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小学校に入学して、初めての夏休みが来た。
お友達もいて学校に行くのは楽しいけれど、やっぱり長期のお休みはウキウキしちゃう。
とは言っても、たくさんの教養系習い事に学校のお勉強、家庭教師の先生との語学やら何やらで、けっこう忙しい。
西野美優の時はお兄ちゃんと妹と三人でセミ取りをしたり、朝のラジオ体操でスタンプを集めたり、家族旅行でキャンプに行ったりしたっけ。
星野宮家は残念ながら、今年の夏の旅行はないみたいだけど。
お父様は今、お仕事がとても忙しいみたいで、めったにお休みなんて取れない。
春兄様も習い事やご友人とのご予定で日中は外出が多いし、お母様も、私が同伴を拒否してるお茶会やパーティーの社交で、相変わらず家にいない。
家族揃って夕食を摂ることすら難しい今の状況で、旅行の予定を合わせるのは不可能だよね、うん。
来年に期待しよう。
まぁ、日中はお手伝いさんがいるし、夜は春兄様がチェスのお相手をしてくれたり、お母様とご本を読んだりしてる。
流ともちょくちょく遊んでるし、寂しくなんてないもんね!
「鬼ごっこをしましょう!」
そう提案すれば、ソファーで泉に絵本を読んであげていた流が顔を上げた。
「……鬼ごっこ?」
流の眉が思いっきりハの字になる。
インドア派の流は、外遊びをあまり好まないから、これは予想内。
違う方面からの説得を試みる。
「いーずみ、鬼ごっこする?」
名前を呼ばれてようやく気づいたらしく、流の隣で絵本から顔を上げた泉が、首を傾げる。
「おにごっこ?」
「そうよ、鬼ごっこ。楽しいわよ!一緒にやりましょう!」
「え、桜子それはズル」
「するっ!」
慌てて遮ろうとした流よりも、泉が嬉しそうに両手を上げる方が早かった。
好奇心旺盛な5歳児泉くんは、すっかり絵本から興味を移した様子。
勢いよく立ち上がると、嬉しそうにその場でトタトタ足を踏み鳴らしている。
うんうん、やっぱり子供はこうでなくっちゃ。
どこかの誰かみたいに、年齢離れした落ち着きや、天才過ぎたりするとね、ほら、色々と不安になるじゃない?
あくまでアニメな世界なの?とか、ストーリー補正?とか。
そんな世界で、私は老衰にたどり着けるのか、とかね。
「流、泉、お庭に行くわよ!」
「うん!」
きゃっきゃっとハシャぐ泉の横で、流がガクリと肩を落とした。
夏休みも半分過ぎた今日は流と遊ぶ日だ。
まだ小学生だから基本的にはどっちかの家が多いんだけど、今日は流のお家。
持って来た麦わら帽子をかぶって先にお庭に出れば、ちょこちょこと後ろから泉が駆け寄ってきた。
「さくらこおねーちゃん」
ニコニコ笑いながら危なっかしく駆け寄ってくる泉、可愛い。
その頭には流が被らせたんだろう、きちんと帽子が乗っている。
弱冠7歳児ながら、流はかなり面倒見がいいもんね。
まぁこんな可愛い弟がいればそうなるのかな。
クリクリ大きい目とぷっくりした唇、とどめの愛嬌たっぷりの笑窪が可愛い、プリティーフェイスなこの男の子は常磐泉だ。
常磐分家筆頭の次男で、流の二つ下の弟。
流と初めて会った食事会では、まだ小さかったからお留守番だったけど、流の家に遊びに行くようになってからは、よく顔を合わせてる。
泉が遊んで〜、と私達に駆け寄ってくることも多くて、そんな時は3人で遊ぶことも多い。
今日みたいにね。
さくらこおねーちゃん、とトコトコついてくるところが堪らない。
いいなー、私もこんな弟が欲しいなぁ。
隣に立って私を見上げる泉の頭をよしよしと撫でる。
ニコッと笑う泉が可愛くてうふふ〜、と笑っていれば、流がやってきた。
「あついね。」
「えぇ、鬼ごっこ日和ね。」
「……そうだね。そういえば桜子、スカートだけど着がえなくていいの?」
「大丈夫。私、ワンピースでも走れるもの。木登りだって、いつも着がえてないじゃない」
「うん。でもスカートで走る女の子って桜子以外に見たことないから。この前も躓いてたでしょう。動きにくくない?」
「今日のワンピースはふわふわしてて走りやすいから大丈夫よ!」
「そう?ころばないように、気をつけてね」
三週間前の星野宮家の庭での前科があるせいか、流は少し心配そうに言うと、はやくはやく~、と落ち着きのない泉の頭を優しくなでて、ジャンケンしようかと声を掛ける。
……ん?
