第一章 第四話 ~衝突する最強と最恐~
~午前7時45分 ダンジョン『蟲の巣窟』にて~
激しい剣戟音が洞窟の中に響く。
何度も響き続ける破砕音。
剣を振るう度に起こる風切り音。
踏みしめる度にひび割れる地面の音。
たくさんの音が、洞窟の中で響く。
その中で最も甲高く響く音。それは……
「こんなもんかぁ?まだまだいけんだろ!?おいっ!」
半狂乱になって、剣を振り続ける少年の声だった。
振るわれ続けるその荒々しくも美しさを感じさせる剣技に、『インセクトキマイラ』は翻弄されていく。
本来レベル30のプレイヤー4人のパーティーで戦うべきボスが。
たった一人の少年の手によって追い込まれていた。
相手に攻撃の隙を一切与えないその剣技。
一太刀事に響く破砕音。
砕け散る体。潰されていく顔面。溢れ出す体液。
なすすべなく、倒されていくボス。
まさに、破壊の代名詞と呼べる存在が、そこにはいた。
「ああっ!?この程度かぁ!?おいっ!!……チッ。」
唾を吐き捨て、少年は舌打ちをした。
「つまんねぇ……もっと壊れにくいヤツはいねぇのかよ……。」
そう呟いて、少年は来た道を引き返し始めた。
少年の手から禍々しい大剣が消える。
途端に、憤怒に染まっていた少年の表情が、優しげなものになる。
「よし、もっと強い子を探しに行こっと♪」
そんな呟きを残して、スキップし始める。
これが、現時点最強と言われ、恐れられている少年。
ユニーククラス、『破壊者』の持ち主。
『破壊神』という二つ名を持つ、フィーネという少年。
この先に待つ強敵の存在に心を踊らせる、純粋無垢な心優しき悪魔が、ダンジョンから抜け出そうと、引き返し始めた。
そしてそれは、フィーネの倒してしまったボスを倒しに来たユウ達とぶつかることを意味している。
この出会いが、ユウとフィーネ、そして世界の運命を変えることを、この時点では誰も知らない。
~同時刻 ダンジョン『蟲の巣窟』にて~
「……音が、止んだな。」
ギンが、クラス補正によって大幅に強化された聴力で、ユウとユズにそう伝える。
「……兄さん、どんなの音が聞こえていたんです?」
「…………奇声と、かなり生々しい音と、なにか硬いものがぶつかり合う音だな。」
……あれ?それ前に聞いたことがあるような……
「………それ、兄さんの狂化状態と同じじゃないですか?」
あ、昨日助けた時に聞いた音か。
「……待て、妹よ。生々しい音はともかく、奇声はあげてないぞ。」
「…………そうですよね。狂化状態で何を言ったかなんて、覚えてるわけがないですよね。」
「え?俺、奇声あげてんの?マジで?え、マジで?」
「ギンさん、なんか聞こえ始めましたよ?」
耳を澄ますと、なにか聞こえ始める。
これは……足音?
「……随分と軽快なリズムでスキップを踏んでらっしゃるみたいだな。」
「鼻歌まで聞こえてきましたね。」
「……」
さっきまで奇声を上げていて、生々しい音で相手を粉砕して、なにか硬いものをぶつけあって、その後スキップで通路を歩いてくる人……
「……十中八九、変態ですね。」
「でしょうね。」「だろうな。」
うーん、何事もなく通り過ぎてくれるならいいんだけど、そんなうまくいく予感はしないなぁ……
「二人共、一応すぐにでも戦闘できる用意を。」
「……やんのか?」
「相手がしてこないとも限らないですしね。……何事もなければそれが一番いいんですがね……」
「……了解しました。」「わかった」
二人共、素直に頷いてくれた。
聞こえる足音、そして鼻歌は一人分。
……すごく嫌な予感がする。
拭いきれない不安を心の中に抱えたまま、足音は近づいてきた。
「……んにゃ?」
鼻歌が止み、暗がりの向こうからそんな声が聞こえる。
「……君たち、どうしたの?」
そう問うてきたのは僕と同じくらいの背丈の少年だった。
「どうしたって、ここのダンジョンのボスを倒しに来ただけだ。」
ギンさんが代表して受け答えをしてくれる。
その声は、どこか震えているように思えた。
「……あ〜、あいつ目的か〜。ごめんね?先に倒しちゃった。」
「いや、こういうのは早い者勝ちだから仕方ない。あと一時間したらまた沸くからそいつを倒すさ。」
ギンさんがそう言って苦笑する。
少年はすこし不思議そうな顔をした後、ニタリと笑った。
「……お兄さん、ユニーククラスでしょ?」
「なっ……」
思わずギンさんは絶句してしまう。
……なんでわかったんだろ?
「……何のことだ?」
いやぁ……ギンさん、流石にもう誤魔化せないと思うよ……
「とぼける必要はないよ。気配でわかる。大丈夫だよ、広めたりしないから。僕もユニーククラスの一員だし。」
気配でわかるって……
……なんか、姉さんの顔が一瞬思い浮かんだけど、気のせいにしておこう。うん。
「……お前、名前は?」
「うん?僕?……僕の名前はフィーネだよ。『破壊神』って名前の方が有名かな?」
「……お前があの『破壊神』か。」
……え?有名人なの?
