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最初のパーティ

 イリスの視線は瓦礫に腰掛ける獅子の魔物に注がれている。今回の探索はあれを討伐することが目的だった。

 この迷宮の探索中にたまたま発見した魔法の弓。これで射った矢は何かに当たるまで透明になる。イリスはこの不意打ちに便利な弓を息を殺して静かに構え、矢を番える。

 仲間の魔術師、レダが自分の後ろで、自分以上に緊張しているのを押し殺した呼吸音から感じたイリス。彼女はその緊張感が二十メートル先の獅子の魔物に伝わらないことを願いながら、矢尻を獅子の眉間より高い位置に合わせた。


「ふぅー」

 矢を放つと同時に溜めた息が自然に口から漏れる。この呼吸に気付いた獅子の魔物が顔を上げ、そのおかげで丁度魔物の眉間に矢が突き刺さった。


 どさり、と倒れる獅子の魔物。崩れた落ちた衝撃で積み重なっていた瓦礫の一部が雪崩になった。ガラガラと大きな音が響き、イリスは恐ろしくなる。他の魔物が集まってきたらと考えると、今すぐその場を去りたくなったのだ。


「やったね」

 レダがまだ少し緊張気味にイリスへ話しかけてきた。


「うん。やった。早くあれを持って帰ろう」

 仕留めた獅子の魔物は、魔法を使えるほど発達した脳を持っていて、珍味として高く売れるのだ。この魔物の名はマルバス。強いが、哀れな食肉獣だ。


 二人で駆け足に近づいて、イリスは肩掛けに吊るした短剣を抜く。素早くマルバスの頭を切り離さないといけない。狩人と魔術師の二人だけのパーティでは不意を打たれた場合、必死だ。


 レダがマルバスの頭を持ち上げて、イリスが切り落としやすいようにしてくれている。騒音を出してしまったので、二人の焦りが強い。いつもなら十秒とはかからない作業なのに、イリスはうまく刃を滑らせることができずにいる。さらに焦りが募った。


「焦らないで」

 レダが心配してくれるが、そういう彼女の方がどう見ても焦っている。私の方がお姉さんなんだから、彼女を安心させてあげないといけない。イリスは焦りを止められなくなっていた。



 イリスとレダは孤児だ。彼女らの両親は、廃都グラネダに挑む冒険者だった。この迷宮に挑む者たちが集まる小グラネダの街で恋をして、その結晶を残した。そしてほどなく迷宮に散った。

 二人は本当の姉妹ではないが、同じように冒険者の親を持ち、親が戻らず孤児になった身の上だ。小グラネダには彼女らのような事情を持つ子供がたくさんいる。彼らはお互いを助け合い、強かに生きる。盗みも殺しも当然の日常に生きて、たいていは大人になる前にどうにかして死ぬ。

 しかし彼女ら二人は冒険者として迷宮に潜れるほど大きくなった。様々な偶然と幸運に恵まれた。幸運を逃さないように必死で生きた。恥も外聞もなく死体漁りをしたり、体を売ったり、大人を騙したり。そうやって必死で生きてきた。

 耄碌した魔法使いから魔法書を盗み出し、レダは魔法を覚えた。イリスは兄貴分の孤児に抱かれることを対価に、彼から狩人としての技を習った。彼女たちは迷宮という魔境でも戦えるようになった。



 それでも。


「できたよ。早く逃げよう」

 イリスは獅子の首元に注いでいた視線をレダに向けた。

 返事がない。獅子の頭を支えていたレダの手が見当たらない。心臓がギュッと掴まれるような身の毛もよだつ感覚がイリスを襲う。左見右見で見渡すが、レダの姿が見当たらない。


「どうしたの! レダ!」

 彼女は声を荒げてしまう。


 切り離したマルバスの頭を抱えながら、イリスは涙を流してレダを呼んだ。迷宮には様々な能力を持った魔物がいる。レダが黙って勝手にいなくなるなんてありえない。あの子は臆病なんだ。こんな危険な場所で一人になろうとするわけがない。イリスは状況の全てがわかっていた。


 イリスの足元にぼとりと何かが落ちてきた。彼女が必死に呼びかけていた、レダの頭だった。


「あ……」

 それを見た次の瞬間、イリスは心身に強い衝撃を受けた。


 彼女はいつもギリギリのところで生きてきた。日々にゆとりがなく、真綿で首を絞められるような緊迫感を感じていた。ゆえに彼女は強くない。常に傷ついた状態で擦り切れずにいたのだから、傷が治る前に新しい生傷が増えていく。そして今、そんな彼女の心に止めが刺された。


「っ!」

 心が折れると同時に、声を出すこともできないほど強い衝撃を背中に受ける。息ができず、視界がぐらぐらと揺れて定まらない。いつしか自分の体が、足腰ではなく胸で支えられていることに気付いた。


「キルキルキル」

 奇妙な鳴き声が頭上で鳴り、次の瞬間イリスの意識が途絶えた。その直前に彼女が思ったことは、幸せになりたかった。だった。



 レダとイリスを奈落の底に叩き落としたのは、奇しくもイリスが持つ魔法の弓と同じような能力を持つ魔物だった。

 ファントムレイダーと呼ばれる、鳥の魔物。渡り鳥ほどの大きさで、魔力を使って透明になることができる。彼らはその特性を生かすため、音もなく翼をはためかせて飛ぶ。そして鋭く長い鉤爪で獲物を串刺しにし、空でその心臓だけを貪るのだ。この魔物はそれほど多くない。


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