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俺のアレが大きすぎて困る件

その時。


「おお……何と言うことじゃ………」


 その老人は……感動に身を打ち震わせていた。


 老人の目に映るその光景……それが、彼の待ち望んでいた光景だったからだ。


 それは……隣にいた少女も同様だった。


 同じように体を打ち震わせながら……その、老人と同じ薄茶ヘイゼルの瞳から、熱い涙がこぼれていた。


「おじいさま……ついに、ついに。


 我々の五〇〇年の悲願が、達成されたのですね………。


 夢みたい……おじいさま、これは本当に現実なのでしょうか……?


 もう誰も……誰も犠牲になることは、無いのですね……?」


 片手で涙をぬぐいながら、言葉を震わせながら……砦の物見櫓の壁を強く握りながら、少女は問いかける。


「いいや…夢ではない、夢ではないぞ、エーリカ。


 我らの神が、我らの願いを聞き届けてくれた……それだけの事じゃ。


 見よ………」


 言いながら老人は、目の前を指し示す。


 彼らがいる物見櫓のその前方。


 そこには……ほとんど開発の手が付いていない、広大な大草原があった。


 その中央部に……巨大な生物の巨躯が、横たわっていた。


 体高は……一〇メートルはあろうか。


 その腹部が内側からはじけ飛び……いかなる生物をも引き裂くはずの鉤爪と牙が、力なく痙攣している。


 その背中の翼も被膜が大きく破れ……被膜を支える翼も何か所かへし折れ、二度と飛ぶことなどできないように思われた。


 老人は、続ける。


「この大陸の西半分を支配する古竜。


 この草原の所有権を我らから奪い取った……忌まわしき『暴風雨』。


 それが、一撃のもとで倒されたのじゃ。


 おお……まさに、伝説の通りであった。


 『我らが一族に災厄が訪れた時……我らが神に献金を続けていれば、いつか、きっと、『偉大なる勇者』が来訪するであろう、たぶん』


 ……草原の所有権を奪われ、貧しい暮らしを強いられ、なかなか献金が集まらんかったのじゃが……ついに!!


 我らのもとに、『偉大なる勇者』が降臨した!!


 そして……かの『暴風雨』を、一撃で葬り去ったのじゃ!!」


 ……老人とその一族は、きっと……騙されやすい一族だったんだろう。


 それに、『来訪する』と言っているだけで『救済する』とは言っていないにも関わらず、献金を続けた頭の優しい血統であるらしかった。


 その頭の優しい一族の筆頭である老人は……少女にささやきかける。


「エーリカ……分かっておるな?」


 その言葉に……エーリカは頬を朱に染めた。


 そして……恥ずかしそうに俯く。


「……はい、おじいさま。


 貧しい国とはいえ……私は第一王女。


 親王(王子)親王妃(王子妃)であった両親亡きあと……内親王(王の孫)ながら第一王女である我が身。


 その役割は……幼い頃より承知しています。


 私は伝説の通り、『偉大なる勇者』のもとに、輿入れいたします」


 顔を上げてエーリカは憧憬にも似た視線で国難『暴風雨』を倒した『勇者』の姿を見ながら……強い意志を込めるように、言葉を区切るように、大切な言葉を紡ぐように、はっきりと宣言していた。


 そして……静かに呟く。


「あのお方が……私の運命。 私の勇者さま……なんて『偉大』なお姿……」


 その姿を……目を細めて眺める老人、ハンガー王国当代国王ユークリッド・ハンガー。


 ユークリッドは何度も頷きながら、エーリカと同じ方向に視線を向ける。


 そのまま……少年のような口調で、歎息するように呟くユークリッド。


「まさしく……まさしく。 なんと『偉大』なる『勇者』なのだろう……」


 二人の視線の先。


 果てがないように思われるほど広大な平原、その片隅。


 そこには……草原に沈んだ『暴風雨』の隣には、『偉大なる勇者』がいた。


 『暴風雨』に致命的なダメージを与えるのに相当の力を使ったのだろうか……『偉大なる勇者』は、未だその場にうずくまり、呼吸をさえ震わせていた。


 そして………『偉大なる勇者』は勝鬨を上げていた。


「う……うわあああ!! やっちまったぁぁぁぁ!!!


