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食事会当日は雨の多い6月では珍しく、真っ青な空が広がっていた。
気温も暑くもなく、寒くもない。
あまりにも良い天気過ぎて、お母様発案でテラスを開け放って薔薇の花が咲き乱れる庭を眺めながらの食事会となったくらいだ。
「藤真、今日はお招きありがとう。」
「久しぶりだね省吾。こちらこそ、わざわざ来てくれてありがとう。」
そんな和やかなお父様とそのご友人の会話からその日は始まった。
常盤省吾様。
名門常盤家の分家だが、ご当主の弟にあたるお方。
旧桜子は興味なかったのか親しくしていた覚えはない。
しかし、だ。
西野美優の好みフィルターを通して見た省吾様、かーなーりかっこいい!!
渋めの低い声に背が高くてダンディーな見た目。とある映画のスパイみたい!
マティーニ飲んでそう!
ステアでなくシェイクで。なーんてっ!
なーんてっ!
心の中で身悶える。
が、しかし今の私は星野宮桜子。
たとえ分家でも、あの常磐家の前でボロを出すわけにはいかない。
あらお父様のご友人ですのね、とお澄まし顔発動中。
隣に立つ春兄様からこっちを伺うような雰囲気がしたけど気のせい気のせい。
あ、ちなみに藤真はお父様のお名前だ。
ついでに言うとお母様静香。お淑やかな母様にお似合いの名前である。
そういえば、ここまでくれば分かるだろうけれど、
父=藤真
兄=春雪
私=桜子
と、嫁いできたお母様を除いて、星野宮家は春にちなんだ名前をつける風習がある。
一族代々の習いだ。
これはファンブックにもきちんと記載されている公式情報。
アニメ版というよりもゲーム製作側の春兄様に関するある事情がある。
だけれどそんな事は、今はどうでも良い。
春兄様の件は、否応無しにそのうちに迫ってくるんだから。
だから目下のところの問題は、先ほど玄関で起きたハプニングである。
ハプニング、と言っても私だけなんだけど。
「常盤 流です。よろしくおねがいします。」
原因は省吾様の横で微笑んでいるご子息だ。
常盤 流。
彼の存在こそハプニング。玄関で会った瞬間、私の頭を混乱の只中に陥れた原因。
必死に抑え込んだから大丈夫だったけど。軽い咳払いで誤魔化したけど。
春兄様が私の肩に手を置いたのは緊張しないようにとの配慮ですよねありがとうございます。
そんな常磐 流本人は、ダンディーな省吾さんを父に持つとはちょっと思えない、平々凡々な男の子だ。
少しつり目気味のサッパリした目をしてるのに、何故だか優しそうな柔和な顔つき。
良く見れば整っているけれど、全体的に目立ちきれない、どことなく地味で草食動物っぽい見た目。
まぁ、悪役顔の私としたら羨ましいけどね。
そんな常磐 流。
流。
そう、彼は最後まで桜子を案じてた優しい人だ。
今日玄関で出迎えるまで忘れていた、旧桜子の数少ない友人だった人。
なんで忘れてたんだろう。
昔は頻繁に交流があったのに。
「お初にお目にかかります。星野宮桜子でございます。」
動揺を見せないように気をつけて、春兄様の後でマナー通りに挨拶をした。
旧桜子の時に身につけていたから、マナー系は余裕!
「まぁ、まだ5歳なのに礼儀がしっかりされているなんて、桜子さんは凄いわ。流さんも見習わなくてわ、ね。」
私の振る舞いを見て、ツイードのスーツをピシリと着こなした、奥様が、隣の流にスッと切れ長の目を向けた。
流は曖昧に微笑み返している。
……なんだかとっても厳しそう。
常磐家の奥様は私のお母様とは真逆の、デキルッ!って感じのカッコいい雰囲気。
凛とした様子は、名門常盤家の妻というより、まるでキャリアウーマンみたい。
あのぉ、5歳児の流が私並みだったら気持ち悪いので、気にしなくていいと思いますよ?
とは言えず内心まごまごする私の横で、常盤家のご当主の方はお父様と、桜子さんの口元はキミに似てるね、なんて仲良さげにお話をしている。
と、春兄様が厳しい雰囲気をものともせず、跡取り息子らしく、流と何やら天気のお話を始めた。
さすがは私の春兄様。
晴れてよかった、えぇそうですとも。
私はそれらを眺めながらただただマナーの通りに微笑んでおく。
なるべく流を視界に入れないようにして。
なのに、急にお兄様とお話をしていた流が私に視線を向けた。
「今日は桜子さんに会えるって楽しみにしてたんです。同い年、なんですよね?」
流は年に似合わず微笑んで、社交辞令。
一瞬微かに震える左目元が目に入る。
その癖、楽しくない時に笑うと出るんだよね。こんな小さな頃からだったんだ。
一つ思い出せば連なるように記憶が溢れる。
旧桜子の時にその癖を指摘すれば、気付いてるのは桜子ぐらいだと困ったように笑ってたっけ。その目元は震えてなかった。
流とはそこそこ仲がよかった気がする。
家族ぐるみの交流がある関係で、よく会ってたし話もしてたからね。
気位の高い桜子に、穏やかで、根気強い流は相性がよかったのかな。
まぁそれも、私が高校に入って京極会長への恋に狂う前までだったけど。
私と流の間には恋愛感情なんて、全くなかった。
でも流は、春兄様が私を見限って冷たくなっても、私を何かと気にかけてくれてた覚えがうっっすらぼんやりとある。
京極会長一色の記憶の中でほんのちょっぴりだけどね。
兄という実の家族ですら諌めなくなった私の行動を、流だけはダメだよって、事あるごとにそう言ってた。
『イジメはダメだよ桜子。』
『それ以上は、本当にダメだ。』
『お願いだから……』
そう言って、私の腕を掴んだのは流で、
『気安く触らないでっ』
そう叫んで、振り払ったのは桜子…私だ。
だって、だってだって、流、ねぇアナタ、本当は、あの――――
「桜子」
突然呼び掛けられ、はっ!とした。
いやほんとにはっ!となった。
意識を前に向ければ、心配そうに私を覗き込む春兄様。
そしてその後ろから様子を伺う流。
「あ…なぁに?春兄さま。」
「なぁに?って、流くんが話しかけても反応がなかったから。大丈夫?気分が悪い?」
春兄様は本当に心配そうだ。
今にもベッドに行く?と言い出しそうに。
いや、今の桜子に優しい春兄様ならやりかねない。
「だ、大丈夫よ春兄さま。すこしぼおっとしてしまっただけだから。…流さまも聞いてなくてごめんなさい。何だったかしら?」
慌てて笑顔を作って流に視線を向ければ、流は少し心配そうな顔をしながらもふわっと微笑んだ。
ピクリ、とほんの微かな目元の揺れ。
ある意味正直に出てしまう流の癖に、慌ててたのを忘れて思わずふふ〜、と笑みがこぼれちゃうった。
そんな私を目の当たりにした流の笑みが一瞬強張った気がするけど気のせいだよね。
「…気にしないでください。僕もたまに考えこんじゃうから。」
齢5歳の流の答えが紳士的過ぎて戸惑う。
記憶の中の大きくなった流の印象と寸分違わない。
え、男の子って特に思春期を経て大人になるものじゃないの?
春兄様といい、こんな小さい頃から完成されてるなんて逆にちょっと心配よ?
「流さまはお優しいのね。」
取り敢えず私も微笑み返しておいた