第一章 第十話 ~少女の涙は~
~午後6時40分 第六の街 酒場前にて~
王龍攻略を終えた僕らは、第六の街にようやく戻ってきた。
四時間以上の飛竜狩りと、王龍戦のせいでみんな疲れていたけれど、それ以上に勝てたことが嬉しそうだった。
……唯一、姉さんだけが複雑そうな顔をしていた。
今回の戦闘を省みてしまうと、実質僕だけで勝ててしまったように思えるからなのだろう。
もちろん、僕一人じゃ相手の隙を作ったりすることは出来ないだろうから倒せなかっただろうし、あくまで結果論として僕の動きが目立っただけであって、姉さん達だってきちんと役にはたっている。
……まあ、他人から見ればそうは見えないだろうけれど。
とりあえず、『僕らで』勝ったのだ。それだけは間違えちゃいけない。
「……さて、んじゃ、俺は渡してくるよ、金。」
そう言って、ギンさんは歩き出す。
「……あ、あの、ギンさん!」
何故か、その背中を見て、声をかけてしまった。
特に伝えたい言葉があるわけじゃないのだけれど……でも、何故か声をかけてしまったのだ。
「ん?なんだ?」
ギンさんが振り向いて笑う。
「……終わったら、酒場で乾杯しましょうね!」
僕がそう言うと、ギンさんは苦笑しながら、「わかってらぁよ。」と言ってまた歩き出した。
「……じゃあ、私も、渡してきます。」
そう言って歩き出すユズ。
「……ユズ、待って。」
でも、僕は歩き出すユズを、今度は理由があって止めた。
「……ユズがどうしようと勝手だけれど、これだけは君の友達として、言いたいんだ。」
そう言って僕はユズと目を合わせて、こう聞いた。
「君は、その子と、まだ友達でいたいのかい?」
その質問に、ユズは答えることはなく、視線をそらして、「行ってきます」とポツリと呟いて歩いていってしまった。
残ったのは僕の行動をニヤニヤしながら見ている姉さんと、何故かふくれっ面のさーちゃん。
だいたいさーちゃんの考えていることはわかるので無視して、僕は酒場に足を踏み入れるのだった。
……嫉妬されましても。
~午後6時58分 第一の街にて~
「……ほれよ。」
そう言って俺は金貨のつまった袋をカリヤに投げた。
それを受け取ったカリヤは、汚い手で確認を始める。
「……たしかに受け取ったぜェ。へへっ、まいどォ。」
「金輪際、俺に近づくんじゃねぇぞ。」
「……だぁれがァ!キミなんかにィ!近づくかよォ!」
「そうかい。」
そう返事をして、俺はカリヤに背を向けて歩き出した。
悪いな、早くあいつらと乾杯してぇんだよ。俺は。
……にしても。
「……ユズのやつ、大丈夫かねぇ……」
そう呟きながら、俺はポータルに触れて第六の街へと飛ぶのだった。
~午後7時02分 第八の街 酒場にて~
「……で、これで満足ですか?」
そう言って、私はお金を差し出した。
差し出されたお金に、外野からどよめきの声が上がる。
突き刺さる視線をものともせず、『姫』とよばれるプレイヤーはお金を確認していく。
「……確かに、受取りましたわ。……さあ、では、続いては精一杯の謝罪の言葉を。」
そう言って、私を上から目線であざ笑う少女。
そんな彼女の機嫌を損ねないように、私は頭をゆっくりと下げていく。
「……すいませんでした。あなたのパーティーを、壊してしまって。あなたの邪魔をしてしまって。」
「そうねぇ……確かに、凄い迷惑だったですわ……でも、まだ謝罪すべきことがあるんじゃないかしら?」
……奥歯を噛み締める。
苛立つ気持ちを必死に我慢して、ゆっくりと言葉を続ける。
「……あなたの、彼氏を、奪って……すいませんでした。」
「うふふ、そうよ、それでいいのよ。……さあ、では誠意を見せていただきましょうか。」
……誠意?
今でもこんなに下げたくもない頭を下げているというのに?
「なに、簡単なことでしてよ。……土下座して、私の靴でも舐めなさいな。そうすれば、許してあげますわ。」
何を言ってるの、コイツは……
……自分がおかしいと、感じていないのかしら……
そう思いながらも、従う私も狂っているのでしょうけれど。
ゆっくりと膝をつく。
そして、手を前について、土下座の姿勢になる。
「……申し訳、ありませんでした。」
「……ふふ。」
笑い声で、反吐が出そう。
なんで、こんなやつのために、私はこんなことをしているんだろう。
途方もなく、馬鹿らしくなってくる。
……しかし、それでも従ってしまうのだ。
従わなければ、明日からどうなるか、わかったものじゃない。
一時の恥で済むのなら、それも我慢できる……
そう思って、舌を出そうとしたところで、上から声がかかった。
「……そういえば、あなた、どうやってこんなお金、集めたのかしら?
差し支えなければ、教えてもらえる?」
私はその質問が来た時、凍りついた。
……この質問は、まずい。
この女に、二人のことを話せば、十中八九弱みを握ろうと動き出す。
ユウなんてすぐに……
……しかし、ここで答えなければ……
「……兄に、手伝って貰いました。」
少しごまかす。
兄なら、握られる弱みも少ない。既に評判が最悪なのだから。
……ユウのことは、言うべきじゃないだろう。
「……へぇ。そう。あなたのお兄さん、あの《最恐》だものね。なら、少し納得したわ。……でも。」
そう言いつつ、少女が取り出した写真に思わず固まってしまった。
そこに映っていたのは、ユウと私と兄さんが戦っている場面だったからだ。
「……もう一人、いるわよねぇ……?」
……まずい。
どうしよう……
泣きそうになる。
なんで私ばっかりこんな目に……
そう思ってると、再び声がかかった。
「……はぁ、この子、私の好みなのよねぇ……いかにも女慣れしてなさそうで、可愛いじゃない?……紹介して、くれるわよね?ユズ?……だって、私たち、」
……続く言葉に、寒気がした。
「……友達でしょ?」
そこで、私の中の糸がプツンと切れた。
……友達?誰が?
友達に1000万ゴールド用意させるヤツが?
今こうして私を土下座させてるヤツが?
私から、ようやく出来た本当の友達すら奪おうとするヤツが?
……友達?
そんなわけ、ない。
「……」
思わず無言で立ち上がり、私を見下ろしていたクソ女を睨みつける。
予想外の行動にたじろぐように、少女は私を間抜けな顔で見る。
「……お金。」
「……?」
「……お金、倍額払います。だから……」
ポツリポツリと呟くのをやめて、私は叫んだ。
「金!輪!際!私に!私達に!近づかないでください!」
そう言って、『もう一つ用意していた』1000万ゴールドの金貨袋を投げつけて、出ていった。
後に残されたのは金貨袋から散らばった金貨と。
呆然とした表情の少女と。
驚いた顔でそのやりとりを見つめていたプレイヤー達だった。
「……あーあ、明日から、どうしよう。」
私はそうぼやきながら、ポータルに触れて第六の街まで移動する。
……でも、不思議と不安じゃない。
なんだか、とてもすっきりした。
……たとえ、明日からまたひどい日々が待っていたとしても。
なんとなく、やっていける気がした。
そうだ、ゲームってそういうものだった。
現実逃避、してもいいじゃない。
現実が辛いなら。
そう思うと、元気が出てきた。
……さて、みんな待たせてますし、急ぎますか。
そう言って走り出す少女の目から、涙の雫が零れ落ちた。
でも、その少女の表情は悲惨なものなどではなく、希望に満ちた晴れやかな表情だった。




