奇妙な恋人 8
奇妙な恋人 8
ようやく彼の涙も止まったのか、彼がぽつりと話しだした。
「由美。」
「ん?」
「父さんから連絡がきた。」
私は彼を見つめた。
「どこから?もうお母さんとか、おねぇさんたちには知らせた?」
「うん、今回はさ、いつもみたいにハガキじゃなくって、封書で離婚届が同封されてきたんだ。署名も捺印も。」
私は息をのんだ。お母さんにもお会いしたことがある。彼のもういないおばあさんと同じくらい、カラカラとした明るいパワフルな人だった。とくに最初に会った時の印象は強烈だった。
「ああ!司の彼女?へー。あ、あたしねぇ、旦那に失踪された妻!あっはっはっ。」
これが第一声で目を丸くしない方が無理というものだ。
「どこが、私と似てるって?」と後でそっと、司を睨みつけたことをいまでも覚えている。
「……。お母さん、どうしてる?」
「破った。」
「はい?」
「離婚届。本人の消息が不明な場合、本人がいなくても何年かたてば離婚できるらしいんだけど、「離婚する気があったらとっくにしてるわ!」って言いながら、紙を破いて、消印のあった長野に出かけて行った。」
「……さすが、お母さん!」
「うん。それでね。今度、僕も福岡に転勤になるんだ。」
「福岡?!」
私は目を丸くした。
「遠くない?ずいぶん急な……。」
「うん。だから、はい、これ。いや、もうちょっとしてから渡す予定だったんだけど。」
彼は鞄の中から、箱を出した。開けると指輪が入っている。
「これ……。」
「由美、僕のお嫁さんになってください。」
「……はい。」
私は司に抱きついた。
しばらく抱き合っていたが、「あ。あとこれも。」彼はまた鞄からさっきよりも少し大きいケースを引っ張り出した。なかには腕輪が入っている。
「なに?これ。」
「これ、発信器。」
「は、発信器?」
「うん、GPS機能付きで太陽ソーラーで動いているから、ま、僕が生きている間は動いていると思うんだよね。」
「こ、これをどうするの?」
「僕がつけるにきまっているじゃないか。」
「はい?」
「一応携帯にも持ってるカメラにもGPSが入っているけど、なにがあるかわからないだろう?父さんみたいにいなくなったら、由美が困るだろ?そのうち鞄とかにも付けようかと思ってるんだ。靴も考えたんだけど、値段的に高くてねぇ。」
「ええ……?」
「だ、だめ?」
「いや、ダメじゃないけど、私、鞄はあれこれ使うからなぁ……。」
ためらった私に、彼はいつものおだやかな口調で言った。
「ん?ああ、由美はつけなくていいんだよ。」
「はい?」
彼は平然と言った。
「だって、出張だって、出かけるのだって僕の方が多いし。父さんのこともあるから失踪しやすいのも僕の方だし。由美は元を持っていて、なにかあったら探しだしてくれればいいし。まぁ、探す気が無かったら、そのままでもいいし。」
「ちょっと!これから奥さんにしようという相手に向かってなんてこと言うの!わ、私の失踪は気にしないの?」
「するけど、嫌だろう?ずっと居場所とか見張られるの。」
「え、司はいいの?」
「いいんじゃない?」
「えええ……。」
私は、ため息をついた。
「あ、ちょっと待って、電話。……はい、あ、吉井さん。ホント?うん、わかった由美にも言っとく。」
「なに?」
「さっきのおばあさん、やっぱりジヌさんのところで発見されたって。」
「よかったねぇ。」
「うん。……ところで、由美。」
「はい?」
「指輪、はめてもいいかな?」
「あ。うん。」
私は、そっと左手を差し出した。これから彼は奇妙な恋人ではなく、奇妙な夫になるのだ。私は、彼を抱きしめた。