俺のイチャイチャがラブラブしなさ過ぎて困る件3
スキル巨人の咆哮は、周囲の敵を一定時間恐慌に陥れる効果がある。
ワダヤマヒロシは、それを思い切り行使していた。
ただし……周囲に敵の影はない。
敵どころか……ワダヤマヒロシ達が載った半球は既に雲を突き抜け、陽光を遮るものなどない遥かな上空に、ワダヤマヒロシの魂の慟哭だけが、虚しく溶けてゆく。
そう……魂の慟哭。
ワダヤマヒロシは、泣いていいはずだった。
なぜなら……ヤリたい盛りの男の子が、寸前のところで機会を逃してしまったのだから。
それは……『目の前で肉親を殺される』程度に悔しいものである。
だから……ワダヤマヒロシは慟哭していたのだ。
「(………。
あー……なんだか、悪い事をしてしまったのー……。
ヤリたい盛りの主にお預けを食らわせてしまうとは)」
いつの間にか着衣を着なおしていた野分は、困ったようにワダヤマヒロシを眺める。
ワダヤマヒロシの悲痛な叫び……ではあるが、騒音以外の何物ではない。
だが……彼にお預けを食らわせたのは野分自身であったため、非難するのも悪いような気がしていた。
それゆえの放置と沈黙であった。
それからさらに数分後……やがてワダヤマヒロシはがっくりと両肩を落としたまま、深く長いため息をついていた。
「………帰るかー……」
「お、ぉおう……」
短くそれだけをやり取りする二人。
お互いに、非難や中傷の言葉はなかった。
あるはずなど、無かった。
お互いに……今日の事は忘れたほうがいい。
互いに、そういう認識であるらしかった。
と。
その時……野分が不意に、あることを思い出していた。
「ふ、ふ………ふひゃああ!!! わ、忘れておった!!!
あ、主よ!!
い、い、いま高度はどれくらいなのじゃ!!??」
野分が思い切り動揺を見せていた。
それに驚いたように、ワダヤマヒロシはためらいながら応じる。
「え、えぇと……そろそろ高度一〇〇〇メートルってとこかな?」
そうそう……説明が遅れた。
ワダヤマヒロシが高度一〇〇〇メートルにありながら落ち着いていられるのは……高い所が苦手ではないためであった。
それは『煙』と同様にして、ある『特性』を持った人を指す。
すなわち○〇、もしくは○○、と。(人権に配慮)
ワダヤマヒロシの言葉に……野分は衝撃を受けたように叫び返す。
「じゃからそれは、高度一〇〇〇〇メートルの事じゃろ!!?
どーりでさっきから胸がドキドキすると思ったわ!!
絶対的に空気が薄くなっておるではないか!!」
……衝撃的な事実が露見した。
地球における最高峰よりさらに一〇〇〇メートル以上の高みに浮遊する半球。
その上で酸素マスクもなく……普通に会話していた二人。
それどころか……えっちい事までおっ始めようとしていた二人。
そこはそれ、魔法パワーと高レベル者の心肺能力と解釈すべき(♪)であろうが……ある意味、これ以上もないくらいにお似合いのバカップル(物理)であった。
「……へいへい。
さっさと『アルフォンス』を地上に降ろしますよっと……あれ?」
いつも通りに野分に怒られ、ブーたれながら応じるワダヤマヒロシ……そう言えば、半球発進時にそんな名前を付けていた。
と……ワダヤマヒロシは、あることに気付いていた。
それはよほど重大な事であったのか、ワダヤマヒロシの言葉は止まったまま続けなかった。
「……? 主よ、どうしたのじゃ?」
不審そうに問いかける野分に……ワダヤマヒロシは、ひきつった表情で応じていた。
「やっべ……俺もMPが、切れそう」
「はああああ!!???
三〇〇〇〇〇ものMPを……使い切ったじゃと!?」
ワダヤマヒロシの言葉に、絶叫で応じる野分。
その瞬間……がっくん!!!
『アルフォンス』と呼ばれた土の半球が……ワダヤマヒロシ達を乗せたまま、不意に自由落下を始めていた!!
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「なっ……ふひゃあああああ!!!???」
野分の悲鳴。
それは……二人の乗る直径七〇メートルの半球が、そのまま自由落下し始めたからだった。
「やっべ!! とりあえず滑空だ、滑空!!
