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オレはオンナになりたいぜ!  作者: 工事中
遠山草汰の現在3
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遠山草汰の現在3―(5)

「な、何を見ているんですか、葉子さん」

 僕は自分のことを棚に上げて、葉子さんをたしなめるように言った。

 しかし、葉子さんは、動揺を隠しきれない僕に対し、「ああ、そういうのじゃないんだよ」と冷静に答えて再び歩き始めた。

 僕は小走りに追いかけて、元の半歩下がった位置につく。すると、それを待ち構えていたかのように葉子さんが口を開いた。

「草汰君は、最近ニュースとか見てる?」

 そういえば、テレビの設置も新聞の定期購読の申し込みも、まだしていなかったと思い出す。僕は、「スマートフォンで目につく記事なら少しは――」と答えるのが精一杯だった。

「それじゃあ、こんな小さな記事は、まだ目にしていないと思うけど、この街では最近、夜中に女性が襲われるという事件が頻発していてね」

「えっ、それってまさか」

 葉子さんの言葉のニュアンスから、通り魔に殴られたとか、切りつけられたとかいう類のものではないのだろうと直感した。

「そう、犯人は最低最悪のクズ野郎よ。しかもコイツの手口ってのがまた陰険で、一人で歩いている女性は狙わない。必ず男女のカップルを狙い、後ろから鈍器のようなもので殴りかかって、まず男性を、次いで女性を気絶させたあと、二人を車の中に閉じ込めるの。そして男性を縛って目を覚まさせてから、車の中で、あるいはどこかに移動してから、女性をその目の前で襲う。そんな事件が、この一カ月だけで四件、実際には泣き寝入りした人たちもいるだろうから、それ以上の数起こっている」

 葉子さんの忌々しげな表情と吐き捨てるかのような口調が、彼女のこの事件に対する思いの全てを物語っていた。僕への説明の途中でも、いまにも暴れ出しそうな怒りの感情を必死に抑えているかのようだった。

 僕はといえば、はじめのうちは、そんなやつ早く警察に捕まってしまえば良いのにと、何となく思っていただけだったが、怒りに震える葉子さんの姿を見ていると、やはり抑えの利かない感情がこみ上げてくるのを感じた。

 だが、いまここで喚き散らしても、いたずらに葉子さんを刺激してしまうだけだろう。そうなってしまっては、もう目も当てられない。僕は自分の感情を鎮めながら、なるべく当たり障りのないことを言おうとした。

「それで、さっきのカップルを気にしていたんですね」

 すると、葉子さんは、なぜか珍獣でも見るかのような目つきで僕を見た。

「草汰君は自分が置かれている状況が分かっていて、そんな呑気なことを言っているの?」

 ハッキリ言って分からない。いったい何のことだろうと、僕は「はぁ」と気の抜けたような返事をした。

「いい、犯人は夜道で男女のカップルを狙って襲ってくるんだよ。だとしたら、いまの私たちのこの状況は格好の的じゃない?」

 葉子さんは立ち止まると、辺りをぐるっと見渡して、もう一度、僕の顔を覗きこんだ。

「ははは、そんなの大丈夫ですよ。だって、僕と葉子さんは別にそんな関係ではないんだし」

 明るく笑い飛ばしたつもりだったが、言ったあとで、空しい気持ちになったのも事実だ。

 葉子さんは、そんな僕に対し、なおも呆れたような視線を投げかけていた。

「やっぱり分かってないようだね。確かに私たちは、昨日知り合ったばかりのご近所さんに過ぎないけれど、向こうはそう思ってはくれないでしょう」

 僕はハッとして後ろを振り返ってみる。相変わらず人通りは少ないが、どうにか街灯のある通りまで出てきていたおかげで、夜中にもかかわらず、結構遠くの方まで見渡すことができた。

「そんなに心配しなくても良いよ。大丈夫だって。後ろの方は、常に私が気を配っているし、君の背中は守るから」

 葉子さんは冗談めかしてそう言ったが、そこで僕は、ようやく葉子さんの考えていることを理解した。何故わざわざ人通りのない夜の街を徘徊するのか。何のために僕を連れているのかということを。

「葉子さんは、その犯人を捕まえるつもりなんですか?」

 僕の問いかけに葉子さんは、「まあ、そんなところ」と意味深に言葉を濁した。

 そういえば、僕は今日すでに一度背中を守られた。ということは、さっきの奴らが事件の犯人だったということなのか。僕は、葉子さんに訊ねてみた。

「いや、さっきも言ったけど、奴らはただの物盗りだよ。後ろから殴りつける手口は似ていたけれど、そもそも犯人は単独犯のはず。途中からおかしいなとは思っていたんだけど、問い質してみたら、やっぱり人違いだったってわけ」

「ああ、なるほど。それで去り際に少し揉めていたんですね――って、それじゃあ、葉子さんは人違いで奴らをボコボコにしたってことですか」

「何? 別に問題ないじゃない。こっちが襲われたのは事実だし、物盗りだって犯罪であることに変わりはないんだし」

「いえ、そういうことじゃなくて。こんなこと、やっぱり危険だって言っているんです。ただでさえ、尋常ではない凶悪犯を追っているというのに、さっきみたいに全く別の奴らに絡まれることだってあるんです。だから、こんなことは警察に任せるべきなんですよ」

 僕は至極真っ当なことを言ったつもりだ。それなのに、葉子さんは要領を得ない。「ああ、やっぱり怒るよね」などと言って、さっきと同じように、僕に対して申し訳なさそうに頭を下げる。

「何の説明もなしに、君を危険な目に遭わせたことは、本当に悪かったと反省してる。だから、もう巻き込んだりはしない。明日からは、また一人で見回るから、どうか今日のことは許してほしい」

 その言葉に、僕は多少の苛立ちを感じた。

「だから、そういうことを言っているわけじゃないんですって。さっきも言いましたが、僕に謝ることなんてないんです。ただ、僕は葉子さんの心配をしているんです。それは、確かに葉子さんは強いですよ。僕や他のほとんどの男の人よりも強いでしょう。でも、やっぱり自ら進んで危険に身を置くのは間違っている」

 僕は、この苛立ちが、いま初めて芽生えたものではないと理解する。そうだ、これは葉子さんと出会ったときから、少しずつ蓄積していったものなのだ。

 葉子さんは、確かに美人で、話好きで、ときどき僕はドキッとさせられることもあるけれど、内面や思考といった深いところで、どこか女性らしさに欠けている気がする。いや、むしろ男性的な感覚さえ匂わせる言動が多く、おそらくそのアンバランスさが僕を苛立たせている原因なのだろう。

 僕は葉子さんに告げる。

「だって、そんなの女性らしくないじゃないですか」

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