遠山草汰の現在1―(2)
この世に生を受けてからの十八年間、僕は、女の子と付き合ったことなんて唯の一度もなかった。
これといった特徴のない平凡な人間であるところの僕は、やはりこれといった特徴のない平凡な人生を歩んできたのだ。田舎の公立高校を平穏無事に卒業し、この春からは、県外に出て、その街の名を冠する平凡な国立大学への進学も決めている。
まあ、悪くはない十八年間だったと思う。
悪い友人にそそのかされ、一念発起し、片思いだった女の子に告白なんかするまでは。
彼女の名は、姫川さんといった。僕の実家の近所の商店街にあるクリーニング屋の一人娘だ。
卒業式が終わった後で、僕は決して人目に付かないように、姫川さんを校舎裏へと連れ出した。それだけでも、僕にとっては人生最大の冒険だったように思う。
結果は――まあ、あっさりと玉砕してしまったわけなのだが、思ったよりも傷付くことはなかった。むしろ平凡だった高校生活の最後に華を添えることが出来たという満足感と誇らしさとで胸が満たされていた。
「あの、遠山君、このことは誰にも言わないでね」
去り際に彼女は恥ずかしそうにうつむいて、そんなことを言った。
「もちろん誰にも言わないよ。絶対に。約束する」
そうだ。こちらの自分勝手な告白によって、彼女が人から冷やかされたり、要らぬ誤解を招いたりするのは、僕としても本意ではない。それに、これは僕と彼女だけの大切な思い出だ。何と言っても、約束したのだ。この約束を、僕は墓の中まで墓の中まで持っていくつもりだった。
――それなのに。
【おい、遠山。お前、姫川さんに告ったってマジ?】
などというメールが、それから一時間も経たないうちにスマートフォンに送られてきた。
え、なんで。僕をそそのかした悪友にさえ、今日のことは明かしていないというのに。
【俺は他の女子から聞いたんだけど、姫川さん、自分でいろんな奴に言い回っているらしいぜ】
そんな、ひどい。ひどすぎる。
僕は確かに振られたけれど、姫川さんとの最後の約束だけは守り通すと誓ったのに。そもそも僕が好きだった姫川さんは、あの去り際に見せた、少しはにかむような姿の似合う、大人しくて優しい女の子のはずだ。そんな無神経なことをするなんて信じられない。
――そうだ、僕は信じないぞ。
彼女がそんなことをするはずがない。きっと何かの間違いがあっただけに違いない。
しかし、その後、別の友人や元クラスメイトから同様のメールが何通も送られ、外で偶然出会った中学校時代の知り合いにも同じことを言われ、姫川クリーニングのある商店街を歩けば顔見知りの店主やおかみさんまでもが冷やかしの声を上げ、挙句に家に帰れば母親に問い詰められるなどといったことが繰り返されるうちに、僕はすっかり人間不信に陥ってしまい、田舎の町を逃げるようにして離れ、予定よりもずっと早く、進学先の大学がある街で一人暮らしを始めることにしたのである。