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オレはオンナになりたいぜ!  作者: 工事中
遠山草汰の現在2
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遠山草汰の現在2―(4)

 食事と言いながら、葉子さんが僕を連れて入ったのは、繁華街の一角にあるファストフード店だった。いや、ファストフードも食事であることに変わりはないのだが、夕食としてその選択はどうかと思う。

「じゃんじゃん食べて良いからね」

 そういう問題でもないと思うのだが、おごってもらう身としては、大それた文句を言うわけにもいかなかった。

 ――遠山君から見て、あの人は普通だった? どこか変だなと感じることはなかった?

 深林さんが僕に訊いてきたのは、葉子さんのこういうところのことなのだろうか。

 注文を終えると、二つのトレイいっぱいのハンバーガーやポテトを運び、僕たちは三階の窓側のテーブル席に腰を下ろした。

 さて、周りでいかに中高生たちが騒いでいるとはいっても、葉子さんと向かい合って座るのはやはり緊張するものだ。レジ待ちの際や、人と擦れ違うときなど、多くの人がその美貌に視線を釘付けにしている様子を、僕は近くにいて敏感に感じ取っていた。

 だが、そんな僕の緊張を知ってか知らずか、葉子さん本人は、早速包みを解いてハンバーガーに噛り付いていた。

 仕方なく、僕もポテトを口に頬張ると、気のせいだろうか、いつもより味が塩辛いと感じた。

 ハッキリ言って、何を話せば良いのか分からない。

 いま最も口から出てしまいそうになっている言葉は、「葉子さん、よく食べますね」だが、さすがにそれは言ってはいけないことくらい分かっている。

 また、深林さんから託されたメッセージのこともあったが、葉子さんは、僕と深林さんが知り合いだなんて夢にも思っていないだろうから、一から順を追って説明をしなければならない。しかも、こんな軽い場所で気軽に話して良い内容でもなさそうだった。

 そうやって悩んでいるうちに、いつの間にか、一人でポテトを一袋空けてしまった。口から言葉が出ない分、無意識のうちに、口にものを含むということに集中してしまったようだ。

「君、余程お腹を空かせていたんだね」

 そういう葉子さんは、二つ目のバーガーの包みを解きにかかっていた。

 まさか、自分の方がそんなふうに言われてしまうことになるとは思ってもみなかった。顔が火照るのを感じて思わず俯いていると、葉子さんはこう続けた。

「草汰君って、随分可愛い顔してるよね。まるで女の子みたいだ。――女装とかしたら、結構いけるかもしれないね」

「な、何を言っているんですか」

 僕は、自分の顔がますます熱を帯びていくのを感じた。と同時に、また例の妄想が頭を過る。

 ――葉子さんは同性愛者だ。

 いや、しかし僕は、れっきとした生物学上の男なのだから、正確には同性愛にはならない。僕を女装させたうえで愛でるというのであれば、その愛の形は何と呼ぶのだろうか。いやいや、そもそも僕は何を勘違いしているんだ。ただ可愛いと言われただけで、愛されていると思うなんて馬鹿じゃないのか。しかし、そう考えると、葉子さんが僕に対しては、あの憎悪に満ちた視線を向けてこないことに説明がつくのではないか。

「いやいや、草汰君。いまのところは、もっと怒っても良いところだよ。試しに、オレはオンナじゃねえって言ってごらん」

 僕の妄想を打ち破るように、葉子さんは笑った。

「何の冗談ですか、それは」

 僕は自分の照れ隠しもあって、葉子さんの言うとおり、少し怒気を含んだ声で言った。

 すると葉子さんは、「ごめん、ごめん」と手を合わせながら、

「いや、少し昔のことを思い出してね」

 と何処か寂しそうな表情を浮かべて言った。

 ――昔というのは、高校時代のことですか。それは、深林さんに関係のあることなんですか。

 そう訊ねてもみたかったが、相変わらず僕が迷っているうちに、葉子さんは別の話題を持ち出していた。

 そういえば僕にとって、こんなふうに女性と二人だけで、同じテーブルの席で向かい合って話をするなんて、生まれて初めてのことだ。そのことを葉子さんに正直に告白すると、彼女は興味深そうに、僕の高校時代の話を聞きたがった。

