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私はジュースを飲んだ後、挨拶を続けるという春兄様と別れ、流に声をかけた。

まだ幼い泉は、家でお留守番とのこと。

会えなくて残念だけど、小学一年生だし、仕方ないよね。


泉とは合流できないということで、そのまま流を壁際へ誘導する。




何故なら、悪役令嬢、星野宮桜子の地雷である攻略キャラ達は、五人が五人とも、上位五家の出。

その中の一人、『冬』を司る常磐柊生の実家である、名門常磐家が主催する今日のパーティーは、当たり前のように大物ぞろい。




まずは日本の二大名家である、『東の雄、京極家』に『西の雄、阿久津家』。

そして、それに次ぐ御三家のうち、星野宮うちと常磐家が一堂に会している時点で、かなりの規模。

唯一、御三家の残りひとつ冷泉院家は、参加していないみたいだけれど。

でも、『夏』以外の攻略キャラは、この会場のどこかにいるのだ。


怖すぎる。



とはいえ、今の私はパーティーの開始時と比べると、かなり気分がいい。

何たって、あのメインヒーローに惚れなかったのだ!

しかも、普段クラスが違って中々学校で会えない流にも会えたし。

ようやく始めての大規模なパーティーを楽しむ余裕が出てきている。







「ねぇ流、一緒にワルツを踊りましょう」


話の途中で、上機嫌でそう言った瞬間、流のふんわりとした笑みが歪んだ。

でも、さすがは常磐家の人間。

瞬時に元の微笑みに戻る。

目元がピクリ、と微かに動いてたけど。



「ん〜、ワルツ?」

「えぇ。私、実はパーティーで踊ったことがないの。だから一緒に」

「いやだ」

「え」


流の珍しくハッキリとした拒否に、思わず目を見開いてしまい、慌ててキリッと元に戻す。

いけないいけない、会場の端の方とはいえ、ここは人前。




「なぜ?あんなにも華やかで楽しそうなのに」

「僕、人前でダンスするの好きじゃないんだ。他の人と踊ってよ」

「流以外に誘う人いないもの。お父様も春兄様も忙しそうだし。ねぇ、いいでしょう?」

「やだ」



ナガレガイヤダッテイッタ

イヤダッテ

ワタシトオドリタクナイッテ



「ちょ、さ、桜子。こんなところで泣いたらダメだよ。誰が見てるか……」

「な、泣かないわよ。……泣かないもん。別にワルツ断られたからって、からって」

「そう言いつつ、うつむき始めてるよ」

「だって……」

「話し方も崩れてるから」

「だってぇ〜」


流がそっと体をズラした。私と会場の間に体を滑り込ませる。



「ほら桜子、落ちついて」

「……」

「桜子と踊るのがいやなわけじゃないよ。本当に人前で踊りたくないだけなんだから」

「……」


でも私は踊りたい、と同じ目線の高さにある目を見れば、流は困り顏で苦笑。

むむむむむ、ダメか。

紳士(ジェントルメン)な流がここまで突っぱねるんだ、仕方ない。

こんな豪華な会場で踊ってみたかったけど。




「……分かったわ。こんど春兄様に踊っ」

「流」


急に聞こえた声に、2人してビクリと肩を揺らす。

私は流に遮られて相手が見えないうちに、慌てて表情を取り繕う。

流が上手く私を隠しながら、声の方を振り返った。




柊生(しゅうせい)


流が口にした名前にドキンッッッ!!

心臓が口からこぼれ落ちそうになり、寸でのところで飲み込む。

むぐっ。



「見当たらないと思ったら。なんでこんな隅にいるんだ?」

「あー、うん。友人と話してて」

「友人?」

「うん。柊生、こちら僕の友人で、星野宮桜子さん」


 チラッと私の表情が戻ったのを確認してから、流が身体をズラす。

 流の背後に立っていたのは一人の整った容姿の男の子。

 

ダークブラウンの短めな髪に、鋭い目つき。

薄く、形のよい唇は固く引き結ばれていて、その硬派で真面目な性格を体現している。


アニメの設定通りであればだけど。



「桜子、こちら常盤(ときわ)柊生(しゅうせい)。父の兄の息子で、僕の従兄弟だよ。」



常盤本家跡取りキターーーーー!!!!



