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オレはオンナになりたいぜ!  作者: 工事中
遠山草汰の現在4
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遠山草汰の現在4―(3)

 深林さんの言葉の持つ意味に、僕は愕然とした。

 それは、葉子さんの戦う理由を、僕がまだ全て把握していないということを表していたからだ。過去の事件について、僕が知っている範囲だけでも、葉子さんの抱える辛さは想像を絶するというのに、それ以上に過酷なことがあるのだろうか。

 僕は葉子さんの語った「呪い」という、あの聞き慣れない言葉を頭に思い浮かべていた。

「事件のあとで三人は、いえ、わたしを含めた四人は、もう元のとおりには振舞えなくなっていた。どんなに傷を隠そうとしても、またそれに気付かない振りをして取り繕っても、ふとしたきっかけで、ちょっとしたことで、お互いをさらに傷つけ合う毎日だった。そんな中で――二人が自ら命を絶った。そして、わたしとあの人も、ますます距離を置くようになっていったの」

 ここにきて、僕の中で全てが繋がった気がした。

 葉子さんの言動の全ては、決して独立個々のものなどではなく、それらが全て集まって唯一つの大きな物語を形作っていたのだ。

 そうだとすれば、葉子さんの話に出てきた四年前の事件のもう一人の被害者、葉子さんによって最悪の事態を免れた同級生の女の子というのは――。

「四年前の事件で、葉子さんに助けられた同級生というのは、深林さん、あなたのことですね」

「ええ、その通りよ。わたしは彼女に感謝してもしきれないくらいの恩を感じている。いまのわたしがあるのは、全て葉子のおかげなの」

 言葉が、想いが、そして涙が、堰を切ったかのように、いっぺんに溢れ出した。

 それが深林さんの本心に違いない。

 だが、僕はまだ、その清流に身を浮かべ、流されてしまうわけにはいかない。足を踏ん張って、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめながら問い掛けた。

「ならば、なぜ葉子さんを責めるようなことを言うんですか?」

「だからこそよっ。わたしは本当に彼女に感謝している。だからこそ、いまのあの人の在り方が許せないのっ」

 それだけだと、彼女は言い切った。

 そんな説明では到底納得がいかなかったが、深林さんが、昔の葉子さんと、いまの葉子さんを分けて考えているということは確からしい。

 その違いは、僕には分からない。

 ただ僕は、僕が出会った葉子さんのことが好きだ。だからこそ、僕は彼女を信じ、危険の中に身を置く覚悟を決めたのだ。

 こう言っては何だが、いまの葉子さんのことについては、深林さんよりも僕の方が詳しいはずだ。時間にすれば、たったの数時間くらいの差かもしれないけれど、その間に僕は、葉子さんからいろいろなことを教わり、そして葉子さんのいろいろな面を知った。

 昨夜、別れ際に葉子さんは、これからのことについて僕の意思を尊重するという言葉と共に、「もし静花に会うことがあっても、私がいまやっていることは言わないで」とも頼み込んできたのだ。

 だが、僕はもう黙ってはいられない。

「深林さんは、いまこの街で起こっている事件のことをご存知ですか――」

 僕はそう切り出した。

 その後、僕の説明を聞いて、深林さんはさすがに驚きの表情を隠さなかった。特に、葉子さんが犯人捜しを行っているということを知ると、作業台の上にあったメモ用紙に何かを書きつけて僕に寄越した。

 そこに書かれていたのは十一桁の数字――携帯電話の番号だった。

「お願い。もしも何かあったら、必ずわたしに連絡して。いまのあの人を止めることは、わたしにも出来ないけれど――。遠山君、君の判断で、あの人が危険だと思ったら必ずね。そのときはわたしもきっと力を貸すから」

 深林さんの言葉には、予言にも似た不気味な響きが含まれていた。「危険」というのは、犯人が葉子さんをどうにかするという意味と同時に、葉子さんが犯人をどうにかしてしまうという意味も含んでいるのだろうということは、想像に難くないことだった。

「約束します。だから、深林さんも約束して下さい。全てが終わったら、葉子さんと仲直りするって」

 しかし、深林さんは曖昧な微笑を浮かべ、即答することを避けた。ややあって、少し考え込むようなそぶりを見せると、僕に対して忠告めいた発言をする。

「あのね、遠山君。君は、わたしたちのことをいろいろ知ったような気でいるのかもしれないけれど、実はまだ何も分かっていないのよ。昨日も言ったけれど、それはあの人が君に対して一つの嘘を吐いているからなの。だからね、あまりわたしたち二人のことばかりに気を配っていてはダメよ。君自身のことを考えて、もっと強くなりなさい。それが、お姉さんからのアドバイスよ」

 最後は冗談めかしていたこともあり、僕はすっかり毒気を抜かれて、「はあ」と短く返事をすることしか出来なかった。自分なりには、ここ数日のうちに、結構強くなったつもりでいたのだが、まだ足りないということなのだろうか。

 とにかくいまの段階では、これ以上話すことはない。あとは何か商品の花を買って帰るだけなのだが、改めて考えると、そういった態度も何だか誠意に欠けるような気がして申し訳がない。花なんて買ってもすぐに枯らしてしまうだけだしな――と考えて妙案が浮かんだ。

 そうだ、葉子さんへのプレゼントにしよう。

 だが、それではあまりにも気障(きざ)ったらしいので、深林さんに花を選んでもらって、彼女から葉子さんへということにしてはどうだろうか。

 早速、その旨を深林さんに告げると、彼女は快く引き受けてくれた。難しい顔をして腕組みをしながら店内の花たちを見渡す深林さんの姿は、本当に葉子さんのことを考えているのだなあと感じられて、何だか良い。

 しかし、数分経って、結局彼女が選んだものを目にしたときは、さすがに僕も一歩引いた。それまで真剣な表情をしていた深林さんは、突如閃いたという感じで「そうだ」と手を打つと、くるっと後ろを向いて、作業台の上に置き去りにされていた鉢植を手に取り、「これにしよう、これ」と勢い良くその棘物体を、僕の鼻先に近付けてきた。

 これは何か性質(たち)の悪い冗談なのかと思ったが、深林さんは悪びれもせず「最適です」と勧めてくる。その勢いに負けて、思わず「じゃあ、お願いします」と言うと、彼女はいそいそとラッピング作業に取りかかった。

 何だか急に生き生きとしてきた感じだ。もしかしたら、深林さんって思っていたよりも茶目っ気のある性格なのかもしれないなどということを、僕は思った。

「わたし、才能あると思いません?」

 突然そんなことを問い掛けられて、僕は少しうろたえた。

「え、それはラッピングのですか?」

 あまり聞いたことがない才能だなと思いながら訊き返すと、深林さんは「違う、違う」と言って、一度ラッピングを解き、露わになったサボテンの棘の一部を、僕が店に入ったときと同じように園芸バサミでちょきんと切った。

 サボテン盆栽のですかとは、それこそ聞いたことがないので言わないでおいた。

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