俺の仲間の着地点が定まって困らない件
「ふむ……面をあげてくれんかの。
アンノマイヤ・アイヤネン卿……いや、アンノマイヤ・アイヤネン叔伯爵よ」
ぴくん。
アンノマイヤに対するハンガー王国当代国王ユークリッド・ハンガーのその呼び方に……アンノマイヤは、面をさげたまま、さらに深く目蓋を閉じた。
そこにあったのは失望ではなく……やはり、と言う思い。
いや、微かな期待はしていた。
しかし……『卿』ではなく『叔伯爵』と呼ばれた時点で、希望は消え去っていた。
つまり自分は……爵位を持つ者ではなく、その親族に過ぎない、ということ。
己の希望は、高望みしすぎだった、ということ。
もちろん、落胆はした……しかし、ある程度それは予想できたことだったという事だ。
ハンガー王国の謁見の間である。
貧しい国とはいえ、長い歴史を持つ王宮……古びているが、品があり手入れも行き届いた装飾品が並ぶ、比較的豪勢な空間。
その王座に座るユークリッド国王……その目の前に、アンノマイヤはビョルンストルム王室付き近衛兵の正装を以って傅いていた。
癖の全くない長い金髪。
その遅れたいくらかの束が……沈黙の中、はらり、と垂れる。
しばしの沈黙ののち、ユークリッドは、続ける。
「残念ながら……わが国でビョルンストルム亡命政権を受け入れることは出来んよ。
何しろ……我が国とゲルリッツ帝国と、国境を接してしまったのでな。
いやはや……ゲルリッツ帝国はすさまじいことじゃな。
ビョルンストルム王国を一日で陥落させるとは。
今までは、間に貴国……いや、ビョルンストルム王国が入っていたのじゃが。
それが滅んでしまってはな。
なかなか難しいのじゃ……いずれ送還せよと言ってくるのであろうし。
口実は与えられんのじゃ……我が国も備えを固めねばならぬし。
……頭の痛い事じゃ」
それはユークリッドにとっても苦渋の選択であったのだろうか……年輪を重ねた顔に、疲れたような色が見える。
そして。
「アンナカーリナ・ビョルンストルム親王。
ならびにアンノマイヤ・アイヤネン叔伯爵、およびその一党よ。
速やかに、国外への退去を命ずる」
ハンガー王国国王ユークリッド・ハンガーは静かに……しかし、否定を許さない口調で宣告していた。
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「は……残念です。
この度は……陛下の御宸襟をお騒がせし、誠に申し訳なく思います。
ご無礼をお許しくださいますよう……」
静かな口調で言うアンノマイヤ……面を下げたまま数歩下がる。
落胆が顔に出ないよう注意しながら最後に恭しく一礼すると……そのまま退出しようとした。
そして…謁見の間の入り口に差し掛かった、その時であった。
「書記官。
この宣下を、一字一句漏らすことなく明記せよ」
ユークリッドは、傍らにいた文官に静かに命じていた。
それに一礼を返す文官……それを見計らったかのように、ユークリッドに声をかける者がいた。
第一王女エーリカ・ハンガーであった。
「国王陛下。 よろしいのですか?
