奇妙な恋人 2
奇妙な恋人 2
彼が、春だから遅れると言ったのにも理由がある。
春は、季節の変わり目だからか、怪しい人が増えるせいかお巡りさんが多い。花が多く咲くからか、人が増えれば問題も多くなり、警備の人も増える。交通安全などで見張りも増える。
当然、あっちこっちで写真を撮っている彼は怪しさ満点だ。職務質問も多い。そのまま駐在さんと顔見知りになることも多い。しかし、春は新人さんが来る。そのせいか、怪しい彼はよく職務質問をされる。
あまりにもよく起きるせいか、私はデートの予定を立てるときは大抵時間に余裕、心に余裕、そして、あきらめを常備している。こうでなくては彼とは付き合えないと長年の経験から感じている。とくに年末から春にかけては日常的な話だ。
私は本屋で本を買うと、近くの椅子に座りこんだ。
携帯が鳴った。
「はい?」
「由美?僕だけど、まだ本屋にいる?」
「いるわよ、手前の椅子に。」
「あ、ホント。」
「え?」
あたりを見回すと、ちょうど司がエスカレーターからあがってきたところだった。見つけるなり、手を振った。
「ごめん、待たせて。行こうか。」
「うん、まだ時間あるけど。行こう。」
切符は先には買わない。中止になることも多いからだ。映画館に向かうと、ロビーの壁はすでに色が濃い。たくさんのポスターに椅子、売店といろいろある。
「今日は、新人さんで?」
「いや、警備員。駅の。」
「警備員?ああ、春の交通安全?」
「そう。高架下の所にいたら、事務所まで連れて行かれちゃって。」
特別な事でもないかのような口調で彼は言う。
「なるほど。あ、これこれ、買ってくる。」
私の返答も慣れたようだ。
私は切符を買いに行く。司は、売店の方へと向かって行く。切符を買い終わると、ちょっと横にくっついた。
「んー?」
「なに、見てるの?」
「んー。ばーちゃんの好きそうな時代劇のパンフレット。この役者が好きなんだって。よし、買おう、これください。」
「ハイハイ。」
店員のおばちゃんでさえ、にっこりとほほ笑みたくなるような彼である。その反動の冷たい目線がこちらに来るのだが、そんなことにいつまでも気にしていられない。
「そろそろ、始まる?」
「そうだね、行こう。」
私は彼の腕をとって映画館の中へと入った。
「うっ。ううう。うっ。」
「ハイハイ、もう泣かないの。」
始まる前に、ニコニコだった売店のおばちゃんも少々引くくらい、司が泣いている。映画のエンディングが終わって、電気がついて、最後の最後に出てきたにもかかわらず、彼はまだ泣いていた。
ちなみに私は、ちょっとうるっときた瞬間に、隣で先に彼に号泣されて泣くに泣けなくなった。
「ううっ。うっ。」
私は、彼を椅子に座らせて、そのまま売店で炭酸を頼んだ。
「これ、ください。」
私はすぐに飲み物を彼に差し出した。店員も少々目を丸くしていたが、私の一言ではっと我に返ったのか、すぐに営業スマイル。さすがだ。
「司、これでも飲んで。」
「うん。」
彼は目を真っ赤にしたまま、ちょっと口をつけて飲んでから、深呼吸した。
「あー。よかったねぇ。」
「そうね。あんまり目の周りをごしごししちゃダメ。明日、痛くなるよ。」
「うん。ありがと。」
そう言いながら、司はまだ泣きながら、炭酸を飲み続けた。私はその隣で、本を引っ張り出して、読み始めた。こんなことでオロオロしていては、司の横にはいられない。
「落ち着いた?」
しばらくすると、私は聞いた。
「うん。ごめん。」
「なにが、ごめん?行こうか?」
「うん。」
私は司から炭酸の入っていたコップを受け取って、ゴミ箱に捨て、そのまま彼の腕をとって映画館を後にした。