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【1】

【前書き】

アトレイシアが主人公のお話です。


コウが去った後のお話なので、コウもグリンダリアも登場しません。


ですが、舞台は続きですので先に『女神降臨Ⅱ』を読んでいただいた方が良いと思います。


少し痛い話かも…?


自己責任でお読み下さい。




【登場人物】

アトレイシア  金茶色の髪 深緋色の瞳 ヴェルドゥール国の女王


サイラス    白銀色の髪 榛色の瞳 軍務官


ナディル    紫黒色の髪 朱鷺色の瞳 アトレイシアの婚約者候補


エレナ     金茶色の髪 深緋色の瞳 アトレイシアの母


アルス     琥珀色の髪 空色の瞳 アトレイシアの父


ロイ      白金色の髪 菫色の瞳 エレナとアルスの幼馴染み


ワルター    政務官


カルディナ   侍従長官


あれから――。


『女神』がこの世界を去り、数ヶ月は過ぎようとしていた。


『霊獣』は封印の神殿に、誰も寄せ付ける事無く、次の『女神』が召喚される日まで封印さtれていると言う。


そして、日常が戻りつつある。











夕刻。


赤く染まった空は止まる事を知らず深紅に紫に、最後には深い青色に変わっていく。


昼間とは違う、少し涼しい風が金茶色の髪を優しく撫でてくれる。



「こちらでしたか?陛下」



私はバルコニーに出て、太陽の沈む様子を見つめていた。


この時間は、こんな風に一人で居る事が多くなってきたように思う。


“陛下”と呼ばれた私は、いつもの女王としての顔に戻る。



「何かしら?軍務官」



そして、“軍務官”と呼ばれた男は、事務的な態度を取る。



「政務官から陛下に言伝です。夕食会にナディル殿をお招きしているとの事です」

「そう、ありがとう」



私はもう一度、移り行く空を見上げ 「全く、ワルターもラスに探させるなんて、ね?」と私はクスっと笑ってみせる。


サイラスは私が先の伯父王の養女となり、王位継承権1位となった時の剣術と兵学の先生だった。


多くの教育係の中で年齢も一番近く、7歳年上の“兄”的存在。その名残りと言うか、今でも二人の時はいつもの口調に戻ってしまう。



「さてと、着替えでもしようかな~。“夕闇色の輝石”と夕食ね~。――ラス?どうかしたの?」

「――…」

「もしかして、夕食会に同席したい?別にいいわよ~」


悪戯っぽく微笑む。


ちなみに“夕闇色の輝石”とは、ナディルの事を比喩したもの。


紫黒色の長い髪、朱鷺色の瞳を持つ見目麗しい彼の事を侍女達は、そう呼んでいるのを耳にしている。


ラスの事だから“あんな優男とメシなんか食えるか!”って言うに決まってる。


それなのに、私の予想とは違う答えが返ってくる。



「おまえ、本当に婚約なんてするのか?」

「?――何?急に」



サイラスが真面目な顔をして尋ねてくる。どこか不穏な空気が流れ始めてるような…。


そんな空気の流れを変えようと茶目っ気を出して話す。



「ワルターに“早くお世継ぎを”とか“陛下の御子なら愛らしいだろう”とか“まだまだ引退は出来ませんな”とか…。毎日言われてる、こっちの身にもなってよ!あれって一種の嫌がらせでしょう!」



私はちらっとサイラスを見る。


なぁに?今ひとつノリが悪い!怖い顔なんかして!


でも、気にせずそのまま一人で話す。



「まぁ、私みたいなじゃじゃ馬と一緒になってもいいなんて言う奇特な男って、他に居ないんじゃない?」



つまり、ナディルという男はひと言で言えば変わり者だ。


さすがワルターが選びに選び抜いた男と言うべきか。


素の私を出しても全く気にせず、ただニコニコと笑ってる。


そう、本当の私は言葉遣いも悪いし、お転婆だ。自分で言うのも変だけど…。



「ま、いいんじゃない?要するに子供を産めば良いんでしょう?」



確かに私の後を継ぐ者が居ない。これはこの国にとって由々しき問題。


何より、跡継ぎさえ居れば私は一人静かに隠遁生活が出来るというもの。



「そういう、ラスだって誰か居ないの?」

「………」

「えーっと、あちこちのお嬢さんと付き合うのは構わないけど、今は……誰だっけ?」



ラスだって、見目は良い、今でも人気はある。


でも、見掛ける度に違う女性を連れてるのを何度も見たっけ。



「まさか、相手は既婚者とか…、ちゃんと第一夫に許可を貰ってからでないと…」



少し心配になってくる。だって、さっきから変だよ、この軍務官。



「あのな、シア…」

「わ、私に協力出来る事なら何でもするから!!」



ますます心配になる。こんな神妙なサイラスを見た事は無い。



「協力?」

「も、勿論!!」

「それなら…」

「相手は、誰?」



気になる。私は待ちきれなくて早口になってしまう。



「――おまえ」

「………」



おまえ?オマエ?おまえ?――……



サイラスの言葉が頭の中でグルグルと回る。こんな時って何故か瞬きが多くならない?



