル』が働いて……『辻褄があわされている』のだろう。


 でなければ……彼のような存在は、『物理的にあり得なかった』。


 なぜなら通常の世界で……体の大きさが一〇倍になり、体重が一〇〇〇倍、筋肉の出力が一〇〇〇倍になったところで……『体組織の強度が追い付かない』はずなのだ。


 それこそ、『自分の体重をささえられない』ほどに。


 世界記録に残るほどノッポなノッポさんたちでさえも、骨や関節の負担が大きすぎ、常に苦痛や不調に悩まされているという。


 それを何とかするには……それこそ身体の材料を、金属や、特別な物質や構造に置き換えるしかない。


 恐竜以降の生物は……『巨大化』には全く対応できないのだ。


 『魔法』、『スキル』、恐るべし。


 『異世界』って、すごいよね♪


 かくも『異世界』と言う言葉は便利なのである。

「ふぅん……けど、それが金になるわけじゃないしな」


 げんなりした顔で言うワダヤマヒロシ。


 それに野分は、腕組みなどしながら応じる。


「たしかにな……。


 そういえば……まえに主に、運送業をさせようとしたことがあったのう。


 あの時も……結局、単価が合わなかったのじゃが」


「……そりゃそうだろ。 俺は…一日に、少なくとも金貨三〇枚稼がないといけねーんだ。


 輸送業で一日三〇〇万円稼ごうと思ったらどんな高級品……どんな危険なブツを運んだらいいんだよ。


 ……怖すぎるわ!!


 他にも、重機として建築現場に行くとか、『暴風雨』がいなくなって開発できるようになったハンガー平原に大型トラクターとして働きに行くとか候補にあがったけど。


 ……結局、それも値段が合わなかったじゃねーか。


 一日働いて金貨一枚とか……まあ、それでも他の人の一〇倍ではあったんだけど。


 それだったら、まだ冒険者の方が稼げる。


 その時も、そういう結論になっただろ……うん?」


 そこまで言ったところで、ワダヤマヒロシが急に言葉を止める。


 ふいに、掌の上の少女の身体が身じろぎしたのを感じたのだ。


 何というか……静止していた芋虫が、動き出したような。


 少女の覚醒が、近いらしかった。


「ほっ……良かった。


 どうやら目が覚めたみたいだ。」


 言いながら、緊張が解けたように言うワダヤマヒロシ。


 それに……野分が、顔を輝かせながら応じる。


「残念じゃのう……主、殺人者になり損ねたのう!!」


「……蒸し返すなよ。


 ……あれ?」


 と……ワダヤマヒロシは不意に、違和感を感じた。


 覚醒したはずの、少女。


 それが……いつまでたっても動き出さないのだ。


 よほど寝覚めが悪かったのか……あるいは、ただの寝返りだったのか。


 そして……さらに気付く。


 少女の身体が……固くなっているのを。


 いや……固くなっているというか、それとすぐにわかるくらいに、『硬直』していたのだ。


 それに…少女の顔が、かなり青ざめていた。


「……? 何かの、発作とかかな? おーい、大丈夫かー?」


 ワダヤマヒロシは言いながら……若干躊躇しながら、なるべくセクハラに該当しなさそうなところをツンツンつついてみる。


 尻ではなく腰骨、胸ではなく腹、と言う風に。


 まあセクハラは、相手が嫌と言ってしまえば、それはすべてセクハラになってしまうのだが。


 そのさまに……野分が、不意に大爆笑見せた。


 それはしばらく収まらず……そして終わる気配も見えない。


「……なんだよ、野分」


 驚いたように問いかけるワダヤマヒロシに……野分はさらなる爆笑を見せる。


「く……あー、苦しい! 苦しい!


 これが笑わずにいられるか……ぷっ、あーっはっは!!」


「ど……どういう事なんだぜ?


 あ……もしかして、俺、何かやらかしてる?」


 急に不安になって、ワダヤマヒロシは問い返していた。

 基本的には……彼、ワダヤマヒロシは、コミュ障に近い。


 日本で彼は自宅に籠る日々を送っていたため……家人以外の他人と接する機会がなかったからだ。


 男女の機微や、気の利いた話題、マナーや女性に対する接し方など、全く知らないと言っていいくらい。


 まして相手が年頃の娘となれば、なおさらだった。


 それが、転生後には。


 野分をはじめとして町の人やら普通にコミュニケーションをとっている……『ように見える』。


 なぜそこまで彼は変わったのかと言うと……その理由は、『何も変わっていない』からだった。


 ……ここで少しネタバレをしてしまうが……彼の性格には、致命的な欠陥があった。


 のちに、それによって彼は大変困ったことになるのだが……それはその折に述べることとしよう。


 ともかく。


 彼は、なにか彼の知らないルールでアホなことをやらかしたのではないかと、不安になったのだった。


 その不安そうなワダヤマヒロシを尻目に……息も絶え絶えに爆笑しながら、野分は言い切っていた。

「その娘な、主に……『手籠め』にされると思っているらしいぞ!!


