第一章 第六話 ~歩み始めた少年達~
~午前8時30分 第八の街 酒場にて~
「ど、どうしたのっ!?ユズ!?」
泣いているユズを見て、急いで駆け寄る。
すると、堰を切ったようにユズは大粒の涙を流し始めた。
後ろでギンさんが、「……こっちもか。」と呟きため息を吐いた。
とりあえず、慰めるために隣に座ってポンポンと背中をゆっくりと叩き、落ち着ける。
周りのプレイヤーの視線が集まっている気がしたけれど、気にせず子供をあやすようにゆっくり声をかける。
そうしていると落ち着いたのか、ユズが泣き止んだ。
ホッとして胸をなで下ろす僕。
顔を赤くして申し訳なさそうに佇むユズ。
そして、唇を血がにじむほど噛み締めるギンさん。
パーティー三人がようやく揃った。
「……お見苦しい所をお見せしました……ごめんなさい……」
ポツリと、まだ俯いたまま顔をあげようとしないユズが呟いた。
……泣いているところを見られるのは、誰でも恥ずかしいもんね。
「……ユズ、お前のところにも来たんだな。」
ギンさんがそう言うと、ユズは頷いた。
……お前のところってことは……借金の取立てかな……?
「……兄さんのところにも?」
「……ああ。タイミング悪く、こいつが隣にいる時にな……」
苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめるギンさん。
それに対し、諦めたようなため息をユズは吐いた。
「……ユウ。」
呼ばれて、顔をユズの方へ向ける。
「お話します。なぜ、私達兄弟が借金に追われることになったのか……そして、……私がさっき……その、泣いていた、理由も含めて、全部。」
そうして、ユズは少しずつ語り出した。
自分の過去を。
「私は、元々兄から勧められたわけではなく、同じクラスの友達に誘われてこのゲームを始めました。そして、当然のように仲間内でパーティーを組んで、一緒に遊んでいました。」
そう話すユズの顔は、少し楽しげだった。
しかし、その顔もすぐに沈鬱なものに変わる。
「……ですが、一週間前、ずっとパーティーを組んでいたメンバーの一人の男の子から、告白されたんです。……ですが、私は……すこし、やりすぎてしまったと後悔するぐらい、フッてしまったんです。」
……まあ、告白されるのもわからなくもない。
ユズの見た目は、リアルの容姿はわからないけれどゲームの中では立派な美少女だ。
それに、ユズは回復職だ。
危機に瀕した時に自らのピンチを救ってくれる美少女……
普通のゲームならまだしも、ここはVRMMO。
しかも、リアルで知り合いなら、惚れるのも納得できる。
「……そのせいで、次の日からその子は来なくなりました。」
……ほとんどのゲームにおいて、ギルド間の恋愛は禁忌であることが多い。
パーティー内が険悪になったり、別れたりした時に居づらくなったりと、いろいろと問題になりやすい。
「……私はゲーム内でも、リアルでも、悪口を言われるようになりました。……それに追い討ちをかけるように、パーティーの中心となっていた女の子にこう言われたんです。
「私の彼氏に、よくも浮気させたわね」って。
それ以来、リアルの方でも寝取り女だの痴女だのさんざん言われて……」
ユズはまた泣きそうになりながら話す。
そんなユズを見るギンさんの目は、見るにたえないほど辛そうだった。
「……それで、そのパーティーの中心になっていた子が、数日後に言ってきたんです。「1000万ゴールドを慰謝料として払って私に謝れば、悪口をやめるようにみんなに説得してあげてもいいわよ」って。……これが、私のお金を求める理由です。」
そう言って顔を上げた少女は、力なく笑った。
「……兄さんの事情はもう知っているんでしょう?」
「うん。」
「……最初に出会った時は切羽詰っていて、あなたの事情も考えず無理やり呼び出して、助けてもらったお礼もせずに、聞かれたくないことも無理やり聞いたりして、事情も話さずダンジョンにつき合わせたりと、随分酷いことをしてしまいました。
……ここで改めて謝ります。本当に、ごめんなさい。」
ユズがそう言って頭を下げる。
「……俺からも、謝らせてもらう。すまなかった。……守ってやれなかったことも、色々巻き込んじまったことも。」
ギンさんもそう言って謝ってくれる。
「もしも、嫌なら嫌と言って頂いて構いません。ですが……まだ、私達のことをパーティーメンバーだと思ってくれているなら……」
ユズが頭を上げて、泣きそうな顔で言葉を紡ぐ。
