火のないところに煙は立たない
内裏の奥、帝が住まう清涼院にて。
「それで、伝えてくれた?中務卿?」
穏やかな微笑みを浮かべ、部屋の主である紫桜帝は目の前に座する青年に尋ねた。
「もちろん。紫桜に言われた通り二人に伝えたよ。」
「そう。」
「君も人が悪いねぇ、紫桜?」
中務卿宮は妖艶に微笑み、甥を見上げた。
「さぁ、なんのこと?」
右手に持った扇子を口元に当て、わざとらしく小首をかしげ、紫桜帝はくすりと笑う。
「あの二人には注意喚起をし、多くの警備をつける。しかし、後雨宮の警備自体は増やさない。……他の場所への、つまりは他に集まる貴族たちやその従者たちへの警備は恐ろしく手薄になる。だがたとえ何かが起こっても、警備はちゃんと人数を割いているから誰も君がわざと警備を手薄にして貴族たちを囮にしたとは思われない。警備のものたちは不審には思うだろうが、なにせ帝の命令だからね?何か騒ぎ立てたりはしないだろう。」
「……何か問題でも、中務卿?もちろん、中務卿と弾正の警備も強化するから心配入らないよ?」
「いいや?私は全く問題じゃないね。可愛い甥姪と愛しの時雨君さえ守れるならば構わないさ。」
「ふふっ。同感だね。僕は、はっきり言って、宮たちさえ守れば、あとはたとえ犠牲が出ようと、それこそ些細な問題だよね。」
穏やかな笑顔のまま、あっさりとそう言い放つ甥に、中務卿宮は肩を竦めた。
「つくづく君は的に回したくないよ、本当に。……どうせ君のことだ。私や弾正、時雨君を守るのですら、宮のためなのだろう?彼女は優しいからね。親族やお付きの童になにかあれば悲しむ。」
中務卿宮の言葉に、紫桜帝は否定の言葉を返さず、ただ微笑みを浮かべる。
「……今回の肝試しでいい獲物が釣れればいいのだけれどね。」
「当てはあると?」
「さぁ、どうだろう?でもね、中務卿、『火のないところに煙は立たない』、だよ?後雨宮には昔から幽霊が出るだとかの噂が多いのは君も知ってるだろうけど、噂がたつということは、原因がある、ということ。さてはて、一体あの廃宮にはどんな秘密が隠されているのだろうね?」
まるで新しい玩具を見つけた子供のような笑みを浮かる紫桜帝。
そんな甥に、わずかに空恐ろしさを感じる中務卿宮だったーーーーーーー。