悪墜ちの邪神と即墜ちの勇者
勇者、令嬢、王族。様々な人間達に甘い囁きをし、悪の道へと誘っていく。
それがこの我、悪墜ちを司る邪神、チーオクア。正の心を持つ者達が、負の感情に染まる瞬間を糧とする邪神だ。
裏切りや断罪をされる者達は特に墜とし易い。そして今宵も、一人の勇者が断罪をされそうになっている。
ふふ、今日も絶好の悪墜ち日和だな。
「勇者スゲ・ウロヤ! 貴様が行った数々の悪行は許される物では無い! よってこれから貴様を断罪する!」
悪墜ちの波動に導かれ、我は一つの世界へと降り立った。すると、丁度今回の獲物である勇者が断罪されかけている。
金髪の男騎士に剣を突き付けられ、両手を縛られて跪いている黒髪の青年。周りには衛兵達がずらりと並んでおり、ここはどうやら城の広間辺りかね。
男騎士の後ろには、二人の少女が背中に隠れるようにいる。その眼は黒髪の青年を睨み付けており、憎悪が宿っているようにも見える。
「ま、待ってくれ! これは何かの間違え……そうに決まっている! そうだ、これは誰かが仕組んだ罠だ! 俺は魔王を退治した勇者なんだぞ?! そんな事する訳無いだろ信じてくれ!」
「ふん、貴様のような奴はいつだってそう言い訳をするな。国民達からも貴様の行いは報告がある。それに、ここに居る彼女達も貴様の被害者だ」
黒髪の青年が叫び、必死に無実を訴えているようだが無駄なようだ。
それにしても魔王退治を終えた後か。まさに勇者の所業。なのに何故こいつは断罪されそうになっているんだ。
「何が間違いなのよ! あんた、昨日私達の寝室に≪よっしゃ! 夢の3Pだぜ!≫とか言いながら飛び込んできたじゃない!」
「そうですよ。それに、旅の途中も散々言い寄ってきたり……怖かったです!」
怒鳴る赤髪の少女と、水色の髪の少女。男騎士は二人を慰めるように頭を撫でてやると、頬を朱色に染めて照れている。
うーむ、この少女達の言い分は本当なのだろうか。パッと見好青年って印象の見た目の勇者だ。
困ってる人達は助けなきゃ! とか俺が君達を守る! とか言って馬鹿正直に正義実行しそうな感じするのだが。
「そ、それは……ま、魔が差した。正直すまなかったと思っている。だが! それ以外に関しては無実だ! 信用してくれ!」
「街の住民達に対する強奪、強姦、殺人未遂。勇者しか倒せない魔王が消えるまで、怖くて言えなかったそうだ。これに対しては何か言い訳はあるか?」
うわー、こいつ認めやがったよ。それと他の行いがやば過ぎるだろ。
強奪、強姦、殺人未遂とか、本当に勇者なのか? 我の悪墜ちレーダーの精度落ちたかな。もう悪墜ちしてるって言われても不思議じゃないぞ。
確かめるべく、スゲの体を探ってみる。その体には、女神から授かった加護が確かに宿っていた。
うむ、一応ちゃんとした勇者のようだ。なんで女神はこんな奴を選んだんだろうか。
「う……ちくしょ! くっそ、誰か、誰か俺を助けろ!」
もう反論しても無駄だと思ったのか、叫び声を上げ床に転がって泣き叫ぶ。その余りの無様な姿に、周りで見ていた人間達は呆れた顔をしている。
いやぁ……惨め過ぎるだろこいつ。元々正の心持って無さそうだし、悪墜ちさせてもあんまり得る物なさそうだな。
正の心が純粋であるほどに、負に染まった時の感情は極上になる。その分悪墜ちさせ辛いというのもあるんだがな。
我の用意した108の悪墜ち語録ならば、そんな者達も容易く落とす事が出来るのだよ。ちなみに、今までの悪墜ち最速記録は5時間45分。最長は2ヶ月半だ。
悪墜ち邪神界隈でも、我の叩き出した記録は悪墜ちRTA上位クラスなのだ。
まあそれはさておき、そろそろこの無様過ぎる勇者に語りかけてみるかね。
これでも一応は勇者だ、我の誘いに多少は抗うだろうがすぐ終わらせてやろう。抗ってもらわんと糧が少なくなり過ぎるので、こちらとしても困るのだよ。
『勇者よ、力が欲しいか?』
「っ!? だ、誰だ!」
『我は悪墜ちを司る邪神、チーオクア。もう一度問おう。勇者よ、貴様はこの逆境から抜け出す力が欲しいか?』
勇者の周囲の人間は動きが止まり、青年だけが動き顔をきょろきょろと動かしている。邪神である我にかかれば、時を止めるなど造作もないのだ。
我の問いに、目を見開いて驚く勇者。ふふ、さあ悩むのだ! そして、苦悩し悪墜ちをしろ!
「マジ! くれ、力くれよ!」
えー……まさかとは思っていたが、こいつ即答しやがった。既に3桁の悪墜ち者を作ったが、ここまで即答する奴は初めてだぞ。
『いやぁ、そのさ、良いんだけどさ、ちょっとぐらいは悩んだりしないのかね?』
「は? なんで悩む必要があるんだ。力をくれるって言うんだから貰うだろ」
『でも、これ悪墜ちだよ? 女神から貰った加護消えるんだぞ?』
「こんな魔王だけ倒す為の加護なんていらねーよ! あんた邪神なんだろ? って事はあんたの加護ならそんな魔王限定の力じゃないんだろ? そりゃ貰うだろ」
女神の加護は魔の力を持つ者のみに対して、チートとも思える圧倒的な効果を発揮する。それと違い、邪神である我が加護は対象関係無しに圧倒的な力を発揮するのだ。
だからといって、ここまで即答するような奴に加護を与えるなんて……女神の奴は何を考えておるのだ。
「ったくよ、勇者の成り手がいないからって引き受けたのにこれよ。ハーレム作れるから頼みますって言われてなったのによ。清純そうなフリしてたのに、殆どの女はそこの男騎士に惚れ込んで俺には全く旨みないんだぜ? わかるかよ、宿屋に泊まった時とか隣の部屋からにゃんにゃんする声が聞こえる気持ちがよ! 惨めに俺はその声おかずに抜くしかねーんだぞ?! そりゃ俺だって強引なにゃんにゃんの一つや二つするわ!」
『お、おう。そ、それは大変だったな、うむ』
なるほど、こいつがここまで墜ちたのは労働環境の問題か。女神が勇者が呼び出す際、特定の世界から連れてきて加護を与えるのだ。
しかし、その呼び出していた世界が発展が進むほどに異世界に勇者として行く者が減っているのだとか。同僚の魔王の加護を与える邪神がこないだそんな風に愚痴っていたから多分同じ問題だろうな。
「と、言う訳で頼みます邪神様。へっへ、この糞男騎士め……○○○ちょん切って口の中にぶち込んでやるぜぇ……。その後はつま先からみじん切りに切り刻んで魚の餌にしてやんよ」
『あー、うん。そういう物騒な発言は控えような?』
こうして、我はこの勇者スゲ・ウロヤに加護を与えこの世界に混沌をもたらした。その後スゲ・ウロヤの魔王も裸足で逃げ出す行いにより、我は大邪神への昇格する。
スゲ・ウロヤは新たに複数の女神に召喚された勇者達により、数十年後に討伐された。スゲ・ウロヤの乱と呼ばれたこの異世界の事件は、女神界隈に大いなる衝撃を与え勇者召喚制度の見直しが検討されたり騒ぎになったそうだ。