 なんか……『おっきいトカゲ』を殺しちまったああああああ!!!」

 さて、ここで紹介といこう。


 彼の名は、ワダヤマヒロシ。


 前述の通り……一日に三.二人は誕生しているテンプレ転生者の一人である。


 ちなみに……〇.二の部分は、あくまで平均値だからである。


 下半身の一部だけ異世界転生とか、そういう話ではない。


 そう……ワダヤマヒロシはいわゆる、テンプレ転生者である。


 テンプレ転生者とは……昨今ネット小説の大部分を占める『日本人が転生してムソーなスキルを身につけ、異世界でムヒョーする』というアレである。


 中でもワダヤマヒロシは……ひきこもり、冴えない、モテない、オタク。


 見る者すべてに優越感か嫌悪感を提供する、心優しきテンプレ転生者である。


 テンプレだけに……きっと死因は、空から車が振ってきたとか、隕石に轢き殺されたとか、だいたいそんな感じであろうたぶん。


 そして……ワダヤマヒロシは、この異世界に転生した。


 コミュニケーション能力などの就職にも役立つスキルなどいっさい持ち合わせていない癖に……ハーレムやら俺TUEEEEやら高望みして、転生の女神をドン引きさせながら。


 以上が、これくらいしか語ることのないワダヤマヒロシの詳細である。

 さて……時は少し戻り、『転生の間』から旅立ったワダヤマヒロシ。


 『転生の間』において『異世界転生』、『ユニークスキル』、『最強モテモテ待ったなし』が約束された彼は、宝くじが当たったかのような僥倖と輝かしい未来への期待から少々……いや、かなり舞い上がっていた。


「めざせ、初打席スリーランホームランんんんん♪


 きっと俺は『本番』に強い男。


 なぜなら人の見ていないところで自主練習をたくさん……って、おわあああああっ!!」


 ワダヤマヒロシが不意に絶叫したのは……足場の消失を感じたからだった。


 そして……落下してゆく感触。


 それはまさしく、自由落下という奴だった。


「そうか、転生の間から異世界へ旅立った訳か……って!!


 なんか本当に落ちてるんですけどっ!!??


 ねえねえ!!


 これってなんて言うパラシュート無し降下訓練!?


 なんて言う成人の儀式!?


 い、いやだなぁ……命綱つけ忘れてますよ?


 ……って!?


 め、め、女神さまああああああ!!!!」


 絶叫するワダヤマヒロシ。


 じたばたしているせいか、落下姿勢が安定しない……完全なる錐もみ状態だった。


 と、その時だった。


「わぶっ!!!」 


 落下途中の空中で、急に何かにぶつかった。


 ラブコメか何かだったら、それはたまたま服を脱いでいた巨乳美女とか、幼馴染のスカートの中とかだったかもしれない。


 しかし。


 ぶつかったのは……何らかの巨大な飛翔体だった。


 正しくは、何らかの巨大な飛翔体の上に落下した、ということらしい。


 しこたま顔面をぶつけたため、その飛翔体が何なのか……周囲を見ることもできないほどだった。


 触った感触からそれは……金属製のものではなかった。


 UFOや航空機の類ではない。


 では生物?


 それにしては……それはワダヤマヒロシと同等の大きさを持っている。


 ほぼ成年男子の大きさを持ち、しかも空を飛ぶ能力を持った生物。


 そんな生物、地球にはいないはずだった。


 ワダヤマヒロシの知識にはそんな生物はいないし……少なくとも巨乳美女や幼馴染は空を飛べないはずだった。


「……ん? なんだコレ……鳥? それにしては羽毛が無い……んほぉ!?」


 ようやく視力が回復し国籍不明の未確認飛翔体の正体を確認しようとした瞬間……ワダヤマヒロシの身体に、もう一度強い衝撃が来た。


 どおおおおんん!!


 どうやら……何か巨大な飛翔体にぶつかった直後に、その巨大な飛翔体と一緒に地面に衝突したらしかった。


 要するに……肉のクッションを抱えて落下したという事だ。


「……ぉふっ!!」


 落下の衝撃で、肺の空気が一気に外に押し出される。


 そのままワダヤマヒロシの身体は、大きくバウンドして……もう一度地面に落ちた。


 ぐえっ、と叫ぶ……そのまましばらく、動けなかった。


 数十秒は、そのままだった。


 やがて、地面に倒れ込んだままだったワダヤマヒロシは……ゆっくりと身体を起こす。


 その姿勢で……さらに数十秒。


 そして。


 大きなため息を付きながら……声にならない声を吐く。


「ひ……ひぬかとおもっひゃ………」


 ワダヤマヒロシは、魂の底から安堵のため息を付いていた。


「て、転生の直後に死ぬとか……あり得ねえ。


 転生の女神め!!


