【2】
あの人が、覚悟をと言った。
愛される覚悟をと。
それは、この身が震えるほどの驚喜の言葉。
どうか、消えないで!
奪わないで!
もう、一人では生きていく事は出来ないから――。
月も出ていない夜。
暗闇の中、蝋燭の灯りを頼りに淡いピンク色の果実酒をグラスに注いでいる。
この所、こんな風に少し身体にお酒を入れてから眠る習慣が身に付いてしまっている。
程よく、酔い始めた時、誰かがドアをノックする音が聞こえてくる。
“こんな夜更けに…?”
そんな風に思う事は無い。こんな夜更けだからこそ、相手が誰だか予想は付く。
そして、この頃毎晩のようにやって来るのだから。
ドアを開け、白銀色の髪を持つ来訪者を確認をすると、その者は、音も立てずに部屋に入ってくる。
それが、いかにも当たり前かのように…。
「また、飲んでるのか?」
いきなりそんな事を言われて、少しむっとする。
も、私も負けてない。
「悪い?でも、これが私の息抜きなの。毎日大変なのよ!“女王陛下”っていう仕事も!」
「だが、こう毎晩だと良くないだろう!」
そう言って、グラスに残ってたお酒を飲み干してしまう。
「ちょ、ちょっと、サイラス!!何勝手に飲んでるのよ!!」
今ので、最後だったのに…。
怒ってる気持ちと残念がってる気持ちが相まって泣きが入りそうだ。
「私の唯一の楽しみなのに…」
空っぽになったグラスに視線がどうしても行ってしまう。
「シアがこんな酒好きになるとはな」
「た、嗜む程度でしょう!!」
小さい頃から、私に飲ませていたのはラスでしょう!!
「それで、今夜は何の用なの?」
どうせ、今日の謁見時の態度がどうとか、お叱りにでも来たに違いない。
今までならワルターがその役だったのに、近頃ワルターはサイラス経由で言ってくる。
「早く言って、済ませてちょうだい!!」
イラつく態度も隠さず、口調も改める事無く言い放つ。
「――婚約の件だ」
「は?婚約?」
「正式に婚約をし、3ヵ月後、公表する事に決まったそうだ」
「え?どうして、勝手に話が進んでる…の――」
榛色の瞳に私を映し睨んでいる。そんな瞳を見ては、次の言葉など出て来ない。
ラスは何も言わない私に呆れたのか、近くにあった椅子を乱暴に引き寄せ、ドカっと座る。
「おまえな!どういうつもりなんだっ?」
「どういう…つもりって…。私はちゃんと断ったわよ!!」
これでは、どっちが主人でどっちが従者なにか……。
「俺は本気だ!今さら、嘘も偽りも無い!」
今夜は月の無い夜。
白銀色の髪は暗闇に染まる事無く、蝋燭の小さな火に照らされ星の瞬きのように輝いている。
その美しさに私は既に囚われている。
この場を立ち去りたい!
そう思って一歩でも出来る限り後ろに下がりたいと思うのに――。
「アトレイシア、俺の元へ来い」
その言葉に抗う事が出来ない。私は命じられるまま、一歩また一歩と前に進む。
このままだと二度と引き返せなくなると、頭の中で警鐘が鳴り響いている。
「知らせたい。俺がどれだけシアを想っているのか」
――知りたい。
私を想う貴方の全てを。
合図はサイラスが蝋燭の火を消した時。
私は、ただの女になっていた。