ただ、それだけなんですから
「もうすっかり夜になっちゃったね、時雨。」
「さっさと寝てください、宮。また今朝みたいなことをされても困りますので。」
「ええっ、まだそれねに持ってたの!?」
月影宮の住まいである此花櫻へとひっそり戻ってきた頃にはもう夜も遅くなっていた。
「まだ春とはいえ夜は冷えるね。」
「宮が寒がりなだけです。」
「え〜、そんなことないよ。」
「いいからさっさと寝てください。」
時雨の合図でしずしずとお付きの女官たちが宮を取り囲み、着物を剥ぎ取りにかかる。
「え、ちょっ、時雨!?」
「流石にここにとどまるのはマズイので失礼します。終わったらまた来ますから。」
そう言ってさっさと部屋を出て行ってしまう。
女官たちは宮たちが今まで何処に行っていたのかも知っているためなにも言わない。
だが乱れ気味の月影宮の姿を見る笑顔が凄まじく怖い。
「さあ月影宮様。お着物をお着替えくださいな。」
「あ、ちょ、待っ……。」
虚しい抗議の声はあっさりと熟練の女官たちに黙殺されるのだった。
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「いつまでも拗ねてないでさっさと寝てください、宮。」
「うぅ、時雨の鬼ぃ……。もう少しぐらいゆっくりさせてくれてもいいのにぃ……。」
「とか言ってどうせまた朝起きられなくなるんですから。僕の仕事を増やさないでください。」
「それにやだよぉ……。布団冷たいんだもん。」
「気のせいです。」
「絶対に気のせいじゃないよ!」
「うるさいです、宮。諦めてください。」
「人生諦めたらおしまいだよ!?」
「いえ、人生諦めも大事です。」
「いじめ反対!」
「人聞きの悪い。いい加減にしないと寒いと宮が言う外に放り出しますよ。」
月影宮のわけのわからない言い訳に淡々とした口調で返しつつも片付けのできない主の部屋を整理している時雨の動じなさは神がかっているといえよう。
「うう……。わかったよ……。」
渋々と布団へ向かう主を冷ややかな眼差しで見送る時雨。
「冷たい……。」
「文句を言わない。それじゃあ僕ももう寝ますので。」
「うぅ……。あ!そうだ!」
いい考えを思いついたとばかりに飛び起きる。そうして退出しようとしていた時雨に手招きする。
「……?なんですか?」
「ん〜ちょっと来てくれる、時雨?」
「???」
キョトンと首を傾げ、しかし顔は無表情のまま、時雨は宮の元へと向かった。
「よっと。」
「!!」
まさかの既視感。
素晴らしい笑顔のままの月影宮に、一体その細腕の何処にそんな力があるのかといいたくなるほど勢い良く布団の中に引き摺り込まれる。
「……なにしてるんですか、宮。」
「ん〜?人間湯たんぽ。やっぱり時雨はあったか〜い。子供の体温はいいよぐはっ。」
「…………………。」
無言の時雨の肘鉄が宮の腹にヒットする。
「……痛いよ、時雨……。」
「子供ではないと何度言わせるのですか。僕は湯たんぽではありません。さっさと離してください。
「やだ。」
「宮が困るんですよ。男童と、その、い、一緒に寝た、なんて噂が立ったら……どうするんですか。」
若干いい淀みながら言う時雨をギュッと抱きしめ、月影宮は朗らかに笑った。
「別にわたしは困らない……よ。し……ぐれ……なら、別に……。すぅ……。」
「っ。」
時雨を拘束していた腕の力が抜ける。耳元では月影宮の穏やかな寝息が聞こえてくる。
「……僕が、困るんですよ。」
ちらりとその幸せそうな顔をみやり、時雨は小さくため息をつく。
「……でも、まあ、今日だけはこのままでいてあげます。……別に、宮のためではないです。ただ、宮に風邪をひかれると陛下に怖い笑顔で怒られるし、それに僕の仕事が増えてしまいます。ただ、それだけなんですから。」
小さく、つぶやくようにそう言う。
「ん……。」
「むぅ。」
ぷいっと宮から顔を背け、目を閉じる時雨。
そんな二人を、美しく咲き誇る夜桜が静かに見守るのだった。
今回は少しだけ長くできた?ような?
時雨はツンデレキャラになりつつあります(笑)