我が国の恩人たる『偉大なる勇者』のお客人を無碍に扱っては……」
エーリカは、謁見の間での正装、未婚の王族であることを示すケープのその奥から……口元を隠しながら、ユークリッドに静かに問いかけていた。
その言葉に、国王ユークリッドは大きく頷いて見せる。
「その通り。
我が国は貧しいとはいえ……恩を仇で返す様な真似はせぬ。
恩人の客人ともなれば、恩人とも同じであろう。
じゃがワシは………『客人の名は、まだ聞いておらぬ』」
その言葉を背中に聞きながら……アンノマイヤは、思わず目を見開いていた。
ユークリッドの言葉に、エーリカは応じる。
「左様でございましたか。
実は、私も……聞いておりません。
もし、その『名も知らぬお客人』が、『我が国にお住まいになられる』なら……受け入れの準備をしませんと」
「そうじゃな。
幸い、我が国は今……急速に開発が進んでおるしのう。
いくばくか良い所に区割りし、そこに住んでいただくというのはどうかな?」
「陛下。 私も、それがよろしいと思います。
さっそく、『名も知らぬお客人』にお伝えしないといけませんね」
「うむ。 『名も知らぬお客人』にな……あー、これ。
アンノマイヤ・アイヤネン叔伯爵。
『そなたら』には、国外退去を命じたはずじゃ。
『そなたら』は、『早々に国外に退去』せよ。
我らはこれより……『名も知らぬ客人』を我が国にお迎えせねばならんでな」
思わず振り返るアンノマイヤ。
謁見の間の一番奥。
そこから……柔らかな笑みが二つ、アンノマイヤに向けられていた。
謁見の間の扉が閉じられるまで……それは変わることがなかった。
目の前で……重厚な音を立てながら、扉が閉じられる。
それに向かってアンノマイヤは……無意識にもう一度、一礼していた。
その下げられた頭は……しばらく、上がることはなかった。
「また……巨人殿に助けられたか……」
直立不動のまま扉の両脇に立つ近衛兵。
彼らはアンノマイヤがそう呟くのを聞きながらも……そこに誰もいないかのように正面を見据えていた。
そのせいか……アンノマイヤがいま、自分がどんな表情をしているのか、全く分からなかった。
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「おー、庵野ちゃん。 どうだったー?」
十数メートルはあろうかと言う城壁に肘をかけ、ひらひらと手を振っていたのは……言うまでもなく、巨人ワダヤマヒロシだった。
それに、アンノマイヤは苦笑する。
妙な略し方で名前を憶えられたものだ。
アクセントの位置やイントネーションもおかしいのだが……まあ、彼がそう呼ぶのならそれでよいと、アンノマイヤは納得していた。
貴族の名前を軽々しく扱うなど……本来なら命のやり取りに至りかねないはずであるが。
「うむ……とりあえず、この国に住んでも良いことになりそうだ」
手を振り返しながら言うアンノマイヤ。
それに笑顔を返すワダヤマヒロシ。
アンノマイヤは、続ける。
「ただ……政治活動は、禁止。
名前を捨て、この国の民として生きていくのは構わないということだろうな。
それならば……ある程度の土地は貰えるらしい」
「………おいおい。 庵野ちゃん、それでいいのか?
俺……ちょっと文句言ってこようか?
三〇秒あれば、俺、本部の半分は破壊できると思うんだけど」
不満そうな顔を見せ、唇を尖らせて見せるワダヤマヒロシ。
「………?
何を言っているかよく分からないのだが……まあ、厚意だけ受け取っておこう。
何事も、折り合いだ。
と言うか……流浪の身に、これ以上もないほどの厚遇であろう。
近衛兵たちの説得に、少々骨が折れるかもしれんが」
「ふうん……まあ、庵野ちゃんが納得できるっていうのなら、それでいいんだけど」
「ふふふ……わが身の力が及ばぬゆえ、だ。
ならば……力の及ぶところで良しとする。
……すまんな、巨人殿。
せっかくの骨折りだったというのに」
そう言うと、アンノマイヤはワダヤマヒロシに一礼を見せた。
それをしばらく眺めるワダヤマヒロシ。
互いに、無言。
アンノマイヤが頭を上げなかったから、という事もあるし……ワダヤマヒロシ自身も、言葉を継がなかったためだ。
