俺の食生活が不経済すぎて困る件
「(拝啓、父さん、母さん。
信じられないかもしれませんが、
俺は……異世界で初めて働く事が
できました。 少しは成長できた
のかもしれません……)」
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「どおおりゃあああ!!! くっ、たっ、ばっ、れっ、や、こんちきしょー!!」
そう言いながらワダヤマヒロシは、まるでサッカー少年のように……助走を付けながら渾身のトーキックをマンティコアの横腹に突き刺していた。
ぐわああああああっ!!
人面で獅子の体を持つ魔獣は……まさしく、人なのかライオンなのかよくわからない悲鳴をあげながら、吹き飛ばされてゆく。
それだけならまだ良かったが……サッカーボールのように吹き飛ばされたその先には、不運にも、大樹があった。
樹齢で言えば、一〇〇年は超えていたであろう太い幹が衝撃を受けきれず……そちら側の内臓をも破壊されたマンティコアと共に、森の中に沈んでいった。
それは……『通常』の『人間』が放つには、ありえないほどの運動エネルギーだった。
マンティコアの生死を確認する間もなく、ワダヤマヒロシは勢いよく後方を振り返る。
「………次っ!!」
その怒りに血走った目に……残りのマンティコアの目が一瞬、恐怖を見せる。
しかし……すぐに威嚇の視線と咆哮を見せ、ワダヤマヒロシに顔を向けたまま、バネを縮めるように足に力を溜めた。 一斉に飛びかかろうというのだろう。
そのさまに……ワダヤマヒロシは怒りがこみ上げてきたかのように絶叫する。
「ガウガウうるせえーわ、にゃんこモドキ!!
人が寝てたら、家族総出でかじりに来やがって!!
そりゃ、旨そうな人間の匂いがしただろうよ、こう見えても俺は、人間なんだからな!!」
ワダヤマヒロシは……そう言いながら、一七メートルの高さからマンティコアを睨みつけていた。
そう彼は……パッシブスキル『星の巨人』をもつ、身長一七メートルの大巨人であった。
「……言っとくけどな、感覚的には……野良猫か、小型犬か、大型犬の仔犬を蹴っ飛ばしてるような感じで、めちゃめちゃ心が痛いんですけどっ!?
現代人、舐めんなよ!?
俺はこの年まで……殺生どころか、魚を下ろしたことさえなかったんだからなっ!!
俺を泣かせたいのか!?
そんなに俺を泣かせたいのか!?
ちっきしょう!!」
その言葉がきっかけになったのかどうかは分からないが……マンティコアたちが、一斉に飛びかかってきた。
だが……その渾身の跳躍も、ワダヤマヒロシの『腰の高さ』までしか届かない。
そもそも……ワダヤマヒロシにとって、マンティコアは……体高三〇センチほどのかわいいにゃんこちゃん程度でしかなかったのだ。
「だから……ちょっとデカいライオンだからって、スケール比で言えば、整備兵がガノタムに直接勝てるわけがないだろーか!
安室、逝かせたろか!?
食らえ、ビームなしサーベルうううう!!」
そういうとワダヤマヒロシは……足元の『きのぼう(一〇メートル)』を装備し……力任せのフルスイングを見せた。
木の枝さえ払っていないそれは、まるでテニスラケットのような広範囲で、内角低めに入ったマンティコアをまとめてはじき返していた。
マンティコアたちは、森の木々の梢を何度も突き破りながら……そのまま帰ってこなかった。
「………」
きのぼう(五メートルになった)を振り抜いた姿勢のまま……ワダヤマヒロシはしばし、沈黙した。
そして……静かに、呟く。
「……マンティコアって、食えるのかな……いや、同じ肉食のグリフォンも不味かったな。
しょうがない、また冒険者ギルドに高級素材として持ってくか……うう。
ほとんど狩猟生活なのに、肉が食えないなんて、非効率すぎる……。
まあ、数があるから少しはましだろうけど……金貨三〇〇枚ぐらいか。
日本円で三〇〇〇万円……俺の十日分の食費ぐらいか……。
肉食獣がほとんどなんて……この国の食物連鎖、どうなってんだよ………。
俺の異世界生活……ほんとにこれで、いいのかよ……」
そう言いながら、身長一七メートルのワダヤマヒロシは……涙をこらえていた。
たぶん彼は……泣いてもいいはずだった。
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「(俺が働いているのは……まあ、
レンジャーみたいな仕事です。
正社員じゃないのは残念だけど。
覚えなきゃいけないことが一杯。
慣れなきゃいけないことも一杯。
けっこう大変です……)」
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「ふわ………ぁぁあ。 終わったかの、主」
と……ふいにワダヤマヒロシの左ポケットから、女性の声がした。
古竜『暴風雨』の化身、野分だった。
けだるそうに言いながら……ぴょこん、と頭だけ出す。
それに、ワダヤマヒロシは大きなため息を付いた。
「野分、てめえ……寝てんじゃねえよ。
ちったあ手伝ってくれよ。
こっちは、いっぱいいっぱいなんだからよ」
ワダヤマヒロシのその苦情に……野分は平然と答える。
「そのいっぱいいっぱいは、生き物を殺すことに躊躇しているからであろう?
