【閑話】クリームヒルト・ゲルリッツ
その国は、ほんの数年前までは小さな国だった。
大きさと人口で言えば、ワダヤマヒロシが転生した場所であるハンガー王国より小規模なくらいであった。
ハンガー王国より西に、五〇〇キロ以上西にあるその国。
砂漠気候とステップ気候の中間。
意外にも砂漠地帯ギリギリまで河川があるため、水に困ることはない。
逆に言えば、その河川とその周囲こそが人々の生活可能圏であり、それがそのまま国土となっているという側面はあるが。
農業や畜産などの産業は一応あり、そこそこ栄えているのだが……広大な草原を開発可能となったハンガー王国に比べ、発展の余地はない国であった。
ゲルリッツ帝国。
それがこの国の名前である。
帝国と言うからには当然皇帝というものがおり、いくつかの王国を従えているはずである。
実際、ゲルリッツ帝国には輝かしい歴史があった。
かつてビョルンストルム王国やハンガー王国もその属国として朝貢していたのだが……その栄光も過去のものとなっていた。
ざっくり言えば、周囲の国の方が発展し、相対的に弱体化したのである。
要するに、斜陽の国……だった。
しかし。
先に述べた通り……ビョルンストルム王国を武力制圧し、完全に併呑したのである。
そんなことが可能になった理由はおいおい説明してゆくが……その原動力となった人物を紹介しておこう。
その名は、クリームヒルト・ゲルリッツ。
その名にフォンやらドやら洗礼名やらも入らず……と言うより自ら信念をもって外していた。
帝国に冠たるクリームハルトが目指しているのは、近代的な立憲君主制国家。
古代ローマや古代ギリシャや市民革命もないはずのこの世界に……新しい国が誕生しようとしていた。
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「だから、どこで勝ちました、何人殺しましたって報告なんざいらねえっつってんだろうが!!
お!?
何べん言わせんだ!!
てめえ、耳の穴から手ェ突っ込んで奥歯ガタガタいわせてやっぞ、コラァ!!??」
帝国の玉座から…品位的にも物理的にもあり得ない罵声が飛んでいた。
帝政国家ゲルリッツ帝国の頂点、クリームヒルト・ゲルリッツその人である。
クリームヒルトは両のひじ掛けに手を置き、身を乗り出しながら絶叫していた。
侍従長は玉座から数段下の床に跪いていたが……その大音量の罵声に身を縮ませたまま、全く動けなくなってしまっていた。
やがて躊躇しながら侍従長が口を開く。
「し、しかし……我が軍の武勲は大きいものでございます、陛下。
相応の褒賞を与えませんと……」
「あぁ!? そのための地位と給料だろうが!!
できて凄いですね、じゃねえ。
できて当たり前なんだよ!!
そもそも軍ってのは、言われたことをただやるだけでいいんだ。
そこに評価なんてもんは発生しねえ!!
それにだいいち、『絶対負けない』秘策だって授けてる!!
ビョルンストルム王国程度、そもそも勝って当たり前だったじゃねえか!!」
「し、しかし……」
「……ああ、くそ。 言ってみただけだ。
わかってるよ……信賞必罰は組織の常だ。
くそ……国庫の負担が増えちまうぜ、全く……」
「へ、陛下のご厚情の篤さに、臣下は平伏するばかりにございます……」
およそ定型文としか思えない侍従長の言葉……それはまさしく皮肉にしか聞こえなかったが、彼にはそれに気付く余裕もなかった。
そのさまに、クリームヒルトは軽く舌打ちをする。
大きく深呼吸をしてから、クリームヒルトは続ける。
「……とは言えな。
制圧したその土地その土地の、人口及び産業規模と、それにより想定される税収!!
その報告こそが必要なんだろうが!!
戦争ごっこはよそでやれ!!
忘れんな! 理由はともかく……オレらは侵略戦争してんだぞ!!
