【閑話】『庵野ちゃん』ことアンノマイヤ・アイヤネン
筆者はおっさんではない!!
おっさんではないが……ごくまれにこういう事態に遭遇し、愕然としてしまうのだ!!
「気が付いたら二週間経っていた!」と!
……あー、もうおっさんでいいですw
ここはワダヤマヒロシの農場にして……城塞都市とも刑務所とも言うべき、例のアソコである。
滅亡したビョルンストルム王国残党、しかも近衛隊と幼いとはいえ王位継承権高位の王女が潜伏までしている場所……そんな剣呑な場所ではあるが、例のアソコなどと言うしかないのは、命名権の所有者であるワダヤマヒロシが都市開闢の翌日から行方不明だからであった。
そして、その失踪から一か月以上は経過していた。
その間……というか、その土地が拓かれたその瞬間から、ビョルンストルム王国再興を願ってやまない近衛兵たちにとってその場所は、国家再興の足掛かりにしか見えていない。
自然とその地に町を興すことしか思考が向かず、また実際そのための努力を始めていた。
すなわちそれは、一から都市を作るという事。
ワダヤマヒロシが拓いた土地ではあるが……その場所は、違う意味で開拓が困難な場所であった。
何しろ、半径一キロメートルの円形の土地……その全てが程よく耕された農地なのだ。
当然そこに灌漑のための水路はなく、また移動のための道もない。
つまり彼らは、完全に農地として開発された土地、その一部をつぶして水路や道や居住用の土地を作らねばならないのである。
通常の開拓と全く逆の手順……それを強いられている。
そもそも彼らは近衛兵、ほぼ全員が貴族の最下位である『騎士』の身分でもあり、土地の開発など全く未経験。
開拓に困難も予想され、実際に苦労もしたが……そこに光明もまた見えていた。
ビョルンストルム領からの移民……と言うか、逃亡した領民の流入である。
敗戦国民としてゲルリッツ帝国の圧政を予想し、土地を捨て逃走を選択した領民はかなりの数に上った。
ゲルリッツ帝国との関係悪化を懸念したハンガー王国により、そんな旧ビョルンストルム領からの移民は優先的にこの場所に送られたが……ここでワダヤマヒロシの『義援金』がかなり役に立った。
何しろ、難民は普通、裸一貫で土地を捨てるものだからだ。
明日の食料さえもめどが立たない状況……そんな彼らを支えたのがワダヤマヒロシの『義援金』であった。
日本円にして一億五千万円程度……そう長く持つはずもない。
しかし、ビョルンストルム国民はこの世界において珍しく、寡黙と清貧と自助努力を是とする国民性の持ち主だった。
混乱の中……略奪や暴行、泣きわめくことを是とせず、沈黙のまま困難に立ち向かうことを選択した。
彼らは『義援金』に涙を流しながら感謝し、アンノマイヤ達の勧めに従い自らの手で自立への道を選択した。
そんな彼らでさえも、通常の手順とは違う開拓に驚いてはいたが……それでも、巨石や樹木の切り株を撤去しなくて良い分、開拓は順調に始まりつつあった。
そんな折だった。
仮に『例のアソコ』と呼ばれるこの土地の中心地……初めてできた集会のための建物の中、『庵野ちゃん』ことアンノマイヤは、建物の中央にしつらえられた机に激しく拳を叩きつけていた。
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「巨人どのが帝都を………強襲しただと!!??」
アンノマイヤの絶叫に近いその声に……その場にいた近衛隊の老騎士と、難民たちの代表者の何人かが、おお、と声を上げていた。
彼らにとっては、久々の朗報である。
かの皇帝女帝クリームヒルト率いるゲルリッツ帝国に敗れてからというもの、ビョルンストルム側に朗報というものは無かった。
しいて言うなら難民たちがこの地に集結しつつあるという事だが……それはわずかな『義援金』を食いつぶし合うという事でしかない。
無論そこに異論をはさむわけにもいかないのだが……実際彼女らが議論していたのは、まさにそのことであった。
国家再興の地であるこの場所に……難民の流入を、規制するのかどうか。
まさに矛盾を孕んだ議論である。
実際彼らはそこまで追い詰められつつあった。
逃げ延びた同胞にも自分たちと同じ安住の地にを与えてやりたい、しかしそのために自分たちの安住が脅かされてしまう……具体的には資金難だ。
既に、『義援金』は底をつき始めていた。
『滞在費』として渡された金貨一〇〇〇枚はすでにない。
生産のために作られた土地、未だ生産することのないその土地の開発とそこで働く者たちの生活費に消えている。
その対策と今後の展望に対する会議中だった。
場合によっては……この集団の解散すら議題の一つ。
それほどの重大な会議であった。
アンノマイヤに耳打ちしたのは近衛兵の一人。
情報収集のために帝国内に潜伏していた者だった。
その報告に、アンノマイヤは絶叫していたのだった。
騒めく室内の中、アンノマイヤは続ける。
「そ……それで、巨人どのはどうした!?」
「はあ、それが……そこから先は、情報が錯綜しておりまして。
帝都を半壊させた後、何処へともなく悠然と立ち去ったという話……かの皇帝女帝と一騎打ちとなり、皇帝女帝を打倒したという話……あるいは逆に皇帝女帝に敗れ、何処へともなく逃走したという話……様々です。
確かなのは、巨人殿の消息がつかめないという事と、帝都が半壊したとの事。
そして……巨人殿は『外患誘致罪』と言う罪状で帝国内に指名手配されたとの事。」
「外患誘致罪!?