当然のように降ってきた沈黙……それを、神妙な表情を見せながらワダヤマヒロシが破る。
「いや……本当はさ。
『今すぐ帝国軍に反撃だー!!』って言われても、手伝う気はあったんだけど」
しれっとそんなことを言って見せるワダヤマヒロシ。
それに……アンノマイヤはゆっくりと頭を振った。
「ありがたい話だが……遠慮しておこう。
女の身空で、ここまでの事が出来ただけで、十分だ。
あとの事は……アンナカーリナ親王殿下にお任せする。
何十年先かは分からないが。
その折に、互いに命があればまた聞いてくれ」
「……縁起でもねえ。
縁起でもねえけど……ほいほい。
わかったよ」
苦笑しながら、ワダヤマヒロシは答えていた。
そして、再び沈黙。
少し長かったが……互いに同じ死線を潜り抜けた連帯感とでもいうのだろうか。
お互いに、いやな沈黙ではなかった。
と、不意に……今度はアンノマイヤが沈黙を破る。
「巨人殿」
「………?」
不意な呼びかけに……ワダヤマヒロシはもう一度アンノマイヤに視線をやる。
その目の前でアンノマイヤは……その辺の、どこにでもいる少女のような表情を見せていた。
「……ありがとう……」
心の底から安心しきった笑みを見せながらアンノマイヤは……心の底から溢れてきた言葉を口にするのだった。
そのとびきりの微笑に……ワダヤマヒロシがどんな感想を持ったか、ここでは伏せることにする。
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「つまりな、近代農法なら一ヘクタールあたり、四~七トンの小麦が収穫できるわけじゃ。
それをこの土地……概算で一〇〇ヘクタール、東京ドーム二一個分か。
……で生産すると、四〇〇トンから七〇〇トン。
この国の食生活で一人の人間が年間二〇〇キロ消費するとして……二〇〇〇~三五〇〇人分の小麦を生産できるという事じゃな」
「……お、おおう……」
野分の説明を聞きながら……目の前の大平原を眺めながら、ワダヤマヒロシは静かに応じていた。
大草原を渡る心地良い風が、その静かな呟きを溶かして拡散させてゆく。
ワダヤマヒロシが言葉を継がなかったので、そのまま静寂となる。
それに野分は、左のポケットからワダヤマヒロシを見上げながら、むっとしたように問い返す。
「主よ、人に説明させておいて、その無反応ぶりはなんじゃ。
せめて、少しは感嘆して見せよ。
興味がないのなら、最初から聞くのではない」
唇を尖らせ、ぷんすかして見せる野分。
それに……ワダヤマヒロシは応じる。
「んー……どこに突っ込んだらいいのか、分かんねえんだよ。
なんで野分が『東京ドーム何個分』とか『近代農業』とか『単位作付面積当たりの収穫量』なんて知ってるんだ、とか……『なんでこの土地が俺のものになってんだ』、とか……」
呆然としながら、ワダヤマヒロシはもう一度目の前の広大な土地を眺めていた。
一〇〇ヘクタールと言えば、ざっくり言えば一キロ四方の土地。
それを『今日から自分のもの』と言われても……喜ぶ以前に困惑する。
ましてワダヤマヒロシには……土木工事はおろか、農業の経験もないのだから。
「……何を言っておるか。
これはそもそも……主の『知識』なのじゃぞ?
我らはスキル『主従の宣誓』により、スキルや言語も含めて互いの『知識』を共有できるではないか。
……あっ」
そこまで言ったところで、野分が不意に口元を抑えてみせる。
「……なんだよ。」
不機嫌そうに問い返すワダヤマヒロシに、野分は……今日もイイ顔を見せた。
むふーと鼻の穴を広げながら、野分は続ける。
「主よ。
主のムダな『知識』によると……いわゆる『頭のいい人』とは、本当は『記憶』に優れているのではなく、『思い出すことに長けている』らしいな。
主はヒキコモリながらも高認(高等学校卒業程度認定試験。昔で言う大検(大学入学資格検定))を目指して勉強しておったろうが。
だからそもそもこれは主の記憶の中にある知識じゃ……なのに、主が『知らない』と言うのなら……えっ。
もしかして、主……『思い出すことに長けていない』人……?
それって、『頭のいい人』の逆……?」
「『うわっ私の年収低すぎ?』みたいな顔して婉曲的表現するんじゃねー!!