私には注意したのに、泉には撫でるだけ?
納得がいかない。
思わず唇を尖らせた私に気づかず、流は口を開いて音頭を取り始める。
「最初はグー、」
「ぐー」
泉が何を思ったか一人でグーを出した。
そして何も出さない私達を、不思議そうに見上げる。
隣を見れば、パチクリと目を瞬かせている流と目が合った。
同時に噴き出す。
「やだ、ふふっ、泉、そうじゃないのよ。」
「あはは、ごめん、そうじゃないんだよ、泉」
クスクス笑う私達を見て、さらに小首をかしげる泉。
それが何だかおかし可愛くて、私も流も笑いが止まらない。
鬼ごっこを始められたのは、それから5分後だった。
夜、流の家から帰って、リビングに行くと春兄様は既に帰宅していて、ソファーに座ってご本を読んでいた。
「おかえり、桜子。流くんの家に行ってたの?」
「ただいま帰りました。うん、泉と三人で遊んだの。鬼ごっこしたのよ!」
「鬼ごっこ……。楽しそう、だね。でもうちと流くんのところ以外ではだめだよ」
「ふふっ、はーい」
少し困った様に微笑む春兄様に分かってるわ、と力強く頷く。
星野宮家の娘が鬼ごっこで外を駆け回るなんて、はしたないもんね。
しかもワンピースで。
そこら辺の感覚は、ちゃんと経験から理解しています。
5歳の時に記憶を取り戻してから、西野美優の感覚で遊んでしまい、何度お母様に悲鳴を上げさせ、お父様にご心配をおかけしたことか。
友達がいなくて暇だったから、子供らしくお庭で虫取りをしたり、木登りをしたり、その他お外遊びをしただけなんだけど。
でも、お父様とお母様の外出中に、登った木から降りられなくなって、春兄様を青ざめさせ、お手伝いさん達を慌てさせた時に、悟ったよね。
あ、これは何か違う、って。
ご令嬢の優雅さから離れ過ぎてる、って。
それからは星野宮の家でも、流の家でも、来客があるときはお庭で遊ばないようにしてる。
星野宮家の長女は野生の猿、なんて噂を立てられて、桜子ハイスペック作戦に響いたら困るもの。
ソファーに近づき、本に視線を戻した春兄様の隣に座る。
そんな私をチラッと見た春兄様が、ふっと柔らかく微笑んだ。
相も変わらず麗しい微笑みに、一瞬目が眩む。
小学校三年生になった春兄様。
まだまだ子供の年齢なのに、冗談抜きで、日ごとに美しくなってる気がするのは、妹の贔屓目か、魔性の貴公子設定のせいか。
後者な気がして、お腹の当たりがぞわっとする。
「……春兄さま、夕食までバイオリンの練習に付き合って!」
「うん、いいよ」
春兄様はご本を読むのを邪魔されたにもかかわらず、すんなり本を閉じ、私の頭を撫でて立ち上がる。
優しい優しい春兄様と我儘悪役令嬢な私は今日も仲良しなのである。