なんともはや……日本と言う国は、良い国じゃのう。
他の『生き物』も『人間』も、殺さなくても生きていけるんじゃから。
我らにとっては、信じられん話じゃ。
まあ、慣れじゃよ、慣れ。……ふわぁ」
「『人間』殺すとか……微妙に怖い事いってんじゃねえよ、野分。
……まぁ確かになぁ。 慣れなきゃいけないんだよなぁ……」
そういってワダヤマヒロシは、天を仰いだ。
木々の間から見える空は……今日も晴天だった。
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ここは……先の大草原、『ハンガー平原』を抱えるハンガー王国。
その国内の、森林地帯である。
先の『暴風雨』討伐戦のあと、ワダヤマヒロシは……ハンガー平原の端にある王都ハンガーヒルの冒険者ギルドに登録し、冒険者として生計を立てていた。
野分のアドバイスに従ったのだ。
そして彼は、登録初日から大金星を連発していた。
先のマンティコアやグリフォンといった、上級の冒険者たちも手こずるような魔物を……一〇倍もの体格差を利用して、次々撃破していったのだ。
無論そこには、野分の協力もある。
しかし彼女は、古竜『暴風雨』の姿に戻ることは無かった。
『魔法』。
曲がりなりにもスキル『古竜の叡智』を持つ彼女は、この世界にある古今東西の、『回復魔法』以外の『魔法』を全て知っていた。
そして……ワダヤマヒロシのポケットに入ったまま、けだるそうに初級と中級魔法を使い分け、ワダヤマヒロシを援護するのが、このパーティのスタイルとなっていた。
そう……野分も、冒険者ギルドに加入していた。
名前を『野分』、そして……種族を『古竜』と、堂々と書き記して。
さすがに『暴風雨』とは名乗らなかった。
……実際、ワダヤマヒロシと『主従の誓約』の際に野分と言う名前を得たこともあるし。
その事実関係があったために……会員証である『ギルドカード』発行時の、テンプレ転生ものでよくある『虚偽診断』に引っ掛からなかった。
かくして。
ワダヤマヒロシと野分は、冒険者生活を始めていたのである。
こわもての冒険者の歴々に、一目置かれながら。
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「と言うか、主よ。
そなた……我が教えた魔法、使っておらんではないか。
あのような小物に手こずるとは……不甲斐ない」
口を尖らせながら言う野分。
それに……ため息をつきながら応じるワダヤマヒロシ。
「……て事は、さっきの戦闘、見てたんだな。 寝たふりなんかしやがって」
「……むう。 ばれてしまったか」
「……まあいいや。
魔法。 魔法……。 ……魔法ねえ」
言いながら、ワダヤマヒロシは……視線の操作で、ウィンドウを起動した。
網膜投影された半透明のメニューの中から、ワダヤマヒロシは『風魔法』を選択する。
と。
そこに……ふいに風の壁が出現した。
それはいわゆる、竜巻。 それも、ほとんど災害級の。
「む、むうっ!!」
風と水の古竜であるはずの野分が思わず歎息するほどの、直径一〇メートルの竜巻。
風速は……秒速一〇〇メートルに近いだろう。
竜巻の威力を示す『藤田スケール』によるところの……F三級。
車が吹っ飛び、樹でさえ引っこ抜くレベル。
そしてワダヤマヒロシが魔法を解除すると……その竜巻は弱くなり、やがて軽いつむじ風になって消えていった。
絶句する野分に、ワダヤマヒロシはもう一度ため息を付いた。
「『火力』が高すぎて、使えねえんだよ!! ……風だけど。
こんなの、『冒険』で使えるレベルじゃねえ!!
……兵器か!! 人間兵器なのか、俺は!?
♪いいないいな、人間兵器って……字余りすぎるだろ!?
確かに俺、『俺TUEEEE』を希望したけど……こんなの、オーバースペックだ!!
火を熾すのに、ロケットエンジン使うようなもんじゃねえか!! ちくしょう!!
あんまりだああああ!!」
身長によるトラブルを抱えるワダヤマヒロシ……ここで新たなトラブルが判明した。
彼の受難は、まだ続きそうだった。
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「(やっぱり働くって大変です。
父さん母さんは、こういう事を
乗り越えて働いていたんだ、と
思うと、頭が下がります。
ですので……神様。
これだけ反省しているんだから
俺を地球に返してください!!
お願いします!!!)」