また、高速ヒンズースクワットくらわすぞ!!」
自分の左のポケットを見下ろしながら言うワダヤマヒロシに、野分は……右のポケットを指さして見せる。
「……? ご主人様、何かご用ですか?」
そこには……ルビンスカヤが、少女にふさわしく、花のような笑顔をみせていた。
野分は要は……身長一七メートルの巨人であるワダヤマヒロシが野分に対する制裁のために高速ヒンズースクワットをかけると、ルビンスカヤが巻き添えを食らうぞ、と言いたいらしかった。
ぐぬぬ、という体のワダヤマヒロシに……野分は左ポケットの中、コロコロと笑い転げていた。
と。
そのルビンスカヤの後ろにもう一人……新しい右ポケットの住人が立った。
通称、庵野ちゃん。
亡国ビョルンストルム王国の元近衛隊顧問アンノマイヤ・アイヤネン叔伯爵であった。
ワダヤマヒロシ達の視線に、アンノマイヤはわたわたと手を振りながら応じる。
「巨人殿。 貴殿に広大な土地をいきなり託すことになって、あいすまない。
だが、我々もゲルリッツ帝国に追われる身……ハンガー国王陛下の厚意によりこの土地を頂いたが、表立って土地の所有を表明することができないのだ。
なればひとつ、ここは巨人殿の土地という事にしてもらって、我らはその下で働く名もなき労働者、という形を取りたいのだ。
巨人殿には、ご迷惑ばかりかけてしまい、誠に申し訳ないのだが……この通りだ」
言いながら頭を下げるアンノマイヤに、ワダヤマヒロシは苦笑を見せる。
なお。
今日のアンノマイヤは鎧や軍装をしておらず……少々背は高いが町の娘、と言う出で立ちであった。
それで軍人のような口調で話すのだから……いや、変装の意味ないだろ、と突っ込みたい所であった。
ちなみに。
ワダヤマヒロシに初めて会った時に、胸部の異常振動を隠していた硬質の革鎧も今は身に着けていない。
しかしそれでも……深々と一礼まで見せるアンノマイヤから、胸部の異常振動は確認できなかった。
どうやら彼女は……性格と同様『その部分』まで、誠実で謙虚であるらしかった。
野分の『それ』を海外のアスリートとするなら……アンノマイヤは日本のアスリートと言ったところか。
某国では一部の人間が『それ』を『ステータスだ!』と言うらしい。
決して『貧乳はステータス異常だ!!』とは言わない、はず、だ……よね?
「いやまあ……それは構わないんだが。
ただなぁ……俺にだって、生命線の冒険者活動ってものがあるし。
土地開発の方はあまり手伝えそうにはないんだな……これが」
申し訳なさそうに言うワダヤマヒロシ。
確かに……ワダヤマヒロシの巨体を支える、巨大な食費。
一日金貨30枚、日本円で300万円かかる彼の食費。
それを維持するには……金星が狙える冒険者活動しかない。
ため息までついて見せるワダヤマヒロシに、アンノマイヤは慌てた様子で両手をぶんぶん振る。
それでも胸部の異常振動は以下略。
「滅相もない!!
これ以上、巨人殿に迷惑はかけられない!!
いやむしろ、こちらがその冒険者活動に協力させてほしい。
少しでも……負債は返していきたいのだ。
巨人殿に頂いた金貨一千枚……何があっても、返済させてほしい。
力不足かも知れないが、そこは、ぜひにお願いしたい」
「………。 そっか。
じゃあ、好きにすればいいよ」
その言葉に……ほっとしたように安堵のため息を付くアンノマイヤ。
若干上気したように頬を染めているのは……すでに『ころり』の人だからだった。
冒険活動に協力と言うのは……本人が付いていく気満々なのは、言うまでもない事であろう。
と。
ワダヤマヒロシは、再び大平原に視線を向けた。
ため息を付きながら……ワダヤマヒロシは続ける。
「しかし、なあ……どうするよ、この土地。
一〇〇ヘクタール……つっても、俺にしたら、一〇〇メートル四方、一ヘクタールの土地に過ぎない訳なんだが。
それでも、耕すにしたって……俺が装備できるような農耕具なんてないし。
そもそも装備可能な『武器』さえ持ってないのに……まさか、素手で露天掘り?
アフリカのダイヤモンド鉱山かよ……」
「うん?