 今度死んだら…絶対に文句を言ってやるぅ!!


 あ、でも……かなり可愛かったな……ま、まあ……【馬鹿には見えない】コスプレぐらいで許してあげても……いいかな……」


 それ、ただの全裸じゃねえか。


 言いながら、気持ち悪くも頬を染めるワダヤマヒロシ。


 そんな彼には【馬鹿にしか見えない】アホなコスプレをさせてやりたいところだ。


 と……その時だった。


『汝の名を聞かせよ、我を倒せし猛きものよ……』


 そんな言葉が、どこからか聞こえてきた。


 それはいわゆる、テレパシーのようなもの。


 【こいつ、脳に直接…っ!?】的なアレである。


 思わず周囲を見渡して発信源を探るワダヤマヒロシ……発信源が分からなかったのは、二つある耳を使った訳ではないので、方向を偏差測定できなかったからだ。


 まず上空。 白と澄んだ青のコントラスト。 美しい、晴天の空だった。


 水平方向。 異世界かどうかさえ分からないが、どこまでも続く広大な草原。


 そして…足元。


 そこには……広範囲に広がった、血の惨劇があった。


「うっ、うわあああ!!」


 ワダヤマヒロシは、思わず叫んでいた。


 赤というのは、人間に最も危機感を感じさせる色である。


 なぜなら……【死】というものに直結しているからだ。


 絶叫しながら、ワダヤマヒロシは見た。


 血だまり……と言うか、高層ビルから赤いペンキ缶を落としたかのような光景、その中心に。


 一メートル級の爬虫類を思わせる生き物が、息も絶え絶えと言った感じで倒れていた。


 もう一度、ワダヤマヒロシは絶叫した。


「やっちまったぁぁぁぁ!!!


 なんか……【おっきいトカゲ】を殺しちまったああああああ!!!」


 まあ確かに巨大トカゲに見えても仕方はあるまい。


 そこにいたのは……【暴風雨】と呼ばれる、西洋風のドラゴン。


 水と風の二属性を併せ持つ、古竜と呼ばれる存在。


 それが……ワダヤマヒロシの目の前で、瀕死の姿を晒していた。


「ひい気持ち悪い、ひい気持ち悪い……うわっ、なんか血が出てるし……なんかハミ出してるしぃ!!??


 ……そういえば、踏んだ後、なんかズリッと滑った気が……うっ、感触思い出した!


 いっ一生モンのトラウマになるうううううう!!!!」


 ワダヤマヒロシは、悶絶していた。


 彼にとって……それは生涯初の、体温を持った生物の殺傷だったからだ。


 無論、彼とて田舎で生まれ育った男の子である……幼児の頃は、昆虫の羽をむしったり、アリの巣の出口の周りに接着剤で円を描いてみたりしたことはある。 ……子供って残酷だなあ。


 だがそれは、体温を持った生物に及んだことは無い。


 犬や猫を見ればかわいいと思うし、可愛い女の子を見れば、げへげへと保護してあげたくもなる。


 苦悩に揺れるワダヤマヒロシ。


 そこにもう一度、テレパシー的なサムシングが来た。


『もう一度、問う。


 汝の名を聞かせよ、女々しきものよ……』


 あれ? なんかずいぶんスケールダウンしてる?


 その時になって、ワダヤマヒロシは初めて気が付いていた。


 周囲に、人の姿が見えない事。


 その代わりに……まだ生きていたのか、爬虫類に似たその生物が首を上げてワダヤマヒロシを見上げていたこと。


 つまり……先ほどから呼びかけていたのは、その爬虫類モドキであると思しかった。


「ひいいいいいい!!!


 爬虫類が喋ったぁぁぁぁ!!!」


 ワダヤマヒロシは、目の前の超常現象に素直に絶叫していた。


 彼の目の前には……日本では滅多にお目にかかれない一メートル級の巨大な爬虫類。


 しかもその形態は……前足後ろ足の四本の脚があるのに、なんと二つの翼まである。


 その姿はまさしく、西洋風のドラゴンであった。


 背中には蝙蝠を連想する巨大な羽、四本の脚には鋭利な爪、口顎部には獲物を一度捕まえれば絶対離さなさそうな鋭い牙が自己主張している。


 全体的に細身ではあるが、日本人的には巨大と言っていい獰猛そうなトカゲが、ワダヤマヒロシを見上げていた。


 明らかに知性を持った目で見上げながら、テレパシー的なサムシングをワダヤマヒロシに向けていたのだ。


 ワダヤマヒロシの驚愕も道理であった。


 しかし。


 ワダヤマヒロシが、恐慌に陥ることはなかった。


 なぜなら……大きいとはいえ所詮一メートル級のトカゲ。 少なくとも頭から丸呑み、というサイズではないからだ。


若干観察する余裕が出てきたワダヤマヒロシに、ドラゴン的なサムシングはテレパシー的なやーつを続ける。


『ちょっ!? おま……爬虫類言うな!!