ええと、グライダー……は、形なんかわかんねえ!!
鳥、竜、飛行機……ああっ!! ディティールがわかんねえから錐もみになっちまう!!
もっと単純な……そうだ、『アレ』だ!!」
ワダヤマヒロシは……そう言いながら土魔法『土塊』を使った。
残りわずかとなったMPを総動員し、『アルフォンス』の形状を半球から変更するためだった。
そうすれば、少なくとも自由落下はせず、滑空して墜落の勢いは軽減できるであろう。
しかし。
ず…ぞ…ぞ………。
一応形状変更はしつつあるようだが、その変化は非常にゆっくりとしていた。
辛うじて滑空は始まったが、とても落下まで間に合いそうもない……それどころか。
「ひいいい!! 半球が、崩壊しておるぞ!!」
野分の絶叫の通り……彼らが乗った半球状の足場が、風に溶けるように削られつつあった。
「ひゃああ!! ひ、比重の軽い物から吹き飛んで行っているようじゃぞ!!
あ、あれは木片、骨片、石炭、リン、砂、陶土、粘土、石英……ひい、アルミまで来たー!!」
「れ、冷静に実況してんじゃねー!!」
辛うじて平面を保っている上面に手を置きながら、必死で土魔法を使うワダヤマヒロシ。
しかし半球の変形はまだ終わらない。
その間も、半球は小さくなってゆく。
「み、御影石、大理石……さ、砂鉄……あ、あるじー! もう後がないぞー!!!!
か、かくなる上は………ひ、ひいい!!!
我もドラゴンに変化できん!!
MPがほとんど残っておらんのを忘れておったああああ!!!」
「…………っ!!」
絶叫する野分に……ワダヤマヒロシは、あることを決断した。
「ふきゃっ!?」
強引に野分の身体を捕まえ…ポケットではなく、腹の上に持ってゆくワダヤマヒロシ。
そしてそのまま、半球の平面の上に、あおむけで寝転がる。
「……あ、あるじ?」
ためらう野分に……ワダヤマヒロシは、静かに応じた。
「なあ野分……飛び降り心中で、やっちゃいけないこと……知ってるか?」
「……?」
「……抱き合って飛び降りちゃ、いけないそうだ。
でなきゃ……どちらか先に下に落ちたほうが、クッションになる。
下手すりゃ……片方だけ生き残るってさ」
「……主、まさか! むぎゅっ!!」
握りつぶされたような声を野分が上げたのは……まさしく、ワダヤマヒロシに握りつぶされそうなほどに握り締められたからだ。
その間に…半球は完全崩壊した。
ワダヤマヒロシの魔力が尽きかけ、粒子状まで粉砕された金属片が風の抵抗に耐え切れず、吹き飛ばされてしまったのだ。
滑空どころか完全に自由落下になってしまっていた。
二人を包み込むように飛散してゆく大量の金属粉……その中で、ワダヤマヒロシはある決断をしていた。
その、神妙な表情……ある種の決意を秘めたとき、人はそう言う表情になるらしかった。
そのまま、ワダヤマヒロシは続ける。
「野分……さっきは、済まなかった。
アホなところを見せちまったな。
けど俺は……お前には、いつだって『お願い』したいとは思ってるよ」
「主!?」
「……ただまあ、お前が時間限定で『星の巨人』になったところでさ。
はは……時間的に、無理じゃん、『そういう』事。
まあ決して無理なのはわかってるけどさ。
俺は、お前と『そういう事』を……いや、それだけじゃない。
野分……俺、お前に言いたいことがあるんだ。
聞いてくれるか?」
「………主っ!!」
「今まで、ありがとう。
そして……」
その瞬間……下からの強い衝撃を受け、野分は……ワダヤマヒロシの身体に強く押し付けられていた。
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「…………?」
野分は、自分に叩きつけられた強い衝撃がおさまった瞬間……不審そうに片目を開けていた。
自分は、ワダヤマヒロシと共に、地面に叩きつけられたはずであった。
しかし。
「……生きて、おるのかの?」
そう問いかけながら……顔を上げてみる。
と……そこには。
「こ、これは……飛んでおるのか!?」
野分は思わず叫んでいた。
周囲の光景は後ろ方向に流れて行き、機上の自分には、強い風が叩きつけられている。
そうそれは……『機上』。
一部の地域では『ヘソ』と呼ばれる形の、超特大の『紙飛行機』だった。
ただしその材質は紙ではなかった。
その、『魔法に最も反応しやすい金属』が、崩壊する鉱物の粉末の塊の中……『魔力の切れかかったワダヤマヒロシ』の『微弱な魔力』に反応し、『ワダヤマヒロシの望むカタチ』に変形していたのだ。
「こ、この材質……ミスリルにオリハルコンではないか!!?