「それって……やっぱり……私?」

「他に誰が居る」

「またまた~、ふざけるのもほどほどにしてよね~」



子供の頃から二人してふざけ合ったり、悪戯もよくした。だから、今回もいつもの悪さだと……。



「そんな真剣な顔をしてもダメなんだから~。ラスももう少し捻らないと」



けらけらと笑う私。それなのに――。



「おまえ、好きな男、居るだろ?」

「はぁ~?今度は何~?」



なになに?今日のラスは訳が分からない。何を考えてるのかも…。



「他に好きな男が居るくせにあんなヤツと結婚なんてするのか?」

「ちょっと、さっきから話が飛んで…。何が言いたいの?」

「シア、あの時本気だっただろ?あの人の事。エレナ様が来なかったらあの人と共に行くつもりだったはずだ」

「っ!!!!」



ラスの言うあの時とは『魔獣』を連れて、ロイおじさまが母上を迎えに来た時。


そして、私は子供の頃からロイおじさまの事が好きだった。


でも、それは、誰も知られてはいけない私だけの秘め事。 だって、ロイおじさまは母上の恋人だから。


永遠に心の奥底で想っているだけで良かった。



「あそこまで、本気だったとは正直驚いた。あの人が結婚して子供まで出来て……。いつかは単なる憧れだったと気付くと思っていたから。それまで待てば良いと…」

「サイラス…」

「おまえを失うのかと…。血の気が引くってこういう事なのかと」



血の気が引く…、それは今の私だ。


どうして、サイラスは――気付いた?


あの時の私は大巫女である母上を救おうと、失いたくないという思いからの行動だと誰もが…。


母上ですら、そう思っていたのだから。



「――どうして?」

「“どうして、気付いたか?”か?」

「………」

「どれだけ、おまえの傍に居ると思う?」

「!?」

「誰にも優しく接し、誰にも微笑むくせに心は完全に閉ざしている」

「………」

「それなのに、あの方の前になると今にも泣きそうな、笑ってるのが辛いという感じだ」

「……」



私にはもう、何も無い。


言葉も出てこない。完璧に演じてきたはずの私は今、小さな羽根をもぎ取られた小鳥のようなものだ。


サイラスはいとも簡単に、私から全てを奪い取ってしまう。



「――シア…。おまえは少し泣いた方がいい」

「……え?」

「伯父王を亡くし、お祖母様達も居ない。そして、アルス様もエレナ様も――あの人も。もう、会いたくても会えないのだから…」

「……っ」

「おまえは気丈だ。女王としてならそれでもいい。でも――っ!」



濡れた瞳が私の視界を歪めている。


今、分かった。


私はただ、独りぼっちになりたくなかったんだ、と。


だから、おじさまと行きたかったの。


サイラスは私の肩を抱いてくれる。



「泣ける時に泣いておいた方がいい。でも、俺が泣かせてしまったな」



そう言って髪を優しく撫でてくれる。


まだ私には、こんな風に接してくれる人が居る。



「ラス…本当に?…」

「ん?」

「だって、だって!私の事ずっと“小娘”だって言ってたし」

「俺から見れば“小娘”だろ?――って言うか、シアはまだ娘だからな」

「っ!!!!!!」



な、なんて無神経な事を言うの!!!ニヤリと笑ったその、その!その!!顔は!!!いつものラスに戻ってる!!!



「し、信じられない!!なんて事言うのよーー!!」

「それより、着替えて、顔も洗って来い。“ナディル殿”と夕食会だろう?」

「うっ」

「さてと、俺もその夕食会に出ようか?陛下の許可も頂いた事だしな」



と言って、ドアの方へ向かう。



「ちょっと待って、ラス?」



サイラスは振り向いて言う。



「ご覚悟を!女王陛下!」

「か、覚悟?何の?」

「俺に愛される覚悟」

「――っ!!!」



サイラスは、不敵な笑みを見せ部屋を出て行く。


それにしても、覚悟?覚悟って、何をどう覚悟するのよ?


これから先のことを考えると、何だか…。





日暮れの風は私の金茶色の髪を揺らす。





そして、深く沈めた心の扉の隙間から風が吹き込むのを感じていた。



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