「……どうか、どうか……私達を、助けてくれませんか……?」
……それに対する僕の答えは、ずっと前から決まってる。
「ギンさん、ユズ。」
二人の名前を呼ぶと、二人とも顔を上げて僕の顔を見る。
「僕はまだ、あなた達のパーティーメンバーです。……それに、まだ第十の街まで連れていってもらってませんしね。」
そう言うと、二人の表情は、パーティーに入ることを承諾したあの時みたいに明るくなった。
「この後も、引き続きよろしくお願いします。」
そう言うと、二人は笑って
「おう!」「こちらこそ。」
と、返事してくれた。
「……さて。」
ギンさんが口を開く。
「……どうする?どうやって稼ぐ?この後。」
僕とユズに向けてそう聞いてくる。
「……私は、もう一度あのダンジョンに行くべきかと。」
ユズがそう提案する。
しかし、ギンさんもその提案はあまり気に入らないようで、「うーん……」と唸る。
「あそこには、アイツがまだいるかもしれないし、ステータス減衰してる今の状況だと、僕はともかくギンさんは……」
「……厳しい、だろうな。」
そう話すギンさんはどこか悔しそうだ。
「……でも、あそこ以外に稼げるところとなると……」
「竜の渓谷とかはどう?」
僕の提案に、二人は難色を示した。
竜の渓谷はボスの《カーディナルドラゴン》の強さと周りを飛び回っているワイバーンの厄介さ故に、フルメンバーである六人パーティーでの挑戦が定番だ。
それでも攻略は難しいとされ、まだほとんどのプレイヤーがクリアしていないと姉さんが言っていた。
たとえユニーククラスが混じっていたとしても、やはりその半分である三人での攻略は難しい。
僕もクリアの必要性がないから放置しているけれど、落ちる素材、ゴールド共にかなり高い。
蟲の巣窟に関しては情報が出回っていないから判断しにくいが、あそこよりも竜の渓谷で稼げる金額の方がおそらく上だ。
もちろん、難易度は高いけれど。
……ランの高い殲滅力をもってしても、攻略は厳しいだろう。
「……せめて、手伝ってくれる人がいればいいんですけど……」
ユズがそう呟いた。
……でも、それは厳しいだろう。
ユズ一人ならともかく、ギンさんも一緒にとなると、みんな忌避するだろう。
パーティーに、爆弾を好んで詰める人はいない……
「……あ。」
……いた。パーティーに爆弾を好んで詰める人。
あの人の場合は、爆弾の扱いがうますぎるんだけなんだけど……
でも、頼りたくないなぁ……
「どうしたんです?ユウ?なにか思いつきました?」
「う、うん。……でもなぁ。」
「……ユウ、俺達は今切羽詰ってる。……なりふり構っている暇はないんだ。なにか思いついたなら、言ってくれないか?」
ギンさんの凄みのある顔で言われて、思わず少し引いてしまう。
……そうだよね。僕のつまんない意地で、可能性を潰しちゃいけないよね。
そう思い、メニューからフレンドリストを選択して、登録されているリストから呼び出す。
あまり数は多くないそのリストから、あるプレイヤーの画面を呼び出す。
「……ユズ、ギンさん。今のうちにログアウトしておいて、14時から19時の間にお金稼ぎしませんか?」
このゲームにはログイン制限というものがあり、最大6時間プレイ出来るが、同じ時間休憩を挟まなければいけない。
1日最大12時間。廃人を生み出さないための処置なのだろう。
ちなみに、現在時刻はもうすぐ9時なので、七時前からログインしている僕らはだいたい2時間ぐらいやっていることになる。
今から落ちれば二時間の休憩ですむし。
二人にこのあとのプランを説明すると、二人とも賛同してくれた。
……よし。
そんなわけで、僕はあるプレイヤーにメールを送信した。
ログインしてるから、おそらくすぐに返信してくれるはずだ。
「今、メールを送りました。僕はやりたいことがあるので、ちょっと別行動になります。二人は今のうちにMPポーションを買い込んで置いてもらえますか?」
「わかった。」
「……その、やりたいことって?」
ユズの質問に、僕はこう答えた。
「僕なりのけじめを、つけてきます。」
そう言って、少年は立ち上がった。
「ギンさん、ユズ、14時に第六の街の酒場に集合で。時間厳守でお願いね。」
「おう。」「わかりました。」
二人の返事を聞いて、酒場を出る。
そのままポータルまで歩き、ポータルの前でポツリと呟いた。
「《転移》第一の街。」
その呟きと同時に、少年は光となって消えた。




