脱走兵C
きっと彼女は皆が考える馬鹿じゃないと思う。
『こ、こちら幻想郷解放軍第7小隊所属ホットショット!脱走兵クライオは依然逃走中!想像以上の戦闘能力です!第3防衛ラインに至急応援を要せ…ぎゃあああああああああああ?!』
拳に力を込め、バキリと無線機を折る。掌にプラスチックの破片が突き刺さって出血したが、一回休みになればリセットされるので大した問題ではない。
「…何が楽園だよ。こんなことして外に出たって、一体その時何人残っているのさ」
あたいは馬鹿だ。外の世界を見られるなんていう餌に釣られて弾蔵にホイホイついてきて、こんな虐殺に協力しようとしていた。弾蔵をはなから疑ってかかった大ちゃんを見習うべきだったのだ。
「いたぞ、こっちだ!」
「ちっ!」
見つかった。すぐに自分の周りの空気を冷やし、水分を過冷却状態にする。
「撃て!」
元仲間の妖怪や妖精が、手にしたマシンガンから無数の銃弾をばら撒く。しかしどんなにそれらが迫ろうと、直前で凍てつき床に落下してしまう。樹氷ができるのと同じ原理だ。尤も、あたいは樹氷を実際に見た訳ではないが。
「…あたいは馬鹿だけど、ただの馬鹿じゃないよ。冷気の性質位嫌という程熟知してるからね」
そして出来上がった鉛玉入りの氷を、持ち主の元に返す。頭に銃弾のプレゼントだ。皆すぐさま沈黙した。
ここまで来るのにこうして何人殺めたかわからない。普通の人間や妖怪なら、死んで償うこともできるかもしれない。でも、何度死のうが蘇るあたいは、自然が消えるまでずっとその罪を背負い続けることになる。
「何であたいは、妖精なんかに生まれちゃったんだろうな…ははは…」
笑って誤魔化しても、体は馬鹿正直だ。涙が止まらない。鼻水も出てきた。
『聞こえるか?!こちら幻想郷解放軍第9小隊所属フランクドッグ!…シリアルボーイ!シリアルボーイ応答せよ!!大蝦蟇の池ゲートが襲撃を受けている!』
ふと、偶然転がっていた無線機からコールが来た。あたいは涙を拭ってそれを拾い上げ、声色を変えて応えた。
「何があった?」
拾い上げる一瞬の間で無線の向こうの相手が代わったらしく、最初の声より若干低くなった。
『クライオの捕縛は後回しだ。大蝦蟇の池ゲートが葉月欧我と射命丸文による襲撃を受けている。同時に何者かが基地内部に侵入したという情報もある。そちらから何人か寄越せるか?』
その言葉に、あたいの口角が意識せず吊り上がった。好都合だ。
「…クライオの攻撃で半数以上が死んだ。応援は期待しないで欲しい。それより侵入者の方が気がかりだ。もし本当に侵入者がいるとすれば、その襲撃はフェイントオペレーションの可能性が高い」
あたいは侵入者を利用することにしたのだ。そいつと協力し、逆にオリジンギアを潰す。それが自分にできる贖罪だ。
『了解。襲撃者二人の撃破もしくは撃退後、すぐに基地内部の警戒レベルを強化する。オーバー』
小さな効果音で無線が終了すると、あたいは背後のコンクリートの壁に背中を預け、その場にずるずると座り込んだ。今更膝が笑っている。
「素晴らしい演技力…あたいったら最強ね…」
良く頑張った。さすがだぞあたい。
あたいが思うに、ナルシストというのは決して自惚れているのではなくて、自分のプライドを守る為にわざと自惚れている風に振る舞うのだ。今のあたいのように。
今あたいのいる通路は、秘密基地内部に併設された秘密設計局との連絡用のものだ。追っ手を撒こうと逃げ回るうちに、出口とは違う方向に来ていたらしい。警備が手薄になっている間に侵入者と接触したいので、あたいは周囲への警戒を怠らずに、設計局から遠ざかった。