 い、いや……そう見えても仕方のない事か……。


 た、確かに我の血は半分水竜ゆえ……ちょっと首が長いのだ……父と母が、ちょっと冒険的すぎる恋愛をしてしまったのじゃ。


 トゲトゲも少ないし……全体的に細身だし………蜥蜴や蛇に見えても……仕方ないのかもしれないのう……)」


 ぶつぶつ言いながら、自分の世界インナーワールドに逃げ込む爬虫類。


 爬虫類の世界にも美的コンプレックスなどというものがあるのだろうか。


 その姿に、ワダヤマヒロシは無意識に突っ込んでいた。


「……ていうかお前、死にかけてるんじゃなかったの?」


 いつの間にか【混乱】状態から脱していたらしいワダヤマヒロシの冷静さに、【暴風雨】は、はっと我に返った。


『はっ……そうだった!! 早く儀式を済ませねば!』


「儀式?」


『うむ。


 そなた……古竜である我と契約を交わし、臣従化してみる気はないかえ?』


 唐突に……【暴風雨】はワダヤマヒロシに問いかけていた。

「古竜って……はっ! そうだった!!


 ここはもう、異世界なんだった!!」


 ぱあっと顔を明るくさせながら、ワダヤマヒロシは両の拳を握りしめていた。


「異世界なら……きっと俺はやり直せる!


 男坂(女)を、上り詰めるんだ!!


 突っ込み役(性的)を極めるんだ!!


 そのために、転生の女神さまにユニークスキルを付けてもらったんだから。


 ……そうそう、ステータスを確認しないと。


 えぇと……確か、こうだったな……」


 ワダヤマヒロシは言いながら……視線を右の隅に向けると、ステータスウィンドウが立ち上がった。


 網膜投影された半透明のウィンドウが、ワダヤマヒロシの詳細を数値で評価する。


「えぇと……なになに?


  名前:ワダヤマヒロシ

  種族:人間(転生者)

  状態:星の巨人

   LV:1

   HP:10000

   MP:15000

   攻撃:5000

   防御:5000

   魔法攻撃:15000

   魔法防御:11000

   速攻性:150


 なんか、数字もパラメータもかなり大雑把だな……ちょ、姓と名の間にスペースぐらい……まあいいや。


 職業がないのはバグか仕様か……まさか、俺が無職だったからって、イヤガラセじゃないだろうな、女神様。


 ふん……ほほう、魔法適性のほうが高いのか、俺。


 じゃー、スキル一覧を」


 そしてワダヤマヒロシは、視線でウィンドウを操作する。


「んっと……これがスキルウィンドウか。



   ????

   モテモテ待ったなし

   ????

   ????

   星の巨人

   ????

   ????

   ????



 まだクエスチョンの方が多いな……当然か。


 うおっ、【モテモテ待ったなし】なんてストレートなネーミング!!


 ……だがそれがいい!! 流石は転生の女神様!!


 ……ん?


 なんだコレ……【星の巨人】? 野球なんて、子供のころ以来なんだけど……」


 表示された情報を見ながら、非常に月並みベタな感想を漏らすワダヤマヒロシ。


 そこに……【暴風雨】が声をかける。


『あ、あの……なんだか取り込み中のところをすまんが、少し早くしてくれんかのう。


 そろそろ……失血がシャレにならなくなってきているんじゃが……』


 どくどくと血を流しながら、内臓を周囲にまき散らしたまま焦ったような口調で言う【暴風雨】。


 それにワダヤマヒロシは応じた。


「おお、ステータスの確認に夢中で忘れてた」


『に゛ゃ゛っ゛!!??』


 思わず絶句する【暴風雨】。 濁点付きとは言え、ドラゴンのくせに猫語とは生意気だった。


「それに……臣従化って言ってたっけ?


 いわゆる【テイム】ってことか?


 だったらたぶん無理だよ。


 だって俺……テイム系のスキルなんて持ってないもん」


『そ、そんなことは分かっておる!