武官の武勲自慢なんざ、いらねえんだよ!!」
そこまで言ったところで、クリームヒルトは玉座に背を預けた。
そして……搔きむしるように頭をかく。
「ああ、くそ……軍の組織改編も必要だな。
組織もそうだし、意識もそうだ。
オレ『たち』に必要なのは、軍人であって武人じゃねえ。
国に忠たるは必要だが、そこに美学を持ち込んでもらっては困る。
そもそも人を効率的に殺すのが仕事じゃねえか……キレーもキタネーもねえってのに。
命令に忠たるのみでいいんだ……くそ。
まだまだ変革は必要だな……前途は長えや」
クリームヒルトは、そこまで言うと、両眼を閉じた。
クリームヒルト自身、疲労していたからだ……それは単に、怒鳴るのに疲れたためではない。
上記の通り、クリームヒルトはゲルリッツ帝国の頂点である。
他になすべき業務が積み重なっている。
積み重なっているし、積み重ねてもいる。
先の言葉通り、クリームヒルトは国内の改変、変革というものを自身に課している。
でなければ……一度は傾いた国が、他国を完全制圧するなどという事は出来ない。
努力するという事と結果を出すという事は違う。
しかし……結果を出すという事に努力というものは必要なのだ。
そしてクリームヒルトはその努力を欠かしたことはなかった。
それゆえの疲労であった。
と……そのまま眠ってしまったかのような沈黙の中、クリームヒルトは不意に苦笑するかのような微笑を見せた。
「……変革、か。
それで言やあ、ハンガー王国が面白い法を発布してたな。」
突然のその言葉に、侍従長は驚いたように顔を上げた。
そして、そのまま平伏して応じる。
「は、はぁ、何でも民草に……自分で開発した土地は自分のものにして良いと布れたとか。
ま、全く正気の沙汰とは思えませんなっ」
「ウチでもそれをやろう」
「はああああ!!???
い、いやその……民草が土地を所有するなど、我が国の貴族の方々が……」
「バカ言え。
もろ手を挙げて歓迎するわ。
何しろ自分の土地が、金を掛ければ掛けるほど広がるんだからな。
空前絶後、まさに熱狂して投資するだろうぜ。
予想される発展の速度は……おそらく史上最高速。
まさに歴史に残る発展をするだろうぜ。
その上で……ぷっ、クスクス。
開発がある程度めどが立ったところで、貴族たちにはこう言ってやればいい。
『その土地は、お前が耕したのか』と」
「は?」
「お前は金を出しただけだ、開発したのはお前じゃないだろ、じゃあその土地は開発した民草のものだ、ってな。」
「そ、そんな!?
それでは謀反が起きますぞ!!」
その慌て切った言葉に……クリームヒルトは堪えかねたように、大爆笑を始めていた。
腹まで抱えて爆笑する姿に……侍従長は正気を疑ったのか、青ざめた表情で問いかける。
「かまわねえ!!
そうなったとき、民草はどっちの味方に付くよ!?
こっちに付くに決まってる!!
オレはそもそも、貴族なんかの中間搾取層は要らねえと思ってんだ!!
造反上等!!
この国を一気に作り変えてやるさ!!!!
あーっはっはっは!!」
そしてもうしばらく爆笑は続く。
やがて落ち着いてきたのか、クリームヒルトは息を整えながら、それにもう少し時間をかけてから、表情を改める。
爆笑だった笑みから……怜悧な笑みへと。
「つっても、まずはかすめ取ったビョルンストルム王国でだ。
試験と言う意味もあるが……この法は、敵国民に対する飴にもなる。
占領政策に本来必要な、食糧の無料配布なんかの慰撫やプロパガンダも必要ねえよ。
土地の保有を承認するのは我が国だからな……みんな頑張って自ら土地を開発し、自ら進んでわが国民になりたがるだろう。
そして……進んで税を払ってくれるようになるだろうよ。
あーっはっはっは……ふむ。
……税を、物納ではなく金銭で払わせるというのもいいな。
いったんわが国で全部買い上げる必要があるだろうが……おお、我が国の通貨が浸透してゆくいい機会にもなるな。
また商人だけではなく農民にも通貨経済を浸透させてゆく必要があるしな……おお!!
今のうちに、大量の通貨を用意しておく必要があるな!!
早速手配せよ!!」
「は……ははっ!!
まずは試算をご用意いたします!!」
クリームヒルトの悋気に当てられたのか、それともクリームヒルトの相手によほど疲労したのか……侍従長は逃げるような勢いで退出してゆく。
それを鼻を鳴らして見送りながら……御年一七歳、皇帝女帝と言う、関西で言う『兄ちゃん姉ちゃん』みたいな異名をもつクリームヒルト・ゲルリッツはため息をついていた。
ついでに言うと、そのため息に合わせて……その大きなお胸がたゆんと揺れていた。
それはもう、たゆんたゆんと揺れていた。
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もう一つついでに言うと……クリームヒルトが領内を飛行する未確認飛翔体の報を聞くのは、この直後だった。




