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オレはオンナになりたいぜ!  作者: 工事中
遠山草汰の現在4
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遠山草汰の現在4―(1)

 翌朝の目覚めは最悪だった。

 まるで深海に引きずり込まれるような圧迫感を感じて跳び起きると、本当に溺れてしまっていたみたいに息が激しく上がっていた。頭が重い。こめかみの辺りを、つうっと冷や汗が伝う。

 何だか嫌な夢を見た気がする。

 信じられないくらい理不尽な悪意と、得体の知れない恐怖を覚えずにはいられない。そんな夢だった。

 それだけ、昨夜の葉子さんの話が、僕にとって衝撃的だったということだろう。

 だが、そんな夢を見たくらいで、弱気なところを見せるわけにはいかない。葉子さんにではなく、自分自身に対してだ。

 僕は、一度しり込みをしてしまうとダメなタイプの人間だ。そのまま誰かが問題を無事解決してくれるまで、こそこそ隠れているだけで、そのくせ人一倍心配性で、ときどき中途半端に首を突っ込んだりするものだから、実際に動いている人たちにとっては迷惑な存在でしかない。

 以上のようなことを、ここ数日の内に自己分析出来たので、夢のことはあまり深く考えないことにした。

 昨夜、部屋の前で別れるときも、葉子さんから「これ以上かかわりたくなかったら、明日から私の部屋には来ないで。私からも誘いには行かないから」と言われたが、もちろん僕は、今日も葉子さんに会うつもりだ。

 だが、その前に、どうしてもやっておかなければならないことがあった。僕に出来ることは、きっとそんなに大したことではないだろうけれど、だからこそ小さな積み重ねが必要なのだと思う。


 商店街は日曜日だというのに、昨日にも増して閑散とした雰囲気で、各店舗の店員たちは、相変わらず店の中で暇潰しに興じていた。

 この商店街に流れる空気は、どこか異質な感じがする。ゴーストタウンというわけでもなく、生活感というものは確かにあるのだが、街も人もどこか時の流れに取り残されてしまったかのようだ。

 日曜日を定休日としている店も多いのか、シャッターの下りている店が、昨日よりも多い気がする。多少の不安を覚えるも、目的のフラワーショップは昨日と変わらず、店先に旬の花の甘い香りを漂わせていた。

 しかし、昨日は忙しそうに動き回っていた深林さんの姿が見当たらない。他に店員もいなさそうだったので、「ごめんください」と声をかけてから店内に足を踏み入れた。

 返事がないなと訝しく思いながら奥を覗くと、レジの向こう側に、こちらに背を向けて椅子に座る深林さんの姿が見えた。深林さんの前には小さな作業台のようなものが設けており、彼女はその上で、何だか爆発物でも処理しているかのような慎重な姿勢で、作業に没頭しているようだった。

 レジの横に周り、覗き込んでみると、作業台の上にあるのは、どうやらサボテンの鉢植らしい。深林さんは、それにぐっと鼻先を近付け、園芸バサミで棘をぱちんぱちんと丁寧に切り揃えているようだった。まるで盆栽を嗜んでいるかのようだが、サボテンを扱うこともあるのだろうか。

 何だか物凄く集中しているようだし、声をかけて邪魔をするのも悪いなと思い、しばらく待つことにする。すると、どうしても彼女の横顔に目が奪われてしまう。

 年上の女性にこんなことを言っては失礼かもしれないが、やっぱり可愛い。こうして改めてそばに立つと、何だか気持ちがそわそわして落ち着かない。耐えかねて、話しかけようとしても、緊張してなかなか言葉が出てこない。

 だが、これが僕という男の普段どおりの反応だった。女性に話しかけるだけでも緊張して一苦労なのに、深林さんのようないかにも女性らしい人に対してではなおさらだ。

 それにしても、昨日は葉子さんと、最初のうちは、やはり緊張していたものの、それから数時間も経たない間に平気で話せるようになっていたのだから、この僕のあがり癖も少しは改善されたのかもしれないと思っていたのだが――。

 そんなことを考えているうちに、深林さんは作業を終えたらしく、顔を上げて「ふう」と額を拭った。程なくして、店内の花を見るわけでもなく、ただぼうっと自分の傍らに突っ立っている僕という闖入者の存在に気付き、「うわぁっ」と驚きの声を上げる。そんな姿も、葉子さんにはない反応だなと思いながら、ひとまず頭を下げた。

