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仕方がないから私は流を引き連れ……先導して庭へと出た。
星野宮の庭は広く、全体的に芝生が植えてある。必要があればガーデンパーティーを開けるように。
その中に後付けで、家の裏手に薔薇が植えてある区画があるのだ。
ひとえにお母様のご趣味である。
薔薇やレースのリボン、テディベアに優雅なお茶会…etc.
実は、お母様はかなりの少女趣味なのだ。
そんな趣味に準じて作られた薔薇園は正直かなりの規模とクオリティ。
薔薇の生垣で作られた小さな迷路まである。その中央にはこれまた小さな噴水が。
浪費という言葉がよぎるけど、風で乱れやすい枯山水も中々手入れは大変だろうし。
それに、この薔薇の迷路はお気に入りなので、よしとしよう。
私はいの一番に、流をそこへ連れて行った。
やっぱりお気に入りだし、自慢したいじゃない。流なら嫌がらずに聞いてくれそうだもの。
「ほらご覧になって。ここがさっき言ってた薔薇の迷路なの。」
迷路を指し示せば、流は私の手の先を見てわぁっと声を上げた。
「すごいね。迷路にするだけでも大変そうなのに、薔薇もキレイに咲いてるね。」
そうでしょう!素敵でしょう!
流の素直な褒め言葉に気分はグングン。
「中心にある噴水もとても可愛いのよ!一緒に行きましょう!」
5歳児らしくひょこひょこ着いてきて危なっかしい流の手を取って私は迷路に入った。
いくら小さな迷路とはいえ、私たちくらいの身長じゃ生垣に視界を遮られちゃう。
はぐれて迷ったらいけないもんね。
ふふふ、その点私は完璧!
何回も春兄様と噴水に行ってるもの。
目をつぶったって着けちゃうわ!
……なーんて思った私がバカでした。
何度目かの行き止まりの前で立ち尽くす。
私に腕を掴まれた流も合わせて立ち止まった。
「……」
「……」
流が隣で私を見ているのがわかる。
そして旧桜子の記憶の賜物として、何も言わないことは責めているのではなく、流の優しさだと分かる。逆に辛いんですけど。
だって絶対思ってるよね。また行き止まりかぁって。
うわーん私だってわかってるもん!見たらわかるしなにより、ここの行き止まりは前にも来たって2回目だって!
うぅぅぅ春兄様ぁ。
どうしようと途方に暮れながら、チラッと流を見ればもう私に視線は向いてなくて、下を見てた。
足で地面に落書きしてる。
そうか呆れてるのか。
口に出さなくても態度に出してちゃ意味ないよ!ってここで叫んだら完全なる八つ当たり。
迷路に流を引き入れたの私だしね。
だからせめて素直に謝罪を……。
「流さま」
「なに?」
「ごめんなさい私たち迷いましたわ」
「……うん、ここもう4回目だもんね」
え、うそ!そんなに来てるっけ!?
「地面に印をつけておいたから。たぶん合ってるよ」
その言葉に流の足元を見れば4本の縦線。
いつの間に。
というか4回目って。
どうしよう、出口が見つからなかったら。
叫べば家族が誰か気づいてくれるかな?
もし、気づいてくれなかったら……
サアァァァッ、と血の気が引く。
それと同時に頭に浮かぶ、私と流の白骨死体。
人間って何日食べなくても生き延びられる?
水すらないし。
せめて中心の噴水まで行けば水があるし、なによりそこには外に出られるゴール
が横にある。
でもすっかり迷ってしまってるし出られる気がしない。
どうしよう、本当にずっと出られなかったら。
自分だけならまだしも巻き込んだ流まで死んじゃう……!
「……な、ながれぇ〜ごめんんん〜」
「ん?え!なんで泣いてるの?!どこか痛い?」
「出られないよぉぉぉ、ナガレごめんねぇぇぇ〜」
「だ、大丈夫だから!泣かないで、さ、桜子さん。」
着ているワンピースの裾を握りしめて堪えようとするけど、涙が次々と溢れてう
うぅぅ。
慌てたように、流がポケットから取り出したハンカチを目元に当ててくる。
目から溢れる水滴が吸い込まれる。
流が困ってるのが分かるから泣き止まないととと目頭に力を入れて頑張るよ。
「う……ひっく、くっ……ながれぇぇぇ、ご、ごめ」
白骨死体になる羽目になって本当にごめんなさい。
ゴールに行けなくてごめんなさい。
考えなしでごめんなさい。
「……落ち着いて、桜子」
ぽんぽんと頭を撫でられた。
見れば涙で滲む視界で少しだけ揺らぐ流がふふっと笑っている。
「大丈夫、出られるよ」
「え?」
流がまた笑った。
その声は何だか楽しそうで、その空気に当てられて、単純な私の涙は引っ込んだ。
「あのね、迷路には必ずでられる方法があるんだよ?」
「えぇ!」
いつの間にか離れていた私と流の手を、今度は流が繋いだ。
クイっと引っ張られる。
「最短距離じゃないから少し時間がかかるかもしれないけどね。大丈夫だよ、僕が連れていってあげる。」
そう少しだけ自信ありげに言った流は、時々地面に印をつけたりしながら、数回同じ道を通ったものの、アッサリと噴水まで辿り着いた。
高校生の記憶があるのに、5歳児に宥められて、迷路も負けるってどうなんだろう。
しかも、草食動物な流に。
お世辞にもハイスペックっぽくない流に。
考えたら負けな気がして、やめた。
その後、私と流は噴水でたくさんお喋りをした。
好きな本や、習い事のこと、好きな食べ物と嫌いな食べ物。
旧桜子の記憶が曖昧な私はやっぱり流のそれらをすっかり忘れてた。
草食動物な流と私の好みは、全てにおいて全く合ってなかったけれど、唯一、フ
ルーツが好きで、中でもイチゴが大好きってとこだけは一緒だった
美味しいよね〜甘酸っぱくて。
ただ、流と違って練乳はかけない派です。
そんな風にしていたら、あっという間に時間は過ぎて、帰る時間に。
その頃にはすっかり、流と桜子と呼び合う仲になった私達は、またこんど遊ぶと約束して手を振ってバイバイした。
ちょっと最初の考えと違ってきちゃったけど、しょうがないか。
流はいい子だもんね。
その夜の夕食後、春兄様が廊下で私を呼び止めた。
「今度迷路で迷ったら僕を呼んでね。ちゃんと迎えにいくから大丈夫だよ。」
ぽんぽん、と私の頭を撫でる優しい手。
それと同時に、あの応接室から庭の様子が丸見えだと思い出す。
見てたなら助けてくださいよ、春兄様。
そんな私の恨みがましい視線に気づいたのか、春兄様は面白そうに笑って、また私の頭を撫でた。
「流くんと仲良くなれてよかったね。桜子が楽しそうだと僕も嬉しいよ。」
確信犯……!?
思わぬ伏兵に、唖然とした夜だった。




