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オレはオンナになりたいぜ!  作者: 工事中
日野葉子の過去2
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日野葉子の過去2―(1)

 新緑の季節が過ぎ、長かった梅雨が明け、蝉時雨が耳に障る日々となっていた。

 毎日毎日よく飽きもせずに鳴いてばかりいるものだ。うるさくてイライラする。

 そういえば、いつだったか幼馴染の二人を引き連れ、蝉捕りに夢中になった時期があった。まだ、ほんの小さな子供の頃の話だ。

 当時、幹生と真樹の二人は、無邪気に遊び感覚で網を振っていたのだろうが、私には確固たる目的があった。

 私たち三人は、近所の公園や神社などで日が暮れるまで網を振ると、最後には必ず、今日一日の成果として、お互いの虫かごの中を見せ合った。すると大抵、私の虫かごが一番賑やかな鳴き声を上げていたのだが、実際に数えてみると、私の捕えた蝉が一番少ないという結果になった。

 当然だ。何故なら私は「鳴く蝉」だけを選んで捕えていたのだから。

 当時の私は、耳うるさく「鳴く蝉」のことを「悪い蝉」と称し、害虫と同じ感覚で捉えていた。だから、「悪い蝉」だけを捕え続ければ、そのうち鳴かない「良い蝉」だけになるだろうと考えていたのだ。

 そのため、今日一日の成果を見せ合い、勝った気になっている幹生と真樹に対し、「これは捕っちゃダメな蝉」と言って、「鳴かない蝉」を虫かごから逃がしてやったりもした。もちろん二人は文句を言ったけれど、やはり捕獲の対象としては「鳴く蝉」の方が魅力的なのか、次の日から、三人の間では「鳴く蝉」だけを捕えるというのが正式なルールとなった。

 子供の頃のこととはいえ、結構、残酷なことをしたものだ。「鳴く蝉」と「鳴かない蝉」の違いについて、学校の授業で正しい知識を教わったのは、それから随分経ってのことだった――。

 

 特に変わり映えのない日が続いていた。

 その日も放課後を迎えると、私は幹生を引き連れて真樹のいるA組へと向かった。この三人で一緒に下校することは、小学校に入学してからずっと十年間続けてきたことだ。

 その間、人数が減ることもなければ、増えることもなかった。不満もなければ、退屈もない。呑気で愉快な毎日だった。

 つまり、私にとって「変わり映えのない日」というのは、幸せそのものだった。

 そう感じているのは、きっと私だけではなく、幹生も、真樹も、そんな「変わり映えのない日」を大切に思っているはずだと私は信じていた。

 そうやって、三人が同じことを思っているから、十年間も一緒にやってこられたのだと思う。そして、これから先、私たちが大人になっても、三人で一緒にいることだけは約束された未来だと信じて疑わなかった。

 それなのに――。

 コの字型廊下の二本目の直線を幹生と並んで歩いていると、下校生の波をかき分けながら、こちらへと向かってきている真樹のサボテン頭が目に入った。こんなところで合流できるなんて、今日は珍しくA組のホームルームが早く終わったのだなと、私はたったそれだけのことで胸が躍った。

「真樹、早かったじゃない。ちょうど良かった。いま幹生と、どこか寄り道して冷たいものでもどうかって話してたところなのよ――て、あれ?」

 私の呼びかけに手を振って応えながら近づいてくる真樹の隣を、見憶えのある女子生徒が並んで歩いていた。まるで野に咲く花のように、さり気なく、さも当然のようにそこにいる彼女に対し、私はいつか抱いた警戒心を思い出す。

「よお、お疲れ」

 私たちの前で真樹が立ち止まると、女子生徒もそれに倣った。

 私は咄嗟に幹生の顔を見るが、こんな肝心なときに限って、優等生らしくもなく何も分からないといった困惑した表情を浮かべていた。

 ――なぜ立ち止るの? あなたは、偶々何か用事があって、こっちの方向に歩いていたところを、未だにあなたに未練がある真樹に捕まっただけじゃないの?

 女子生徒の顔を見つめながら、湧き上がる疑問をどうオブラートに包んで言おうかと悩んでいると、文字通り真樹が間に割り入ってきた。

「葉子、そんなに見つめたら静花が緊張するだろう」

 真樹は、やはりいつか見たことのある嬉しそうな表情を浮かべて言った。

 それにしても、何故だろう。その顔を見ていると、穏やかな気持ちになる半面、逆に殴りつけたくなるような衝動にかられるのは。

 いや、それよりも何よりも、いま真樹は、深林さんのことを「静花」と呼んでいなかったか。

 私は自分でも信じられないことに、本人たちに確認する勇気もなく、結局、幹生の顔を睨みつけるしかなかった。

 しかし、幹生は首を横に振るだけだ。

 そんな中、真樹だけがマイペースで、「二人とも知っているとは思うけど――」などと私の許可もなく勝手に話を進め出した。

「静花も小学生のときからオレたちと同じ学校だったから、帰る方向も途中まで一緒なんだ。それで、今日から四人で帰ろうと思うんだけど、良いよな?」

 あまりに予想外の発言が続き、私はすっかり言葉を失ってしまった。代わりに自分の意思を視線に込め、三度(みたび)幹生の顔を見る。

 すると、幹生はようやく力強く頷いてくれた。さすがは幹生だ。私の気持ちを良く分かってくれている。

「よし、分かった。とりあえず今日のところは、帰り道がどこまで一緒か検証しよう。よって、寄り道はなしだ」

 私は、眼鏡のブリッジを右手の人差指でクイッと上げながら、優等生発言をする幹生の顔を本気で殴りつけたくなったが、もはやそんな気力も湧いてこなかった。

「だってさ。良かったな、静花」

 振り返って真樹が言うと、その脇から深林さんが顔を覗かせた。その表情は、真樹と同じ、本当に嬉しそうな、嫌味のない自然な笑みを湛えていた。

「日野さん、高村君、ありがとう。これから、よろしくね」

 その真っ直ぐな瞳を、私はまともに見ることができない。

 ――本当に、いったい何なの、この女。

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