俺の敵がチートすぎて困る件3
「………」
女の子がしてはいけない顔が、そこにあった。
「……う……ぎ……ぎ……」
女の子がしてはいけない……エロ劇画のようなうめき声が、そこからこぼれた。
そして。
「うぐあああああああ!!! 逃げやがったあああ!!
あの(男性生殖器の別称)野郎があああああああ!!!
その(性的不能状態)な(挽肉を腸に詰めた料理)を(残酷な表現)して(残虐な表現)して(極悪非道な表現)!!!」
女の子が口にしてはいけない言葉……というか人間としてあり得ない絶叫が、飛び出していた。
無論、皇帝女帝クリームヒルトである。
その暴言の度に大きなお胸がたゆんたゆんしていなければ、とても女性の発言とは思えなかった。
クリームヒルトは見事な装飾が施された転落防止の柵を両手で握りしめ、上体を乗り出しながら去って行った男の背中を睨んでいた。
文字通り穴が開くほど……と言うか、実際に光線と電波で穴を開けかけた訳だが。
そして……見事にその為の魔法を回避された訳だが。
と……その時。
クリームヒルトを背中から抱きかかえる者がいた。
「へ、陛下!!!! それ以上は……おやめください!!!」
それは、先ほどまで巨人の襲来や野分の『暴風雨』に震えあがっていたはずの侍従長。
それが……その状態をおして立ち上がり、クリームヒルトの制止にかかっていた。
それはつまり……いままで侍従長が恐れ慄いていたもの、それ以上に恐ろしいものが、クリームヒルトの手の中にあるという事。
星の巨人ワダヤマヒロシに回避と逃走を選択させた★魔法、それ以上のチカラの行使を、恐れたという事。
少なくとも、クリームヒルトはそう解釈したようだった。
「う……ぎ……」
侍従長の制止に、クリームヒルトはもう一度エロ劇画のようなうめき声を上げる。
そして……大きくため息をつく。
「ああ………分かってるよ。
これ以上は、使わねえ。
照光★★★★★、『ガンマ線バースト』。
こんなもん使ったらほとんどすべての物質を透過して……ここから東の生物が広範囲で死滅するじゃねーか。
俺が支配する大陸から生物を殲滅してどうすんだ」
幾分かは落ち着いたのか、クリームヒルトは静かな口調で続けた。
「先の皇帝陛下にも、それは重々言われてるしな。
いや、先の、ではなく……俺からすれば、今なお『我が皇帝』にあらせられる。
俺が身も心も捧げ、従うのは『我が皇帝』だけだ。
……そうだな、ここは『我が皇帝』に従い、自重するとしようか」
微かに微笑を見せながら……誇らしげな表情で呟くクリームヒルト。
そこには間違いなく……今までとは違う表情があった。
その言葉に……侍従長は平伏して見せた。
地に臥せたその顔……内心で侍従長は、いや、これ以上の暴言は皇帝としていかがなものかと諫めただけなんですが、と呟いていた。
口にしなかったのは………クリームヒルトが怖かっただけではなく、クリームヒルトのそれは今さら変わりようがないからだった。
・
・
・
・
・
「しかし……どうするよ、これ……」
言いながらクリームヒルトは、皇帝の座するラインバイス城の高みから眼下の帝都を眺め、それに素直な感想をこぼしていた。
「修復するより、一から作り直した方が、早いんじゃねえのか……?」
クリームヒルトの言葉通り……彼女の眼下には、野分の『暴風雨』(F4級竜巻)の被害を受けた帝都の町並みがあった。
竜巻とは言え短時間であり、完全に石造りの建物に被害は少なかったが……すべてがすべて石造りの建築物は少ない。
建築補助剤としての木材、屋根部分だけ木材の建物、また建物の窓など、それらがすべて吹き飛び……また貧民街などは石造りの建物などなく、被害の規模は相当なものだろう。
また市場などは、様々な商品のことごとくが吹き飛んでいる。
人的被害は少ないだろうが……経済的損害はかなりのものとなるだろう。
それに顔をしかめるクリームヒルト……その表情が不意に変わる。
「一から作り直す……そうだ、遷都だ!!
