そりゃ最初は幻覚だと思ったよ。
扉を開けると、そこは異世界だった。
その現実を受け入れる迄に、たっぷり12時間以上かけてしまった私は、なかなかに往生際が悪かったと思う。
だって普通にトイレに行っただけだったんだもの。用を済ませてトイレから出ようと扉を開け…いきなり目の前に森が広がってたとしたら、まずは自分の正気を疑うじゃない。
「へ…?何これ」
目の前には、宵闇に包まれようとしている鬱蒼とした大森林。
ポカーンと口を開け、完全に固まる事数十秒。目の錯覚かと思いきや、その幻は一向に消える気配がない。
誘われるように一歩踏み出した足が積もった落ち葉を踏んだ感触で、初めて我に返った。
「なっ、何!?なんか踏んだ!!ガサって言ったぁ!!!」
そりゃもうプチパニックだ。慌てて扉を閉めてトイレに戻る。足の裏はさほど汚れてなかったけど、何だか気持ち悪くて、シャワーで必死に洗った。
良かった、ユニットバスにしといて。
それからの私は自分でも笑える位往生際が悪かった。何度も扉を開け閉めしては落胆し、時間をおいてみようとトイレ横の本棚から本を読み漁った。
それでも扉の向こうは徐々に暗くなり、闇が深くなる上についには獣の唸り声みたいな不気味な声が聞こえてくる始末…。
こんなに念入りな幻覚を見るほど私ってストレス溜まってたんだろうか。でもやっと入社3年目に突入した仕事は充実してたし、ちょっと気になる人も出来て、自分なりに楽しく毎日を送っていたつもりだったんだけど。
なんだか納得いかないけど、それならゆっくり風呂にでも浸かってみるか、とバスタブにお湯を張る。試しにでも外に出てみる気にはなれなかった。だって何かよく分からない遠吠えっぽいのが聞こえるんだもん…。
お風呂に入り、ドライヤーで髪を乾かし、化粧水も乳液もボディミルクも塗って乙女の入浴後の儀式を全て終えても、幻覚はしぶとかった。
たかだか3畳くらいしかないユニットバスで出来る事なんか限られている。外には出られないしやれる事もなくなった私は、諦めてユニットバスでふて寝する事にした。
バスマットを敷いてバスタオルをあるだけ重ね、全然寝心地の良くない簡易ベッドを作って体を横たえてみる。因みに電灯のスイッチはユニットバスの中からは消せない構造なもんだから眩しいけど消せない。寝るには適さない状況しかないけどこればっかりは仕方ない。
まさかユニットバスでマジ寝する事になろうとは。
目が覚めたら自分の奇行を笑い話に出来ると信じて、無理やり目を閉じた。