大蝦蟇の池ゲートの方向に歩き始めて数分後。
無味乾燥な通路の先、T字路の左に、ただならぬ気配を感じて、あたいは立ち止まった。
自然の具現であるあたい達妖精は、環境の変化に対して非常に敏感だ。あたい程になると多少は耐性は付くものの、大ちゃん以下では妖気に当てられたりするだけで簡単に正気を失う。姿こそ見ていないが、妖精としての自分の性質が、霊力とも妖力とも魔力とも違うもっと生物的な威圧感を放つその存在を知覚させたのだ。
「…っ」
息を殺し、角に身を潜める。氷でできた自分の羽が相手に見えないよう気を配りながら、背中を壁に向け手の中のスコーピオンなる短機関銃を握り締めた。道中の武器庫から拝借したものだ。
「すぅ…はぁ…」
音は向こうに聞こえない程度に深呼吸。スコーピオンを構え、通路に躍り出、
「動…く…」
ようとした瞬間、ぐらり、何の前触れも無しに視界が傾き、目の前が文字通り真っ暗になった。
気が付くと、あたいはスコーピオンを見つけた武器庫の中にいた。
「ん、目を覚ましたか」
左手からかけられた声。その方向に目を向けると、所狭しと並ぶ弾薬の入った箱の上に胡座をかいて座る男がいた。
何故かフードの付いたモスグリーンのタンクトップ、青いGパンを身に纏い、右腕には銀白色の筒のような物体。光を反射しない不気味な赤い瞳。その容姿は、2ヶ月程前に文々。新聞の一面に載っていたのと同じものだ。
「…小櫃?」
「そうとも。久しいな、チルノ」
四島小櫃。スキマ妖怪が未来から連れてきたと考えられる、元賞金稼ぎの外来人。並外れた身体能力と複数の特殊能力、そして右腕に装備したアームキャノン・ジェネラルカスタムを駆使する、外来人としては最強クラスの男。3週間前、あたいは彼に弾幕ごっこを挑んだが、その圧倒的な戦闘能力の前に為す術もなく敗れ去った。ブリーフィングの際に彼の姿はなかった。彼がこの施設への侵入者だろう。
「お前もこの組織の一員か」
「…いや、あたいはもう抜けた。クライオのコードネームも、もう捨てたよ」
「低温、か…いいセンスだ」
本当はアブソリュートゼロとかのもっと強そうな方が良かった、と思ったが、そんなことは口が裂けても言えない。中二病じゃないか。中二というのが何かはわからないが。その代わりに、わかりきったことを彼に尋ねた。
「小櫃は、どうしてここに?」
「決まっている。弾蔵を倒し、このテロリズムを終わらせる為だ」
「…ねえ、あたいも、ついて行っていいかな?」
「スニーキングミッションの経験は?」
「VR訓練なら。点数は高い方だよ」
あたいの言葉を聞いた小櫃は、顎を親指と曲げた人差し指の腹で軽く挟んで考えるようなそぶりを見せてから、
「…前々から思っていた。お前にはバウンティハンターの素質がある。良かろう、道案内を頼む。少し待ってくれ、仲間と連絡を取る」
あたいの願いを快く受け入れてくれた。
「こちらビツケンヌ。聞いたな?」
『一人の方が動き易いって言ってたのはどこの誰だったかしら?』
「事情が変わった。バイオエナジーの流動パターンも、嘘を吐いている時のものではない」
『小櫃さんに嘘は通用しないんですね…』
バウンティハンター。小櫃のいた未来に於ける賞金稼ぎのことだ。彼はあたいにそれの素質があると言った。どういうことかは馬鹿なあたいにはわからないが、どうやら誇るべきなのは確かだ。
あの四島小櫃に、認められたのだから。
本当の馬鹿は、過去にも未来にも目を向けず、ただ今という時間を享楽的に生きるしか能の無い輩のことだ。多分。




