表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

二つ目のパーティ(ぼっちなので本当はパーティじゃない)

 彼は田舎者だ。大陸の端の農村から、一攫千金を目指して迷宮都市と呼ばれる小グラネダにやってきた。

 彼の田舎には昔、王国で近衛兵をやっていたという老人がいた。彼は両親の農作業を手伝う合間に、その老人にただで剣の稽古をつけてもらっていた。老人にとってはただの暇つぶしだったが、三人兄弟の一番下に生まれた彼にとって、継ぐ畑がないからには真剣に芸を覚えるほかに明るい未来はなかったから必死だった。

 老人はかつてのコネを使って、彼を王国の兵士になれるようにしてやると言っていたが、彼が成長する前に病で亡くなった。安定した仕事が得られるはずだった彼は、世の儚さに絶望し、両親のなけなしの貯金を使って飲んだくれるようになる。

 当然両親は彼を怒った。とても怒った。勘当してしまうほどに激怒した。彼が酒に使った金で、娘を医者に見せてあげられるはずだったからだ。娘は医者にかかることなく死んだ。

 彼は妹が死んだことより、明日も知れない我が身を嘆き、失意のうちに村を出て行った。

 二日かけて飲まず食わずで近くの大きな街へ行き、そこで廃都グラネダの噂を聞く。曰く、かつての魔法王の秘宝が眠っている。魔界へ通じる穴があり、魔王の宝が保管されている。滅んだグラネダ帝国の遺産がまだ奥深くに残っている。

 彼は深く考えず、街の裏道で旅の資金を調達し、廃都グラネダを目指して旅立つことにした。


 そして今、彼は小グラネダの冒険者の酒場で組合登録を済ませ、いよいよ迷宮の探索に乗り込もうとしていた。彼の頭はすでに、見つけた財宝を換金してどう使うかを考え始めている。


「おい、あんちゃん大丈夫か?」

 酒場のマスターが組合の登録用紙への記入を終えて、探索許可証を手にした彼に話しかけた。


「……大丈夫かって、何が?」

 彼は自分の顔がいかに緩みきっているか全く気づいていない。


「何がって……。まあいいか。今から迷宮の探索に行くなら野営の準備を忘れるなよ。寝袋やら持ってないなら組合価格で売ってやるからな」

 マスターはすでに彼が一度たりとも生きて小グラネダに帰れるとは思っていなかった。迷宮探索のリスクに全く考えが及んでいない、すぐに死んでしまう典型的なパターンだと思ったからだ。組合登録に金が入り、この上寝袋なんかの備品も売れる。自分たちの組合に入る人間が死ぬことはほんの少し悲しく思うこともあるが、相手がこうも愚かだとそんな気持ちにはならない。


「日が暮れるまでには帰ってこられないって?」

 彼は、まだ昼前だったはずだと考えた。それなのに迷宮で泊まる必要があるとは思えなかった。


「そうなってもおかしくねえ。あんちゃんが必要ないってんならそれでもいいが、備えあれば憂いなし、だぜ?」

 確かに初めて迷宮に挑む輩に、今の時間から探索に出て一晩明かすほどの根性があるとは酒場のマスターだって思っていない。ただ、こいつが死ぬ前に少しでも儲けたかっただけだ。そんなマスターの心を知ってか知らずか。