 あーっはっは!!」


 不安そうなワダヤマヒロシを尻に、息も絶え絶えに爆笑しながら、野分は言い切っていた。


 ……確かに。


 その少女は……ワダヤマヒロシの目の前で身体を強張らせ、その固く閉じられた目からは……何もかも諦めたように、はらはらと諦観の大粒の涙をこぼしていた。


 それはまさしく……本意ではない『事後』のような。


「……っく……ぐすっ………ひっく………………」


 気付かれていないと思っているのか、無言の中に、嗚咽が混じっている。


 その光景に……ワダヤマヒロシは、憮然とするしかなかった。


 そして……野分の爆笑もまた、止まらない。


「(……こんにゃろー………やれるもんなら、やっとるわ!!!!


 野分も笑いすぎ!!)」


 心の中で絶叫するワダヤマヒロシ。


 いちおう、それを口にしないくらいの分別は、ワダヤマヒロシにもあったようだった。


「待て、待て、今説明してやるから、もう少し待……あーっはっは!!」


 憮然とするワダヤマヒロシの前で、野分のわきはまたも腹を抱えて爆笑していた。


 それが収まったのは……ゆうに数分経ってからだった。


 野分は、笑いすぎて虚脱したような様子を見せながら、答える。


「これはな……いうなれば、『気絶したフリ』作戦じゃ」


「『気絶したフリ』作戦?」


「うむ。


 この辺りではな、女子おなごが賊などに襲われそうになったら、『気絶したフリ』をせよ、という教えがある」


「……はあ?」


 野分の説明をそこまで聞いたところで、ワダヤマヒロシは思わず問い返す。


 意味が、分からなかったからだ。


 賊を目の前にして、女の子に気絶したフリをさせるという事。


 それは……わざわざ盗人の前に金を置くに等しい。 まして奪われるのは……。


 ワダヤマヒロシは思わず無言になっていた。


 野分は、続ける。


「そう。


 そうなれば当然、蛮行を受けてしまうんじゃがの。


 ただ……それでも、『生きて帰れる可能性』は高くなる。


 下手に抵抗しても、逆上されて、殺されてしまう恐れがあるしな。


 敗北主義だの、負け犬根性などと、言うのは優しい。


 だがこれは……いうなれば、生活の知恵。


 その土地の試行錯誤と取捨選択の歴史の中で生き残った、選択肢の一つじゃ」


「……ああ、そういうことか……」


 野分の言葉に……ワダヤマヒロシは、得心したように頷いていた。


「うむ。


 はるかな昔より………この地方において、統計的に、そうしないよりそうした方が、結果が良かった。


 最低限、生きて帰ることができた。


 それゆえに実践されている、ということじゃ。


 そうなると、それは口伝として受け継がれる。


 こうなると、それは文化とさえ言って良い。


 馬鹿にしたものではないぞ?


 この土地以外の者なら、鼻で笑ったり、怒りだしたりするかもしれんがの。


 そういう奴らは、この土地に五〇〇年ほど住んでみればよいのじゃ。


 どういう結果をもたらすか……身をもって体験すれば良いのじゃ。


 世の中には、実際に体験してみないとわからないことがある」


 腕まで組んで偉そうに言う野分。


 その野分に……ワダヤマヒロシは、至極まっとうに突っ込む。


「……五〇〇年も、生きらんねえわ!!


 なるほど……まあ、分からないでもないよ。


 しかしだな……」


 そう言いながらワダヤマヒロシは、もう一度、掌の上の少女を眺める。


 少女は相変わらず……ワダヤマヒロシの掌の上で、気絶したにしては背筋をぴいんと伸ばした姿勢のまま、身体をブルブルと小刻みに揺らしながら……ほとんど息さえ殺しながら、はらはらと涙をこぼし続けていた。


