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「星野宮家の子女たるもの、その全てを懸けて、星野宮の繁栄の足がかりになるよう努めなさい」
「はい、明子大叔母様」
「お父様やお兄様のお助けになるように、良家へ縁を繋ぎ、繁栄の道を作るのです」
「えぇ」
「桜子さんは既に常盤の枝と仲がよろしいようですが、常盤の大樹と比べれば言うまでもありませんね?京極、御三家はもちろんのこと、それより下位の九重、鳳仙等の名家もお忘れなきよう」
「……はい、存じておりますわ」
薄群青色のお着物をピッシリと着て、一筋の乱れなく髪をひっつめた明子大叔母様は私をキッと見据えた。
「くれぐれも、星野宮家の名を汚さぬよう、お過ごしを」
私の相手をした後いつも、明子大叔母様はお母様と談笑される。
何を話してるのかは知らない。今日の私の失敗談とかかな。
私は一人、部屋へと下がった。
着物を脱ぐことなくそのままベッドにダーイブ。
ばふんっと音がして身体が沈む。さすが7桁台の高級マットレス。全然痛くない。
「まったく何が常盤の大樹だ!京極だ!その他諸々だ!枝は紳士的なんだぞ何が悪い!」
枕に顔を押し当てながら叫べばくぐもった音が部屋に響く。
ついでにとバタバタと手足をバタつかせてみた。着物のせいで動きにくいけど。
「名家に取り入って政略結婚なんて絶対嫌!今は女性だって社会進出なんだ!考えが古い!」
モガモガと叫んではみるけれど、私の主張は枕に吸い込まれて消えていった。
明子大叔母様は、お父様の亡きお母様、つまり私からしたらお祖母様の妹だ。
その美貌と教養の高さ、華族の流れを組む星野宮の血筋から、戦後の社交界にて『星野宮の輝夜姫』と称された本物の大和撫子。
そんな明子大叔母様は、私の教養面の教育係である。
昔、嫁いできたばかりのお母様に、星野宮家の嫁としての、教育をされていた明子大叔母様。
今度はその娘の師匠として、立ち居振る舞いに始まり、茶華道、古文、和歌や俳句の読み方などなどを、根気強く私に叩き込んでいる。
一時はお琴までご指南いただいてたけど、私のあまりの才能のなさに大叔母様の鋼の精神すら潰えたのは1年前。
匙ではなくお琴の爪を投げつけられたのは記憶に新しい。
いわく、和楽器は触らぬほうが周囲のためとのこと。
そんな教養溢れる明子大叔母様は齢70を悠に数えるだけあって、選民思想丸出しの閨閥主義者。
本人も星野宮家のために政略結婚したっていう背景があるからみたいだけど。
何かとお稽古の度に、京極に取り入れ〜、常盤の本家跡取りに取り入れ〜、と擦り込んでくる。
今のところ私を窮地に追い込みそうな人ナンバーワン!
旧桜子の時もこんな感じだったかなぁ。
この時期の記憶が薄くて困る。
ここら辺にも、あの目に余る恋狂い暴走の根があるのかもしれない。
気をつけねば。
私が恋に落ちなくても、気づかぬうちに外堀を埋められてたら目も当てられないよ。
その日、明子大叔母様は小一時間ほどお母様とお話しされた後、帰って行った。
嘆いてはみても、常盤家主催のパーティーはどんどん迫ってくる。
そんな放課後、お母様にショッピングと言う名のドレス選びへと誘われた。
普段、社交にお忙しいお母様とお出かけ。
やった!
二人で、アッチコッチと、行きつけの高級ブティックをはしごして、ドレスを選ぶ。
これはどうかしら、あっちのネックレスも桜子さんに似合いますねぇ、お母様はとっても楽しそう。
本格パーティーデビューで娘を着飾らせるのが楽しみみたい。
着せ替え人形状態な私で喜んでいただけるなら何より。
だけど、パーティー自体はやっぱり気が重いなぁ。
何だか最近、お母様が私の社交にやけに積極的な気がするし。
普段はあまり無理強いさせない人なのに、今回のパーティーは常盤家主催ってことを除いても、どうしても、って感じだった。
明子大叔母様の影響?怖すぎる。
ドレス選びは、あれもこれも私に似合う、と楽しむお母様の出す候補が多すぎて、かなり時間がかかった。
でも結局、赤みがかった紫色の、オーガンジーの裾がフワッとした素敵なドレスに決定。
9歳の私には少し大人っぽい色じゃないかな?と、前世の黒歴史(ファッション編)を思いつつお母様に尋ねれば、おっとり微笑まれる。
「大丈夫ですよ。桜子さんは、美人さんですもの。とっても、似合ってますよ。まるで桜子さんのために作られたみたい。」
という親バカ全開の発言。
ブティックで人前ということもあり 閉口したけど、堪えきれずふふふっ。
そんな単純な私を柔らかく微笑んで見ていたお母様は、ふと、躊躇いがちに小さく呟く。
「……桜子さんは、本当に京紫色が似合いますねぇ。」
京紫色。
京極会長の下の名前は紫苑。
…………。
そういえばヤケにこの色を押しましたよね?
色違いで空色もあったのに。
ちょっとやっぱり空色の方が〜、と上目遣いにお母様を見上げれば、柔らかく頭を撫でられる。
「帰りに、何か甘いものでも食べて行きましょうか。」
伏し目がちな微笑みに、何故だか声が喉でつかえてしまう。
仕方なく言葉の代わりに、微笑みで返して頷いた。