 そうこうしているうちに、話が姫川さんとのことに及んだ。僕は照れながらも、例の告白事件について話をした。

「生まれて初めての告白だったんですけどね。見事に玉砕しちゃいましたよ」

 その後の言い触らし事件のことを除けば、良い思い出だったと既に納得していたはずなのに、こうして人に話してみると、何故か涙腺が弱くなった。

 駄目だ。こんな顔をしていては、また葉子さんにからかわれてしまうと自分に言い聞かせ、僕は顔を上げた。

 しかし、葉子さんは僕の顔を見ないようにしていた。

「まあ、一回くらいどうってことないよ。私の知り合いの奴なんて十一回だよ。節操ないっていったらありゃしない」

 それが彼女なりの気遣いなのか、おどけるように言った。

「十一回って、それは凄いですね」

 そう言って、僕も笑った。

「でも、その女の子も結構酷いよね。そのせいで草汰君は、田舎に居づらくなったんでしょう?」

「いえ、おかげでこうして葉子さんと知り合えましたから」

 そう言いながら、僕は昨日のことを思い出していた。

 葉子さんは、あの夕暮れのストリートに、僕がいたことを覚えてはいなかった。

 でも、もし本当のことを知っていたら、彼女はこうして僕と一緒に食事なんてしてくれただろうか。それに、深林さんからのメッセージを伝えるためには、僕が彼女と知り合った経緯について説明をしなければならない。

 昨夜アパートの前で再会したときは、うやむやになってしまったが、もう一度きちんと説明をしたうえで、謝っておくべきだろうと僕は思った。

「あの、葉子さん。実は、葉子さんに謝っておきたいことがありまして――」

「うん? そういえば君、昨日も会ったばかりでいきなり謝ってきたけど、一体どうしたっていうの?」

「ええ、そのことなんですが――。葉子さん、昨日アパートで僕と会う前の話なんですが、街で三人組の男にしつこく言い寄られていた女の人を助けましたよね。僕も、あの場にいたんです。でも、何も出来なかった。あのとき葉子さんは、男たちに飛びかかっていく前に、一度だけ僕の方を見たんです。だけど、僕は目を逸らしてしまった。だから、本当にごめんなさい」

 葉子さんは、いまどんな顔をしているのだろうか。頭を下げたままの僕には分からなかった。ただ思い浮かぶのは、あの憎悪に満ちた冷たい視線だった。

 そうして、どれくらいの時が経っただろうか。

「ああ、そうだったの」

 淡々とした口調で、葉子さんは言った。

「あれ、君だったんだ」

 怒っているとも、まるで興味がないとも取れる言い方に、僕は恐る恐る顔を上げて葉子さんの表情を覗う。すると、葉子さんは都合六個目のハンバーガーの包みを解いて、いままさに口元へと運ぼうとしているところだった。

 僕はその姿に少なからず失望を覚える。別にハンバーガーを何個食べようと、それは全く構わない。ただ昨日の出来事は、僕からしてみれば、姫川さんに告白したこと以上の大事件だったのに、当事者である葉子さんにとっては取るに足りない些事だったのだろうか。

「すみません、急にこんな話をして」

 僕はそう言って、うな垂れるしかなかった。

「草汰君、君さぁ――」

アイスコーヒーに軽く口を付けて、相変わらず感情の読めない口調で葉子さんは続けた。

「どうして、そんなこと、私に謝るわけ?」

「え?」

 予想外の質問に僕は戸惑った。

 むしろ、こちらから「どうしてそんな質問を?」と問い返したいくらいだ。

「だって、昨日のあれは無事に解決したじゃない。あの女の子は助かったし、私も怪我ひとつ負っていない。悪いのは例の三人組だけでしょう?」

 そうハッキリと言われると、思わず納得してしまいそうになる。そこまではいかなくても、実際に、葉子さんの言葉は、それまで当然だと思っていた僕自身の謝罪の気持ちに少なからぬ疑問を抱かせた。

 僕は一体何のために謝っているのだろう、と。

「それとも君は、何も出来なかった自分を、私が責めているとでも思って、許してもらおうとしているの?」

「いえ、それは違います。許しだなんて、あのときのことは僕自身が許さないと思っています」

 そう、僕は許さない。僕の言動によって、葉子さんの憎悪がこれまで以上に酷くなるのを許さない。

 ならば、そのために僕が出来ることは何だろう。僕がしなければいけないことは――。

「もしも、次に同じような状況に出遭ったら、そのときは必ず立ち向かっていきます。僕が謝ったのは、そのための決意表明だと受け取ってください」

「つまり、機会があれば名誉挽回するってこと?」

「はい」

 僕が答えると、葉子さんは、それまで硬かった表情を一気に崩した。

 ハンバーガーの包みをパンとたたみ、アイスコーヒーのカップをダンッとテーブルに叩きつける。

「よし、合格」

 いきなりそんなことを言われても、一体何のことだか分からない。しかし、葉子さんは何か御機嫌な様子でマイペースを崩さなかった。

「私も迷うところはあったけれど、やっぱり君に協力してもらおう。そうと決まったら、早速行くよ」

 勢い良く席を立つ葉子さんの後を、僕は慌てて追いかける。

「一体どこに行くんですか?」

 ファストフード店を出ると、葉子さんはアパートとは反対方向の道を歩き出した。天気予報では、寒波は明日やってくるとのことだったが、すっかり暗くなった街角には冷たい風が吹きつけていた。

「草汰君、君に名誉挽回のチャンスを与えてあげる。話は歩きながらでも出来るでしょう」

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