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オレはオンナになりたいぜ!  作者: 工事中
遠山草汰の現在3
20/41

遠山草汰の現在3―(1)

 街灯がわずかに灯る暗がりの中、白い後姿を追う。

 葉子さんの歩く速度は思った以上に速く、そんなに脚の長くない僕は、ついていくのに精一杯で、とても話をする余裕なんてなかった。

 一方の葉子さんの行動は不可解だ。ファストフード店を出てから、賑やかな繁華街を抜けるまではスムーズだったが、そこから先は、分かれ道があるたびに立ち止り、「こっちかな」などと呟きながら、道を選んでいるようだった。とても明確な目的地がある人の行動とは思えない。ただ、何となく人通りの寂しい方を選んでいるかのように見えた。

 時刻は夜の九時前だ。そんなに遅くはない時間だが、冷え冷えとした空気と、頼りない古びた街灯が演出する夜の世界は、たまらなく心細い。葉子さんが一緒でなければ、決して一人では歩きたくない場所だと思った。

 葉子さんはといえば、相変わらず堂々としたもので、いまもお化け屋敷の入り口のような落書きだらけの高架下を抜けたところで立ち止まり、どちらに歩みを進めるべきかを考えているようだった。

「まあ、どっちでも良いか」

 そんな乱暴な発言と共に歩き出す葉子さんを、僕は慌てて呼び止める。

「ちょっと待ってくださいよ。そんなに急ぎ足で、行き先は決まっているんですか?」

 すると、葉子さんはピタッと足を止め、気まずそうにこちらを振り返る。

 僕は何だか嫌な予感がした。

「あはは、ごめん、ごめん。私としたことが気が急いちゃって、草汰君のことを忘れかけていた」

「そんなひどい。だいたい葉子さんは、僕に名誉挽回のチャンスをくれるって言って連れ出したんじゃないですか。それなのに、何処へ行くかも曖昧だし、そのうえ忘れかけていたなんて」

「まあまあ、すっかり忘れ去っていたわけじゃないんだから良いじゃない。君を連れ出した理由も話さないとね。それにしても君、何だかそわそわしているようだけど大丈夫? もしかして怖かったりする?」

「ち、違いますよ。僕はただ、もう一つだけ、葉子さんに言わなければならないことがあって――」

 葉子さんの言葉に対し、強がって思わず口から出た言葉だったが、それは決して口から出まかせというわけでもなかった。

 深林さんから受け取ったメッセージをどう伝えようかということは、葉子さんの後を追いながら常に頭の片隅にあったことだった。

 ただ、その機会をここまで引き延ばしてしまったことは、僕の勇気が足りなかったからだ。そのことは素直に認めるしかない。

「あの、落ち着いて聞いてくださいね」

 深林さんの言葉が、どれほどの影響を葉子さんに与えるのかを計りかねていた僕は、とりあえずそう断ってから話し始めることにした。

「昨日、葉子さんが助けた女の人のことなんですが――」

「えっ」

 葉子さんは、たったそれだけのことで既に過剰な反応を示していた。何かを疑うような視線を僕に対して向けている。僕は恐るおそる話を続けた。

「深林静花さん――葉子さんの高校の同級生だった人ですよね」

 その名前を出した途端、葉子さんはキッと鋭い視線で僕のことを睨みつけてきた。

「どうして君が、そんなことを知っているの!」

 まるで詰問するかのような迫力に僕は肝を冷やしたが、何もやましいことはないので、正直に事の成り行きを説明することにした。

 説明を聞き終えた葉子さんは、もう一度だけ疑うような視線を僕に対して投げかけてきたが、すぐに「ごめん」と言って頭を下げ、視線を落としたまま黙り込んでしまった。

「僕の方こそ済みませんでした。突然の話で、葉子さんが驚くのも無理はありませんよ」

 続きを話しても良いものかどうか自分では判断がつかず、葉子さんの言葉を待つことにした。

 風がざわざわと木の葉を鳴らす音がやけに寂しい。ふと視線を上げると、周囲を針葉樹で囲った広い敷地の公園が目に入った。自然と足はそちらへと向かう。

 入り口に「夜間の立ち入り禁止」と掲げられた公園に、街灯の類は一切ない。月明かりを頼りに中へと進み、ようやく見つけたベンチに二人して腰を下ろす。

 あらかじめ公園の入り口付近にあった自動販売機で買っておいた缶コーヒーに口をつけ、吐き出した白い息が夜空に消えていくのを、ただ静かに見つめていた。

「静花は、君に私のことを話したの?」

 葉子さんが、まず口に出したのは、そんな疑問の言葉だった。心なしか声が少し震えていたように思う。

「いえ、深林さんと葉子さんとの間に、昔何かがあったのだということは感じましたが、具体的なことは何も。ただ――」

「ただ?」

「葉子さんにおかしなところはないかと聞かれました?」

「それだけ?」

「いえ、その、こんなことは信じたくないのですが、僕が葉子さんに騙されている、と」

「はは、なるほどね」

 葉子さんは、自嘲するかのように軽く笑った。それが僕の不安を加速させる。

 あのとき、深林さんは葉子さんを厳しく非難したが、決して悪意を感じさせる口調ではなかった。だから、僕は深林さんの言うことを信じられないと思いながらも、どこか完全には否定することが出来ないでいた。

 そして、彼女が葉子さんに伝えてほしいと口に出した願い――あれは紛れもない真実の言葉に違いなかった。

「どうなんですか、葉子さん」

 僕は懇願するように答えを求めた。

 葉子さんは、暗闇の中、目を閉じてさらに深い闇を見つめているようだった。

 そこに思い描くのは、いったい誰の姿なのか。どんな思い出なのか。表情が次第に穏やかなものへと変わっていく。

 そして、眠りから覚めるように静かに目を開けた。

「静花は、昔から嘘も人の悪口も言わない優しい子だよ」

 僕はその言葉をすんなりと受け入れた。疑いようのない真実の響きが、そこにあった。

「それにしても、君に何も言わなかったとは――。優しいんだか、厳しいんだか」

「僕は、葉子さんに直接聞けと言われました」

「なるほど。私に厳しいわけだ」

 葉子さんは僕の目を見てニッと笑った。

 僕は、何故かその笑顔が、葉子さんの初めて見せた本当の表情なのだと思った。

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