2回目の人生
――――思い出した!
そう思ったのは、もう本当に終盤。
ヒロインと彼女を守るイケメン達が婚約披露パーティーで私を断罪する、まさにその瞬間だった。
金髪の京極生徒会長を筆頭に、ずらずらっとイケメン達&ヒロインが私と対峙している。
その立ち姿と、パーティーの煌びやかな背景が合わさった時、なーんか見たことあるなぁ、と思ったのだ。
瞬間、頭の芯に衝撃が走る。
あれ、これ大好きなアニメ、『キミが僕を愛すまで』略して『キミ☆らぶ』の断罪シーンじゃん。
メインヒーローである京極会長と無理矢理婚約した悪役令嬢、星野宮桜子が開く婚約披露パーティー。
そこで主人公であるヒロインと、彼女の恋人である京極会長、そしてヒロインの友人であるイケメン達が協力して、桜子の悪事を暴くのだ。
そしてそのまま婚約は白紙に。さらに実家の事業も乗っ取られ、星野宮家は没落する。
そんな桜子を尻目に結ばれるヒロインと京極会長。
そうそうそう、
アニメが人気すぎて、乙女ゲーム版としてゲームにもなったりして、『キミ☆らぶ』の人気は凄まじかったんだよね。
かく言う私もかーなーりハマった。アニメは各話五回以上見てる。
ゲーム版は金欠で買うのが遅くなって、まだ途中だけどね。
出てくる男子はイケメンばっかりだし、そのセリフがまたキュンキュン!お話や設定も凝っていて、とっても面白かった。
「星野宮さん、君はやりすぎた。」
不意に響いた京極会長の声。
ハッとして彼のほうを向けば、会長を含めイケメン達は一様に、私へ軽蔑した視線を向けている。
唯一、ヒロインだけは少し悲しげな表情をしていた。
アニメ版15話の断罪シーンそのまんま。
星野宮桜子が潰されるこの場面はかなり気分爽快でこの話だけは十回くらいは見てる。
すごい!本物だ!本物の京極会長!
夢にまで見た光景が目の前にある事に、テンションがグングン上がる。
でも、ん?あれ?
そう言えば、私の名前って、『星野宮桜子』じゃなかったっけ?
しかも、彼らが睨んでいるのは私。
あれ、私が悪役令嬢?
……確かに、確かに、落ち着いて考えてみれば、あのヒロインをイジメた覚えがある。
それはもう壮絶に。何もそこまでしなくてもってくらいに、とことん虐めた。
だってだってだって、大好きな京極会長にあんな庶民の分際で近づくから……
って、え?!庶民?庶民の分際って?
いやいやいや私も十分庶民だし……星野宮財閥の娘である私が庶民?
あれ?あれ?
私って、何?
何でこんなところにいるの? 何をしてるの?
頭がぐるぐるする。気持ち悪い。
目の前で京極会長達が何か言っているけど、まともに頭に入ってこない。
まぁでもここはハマった『キミ☆らぶ』の世界。特に最終話のこの部分は頭に入
ってるから、言っている内容はなんとなくわかる。
桜子への断罪。
桜子《私》を潰すための言葉。
唐突に、ここから逃げたい気持ちに襲われた。
何故だかは分からない。
記憶が混乱してるせいもあるのかな。
ただ、何をおいても今すぐに、消え去ってしまいたくなった。
アニメの通りにするのなら、京極会長に泣いてすがるなり、私のせいじゃないと
喚くなり、ヒロインを口汚く罵るなり、やらなくちゃいけないことは多々あった。
でも、混乱している今そんな余裕はないし。そもそも、もうヒロインに何かしたいなんて微塵も思えない。
だから彼らに背を向けた。
そして走り去る。
後ろで彼らが驚く声と、星野宮桜子を呼ぶ声がしたけど私は止まらなかった。
パーティー会場を出ても足は止まらない。そのまま足早に道を歩き、少し行ったところで、誰かが前から私にぶつかった。
「……えっ?」
鳩尾へ来た激しい衝撃にふらつく。
いったぁ。
……ん?あれ。
なんだか変な感覚がしてぶつかった鳩尾を見下ろす。
視線の先で、何故かサーモンピンクのドレスが紅く染まっていた。
え?
なに、これ。……あれ、ん?
いた、い?
痛みを自覚すれば、ガクッと膝が折れ、地面に倒れ込んでしまった。
何が起きたのか把握しきれなくて、ぶつかってきた何かの方を見ればいたのは一人の男。
頰がこけ、目ばかりがギョロギョロした40代くらいの見たことがある男。男の
右手に握られているのは、血が滴るナイフ。
それを握ったまま男は笑っていた。
嗤って、いた。
口元から泡を飛ばして。狂ったように。
いや、もう、狂っていた。私、星野宮桜子のせいだ。
そう、ちゃんと、憶えてる。
「娘ノ仇ダ」
狂った男は無機質な声で言い残し、クルッと背を向けると、そのまま嗤いながら走り去って行く。
私は声も上げられず地面に突っ伏した。
全てが自業自得だとわかってる。
婚約破棄も、没落も、そしてこの惨劇も。
記憶がなかったのは言い訳にはならない。
だって、私が『星野宮桜子』だったことは事実だから。
走馬灯のように記憶が頭を駆け巡る。
今までの、私の記憶がなかった頃の星野宮桜子の思い出達が。
そうすれば、自然に、まるで当たり前のようにたくさん思い出されるのは、あの
人じゃなくて意外にも彼だった。
彼の笑顔だった。
ようやく分かる。
この死の間際にようやく。
私は、星野宮桜子は根本的なところから間違っていたと。
どうしようもなく、道を踏み外していたと。
だけれど、せっかく気付いたのに、桜子《私》は、
生前のその悪行からは、粘着質で醜い行いからすれば考えられないほどアッサリと、
誰にも看取られず、どこかの地面の上で野垂れ死んだのだ。