さーちゃんとナン君しか知らないや、僕とギンさん以外のユニーククラス。
そこら辺の情報も集めるべきだったかなぁ……
今度集めてみよう。
「お兄さん、僕の予想だと『最恐』さんだと思うんだけど、違うかな?」
「その名前はあんまり好きじゃねぇなぁ……」
……ギンさん、最恐なんて呼ばれてたんだ。
まあ、見た目ちょっと怖いし、敵味方問わず襲いかかる姿はまさしく『最恐』ってことなのかな。
「後ろの子は知らないけど……君もユニーククラスだよね?」
「え?あ、うん。」
思わず素直に返事をしてしまう。
まあ隠しても意味無いし、別にいいか。
「んで、お前は俺達と世間話したいわけじゃねえんだろ?」
「察しがいいね、お兄さん。というか、僕が出会ったユニーククラスのプレイヤー全員と戦ってること、知ってるでしょ?」
……この子、やっぱり戦闘狂なのね。
うーん、戦いは避けられなさそうだけれど、勝てるかな?
「……お前ら、少し離れろ。」
ギンさんが落ち着いた声で命令する。
「おっ、やる気になってくれたんだ?やったぁ♪」
少年、フィーネが素直に喜んでいる。
……こんな子が戦闘狂なんて、人は見た目によらないね。
「……兄さん、勝てそうですか?」
「…………狂化状態になって、五分五分ってところだろうな。」
……よっぽど強いのね、あの子。
ギンさんで五分五分なら、僕に勝ち目はない。
なら、ギンさんが負ける=僕も死ぬってことになるね。
あの子、逃がしてはくれないだろうし。
「ほら、早く後に下がれ。さもないと……」
ギンさんが、獰猛な笑みを浮かべる。
「巻き添え食らっちまうぞぉ……!」
その指示にしたがって、おとなしく後ろに下がる。
「……さあ、はじめよっか、お兄さん♪」
「後悔すんなよぉ……!クソガキぃ……!」
そうして。
最強と最恐の戦いが始まった。
『狂化ッ!』
ギンさんがそう叫ぶと、突如、ギンさんの体が盛り上がる。
筋肉量が目に見えて増え、顔つきが少し獣よりになる。
そして……吠えた。
「■■■■―■■■ッ!!!!」
奇声をあげ、地面が捲り上がるほどに踏み込む。
そして、フィーネも動き出していた。
「……っぁあ。うるせえなぁ……?」
それまでの優しそうな口調は乱暴な口調に変わり、顔つきも憤怒に染まっていた。
まるで、『入れ替わったような』変貌ぶり。
そして、刹那……二人は激突した。
目にも止まらぬ速さでギンさんが動き、大きな握り拳で少年に殴りかかる。
それに対しフィーネは、突如出現した大剣を振って対応する。
「■■■■■ッ!!!」「……あああああぁ!」
二人の叫び声が、洞窟内に響く。
握り拳と大剣がぶつかり、大きな音が響く。
結果、フィーネが大剣を振り払い、ギンさんを吹っ飛ばす。
ギンさんは吹っ飛び、壁にめり込む。
フィーネも無事というわけではなかったようで、左手で剣を持ち、右手をひらひらと振っている。
「痛っ……折れたか。」
どうやら右腕を先ほどのギンさんの一撃で折ってしまったようで、諦めたようにだらんと右手から力を抜いている。
ギンさんはどうやら無傷のようで、めり込んだ壁から抜け出してきた。
「……流石は『最恐』ってことかぁ……おもしれぇ!てめぇなら……」
右手を折られたにも関わらず、フィーネはさらに怒るかと思われたが、逆に楽しそうだ。
「……壊れにくいよなぁ?」
そう言って、地面に剣を突き立てた。
そして、詠唱を始めた。
『我、破壊者の名において命ず。汝、血に飢えた剣なれば……』
しかし、詠唱を完成させる隙などギンさんが与えるはずもなく、真正面からまたギンさんが拳を振りかぶる。
「■■ー■■■ッ!!!!」
「ああ!めんどくせえ!詠唱破棄!」
そう言って、左手で剣を引っこ抜いてギンさんの拳を薙ぎ払う体制に入る。
「『全ては虚無へ還りつく』ッ!」
フィーネがそう叫ぶと同時に、禍々しい大剣から赤黒い光が漏れ出す。
咄嗟に身構えてしまうほどの恐怖が、離れていても伝わってしまった。
そして、大剣と拳が再びぶつかり合う。
しかし、何故か音は鳴り響かず。
ギンさんは、まるで停止された一コマのように固まっており、大剣がギンさんの拳に突き刺さっていた。
ギンさんの拳の半ばで止まっていたその大剣は。
「……喰い散らかせ。」
フィーネがポツリと呟いた途端に、再び赤黒い光が漏れて。
ギンさんの体が、ボロボロと崩れていく。
「……」
ギンさんの体がボロボロと崩れていくのを、呆然と見つめることしか出来ない僕とユズ。
「……さあ、あとはお前だけだぜ。早く始めようやぁ……」
僕のことを呼ぶフィーネの声。
ギンさんは、やがて灰となって消えて、ゴトリと大剣が落ちた。