王族への殺傷の罪を超える、第一級の犯罪ではないか!!」
近衛兵の報告に、アンノマイヤはもう一度絶叫した。
その聞き覚えのない言葉に……老騎士と難民の代表者たちは顔を見合わせた。
「外患誘致罪とは……あまり聞き覚えのない罪状ですな」
老騎士の問いかけに、アンノマイヤは大きなため息をつく。
しばらく唸り、思考をまとめながら、アンノマイヤは応えた
「……うむ。
法治国家における最大の犯罪とは、人民や王族の殺害ではなく……国家を転覆させるという事。
国家同士の戦争による敗戦ならばそもそも罪を成らすことは不可能だが……平時において最大の犯罪とは、王族や貴族や民草の生命や財産云々ではない。
国家の運営そのものを妨害しようとすることであり、それはその国の最大の罪が成らされることが通例だ。
それは内乱であったり、暗殺であったりするわけだが……中には、他国の軍や計略を招き入れるというものもある。
これは、国家にとって最悪の罪だ。
なぜなら……国家を運営する者にとって、国民や国家元首に代わりはいるが、国家そのものには代わりはないからな。
ゆえに、国家最悪の罪である『外患誘致』には国家最高の罰が成らされることとなる。
……なるほど。
帝都の半壊は、まさしく『外患』……つまりビョルンストルム王国残党の反乱分子や他国の軍を呼び入れるという事か。
若干、拡大解釈と取れなくもないが………」
アンノマイヤのその答えに、老騎士や代表者たちは戸惑いながらも……次第に歓喜の表情を見せ始めていた。
それは……自分が属する陣営からの、反撃の一手に見えたからだ。
たしかに……生死はともかくとして、かの皇帝女帝に手痛い一撃を加えた者がいるとするならば、それは彼らの耳には心地良く聞こえたことであろう。
小さなざわめきが、静かに盛り上がってゆく。
彼らにとって『朗報』と言って良い一報に、次第に座が盛り上がっていったのだ。
しかし。
それを制するものがいた。
アンノマイヤその人であった。
「何を喜んでいるのだ!!
貴兄らは、解っていないのか!?」
真新しいテーブルが、大きく鳴った。
アンノマイヤが、渾身の拳を打ち付けたからだった。
その大きな音に……いや、正確にはアンノマイヤが放つ殺気と言って良い怒気が、その場の空気を薙ぎ払ったからだった。
荒くなった息を整えながら……アンノマイヤはそれでも大きな怒気を放つ。
「巨人どのは、まさしく我らのために罪を犯したのだと……何故わからない!!」
そもそも巨人どのが帝都を強襲する必要が何処にある!!
戦に敗れ、国を失った我々のためではないか!!
それ以外に……かの皇帝女帝に逆らってまで帝都を攻撃する理由がないではないか!!
言いかえれば、巨人どのを帝都攻撃に走らせたのは、我々ではないか!!
ゲルリッツ帝国に対し抗う術を持たぬ、力を持たぬ、脆弱で、愚かで、国さえ失うほどの無能な我々……巨人どのの助力がなければ生き残ることもできなかった、我々ではないか!!!
その上で巨人どのは我々の……非力にして無知にして蒙昧なる我々のその代わりに、帝国に一撃を与えに行ったのではないか!!
それ以外に、巨人どのがわざわざ帝都に遠征する理由が、どこにあるというのだ!!??
そしてその過大な戦果に我々は何も関与していないというのに……それを喜ぶ資格が何処にあるというのだ!!
言ってみろ!!!!!!!!」
アンノマイヤの立て続けの絶叫に……室内は静まり返っていた。
屋外での指揮以外にアンノマイヤがこんなに大きな声を出すなど……それは、側近である老騎士でさえも見たことがなかった。
もっとはっきり言ってしまえば、感情のままに声を荒げるアンノマイヤの姿など、誰も見たことがなかった。
座がためらいを見せる中、アンノマイヤは一人続ける。
「まして……まして巨人どのは生死不明と言うではないか!!
我らはまず、それを憂うべきではないか!!
我々の恩人たる巨人どのが………」
と……そこまで言ったところで、アンノマイヤの言葉がピタリと止まった。
涙。
アンノマイヤのそれを、その場にいた者が、初めて目の当たりにしていた。
アンノマイヤ自身もそれを、初めて感じていた。
涙の流れる感触自体ではない……それは王国崩壊の時に飽きるほど感じている。
王国の崩壊の際にも感じなかった、身を引き裂かれるような思い。
身を焦がされるような、焦燥の思い。
アンノマイヤは彼女を救ってくれた巨人の……今は見ることさえできないその姿を脳裏に浮かべ、言葉を継ぐことさえできないほどに身体を震わせていた。
それしか、出来なくなっていた。
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