【17】
サイラスが“ナディルとも話すか?”と言った言葉が頭から離れない。
でも、ナディルとは話すと言うより、謝りたいをいう気持ちの方が強かった…。
サイラスから再度結婚を申し込まれてから数日後、公務も少しずつ始める事にした。
頭痛と吐き気は日ごと強くなるが、それが妊娠初期特有の症状だと言われれば受け入れるしかなかった。
侍従長カルティナ自ら昼食を運んでくれ、あまりにも気を遣わせている事に改めて気付く。
「カルティナ…、悪いんだけど、食べれない…」
この所、匂いも辛い。
手で口を押さえ食事を拒否してしまう。
「無理にお口にされなくても構いません。食べたい物を食べたい時に食べれば良いのです」
「それでいいの?」
半信半疑で答えると、カルティナは「あとひと月もすれば、今度は逆に食べたくて仕方なくなりますよ」と教えてくれる。
そういうものなの? と心の中で問う事だけにしておいた。
食事をされないのなら、とカルティナはナディルをこの部屋に招き入れた。
私が会いたいと言っても、なかなか来てくれず、ずっと理由を付けては避けられてきた。
いつまでも逃げる事は出来ないと思ったのかどうか、ようやく私の前に姿を現した。
その表情は憂いを帯び、以前のものとは異なる。
出逢った頃のナディルは、夕闇色の輝石のようだと誰かが比喩していたほどの容貌だったのに。
私の部屋に入室したもののドアを背にそこから進もうとはしない。
それほど、私は嫌われ避けられてるのだと――私も不用意に近付く事はしないようにする。
「少し、痩せたのでは?」
最初に出て言葉がコレとは…。ナディルは答えてくれるだろうか?
「――いいえ、陛下の方こそお痩せに…」
少し間はあったものの、ナディルの声は前と同じで少し安心した。
「私は、悪阻というのもらしい。病ではないから何も心配はいらないわ」
「………」
「私の事、見るのも嫌でしょうから、手短かにね――貴方の前で情けない所を見せてしまって申し訳なかったわ。出来れば許して欲しい」
「………」
「婚約の件も無かった事に。それから、貴方に迷惑を掛けた分の慰謝料は後で渡す事にして。貴方はもう自由だから…」
「僕は、自由なのですか?」
“自由”という言葉に反応を示す。
この時、その朱鷺色の瞳に私の姿を映した。
「ええ」
私は短く答えた。
ナディルは、 胸のポケットから何かを取り出し手のひらにそれを乗せ、私の前へ。
手のひらの上にある物、それはあの時、紫黒の髪の青年の前で無碍に扱った赤い宝石の付いた髪飾り。
「これを、もう一度陛下のその髪に…」
「でも…」
「陛下が受け取って下さなければ、行き場の無い物になるだけです」
「………」
今、結う事も出来ないほど短い私の髪には無用の物。
「これは、僕が陛下の為に造った物です」




