黄色のボタンは異世界転移
毎朝の習慣、
ーー歯磨き、TVをつける、朝食のパンを焼いて、冷蔵庫からヨーグルトを取り出すーー
この日もいつもと同じく、朝食を食べながら、どうでも良い情報番組を見るとは無しに見ていた。だいたい最新トレンド情報や星座占いなど、男やもめの俺にはあまり興味が無い話題ばかりである。だがこれから仕事に向かうという、戦の前の平穏な時間はなるべく考え事をしたく無いから、これ位がちょうど良い。
そこにハイテンションな女子アナが現れると、変なキャラクターを先端に付けた棒を振りかざした。この番組のオリジナルキャラクター、ポテトの力士、ポーリキ君だ。
『この女子アナ見かけない顔ながら、中々整った顔をしているな〜』
などと思いながらトーストを齧っていると、聞き慣れた音楽が流れる。
毎朝やってる四択の運試し、リモコンの四色ボタンのどれかを押して、ポーリキ君が潜む色に当てると、累積ポイントで景品が当たるという例のアレだ。
「お手元の四色ボタンを押してポーリキ君を当ててね!」
そういう画面を見ると、四色に色分けされたアイコンが現れる。見慣れぬ女子アナの妙に艶かしい口元に違和感を覚えつつも、アップテンポな曲に慌ててアイコンを見ると、何時もと違って文字が書いてあった。
なになに? 赤:即死、青:転生、黄色:転移、緑:消滅……なになに? 朝っぱらからハードな四択だな、それに即死と消滅ってどう違うの? そして半分が死関連って、朝から言葉のチョイスが不吉過ぎるだろ!
少し混乱しつつも、新しいキャンペーンか何かかと思いつつ、カウントダウンの進む画面に急かされて無難な黄色を押す。今週は調子良くポイントが貯まっていて、あと一回当てれば抽選に応募できる。その景品は前から欲しかったお掃除ロボットだった。
カウントダウン0と共に、俺の選んだ黄色が点滅する。
『おっ!』と気分が上がった俺の目の前で、黄色のアイコンから番組キャラクターのポーリキ君が飛び出して言った一言は、
「転移だポー!」
目眩を覚えた俺が瞬きすると、大草原の真っ只中に片膝をついていた。真っ直ぐに伸びた右手にはTVのリモコン、そして左手には食べさしのトースト、出勤前の背広はジャケットが無く、足元も当然靴下だが、幸いな事にスリッパだけは履いていた。
天から「おめでとうございま〜す!」という声と共にダンボール箱が降ってくると、目の前でグシャッ! と潰れた。
もう一度言う、見渡す限りの草原で、右手にリモコン、目の前には潰れたダンボール。とりあえず左手のトーストをボソボソと食べ終えた俺は、しばし呆然とした後、
「ウソ〜ん」
と呟いた。
リモコンの重みに目を向けると、無駄と知りつつ、無意識に〝戻る〟ボタンを押す。すると何故か虚脱感と共に、目の前の草が縮んで行った。まるで長時間撮影を逆回しで見ているようだ。
『何だ? この現象』
更に隣の草に〝戻る〟ボタンを押すと、その草も逆再生の様に縮んで消えた。
まさかのリモコン操作による現実干渉現象! 驚きと共に、
「どうせなら家に〝戻し〟てくれよ」
と怒鳴るが、だだっ広い平原に拡散して消えるのみ、虚しくなった俺は、目の前の潰れたダンボール箱を見た。
箱を開けると、白い梱包材の中から商品を取り出す。それは正に欲しかったお掃除ロボット。幸いな事に、梱包材が衝撃を吸収したため、中身のロボットは無事だった。
待てよ、これは果たして幸いなのか? 何処かも分からない大草原の只中に、スリッパ姿のサラリーマンが、右手にリモコン、左手にお掃除ロボットを抱えて呆然と突っ立っている。そのシュールな情景にゾクリと背筋が寒くなる。
『あの時、四択の中から選んだのは転移、それが良くある転移だとするとここは……』
「異世界だポー!」
左手に抱えたお掃除ロボットが突然喋り出した。ビックリした俺は、思わずロボットを放り投げてしまう。草原に落ちる、と思われたその時、
〝ブイイーーンッ!〟
と物凄い風を発しながら、お掃除ロボットがUFOの様に空を飛んだ。目の前の高さにホバリングしたロボットは、
「ひどいだポー!」
抗議の声を上げると、ゴミ排出口からたった今吸い込んだ草をバサッと吐き出す。草だらけになった俺が謝罪と共に事情を聞くと、どうやら彼は妖精界という所を追放されたらしい。
「で、俺は?」
と聞くと、
「キミはボクの追放の人身御供つまり生け贄ってことだポー!」
超テンションでエグいカミングアウトを聞かされてしまった。
「ええーっ!」
仰け反る俺に、ヨロシク! とブラシを擦り付けてくるコイツはやはりポーリキ君と言うらしい。ムカついた俺は、
「お前なんざポーで充分だポー!」
唾を飛ばしながら怒鳴ると、カメラ部分を睨み付けた。その脅しにプルプルプルッと震えたポーは、
「ごめんだポー! 規則で仕方なかったんだポー! その代わり、この世界で生きられるお世話をするポー!」
と言って俺の周りをぐるぐる飛び回りだした。どうやら風を自在に操れるらしい、それ以外にも各種機能を備えたカメラ、異次元と繋がっていて何でも入るダストバッグ、各種センサー機能に、音声ガイド、通訳機能付き。
中々頼もしい奴、と思ってリモコンの説明を求めると、どうやら異世界リモコンとなって神の力を得たらしく、ボタンを押すだけで様々な効果を発揮するらしい。
〝消音〟ボタンで、空を飛ぶ鳥のさえずりを消したり、〝停止〟ボタンでシャツの袖をカチカチにしたり色々と試していると、
「そのくらいにしとくだポー!」
ポーの奴が止めてくる。
「うるさい、お前にだけはとやかく言われる筋合いが無い!」
怒鳴ると共にデタラメにボタンを押してしまった。咄嗟に押したのは〝ナイトモード〟ボタン。それと同時に真昼間が突然夜に変わり、真っ暗になる。と共に、俺の視界も真っ暗になり気絶した。
ドサリと倒れた男を見て、溜息の様な音を発しながらポーリキ君がその背中に着地する。
「あ〜あ、リモコン操作にはMPを消費するから気を付けろっていう所だったポにね〜」
気絶した男の背中を吸引しながら、強烈な風を発生させて空を飛ぶと、近くの岩場まで運んで行く。
「こいつと一緒に異世界行脚か〜、荷が重いだポー!」
幸せそうに眠る男を見下ろして、お掃除ロボットのポーリキ君は、また一つ溜息の様な排気を漏らした。
-----THE END-----