「済みません、声をかけようかとも思ったのですが、何だか仕事に集中しているようだったので」

 すると、深林さんはバツの悪そうな顔をして、「変なところを見られちゃいましたね」などと呟いた。

「仕事じゃないんですか?」

「ええと、まあ、暇ですから――」

 深林さんは乾いたような笑みを浮かべながら立ち上がり、サボテンの鉢植を自分の背後に隠すようにして僕の方へと向き直った。

 つまり、彼女も他のお店の店員同じように暇潰しに興じていたというわけだ。少し変わった趣味ですねとは口に出さず、心の中だけで思うことにする。

「それで、本日はどういった御入用で?」

 深林さんは、本気とも冗談ともつかない笑顔でそう言った。確かにいくら暇とはいっても、客ではない人間にそう何度も訪ねてこられるのは迷惑な話かもしれない。昨日のこともあるし、今日は何か買っていこうと心に決めて、僕は本題を切り出した。

「実は、葉子さんのことなんですが」

 穏やかな笑顔を浮かべていた深林さんの表情が、一瞬で硬質なものへと変化した。

「あの人は、何か話してくれた?」

 葉子さんに対する呼称は、相変わらず冷たい響きを持っていた。

 僕が「色々と話してくれましたよ」と言うと、深林さんは表情を変えないまま、その内容を訊ねてきた。

 そう言われて思い返してみると、僕が葉子さんから聞いた話や昨夜の体験は、人に話すとなると結構な量であり、しかもどこか断片的で、僕自身整理しながら語らなければならなかった。

 僕の中では、葉子さんの過去の事件と、現在この街で起こっている事件のことが一番印象に残っているのだが、まずは深林さんと葉子さんとの間の確執に関係のありそうな話からするべきだろうと思われた。

 葉子さんの幼馴染であった二人の死について話す。これも、僕にとっては衝撃的だったことに違いはない。深林さんも沈痛な面持ちで黙って僕の話を聞いていた。その様子を見て、僕はどうしても深林さんに訊ねておかなければならないと思っていたことを口に出した。

「深林さんは、このことを知っていたのですか?」

「――ええ」

 短く呟く姿を見て、僕は思わず(まく)し立てた。

「それじゃあ、あの言葉は何だったんですか。葉子さんを責めるにしても、あまりに残酷すぎやしませんか」

 あの言葉とは、もちろん僕が深林さんに託された「彼を返して下さい」という言葉だ。この言葉の真意なり、弁明なり、葉子さんに対する謝罪なりを聞かない限り、僕は深林さんのことを心から信用することは出来ないと思った。

 だが、彼女の口から出た言葉は、そのいずれでもなかった。いかにも心外だという多少の苛立ちを含んだ声で、

「君がそう思うのも無理はないけど、それは、全くの思い違いよ。わたしの言葉の真意は、あの人にはきちんと通じているはずだから、それでいいの」

 と返してきた。

 確かに僕はメッセンジャーに過ぎないのだが、釈然としない。何だかはぐらかされたような気もしたが、今度は逆に深林さんの方から質問があった。

「遠山君は、あの人から、その二人が亡くなった理由とか、死因については聞かされていないの?」

「――はい、特には何も」

 葉子さんから話を聞かされたときは、あまり立ち入ったことを聞いてはいけないような気もしたし、その後ですぐにカツアゲの男たちの襲撃を受けたため、いままで何の疑問も抱いてこなかったのだが、確かに葉子さんの幼馴染が二人も亡くなっているという事実は不自然な感じがした。

 深林さんは、それを僕に教えようとしているのだろうか。

 しかし、深林さんは、それ以上自分から口を開こうとはしなかった。だからといって、堅く口を閉ざしているというわけではなく、その表情にはためらいの色が濃く浮かんでいた。

「その、葉子さんの幼馴染の二人って、どういう方たちだったんですか?」

 思いきって訊ねてみたが、深林さんは即答を避けた。ただ、今度はためらいというよりも何か別の考えを巡らせているかのような間の開け方だった。

 息を呑むような沈黙の後、彼女はようやく静かに口を開いた。

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