 覚悟は完了、しかし恐怖は消えない……まさに、そういう事らしかった。


「……なんか、傷つくんですけど」


 ワダヤマヒロシは、憮然としたまま呟いていた。


 それに、野分がもう一度笑い出していた。

「娘、ほれ、そこな娘」


 笑いの収まった野分が、不意に作戦継続中の少女に向かって声をかける。


 その表情は……いたずらを思いついた子供のようだった。


「これ、そこな娘。


 おヌシな……裾がずいぶんまくれあがって、下着が見えておるぞえ?」


 その野分の言葉に……おや。


「……~~~~~~っ!!??」


 それは完全に無意識の動作だったんだろう……少女は慌てて上体を起こし、太ももの辺りを押さえていた。


 そして、必然的にワダヤマヒロシと目が合う。


「「……あっ……」」


 少女の身体に、衝撃が走った。


 やってしまった、というていであった。


 その動揺は、掌越しに、ワダヤマヒロシにも伝わってきた。


 そしてその少女……日本で言うと、中学生くらいか、あるいはもう少し下か。


 ずいぶん小さく、細身の少女だった。


 少女は、恐怖に射貫かれたようにその場で硬直していた。


 しばらく待つ……が、愕然としたまま全く動かない。


 いわゆるフリーズ……思考が完全に固まってしまったようだった。


 深く長いため息を付いてから、ワダヤマヒロシは少女に声をかけた。


「……安心していーよ。


 きみを手籠めにしようとする悪い奴は、俺の左のポケットに捕まえておいたから」


「に゛ゃ゛っ゛!?」


 唖然とする野分。


 その野分とワダヤマヒロシを、少女は何度も見比べていた。


 そして。


 少女はふいにひざまずき、身体を振るわせながら……神に祈るような姿勢を見せた。


 なるほど……彼女は、少し萌え袖っぽくなってしまってはいるが、修道服を着ていた。


 しかしその身体は今……どこにいるのか分からない神ではなく、目の前の巨人、ワダヤマヒロシに向けられていた。


 神に祈るような姿勢のまま、少女は懇願した。


「お願いします!!


 な、何でもします!!


 なんでもしますから……ど、どんなことでも耐えてみせますから。


 い、命だけは、お助け下さい!!


 わ、わたしは……住むところさえない浮浪児たちのために、今、死ぬわけにはいかないのです!!」


 その必死な懇願に……野分とワダヤマヒロシは思わず顔を見合わせていた。

「なるほど、つまり……山道を歩いていたら『どこからともなく』『急に突風が吹いて』、吹き飛ばされてしまったのじゃな?


 それで、気を失ったと……そういうことか」


 もっともらしくうんうん頷きながら、納得した様子を見せながら、野分はチラリとワダヤマヒロシに視線をやった。


 応じてワダヤマヒロシもまた、何度も頷きながら少女に言葉をかける。


「う……うんうんーーたいへんだったんだなぁーーー。


 だいしぜんっておそろしいなーーーおれのかぜまほうのせいなんかじゃないよなーーー痛っ」


 たいへんわざとらしいくちょうで言うワダヤマヒロシ……最後のは、ポケットの中から野分に、後ろ足で蹴っ飛ばされたからだった。


 二人の言葉に恐縮しながら……いや、思い切り身を縮めながら、消え去りそうな口調で少女が応える。


「は、はい、あの……申し訳ありませんでした。


 せっかく倒れたところを助けてもらったのに……私、勘違いをしてしまって。


 ……本当に申し訳ありませんでした」


 妙に大人びた口調だった。


 先ほど中学生くらいと言ったが……もしかしたら、もう少し上なのかもしれない。


 そう思わせるほど、落ち着いた仕草だった。


 ただ……体格がそれを否定する。


 『そこ』だけ見れば……彼女は日本で言う小学生のようにも見える。


 『そこ』だけを見ながら……ワダヤマヒロシは、無意識に値踏みしていた。


「(JS5か、JS6ってところか……はっ!!


 『JSなんとか』なんて……日本のアンダーグラウンドの中でも、最もクズな連中の言い廻しじゃねーか!?


 ……まあ、俺もそのうちの一人なんですが)」


 人はそれを、ロリコンと言う。


 まあそれ自体はそんなに悲観したものではない。


 ロリータコンプレックスと言うのは……哺乳類以上に進化した生き物の、脳に備わった機能の一つなんだから。


 ……性的幼児嗜好ペドフィリアは別としてな。


「なに、構わんよ。


 女子おなごの身であれば、むしろ当然のことじゃからな。


 我も、このデカい奴に泣かされてからは……わが身もしょせん女子おなごであったと思わせられる今日この頃じゃ。


 のう、主さま?


 のうのう?」


 世に『当ててんのよ』と言う言葉があるように……野分はワダヤマヒロシに『当てて擦って』いた。


 それにどういう解釈をするかは聞いた人間の自由である。


「あの……あの……」


 野分の言葉に、少女は顔を真っ赤っかにしながら……居心地が悪そうにもじもじするばかりであった。


 未成長な外観とは裏腹に……意外と物知りで、空想力が豊かであるらしかった。


 そのまま無言になる少女。 頭から、水蒸気でも出そうな勢いだった。


 ワダヤマヒロシは……野分をぶん殴るための拳を震わせるのみであった。

 と……そのまま一行が、城壁の外壁沿いに歩き、王都の城門に着こうかという時だった。


「『偉大なる勇者』!! あの…あのっ!!」


 ハンガー王国第一王女、エーリカ・ハンガー内親王殿下であった。


 城壁の上、石造りの物見櫓の上でエーリカは……ワダヤマヒロシに手を振りながら、こぼれるような笑顔を見せながら、声をかけるのであった。


「あ、あのっ!


 私、思ったんですけど……最初は女の子がいいと思うんです!!


 だ、だってその方が……もきゅ」


 いつも通り、彼女の背後に控えていたメイド二人が、エーリカの口をふさぎ、その身体を二つに折って物見櫓の奥に消えて行く。


 ……野分とワダヤマヒロシは、何も見なかったことにして、物見矢倉の横を通り過ぎていった。


 後ろを振り返りながら、それをぽかんと見送る少女。


 少女の名は、ルビンスカヤと言った。

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