遠山草汰の現在3―(4)
結局、僕の考えは杞憂に過ぎなかった。葉子さんの強さが、奇襲戦法によるものだなんてとんでもない誤解だった。
確かに、最初のうちは、男たちの方もまだ油断している節があった。だが、両者の戦いぶりを客観的に眺めていた僕には分かった。葉子さんの方が、明らかに喧嘩慣れしているということが。
一対五――そんな圧倒的不利な状況の中、葉子さんは、あくまでも敵との距離を詰めて戦った。
もしも、あれが僕だったら、周りを囲まれないように十分な距離を取って戦おうとしていただろう。だが、その選択が、実は命取りとなる。
多人数と戦う際に一番大切なことは、短時間で終わらせることだ。そのためには、距離を取って比較的リーチの長いキックやパンチを浴びせるのではなく、至近距離からの肘打ちや膝蹴り、頭突きなどの強烈な一撃を見舞うべきなのだ。
また、それだけ密着して一定の狭い範囲内で戦えば、人数の多い方は、仲間同士で攻撃を当て合ってしまうかもしれないという恐れから動きづらくもなるものだ。
そう考えると、葉子さんは全くセオリーどおりに事を運んだと言えるだろう。だが、それを実行できるだけの技術と度胸は、一般の人間には、まして女性なら、なおさら身についているものではない。
いまさらながら、僕は葉子さんの強さは本物だったのだと感動すら覚えていた。
「そんなゲスと一緒にすんじゃねえ!」
突如響いた怒声に我に返る。見ると、地面に這いうずくまっている男の一人が葉子さんに何事かを言われたようで、それに対して反発しているようだった。
それからも二、三のやりとりがあって、ようやく葉子さんは手を振りながら、こちらへと戻ってきた。
「大丈夫? 立てる?」
そう言って差し出してきた手を、僕は一瞬躊躇してから手に取った。あれだけの握力なのだから、顔に似合わず、もっとごつごつした手なのかとも思ったが、そんなことは全くない。温かくて、何だか懐かしい感じのする手だった。
「それじゃあ、面倒なことになる前に、今日はもう帰ろうか」
僕は、葉子さんの後に続いて公園を出る。
後ろからは未だに物騒な怒声が響いていたが、さすがに追ってくる者はいなかった。
「あの、葉子さん。あいつらいったい何者だったんですか?」
頃合いを見計らって、僕は聞いてみた。
「何か、ただのカツアゲ集団だったみたいね」
「だったみたいって、葉子さんはあいつらを誘き出すために、わざと夜道を歩き回っていたんじゃないですか?」
「まあ、ある奴を誘き出すために歩き回っていたのは事実だけどさ――」
葉子さんは、浮かない表情で曖昧に言葉を濁す。そして、ハッと何かを思い出したかのように僕の方に向き直った。
「そういえば、説明なしに、いきなりあんな場面に出くわせてしまったこと謝るね」
ごめんなさいと、先程まで暴れまわっていた人とは思えないほど、葉子さんは深々と頭を下げた。僕は慌てて頭を横に振った。
「いえ、結局僕は何もしていないですし。こちらこそ、力になれず済みませんでした。それで、疑問に思うことがあるんですが」
「もちろん、何でも聞いて」
「葉子さんは、いったい何をしようとしているんですか。さっきみたいな危険な真似まで冒して」
心配したんですよという抗議に加え、さっきの騒動で完全に置いてきぼりを食らった僕は、是非とも納得のいく答えを必要としていた。
葉子さんは口に手を当て、何から話そうかと思案しているようだった。
そんな葉子さんの姿を、僕は半歩後ろから眺めている。
ふと視線をずらすと、前方から若い男女のカップルが仲良さそうに腕を組んで、こちらへと歩いて向かってくる様子が見えた。
すれ違うとき、僕は妙に意識してしまい、横目でチラッと盗み見るような行動をとってしまう。だが、カップルの方は、僕のことなどまるで見えていないかのような振る舞いで、僕らが通り過ぎたばかりのビルの中へと入っていった。よく見てみると、そこはラブホテルだった。
僕は見てはいけないものを見てしまった気になり、慌てて前に向き直る。すると、意外な光景が目に飛び込んできて、僕は思わず「えぇっ」と声を上げた。
なんと葉子さんが、僕と同じように立ち止まって、いまのカップルを目で追っていたのだ。