心の中で絶叫する。

突然の遭遇に引きつりそうになる笑顔をなんとかキープ。

女は根性。女は根性。女は根性。




「あぁ、星野宮の。」


特に興味の無さそうな声に、少し安堵。

だからと言って、無視するわけにはいかない。

あーあ、せっかく常磐本家への挨拶だけは、ちょっとどうしてもお手洗いに……と京極紫苑にす使わなかった禁じ手を使って回避したのになぁ。



「お初にお目にかかります、星野宮桜子ですわ」

「常盤柊生だ」



 その良く言えばクール、率直に言えば無愛想な返事。

 あぁやっぱりこの人も性格(キャラ)が完成されてるのね、と心の中でため息。

 さすが、ゲーム版での攻略キャラと言うべきか。


 あーあ、『冬』にまで出会っちゃった。




 かといって会ってすぐに、では私はこれで、なんて去れないところが社交ではある。

 それは向こうも同じだったようで、流と私と常盤柊生の3人で話すことに。

 なんだかこの人が来てから、やたら周りの視線が向けられてる気がするんだけど、気のせいだよね。


 






 「あ、そうだ。」


 流が良いことを思いついた、と言うように急に笑みを浮かべた。


 ビビンッ。


 と私の嫌な予感レーダーが……。




 「桜子、柊生に一緒に踊ってもらいなよ」

 「え、なが」

 「踊る?」

 「そう、桜子ワルツが踊りたいらしくて。でも僕、人前で踊るの苦手だからさ。」

 「聞いてなが」

 「あぁ、流はダンス苦手だったな」

 「うん、まぁ。でも桜子どうしても踊りたいみたいなんだ。だから柊生お願いしてもいい?」



 お前ら聞け。

 私を無視して話を進めてくれるな。


 相手はあの常盤本家跡取り。

 そして自分で言うのもなんだけど、私はあの星野宮家の令嬢。

 そんな二人がパーティーでダンスなんて、周りからなんて言われるか!

 お母様やお父様に見られて、大叔母様に伝わったら……。



 『常盤の大樹とは比べるまでもありませんね?』


 あの言葉がリフレイン。



 ダメだ。

 それはダメだ。

 全身全霊をかけて阻止せねば。




 「ダメよ流、常盤様のご迷惑になるわ。常盤様、流の言ったことはお気になさらないでくださいね」

 「柊生は怖くないから大丈夫だよ」



 違うわ!天然か!

 確かにつり目気味で整っている分、威圧的な見た目してるけど。

 ゲーム版ではその冷たい美貌と、滅多に笑わないクールさからキャッチコピー『中立の騎士』の他に、『氷の騎士』なんてあだ名があったくらいだけど。

 別に怖くないし!



 私は天然な流の説得を諦めて、常盤柊生の方に狙いを定めた。

 今会ったばかりの令嬢と踊るなんて、嫌に違いないんだから。



 「常磐様もお困りですよね?私みたいな」

 「別にいいが」

 「え、」

 「ほら、柊生は良い人なんだよ」

 「え、あ」

 「従兄弟の友人だろう。構わない」


 流、お前のせいか。



 常盤柊生は私にスッと手を差し出した。

 凝視してみても、うん、消えないね。

 視線をあげれば常盤柊生が無表情のまま踊らないのか、と首を僅かに傾げた。



 あの常盤本家跡取りのお誘いを断れる度胸があるなら、私はそもそもパーティーに来ていない。


 「お願い、致しますわ」


 応えた声が少し震える。

 その手を掴んだ指先も震えた。

涙が零れないように目頭に全力を注いで、微笑む。



 流、後で絶対に泣かす。







 その後のダンスのことはあまり覚えてない。

 でもパーティー後、車の中でお母様が言った。


 「常盤家の柊生さんとのダンス、とても素敵でしたよ、桜子さん。踊っていただけて良かったですねぇ」


見ていらっしゃったの!?

おっとりと告げられた、衝撃的な内容に愕然としていると、さらにお母様は言葉を続ける。



 「ワルツがとてもお上手ね、とちょうどお話ししていた京極家の奥様も褒めてくださったんですよ?」



良いパーティーになりましたね、と微笑むお母様にぎこちなく微笑み返す。


あの京極家の奥様に褒められたことを喜ぶだろう、と娘に伝えるお母様の優しさとは裏腹に、私の目の前は真っ暗に。

お母様、京極家からの関心は、星野宮家うちにとってはむしろ脅威ですのよ!




内心で嵐が吹き荒れるのを、表情に出さないように気を付けて、家に着いたら即、

ベッドに潜り込んだ。

がたがたと震える身体を抱きしめる。



思い出すのは、あの断罪の日。

鳩尾への衝撃と、倒れ伏した際のアスファルトの感触、激しい痛み。

狂った彼の人の嗤い声。


『娘ノ仇ダ』




死にたくない。

死にたく、ないよ。


目頭が熱くなってギュッと目を瞑る。

唇をかみ締めて嗚咽を押さえ込んだ。









なーんて怯えていたにもかかわらず、いつのまにか眠っていたらしい。

気づいたら朝。


何て図太いの、私。


刺殺の記憶ありで、普通に生きている時点でまぁ、薄々分かっていたけれど。

とは言え、か弱き乙女としてこれはちょっと……。


思わず額に手を当て、しばしうなだれる。



「…………」


グウゥゥゥ。



鈍い音がお腹から漏れた。

昨日パーティーで夕食を全然食べられなかったからか、お腹空いちゃったみたい。

悩むのは一旦止めにして、朝食、朝食。

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