吹き飛んでおらんかったのか……た、確かにこれらの金属は地球にはない。
当然比重も知られてはおらんし、我も知らんかったのじゃが……し、しかし……何百キロあるのじゃ!?」
野分の動揺……それも当然であった。
ミスリルに、オリハルコンと言えば……この世界においても市場にはめったに出てこない金属である。
出てきたとしても、金の何十倍、何百倍もの値段で取引され……しかも作られたものは名のある戦士や騎士、冒険者の手に渡る。 場合によっては…そのまま国宝とされることがあるほどである。
「す……すごいではないか、主よ!!
……主? 主!!」
と……いつも通り、感動を共有しようとした瞬間……野分は、その場に『星の巨人』がいない事に気が付いた。
『機上』を見渡す。
……まず見つけたのは、ルビンスカヤ。
ルビンスカヤは、気絶したまま……そのまま気絶したままだった。
しかし……そこに『星の巨人』の姿はなかった。
あったのは……変わり果てた、ワダヤマヒロシの姿だった。
「な、なんということじゃ……主! 主よ!!」
ほとんど絶叫しながら……野分はワダヤマヒロシの近くに駆け寄った。
そしてそのまま、ワダヤマヒロシの身体に手を置いた。
そのまま……両手で強く揺さぶる。
それでも反応はなかったが……ワダヤマヒロシは、息をしていた。
顔色も悪かったが……どうやら『MP切れ』を起こしているだけらしい。
道理で……ワダヤマヒロシの身体が、一七〇『センチ』しかないはずであった。
そう。
何十万という想像もできないMPを使い切り、ワダヤマヒロシは……通常の人間サイズにまで小さくなっていたのだった。
深く、長い呼吸……それはよほど眠りが深いせいであろうか。
……大方の予想に反して、ワダヤマヒロシは全裸ではなかった。
どうやら……彼のスキル『星の巨人』は、着衣まで巨大化させるらしかった。 なんという魔力♪
それを静かに見守る野分。
そこから、自然と柔和な笑みがこぼれた。
「やれやれ、何が『人類初飛行』じゃ。
とんでもない目に遇わされたぞ、主……いや、『お前さま』よ」
長年連れ添った夫婦みたいな言い方で、野分はワダヤマヒロシを呼んでいた。
これ以降……それが改まることは無かった。
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「しかし……この紙飛行機。
どこまで飛んでいくのかのう……のう、お前さまよ」
野分の言葉通り……ミスリルとオリハルコンで出来た紙飛行機は、全く高度を下げることなく滑空し続けていた。
終わることなどないように思われるほどの安定飛行。
それは、野分が少々移動したところで、全く揺らぐこともなかった。
言いながら野分は、安らかな寝息を立てるワダヤマヒロシをちらりと見た。
ワダヤマヒロシは……『ナニ』をされても目を覚まさなさそうなほどの深層睡眠を見せていた。
同時に……ルビンスカヤも確認する。
彼女もまた、規則的な寝息を立てたまま、起きる気配を見せなかった。
そうそう。
もしかしたら、今まで全く全然これっぽっちも一行たりとも記述していなかったかもしれないので、ここで明記しておく。
古竜『暴風雨』、転じて、古竜『野分』。
地球で言う、海外の女性アスリートのような体系をした人間の現身をもつ彼女。
彼女は……根っからの『肉食』であった。
『捕食者』であった。
『アグレッシブ』であった。
その目の前に……完全に無抵抗となった『獲物』を置くのは、大変危険な行為であった。
た、たべられちゃうー。
「……お前さま……お前さまよ……」
若干、熱まで帯び始めた野分の吐息。
野分は、ルビンスカヤの唐突な覚醒を警戒しつつ……静かに、ワダヤマヒロシの身体ににじり寄っていくのであった。
御卒業御目出当御座います。
世界のどこかから、そんな祝電が届きそうな気がしないでもなかったりするかもしれなかったりなんかしちゃったりするかもしれなかったりした。
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