いい加減、このごちゃごちゃした町並みは開発に支障があると思ってたんだ。
支配地域は東に広いからな……だったら、首都ももう少し東に移転するべきだな。
いっそ、旧ビョルンストルム領に帝都を置くか。
ふふん……面白くなってきやがった!
主だった貴族を至急招集せよ!!
あと建築ギルドや商業ギルドや冒険者ギルド……ああ、もうギルド長と言われる奴らは全員だ!!
候補地の選出、予算、想定される人口の算出……忙しくなってきやがったぜ!!」
早口で指示すると、クリームヒルトは腕まくりなどしながら城の奥に消えて行く。
色々と革新的すぎる皇帝女帝のその脳裏には……新しく建設する都市の構想や規模、経済的試算などが高速で回転していた。
と……その思考が、不意に止まる。
ワダヤマヒロシの事を、思い出したからであった。
「………ふむ。
都市計画もいいが……あのデカブツ。
何とか俺の臣下に組み込めねえかな……?」
静かに呟くクリームヒルト。
それに応じて、侍従長が問い返す。
「デ、デカブツ、と言うと……先ほどの襲撃者にございますか?」
「それ以外に誰がいるってんだよ。
……いろいろ聞きたいことがあるからな。
俺の前に、必ず連れてこい。
ふふん……丁重に、頼むぜ」
そこまで言ったところで、クリームヒルトは思考を再び『遷都』に切り替えていた。
そして城内の執務室に消えて行く……そのまましばらく、ワダヤマヒロシのことなど忘れ去っていた。
「やれやれ……丁重に、か………」
残された侍従長は、大きくため息をつきながら、静かに呟いていた。
そして、さきの『暴風雨』に恐れ慄き、床に伏せたままの若い侍従たちに声をかける。
「あー、これ。
帝国宰相府……ではなく、今は内務省と変わったのであったか。
その大臣を、呼んできてはくれないか。
此度の襲撃犯に対し、どのような罪状を当て嵌めればよいか、審議したい」
あからさまに面倒臭そうな表情で侍従長は指示を出し……応じた侍従たちは飛び上がるようにして走り去ってゆく。
それを再びため息交じりに眺めながら……侍従長は続ける。
「国家騒乱罪……とは違うか。
反逆罪とも違う。
器物破損……と言っても、これまでラインバイス城を破壊した者などおらぬしな。
全く……個人で帝国にこれほどの損害を与えたものなど前例がない。
何という名目で『指名手配』すればよいのやら……」
ぺちんと自らの額を叩きながら……クリームヒルトの知らないところで、侍従長は丁重にワダヤマヒロシを招聘する方法を口にしていた。
クリームヒルトとは若干の見解の相違を見せながら。
かくして。
ワダヤマヒロシは結局……この国で『一番重い』と言われる罪状で、帝国内に指名手配されることになった。
その罪状は……『外患誘致罪』。
法治国家における最高の犯罪とは、国民の生命財産云々ではなく……その国家の転覆を企図すること。
戦前戦後を通し、日本においても……死刑以外の刑罰はない最強の罪。
そしてその罪状で、ワダヤマヒロシは帝国内に指名手配されることになった。
・
・
・
・
・
「……………………」
ワダヤマヒロシは、無言であった。
例の半球で空を飛びながら……ずっと無言であった。
既に帝都を遠く離れ……MPがぐいぐい減っていくにもかかわらず、ワダヤマヒロシは半球の高度を上げ続けていた。
その左ポケットの中で、野分がギャンギャン抗議を続けていても、であった。
「(うう、犯罪者になってしまった……)」
ずーんと沈んだ表情。
そのまま、ワダヤマヒロシは内向きの思考を続ける。
「(確かに俺はオタク……世間様に後ろ指をさされる存在かも知れない。
けど……日本でも、法に触れるようなことはやってなかったのに!!