 見るからにウスノロな貴様がそのような高度なスキルを……あっ!!


 す、すまぬ! ただの言い間違いじゃ!! け、決して本意ではない!!』


 むっとした表情を隠せないワダヤマヒロシ。


 それを目の前にして、【暴風雨】は大いに取り繕う。


 不機嫌そうに、ジト目で言うワダヤマヒロシ。


「それにお前……一メートルちょいってとこか。


 小さくってそんなに強くなさそうだし。


 古竜? それって長年生きてるって意味か?


 それにしては身体が小さいし。 俺の半分くらいじゃねーか。


 それとも、ただの【古竜】って名前の種族ってことか?」

 

『その、どちらの意味でもあるわ!!


 ああっ、早くしないと死んじゃう!?


 ゾンビ化しちゃう!?


 まだ花の恥じらう一八〇〇歳なのに……腐った内臓とか眼球をでろーんと垂らしながら、中年みたいな口臭で周りの人をときどき無言にさせちゃう!?


 そんなの嫌ああああ!!』


 おっさんはゾンビブレスで毒を撒いたりしませんー。


 ただ時々、ウンコでも食ったような口臭の人がいるだけですー。


 【暴風雨】の口調が急に変わったのは、追い詰められてキャラが崩壊し、本来の口調が出てしまったらしい。


『ねえ、お願い!! 私と契約して……私を臣従化してください!!


 そしたら……人間の女の子の姿に変わって、傷も完全回復するはずだから!!


 そしたら……何でもいう事を聞いてあげるからああああ!!』


 【暴風雨】のその言葉。


 ……ふいに世界のどこかから【ん? いまなんでも(以下略)】という言葉が聞こえた気がしたがそれはたぶん、気のせいだ。


 同時に、ワダヤマヒロシは微笑を見せる。


 それは……非常に気持ち悪い微笑だった。


「そんな……え、マジ?


 か、カワイイ女の子の姿になるの……?


 ちょっとキミ……いや、そんな……困るよぉ……」


『いや別にカワイイとは言ってないけど……なんでそこで照れるのよう!!


 ただ一言!


 レジストなんてしないから、ただ一言……【汝、我に仕えよ】って言ってくれればそれで』


「【汝、我に仕えよ】おおおおお!!」


『て、アナタ早スギっ!!?』


 状況によっては傷つく言葉で【暴風雨】が答えたその瞬間……【暴風雨】の身体が光に包まれていた。


 理科の実験、マグネシウムの燃焼を思い出すほど激しく光りながら…それはやがて、終息していった。


 そして……そこには古竜の巨躯は残っていなかった。


 代わりにそこにいたのは……目の覚めるような、美女だった。

 美女は……目を閉じたまま、静かに続ける。


「我を倒せし者よ、なれば我は……汝に仕えよう。


 我は【暴風雨】と呼ばれし、いにしえの竜。


 汝に与えるは…【主従の誓約】と【古竜の叡智】。


 わが主よ。


 コン・ゴット・モ・ヨーロ・シーク」


 神妙な表情で、顔を大きく上げる元【暴風雨】。


 彼女は……オリンピックや海外のスポーツ競技会などで目にする【海外のアスリート】みたいな体系をしていた。


 基本的に余計な脂肪などほとんどなく、引き締まるところはこれ以上ないくらいに引き締まっている。 いつの間にか着ていたレザー系の着衣を脱げば……六つか八つに分かれた腹筋を拝めるかもしれない。