主、何を言っておるのじゃ?」
その時ふいに、左ポケットの中から野分が問い返していた。
驚いたように野分を見るワダヤマヒロシ。
その目の前で……野分は平然と言い放っていた。
「土の魔法じゃ。 土魔法を使えばよいではないか」
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「まずは、こうするのじゃ……『土塊』」
ワダヤマヒロシの左ポケットの中から右腕だけを伸ばしながら、野分は静かに目を閉じた。
すると。
ずぞぞぞぞ……前方二メートルほど(ワダヤマヒロシ的には二〇センチ先ではあったが)先の土地が、ふいにわずかに盛り上がり始めた。
それが、一メートル(ワダヤマヒロシ的一〇センチ)ほどの高さになったかと思うと……それが不意に、球体を取り始めた。
直径一メートル(ワ的一〇センチ)弱の、土の球体。
するとそれは……ゆっくりと上昇を始める。
ゆっくりと、ゆっくりと……それはやがて、ワダヤマヒロシの目の前まで上昇したところで、ふいに静止した。
土で出来た塊……それが、ほぼ球体で浮遊している。
それは無重力空間における、水の球体を連想させた。
「で、これを相手に叩きつける。
これが最も基本的な土魔法じゃ」
土の塊を浮遊させたまま、得意満面でいう野分。
それを見て……右ポケットの二人が、あんぐりと口を開けていた。
「野分殿、まさか……魔術師であったのか!?」
「お師匠様、もしかして……魔法使いだったんですか!?」
アンノマイヤとルビンスカヤであった。
二人はまるで……未知の生命に遭遇したかのような表情で、合唱した。
それに、フンスと応じる野分。
「うむ。 と言うより……魔法『も』使えるというだけじゃがな。
古今東西、回復魔法と闇魔法以外の魔法はすべて使えるぞ?
と言っても……『風』と『水』を本分とする我が身。
『火』はまだともかく……『土』の魔法は不得手なんじゃが。
それでも、この程度のことなど造作も……ん? あれ?
おヌシら、驚きすぎではないかえ?
……我を、何だと思っていたのじゃ?」
ぎろり。
問い返しながら右ポケット側の二人を睨む野分に……ワダヤマヒロシは、平常運転で突っ込んでいた。
「いや、俺の服を食い散らかす、タンスの虫ヒメマルカツオブシムシか何かだと思……痛っ!!」
ワダヤマヒロシの呟き……最後のは、野分に後ろ足で蹴っ飛ばされたからである。
一瞬身体を歪めてから、ワダヤマヒロシは関心したように声をかけた。
「いやはや……すげえな。
一瞬、ただのP K(念動力)じゃねえか、と突っ込みそうになったけど。
けど……『魔法』なんだよな」
「おお、違いが分かるか、さすがは我が主よ」
意外と素直に褒めるワダヤマヒロシに、野分は再び鼻息を荒くした。
咳払いなど一つ。
そのまま野分は、偉そうにふんぞり返りながら続けた。
「いわゆる『超能力』は対象に直接干渉する能力じゃが……『魔法』は対象そのものに干渉『させる』んじゃ。
わかりやすく言えば、見えない手で直接対象を操作するのが『超能力』、対象自身に対象自身を操作させるのが『魔法』じゃな。
実はな……この世にある森羅万象、これらはすべて『魔法』そのものなのじゃ。
水も木も自然現象も人も……この世の全ては『魔法』で出来ておる。
ゆえに『魔法』と言うのは、その『ありよう』を変えるという作業……」
「わー、すげーな。 土があったところ、その土があった分……えぐられたみたいになってんな」
「ちょ……聞け、主よ」
「……?」
講釈を垂れる野分に、不思議そうに視線を返す……ガン無視のワダヤマヒロシだった。
それにため息を付いてから……野分は続けた。
「……まあよい。
本題はここからじゃ……『土塊……☆』」
そこまで言ったところで野分は……精神集中の表情を見せる。
と。
今まで眼前に漂っていた土の球体が、急に回転を始めた。
それはただ単に球体全体が高速回転しているのではなく……内部の土が、高速で撹拌されているようであった。
「これがもう一段階上の、☆(ブースト)……これに当たれば、痛い、ではすまんな。
一応これも攻撃魔法という事になるのじゃが……主よ、よく見てみよ。
これを長く続けると……?」
「あ……分離してるな、これ。
そうか……重いものほど、下に沈んでいってるんだな……」
ワダヤマヒロシの言葉通り……球体の内部は、土と水を入れたコップをかき混ぜたように、比重による分離が始まっていた。
「……で、これをもとの場所に戻す……」
野分がそう言うと、球体は回転を止めてゆっくり降下していき……元の位置に戻ってゆく。
クレーターの底にふんわりと着地した段階で、その球体は、ぼろり、と崩れた。
と。
「みてみい。
石や砂利などが全て下に沈んだ……今からでも作付け出来る、耕作には理想的な土の完成じゃ!!」
自信満々の野分の言葉通り、そこには……直径一メートル程度ではあるが、ほどよく湿ったふわりと軽い感触の土が出来上がっていた。
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「うおおおおいいいい!!