ま、まあPCの中の、人に見せられないフォルダは別として。
あ、あれ? それってもしかして……犯罪?
い、いやいや、オタクなら誰しも人に見せられないフォルダくらいは……あれ?
つまり、オタクって……もしかして、全員犯罪者?
もしかして『オタクイコール犯罪者』っていう、世間の偏見に満ちた偏見、批判のための批判って……もしかして、『真なり』!!??
マ、マジで!!??
オタクって……そんなに罪深い存在だったの!!??)」
状態異常(思考の迷宮)に陥り……目をナルトのようにグルグルさせながら、ワダヤマヒロシは空を飛ぶ。
既に高度は一五〇〇〇メートルに達していた。
気温はすでにマイナス五〇度……気圧も地上の四分の一程度。
それでも『風水害対策本部』が生存しているのは魔法パワーとしか言いようがない♪
と言っても……ルビンスキーは失神し、完全なるチアノーゼで泡まで吹いている。
……きっとレベルが足りなかったんだねッ♪
「え……い! お……さま…!! 気……しっか……持……!!」
もはや音声の伝達にも支障がある環境の中、野分は叫び続けていた。
しかし……それでもワダヤマヒロシの状態異常は回復しなかった。
「(お前さまよ……指名手配ぐらいでオタオタしおって。
我など、『暴風雨』として一〇〇〇年以上指名手配されて……先に国家の方が滅亡した場合もあったというのに。
小さなことにこだわりおって……ええい、最後の手段じゃ!!!!)」
思考がそこに至ったところで……野分はワダヤマヒロシの左ポケットから飛び出した。
そしてそのまま……上着の合わせ目から服の中に侵入する。
その数秒後……ワダヤマヒロシは絶叫を上げていた。
「いってええええええええ!!!!!
やめ、やめ……俺の西乳首があああああああああ!!!!」
西乳首いうな。
ワダヤマヒロシの絶叫の通り……ワダヤマヒロシの身体の一部に、野分の歯形がくっきり残ることとなった。 それはどこかは内緒♪ きっと東じゃないほうの乳首♪
「おお、……前……ま、やっ……気……たか!?」
服の中からにゅっと顔を出しながら、低気圧環境でも平然と声をかける野分。
そして正気を取り戻したワダヤマヒロシ……そこで、やっと自分が高度一五〇〇〇メートルの高みにいることに気付いていた。
「わ……何こ……!?
い……の間にこ……で!?
寒……だろ!? それ……空……薄……っ!!?? 風…強す……ろ!?」
野分の絶叫と同様、高度一五〇〇〇メートルの気温と気圧と荒れ狂う風に、ワダヤマヒロシもまた正常な音声伝達が出来なくなっていた。
そんなワダヤマヒロシに向かって、野分が怒り顔で何度も下を指さす。
察するに、さっさと高度を下げろというハンドサインであるらしかった。
大きく何度も頷いてから、慌てて半球を操作するワダヤマヒロシ。
しかし。
「!!!!!!!!????????」
声は出なくとも……ワダヤマヒロシの巨大な顔が衝撃に捕らわれていることが分かる。
不審そうに巨大な顔を見上げる野分……それでも、ワダヤマヒロシの驚愕は治まらなかった。
眼下。
ワダヤマヒロシの乗る半球、高度一五〇〇〇メートルの高みにあるその場所から見下ろした……一五〇〇〇メートル下の光景。
そこにある大陸に、ワダヤマヒロシは衝撃を隠せなかったのだ。
正確には、先ほどまで自分たちが立っていた大陸の……見覚えがある、見覚えがありすぎる、そのカタチに。
その大陸は……地球で言うところの、『オーストラリア大陸』に酷似していた。
・
・
・
・
・