 そしてお胸の辺りは……海外のアスリート、と言ったところか。 日本のアスリート乙って感じだった。 


 なお彼女は……恐るべきことに、日本語を習得していた。


 【古竜の叡智】を主と共有することによって……互いの知識を交換していたのだ。


 同時にワダヤマヒロシもまた、【暴風雨】が知る限りの言語を取得していた。


 以上……テンプレ転生物の最初の問題、【言語】の問題は、これでスマートに解決されたわけである。


 ここがすんなりクリアできて、よかった、よかった。


「(挨拶なのかな…?)こ、こん、ごっと↑、も↓、よろ↓、しー↑く↓。


 いや……お前、口調、変わりすぎだから。


 キャラつくってんじゃねえ。


 それに……」


 そこまで言うと、ワダヤマヒロシは、ぺちん、と自分の額を叩き、ため息を付いていた。


 生来、対人交渉能力のないワダヤマヒロシ……それが長身で凄みのある壮絶美女を前にして妙に強気な口調だったのは、訳があった。


「やられた……確かに人間の姿、とは言ってたけども。


 まさか、そんなに【ちっこい】とは。


 そんなの……問題がありすぎるだろ……」


 ワダヤマヒロシの歎息には、訳があった。


 彼の目の前には……成人間近と言った感じだが、明らかに【肉食動物】であると思われる女性、人型【暴風雨】の姿があった。


 それは意外なほど小柄な……と言うより、【小さすぎる】姿だった。


 ワダヤマヒロシの尺度で言えば、人型【暴風雨】の身長は一八センチほどしかなかった。


 ……まさしくそれは、少し大きめのフィギアといったところである。


「何でもするって言われても……何させりゃいいんだよ。


 モズのはやにえかってーの。


 もしくは昔の映画の【食人一族】シリーズか……。


 騙された……」


 意外とガチで凹んで見せるワダヤマヒロシ。


 いま彼の脳裏にはトラウマ……子供のころに誤って観たR指定のDVDのワンシーン、半裸の白人女性が下から上に串刺しになっている光景がよぎっていた。


 なお……何をもって【下】【上】とするかは想像に任せる。


「フィギアサイズ?


 いったい何のことじゃ?」


 その姿に、人型【暴風雨】は小首を傾げて見せていた。


「【この世界】においてはこれが標準サイズじゃぞ?


 むしろ、お主の方が大きすぎるのではないかえ?」


「…………え?」


 その時……ワダヤマヒロシの頬を嫌な汗が伝って落ちていた。

「……『偉大なる勇者』様……ステキ……」


 すでに目をハートマークにしたエーリカ内親王が……【遠くからでも視認できる】ほど巨乳な美少女が、【遠くからでも視認できる】旦那様をうっとりと眺めていた。


 それは、おとぎ話に近い状況の影響かもしれない。


 国王同様、彼女もまた頭の優しい一族……まだ夢見る少女と言って良い年齢ではあるのだが、すでに彼女の頭の中には、子供の数の見積もりが始まっていた。


 なお。


 異世界にメートル法を持ち込んで恐縮だが……彼女の身長は一四八センチ。


 しかし。


 『偉大なる勇者』ワダヤマヒロシ。


 地球での身長は一七〇センチ。


 何故かメートル法を採用しているこの異世界において……のちに『一七メートル』と測定される『偉大なる勇者』が、この世界に転生していた。


 そう。


 ユニークスキル『星の巨人』をもった超巨大な勇者が……転生時に厚かましく女神に希望した『女の子にモテモテ』、そして『俺TUEEEE』を実現するために、この世界に爆誕していたのである。


 全ての生き物の一〇倍の大きさで。


 もっと正確に言うなら……すべてのヒロインが、彼の一〇分の一フィギアサイズというこの世界に。


 とうちゃん俺はヤルぜ、とばかりに。


「私の運命のお方……私の『偉大』なる勇者………」


 雄か雌かで言えば、雄じゃないほうの表情を見せながら……エーリカは陶然とワダヤマヒロシを眺める。


 十倍以上の体格差……どうやって子供を作るのかは、頭にないようだった。

「ちっきしょう!! 騙されたあああああああ!!


 てててて転生の女神めええええ!!!


 確かに俺は内政モノより【俺TUEEE】の方がいいっていったよ!!


 俺が最強になれる世界に転生したいって言ったよ!?


 だからって、俺を最強にするんじゃなくて周りが最弱な世界に転生させることはねえじゃねえかあああ!!


 そりゃ体格差が一〇倍もあったら、相対的に俺が最強になるだろうよ!!


 ちっきしょう!! ホントにちっきしょう!!


 何より……一〇分の一フィギアサイズの女の子にモテモテになってもしょうがねえじゃねえかああああああああ!!!


 串刺しの刑の死刑執行人になんかなりたくねえよ!!」


 みっともないそれは……ワダヤマヒロシの心の底からの絶叫であった。 ……特に最後のほうは魂の絶叫であった。

 ワダヤマヒロシが魂の絶叫をあげながら血の涙を見せていた数十分後である。


 いまだぐずぐず泣くワダヤマヒロシに、もと【暴風雨】は静かに問いかけていた。


「ところで主……制約を交わしたからには、我に名前を付けてほしいんだが」


「……ぁあ?


【暴風雨】……【台風】……ん、【野分のわき】でいいんじゃねえか?」


 こうして風と水の古竜、【暴風雨】の通り名を持つ彼女の名は、一秒とかからず【野分のわき】と決まった。

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