遠山草汰の現在4―(4)
軽く夕食を済ませてから部屋を出る。
日はとうに暮れ、ところどころ蛍光灯が切れかかっているアパートの廊下は薄暗い。
一一〇号室の扉の前に立ち、僕は一つ深呼吸をした。そして昨日とは違い、迷うよりも先に呼び鈴を押した。
やや間があって、静かに扉が開く。葉子さんは、特に感情を表に出すこともなく、ただ僕の目をじっと見た。その突き刺すような視線を受けて、僕は頷きかける。
「それじゃあ、行こうか」
そう言って、葉子さんはスニーカーに足を通した。そのときになって視線を下げた彼女は、僕が手にぶら下げていた物体に気が付いたようだ。金色に輝くド派手なラッピングを施されたそれを葉子さんは訝しげに見つめ、「それ、何?」と冷ややかな口調で言った。
「えっと、その、深林さんからの贈り物です」
少し迷ってから、結局予定どおりに事を進める。
すると、それまで無表情を保っていた葉子さんの顔に、はじめて複雑な色が浮かんだ。僕の手からそれを受け取ると、何か言いたげに唇を歪ませる。どうやら開けるのを躊躇っているようだ。あるいは、僕の次の言葉を待っているのかもしれない。
「今日、お昼に深林さんと会ってきたんです。それ、深林さんがアルバイトをしているフラワーショップのものなんですが――」
包みを解き、中から現れたサボテンを見て、葉子さんの美しい顔がさらに歪む。
「あの、一応、サボテンの花言葉を調べてみたら、『燃える心』や『秘めた熱意』なんてのがあるみたいです。普段クールに見える葉子さんにはピッタリじゃないですか」
僕は、先刻、スマートフォンで検索して得た知識を使い、葉子さんを宥めようとした。もっとも花言葉は他にも『内気な乙女』や『枯れない愛』という意味もあったのだが、僕の知っている葉子さんとは少し違うかなと思う。
しかし、深林さんの語ってくれた昔の葉子さんは、幼馴染の「彼」のことをずっと思い続けていたわけだし、しかもそのことを誰にも言えないでいたというのだから、僕の言わなかった二つの意味も、深林さんは意図していたのかもしれない。
葉子さんはといえば、眉間に皺まで寄せてしまっている。
やはりお気に召さなかったのだろうかと戦々恐々としながらその顔を眺めていたら、ふっと唇の端を吊り上げて、自嘲するかのような不自然な笑みを浮かべた。
「――覚悟しとけってわけか」
僕にはその意味が分からない。葉子さんも敢えて説明しようとはしなかった。おそらくは、また二人の間でだけ通じるメッセージが込められていたのだろう。
でも、それで良い。葉子さんも深林さんも決してお互いを疎ましく思っているわけではないということが再確認出来ただけで、僕としては大満足だった。