「俺にはいらないよ。だって、この街に来るまでの旅路でだって、いつもこの身一つで夜を過ごしていたからな。どんなに地面が固くたって、安眠できる自信があるぜ」

 彼はどこまでも無謀で不敵だった。


 これにはマスターも言葉を無くし。

「ならさっさと行っちまいな。せいぜい稼いで死ねよ?」

 手振りで彼を追い払った。


「俺が簡単に死ぬわけねえ。なんせ守護神と呼ばれた騎士、オルディナントに剣を習ったんだからな」

 彼は師を呼び捨てにした。オルディナントが生きて聞いていれば、雷を落としていただろう。


「知らんなあ」

 何十年も前の、いくつも国境を隔てた先の国の騎士の名前なんて、酒場のマスターには知る由もなかった。


「そうかよ。なら覚えておくといいぜ? 俺が迷宮の財宝を手に入れた時、客に話ができるだろう?」


 そう言う彼を、マスターは今度こそ送り出した。




「しまったな……」

 小グラナダを出発して小一時間、廃都グラナダの端まで来た彼は早速後悔していた。

 一人無謀な探索を始めたことをではない。背負袋を用意しなかったことを、だ。彼は両手で持ちきれないほどの財宝を手に入れてしまった時のことを考えていた。


「まあ、今日は小手調べだ。手に持てるくらいの宝を手に入れれば帰るとしようか」



 廃都の空は晴れ晴れとしていた。その下で瓦礫と廃墟の間を練り歩く彼は、まるで自分の庭を散歩するかのように胸を張っていた。

 彼のような振る舞いは、初めて迷宮に挑む者ならありえることだが、ここの恐ろしさを一度でも垣間見た者にはありえないものだ。


「はっ!」

 彼は突然ロングソードを頭上で振り回した。すると、甲高い鳴き声とともに一匹の巨鳥が地に落ちた。


「へっ。こんなもんかよ」

 酒場のマスターは彼を軽んじた。しかし実際のところ、彼は師がよかったのか、才能があったのか、それなりの手練ではあったのだ。


 そして彼は増長する。ファントムレイダーの見えない攻撃をいなし、マルバスの魔法攻撃を躱し、あるいは唱えさせないほど素早く近寄って封じる。少なくとも空の見える範囲にいる魔物に負ける要素はなかったからだ。


「ははっ。やっぱり俺は凄いんだ!」

 彼は自身の快進撃に気を良くし、空に吠えた。


 そしてさらに歩き続けること二時間ほど。彼はふと立ち入った廃墟の中に、地下への隠し通路を発見した。その廃墟は古びた書物がまだ多く残っていて、何か価値がある物があるのでは、と彼に感じさせた。だから書棚を持ち上げてどかして現れた壁に、切れ目のようなものを発見した彼は小躍りして喜んだ。

 彼は切れ目の入った壁を拳で叩き、すぐ向こう側に空洞があることを確認すると、剣の鞘で壁を思いっきり突いた。轟音を立てて壁が崩れる。

彼は思いもしなかったが、そんなことをすれば隠し通路部分以外の壁も崩れて生き埋めになるかもしれなかった。結果としては手早く通路を開けたわけだが、これ一つとっても彼は探索者に向いているとは言えなかった。


「おしおしおしおし! 俺が大金持ちになる日も近いぞ!」

 彼はこのあたりから完全に有頂天になり、周りの気配を察知することができなくなっていた。ただし、この時ばかりは彼の油断はあまり関係なかった。確かにこの迷宮において、油断は破滅への始まりだということに変わりはないのだが。そして彼の破滅は少しばかり始まるのが遅かったようだ。


 そして彼は生臭く、非常に湿った通路を進む。狭く、剣も碌に振れないような通路に入り、それほどせずに下り階段が現れた。彼は一歩一歩踏みしめるように、ではなく、二段ずつ飛ばして跳ねるように階段を下りていった。


 彼の頭の中にあったのは、美しい女たちを侍らせ、美味い肉と酒をいくらでも味わうことのできる至福の日々だった。財宝を手に入れるという手順さえ、彼にはもう必要なかったのだ。進む先に財宝があるのは、彼にとって確実なことだったから。


 しかしそれが叶うことはありえない。彼の下りた階段はただの階段ではない。これまでにも幾多の冒険者たちを飲み込んだ、イミテーターと呼ばれる魔物の一種なのだ。彼がその一番下までたどり着く前に、階段に化けたイミテーターが彼を消化してしまうだろう。途中で彼が異変に気づいても、もはや手遅れなのだ。


 彼が小グラネダに戻ることはなく、後日ふと彼のことを思い出した酒場のマスターは、自分の目が確かだったことを密かに喜んだ。


 イミテーターと呼ばれる魔物のバリュエーションは実に様々で、基本的には無機物に化けるのだが、特に建物や、その一部に化ける個体は非常に厄介だ。彼らは魔力を感知する魔法で知覚することはできるが、それ以外ではただの物と普段は何も変わらないため、外から気づくことはできない。特定の形にしか化けられない個体もいれば、装飾やサイズを変えて化けることのできるような個体も存在する。ほとんどの個体は消化液を薄い霧状に出して獲物を消化するが、時たま魔法を使ったり、鎧姿のような稼働できる物に化けて襲いかかることもある。このように、イミテーターの犠牲者は数知れない。ベテラン冒険者の中には、出現率の高さも相まって、廃都グラネダで最も厄介な魔物にイミテーターを挙げる者もいる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