すっげえ……すっげえな、おい!!!」
無意識のうちに、まさしく『称賛』と言う口調で、叫ぶワダヤマヒロシ。
意外なほどの興奮ぶりであった。
彼もまた、男の子であった。
『魔法』が当然のこの世界において……彼は、『風』と『水』の魔法は見慣れていた。
無論、野分のものであった。
その時もそれはそれで興奮したのだが、ただしそれは攻撃のための魔法であり、一瞬のものであった。
だが今回は、『超常現象』とも言うべき『魔法』を、目の前でじっくり観察できたのだ。
野分が『風』と『水』以外の魔法を使うのを見たのは初めてという事もあり……また、大きな質量を持った『土』がダイナミックに動くさまを見て、ワダヤマヒロシは大興奮していたのだ。
それに……野分が、照れたように応じる。
「う、うむ……ま、まあそんなに褒めるな。
こ、この程度の事は……ま、魔法を嗜むものなら、できて当然の事じゃ……」
そわそわとしながら、もじもじとしながら、頬まで染めて見せる野分。
褒められると弱いタイプであるらしい。
もし彼女がAV女優だったとするならば……最初のきっかけはたぶん、褒めて褒めて褒めまくられたに違いない。
それくらいの照れっぷりだった。
「何という謙虚さか。
素晴らしい……魔法を嗜むどころか、ほとんど極められているのではないか、野分殿!」
「その通りです、お師匠様!! ズキュゥゥンとそこにシビれて憧れます!!」
右ポケット組からも、熱い声援が飛ぶ。
それに……野分のテレはさらに加速する。
「や、やだ……ホント、照れるからやめてって……は、恥ずかしいから……」
両手で頬を覆うようにしながら、消え去りそうな口調の野分……またもキャラが崩壊していた。
もう少し褒めたら……頼めば、全裸で木を登るくらいの事はやってくれそうだ。
「うっし! じゃー俺もやってみっか!!!」
むふー。
秒速に直すと……トタン屋根なら軽く吹っ飛ぶくらいの鼻息が、ワダヤマヒロシの鼻から漏れた。
野分に触発され、がぜんヤル気になった様子だった。
「おお、巨人殿もか!!」
「御主人様、頑張ってください!! ふれー! ふれー!」
美少女と美女に花のような声援を送られ、さらに機嫌を良くするワダヤマヒロシ。
「じゃあ行くぞ!! 『古竜の叡智』より引用……『土塊 ☆☆』!!」
「……ふぇっ?」
ワダヤマヒロシの絶叫のような詠唱に……野分の口から、首筋に冷水を一滴かけられたような呼気がこぼれていた。
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四人の目の前に……この世の終わりのような光景が繰り広げられようとしていた。
それは……空を覆う程の土砂が空中で乱舞する世界。
乱舞どころか……約二〇〇億立方メートルもの土砂が、上空において超高速で撹拌される世界。
『……世界の終わりとは、このような光景かも知れない……ちょっとチビりかけた』
のちに、アンノマイヤはそう語った。
その場にいた者のうちテンションが高かったのは『ルビンスキー』だけだった……ただしこちらは完全にチビっていた。
結論から言うと……一〇分後。
ワダヤマヒロシ達四人は……作付け前の北海道の農地のような場所、その中心に立つ事となる。
半径一キロ、三一四ヘクタール、東京ドーム六六.八個分のその円形の大規模農場、その中心に。
「「「…………………」」」
「あははははは! あははははは!」
パーティ『風水害対策本部』の面々は……ルビンスカヤを除き、言葉もなくその場に立ち尽くしていた。
なお……現在この国は、開拓した農地の所有者は開拓した者の所有となることが義務付けられていた。
巻き込まれて死亡したものがいないことは……神の奇跡とも言えた。
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なお……近くにあった魔物が大量に住むという森も、その大量の魔物ごと巻き込まれていた。
良かったね♪ 土地の富栄養化は間違いないね♪




