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オレはオンナになりたいぜ!  作者: 工事中
日野葉子の過去2
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日野葉子の過去2―(6)

 やがて、それぞれの帰宅路が分かれる四つ角に差しかかった。真樹と幹生は右に、深林さんは真っ直ぐに、私は左の道を通って帰る。

 別れ際に、一瞬、幹生が真樹に余計なことを言わないか心配になったが、幹生は私の嫌がることはしないだろうと、これまでどおり信用することにした。

 それにしても、明日からどうやって二人に接すれば良いのだろう。

 いや、どうもこうも、いままでどおりにしていれば良いのだが、いざ一人になって幹生の言ったことを考えると、急にいろんな感情が湧いてきて、そのこみ上げてくる感情が、目から溢れ出してしまいそうになった。

 ふと視界の端に、真夏の太陽の光を浴びて美しく咲き誇る向日葵が見えた。その大輪の花に少しだけでも笑顔を分けてもらおうと、私は立ち止まった。

 だが、私の思いとは逆に、道端に一本だけぽつんと咲いたその花を見ていると、私はこの先いつか一人ぼっちになってしまうのではないかという不吉な予感を抱かずにはいられなかった。いや、すでに一人ぼっちなのかもしれない。

 そう思ったときだった。

「綺麗な向日葵だねー」

 その声に驚いて振り返ると、そこには、さっき別れたはずの深林さんが、その向日葵に勝るとも劣らない優しい笑みを浮かべて立っていた。

「え、どうして?」

 私は自分でも信じられないくらいに間の抜けた声を出していた。真樹のいないところで、深林さんと二人きりになる場面なんて全く想定していなかった。

 だが、深林さんの方はそうでなかったようだ。

「わたし、ずっと日野さんと話がしてみたかったの」

 嘘か本当かは分からない。

 深林さんに対しては、いままで散々睨みを効かせてきた記憶があるだけに、怖がられてはいても、親しく話しかけられることなんてあり得ないと思っていた。

 しかし、深林さんは、そんな私の考えとは裏腹に、「少し回り道をすれば良いだけだから」と私の家の方に向かって歩き出した。

 私は慌ててその隣を歩くが、何も話題が見つからない。深林さんの方も、私と話してみたかったと言う割には何も言ってはこなかった。

 私は散々迷った挙げ句、二人の共通の話題といえば真樹のことしかないと思い、その名を口に出してみた。すると、深林さんはパッと目を輝かせて、真樹の恋愛事情について聞きたがった。

 うわ、また微妙な話題だなあと思いながらも、私は仕方なく真樹の過去十回に及ぶ失恋経験について語って聞かせることにした。

 最初は深林さんとの距離感を計りながら、また真樹の話題ということもあり、遠慮がちに話し始めたことだったが、些細なことでも大げさに反応する深林さんを見ているうちに、私は徐々に饒舌になり、最後の方には乗りに乗って語り尽くしてしまっていた。

「――あはは。へえ、そうなんだ。真樹君ってそういう人だったんだ」

 深林さんが大いに満足したように笑い、私自信も心地良い満足感に浸っていた。

「でも、深林さんは何でそんなこと聞きたがったの?」

 もしかして、少しは真樹に脈アリなのだろうかと思いながらそう聞いた。

「だって、真樹君ったら、わたしの話はよく聞いてくれるのに、自分のことはなかなか話してくれないんだもの」

 それはそうでしょうと、私は心の中で思う。

「わたしは、もっとお互いに悩みを打ち明けられたら良いなって思っているんだけど、そこがやっぱり男女の違いなのかなあ。その点、日野さんとは女同士で話せるのかなって」

 なるほど。深林さんは、真樹のことを全く男として見ていないわけでもないんだなと思い、真樹に教えてあげたらどういう反応をするだろうかと想像する。

「でも、毎年ってことは、今年もそろそろサボテンが蕾をつけるのかな」

 既につけています。それは、あなたのことです。とは、やはり言えない。

「案外、その相手は、日野さんかもしれないね」

「ないない、それは絶対にない」

 私は、特に動揺することもなく即答した。それだけは絶対にないと、もう一度心の中で唱えてみる。やはり自分の気持ちに変化はない。

 しかし、深林さんが次に発した言葉に対し、私は即答することが出来なかった。

「でも、日野さんは、真樹君のこと好きでしょう?」

 幹生に言われたときには、最初から「違う」という答えと、反発心しか生まれなかったが、深林さんの言葉は、私の心の奥底に届き、静かに波紋を広げていった。

 そして、私はやがて認めるしかないなという結論に到達した。

 でも、どうして幹生に言われたときと、深林さんに言われたときとで、こうも自分の態度が違ってしまうのだろうか。それは、深林さんが幼馴染ではない、いわば外側の人間だからなのだろうか。それとも、深林さんの言うとおり女同士だからなのだろうか。

「やっぱり、そうなんだ。そんなの見ていれば分かるし、さっきの話を聞いていてもバレバレだよ」

 自身に向けられた真樹の想いに全く気づいていない人が、そんなことを言う。

 私は可笑しくて、思わず笑いがこみ上げてきた。

 この人、どこか真樹に似ているんだ。そんなことを思いながら。

「ねえ、もしわたしで良ければ、いつでも日野さんの話を聞かせてほしいな。相談に乗るとか、そういう偉そうなことを言うわけじゃなくて、ただ話をするだけで楽になることってあるでしょう。ダメ、かな?」

 なんだか複雑なことになってきたけれど、私は深林さんの言った「女同士」という言葉に惹かれていた。その言葉は、目の前の可憐な少女を、幹生や真樹といった男共なんかよりもずっと頼もしく感じさせた。

 私は、深林さんに頷きかけながら言った。

「その代わり条件があるわ」

 つい、幹生や真樹に話しかけるような口調になってしまい、私は苦笑した。言葉遣いも気をつけなければならない。

「これからは、私のことを葉子って下の名前で呼びなさい――いや、呼んでほしい。私も静花って呼ぶことにするから」

 そう言うと、深林さん改め静花は、真っ直ぐな瞳で私のことを見つめ、「うん」と言って、花が咲いたように微笑んだ。

 こうして、私と静花は友達になった。

 でも、真樹が静花のことを好きだってことは、当分本人には教えてあげない。

 だって、静花は私の恋敵でもあるのだから――。

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