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小さなグランツ

作者: りん
掲載日:2026/11/03

この物語は、まだ見ぬ世界を見てみたいと思った、一人の青年の旅から始まります。


大きな夢があったわけでも、何かを成し遂げたかったわけでもありません。


ただ、面白そうだから行ってみる。

知らないものがあれば触れてみる。

気の合う人がいれば、一緒に過ごしてみる。

何気ない日々や、人との出会いを大切にしながら、自分なりの人生を歩んでいく物語です。


どうか最後まで、彼の旅にお付き合いください。

第一章 知らない世界


十八歳のある日、僕は旅に出ることにした。


特別な理由があったわけではない。


大きな夢があったわけでも、誰かに認められたかったわけでもない。


ただ、知らない世界を見てみたかった。


自分がまだ知らない景色が、この世界にはどれだけあるのだろう。どんな人がいて、どんな暮らしをしていて、どんな食べ物があるのだろう。


考え始めると、じっとしていられなかった。


必要な荷物をまとめ、住み慣れた場所を後にした。


行き先は決めていない。


いつ帰るかも決めていない。


とりあえず、面白そうな方へ歩いてみることにした。


それが僕の旅の始まりだった。


第二章 名前のない船


旅に出てから一年が経った頃、僕は大きな帆船に出会った。


港に停泊していたその船は、遠くからでも目立つほど立派だった。大きな帆と広い甲板を持ち、二十人ほどが乗れる船だった。


しかし、船には名前がなかった。


乗っている人たちは、それぞれ好きなように船を呼んでいるらしい。


気になって話を聞いてみると、どうやら少し変わった船だった。


乗りたいと思えば誰でも乗れる。ただし、乗る代わりに船の中で何かしら働かなければならない。


目的地も決まっていない。


船長が面白そうだと思った方向へ進む。それだけだった。


その船長の名前はカイル。


僕が十九歳のとき、彼は二十五歳だった。


背が高く細身で、身なりは案外スタイリッシュ。少し無精髭を生やしていて、いつも軽口や冗談を言っている。


船長という立場ではあるが、船の中に上下関係はない。


誰もが対等で、それぞれが自分の仕事をしていた。


「乗りたいのか?」


カイルが僕に尋ねた。


「うん。面白そうだから」


「いいねえ。じゃあ働いてもらおうか。ちなみに、うちの船にはコックがいない」


「それなら俺がやるよ」


「おっ、料理ができるのか?」


「いや、できない」


「ははは! そりゃ面白い!」


こうして僕は、初めて料理をすることになった。


最初はひどいものだった。


食材を焦がしたり、味付けを失敗したり、何を作っているのか自分でも分からなくなることがあった。


それでも、毎日料理をしていれば少しずつ上達する。


船で釣った魚を焼き、港で仕入れた肉を煮込み、限られた食材で何とか食事を作った。


気づけば、一年間が過ぎていた。


カイルと過ごした時間は楽しかった。


彼はいつも自由だった。


目的地を決めず、面白そうな場所へ向かい、気が向けば知らない港に立ち寄る。


誰かに指図されることもなく、自分の好きなように生きている。


そんな姿を見て、僕は思った。


こんな生き方もありなんだ。


二十歳になった頃、僕は船を降りることにした。


「カイル、俺、この船を降りるよ」


「……は?」


カイルは一瞬、何を言われたのか分からないような顔をした。


「もっと知らない世界を見に行きたいんだ」


「おいおい、今日降りるのか? そんな話、初めて聞いたぞ」


「うん。今日思い立ったから」


「ははっ! お前らしいな。せっかく料理も上手くなってきたのに」


カイルは驚いていたが、引き止めることはなかった。


「まあ、また乗りたくなったら来いよ。席くらい空けといてやる」


「ありがとう。またな」


「おう。気をつけてな!」


僕は船を降りた。


一年間の船旅で、料理という新しい楽しみを覚えた。そして、自由に生きる人間の姿を知った。


それだけでも、乗った価値は十分にあった。


第三章 一人旅と料理


船を降りてからも、僕は旅を続けた。


二十歳から二十二歳までの二年間、特に目的を決めず、面白そうな場所を探して歩いた。


基本的には自分で狩りをして、獲物を持ち帰り、料理を作って食べる。


森で獲った獣を焼いたり、川で魚を捕まえたり、道端で見つけた食べられる植物を調べたりした。


船で覚えた料理も、旅を続けるうちに少しずつ上達していった。


旅先で出会った人に料理を振る舞うこともあった。


一緒に食事をすれば、自然と会話が生まれる。


その土地の料理を教えてもらうこともあれば、逆に自分の料理を気に入ってもらえることもあった。


料理は、知らない人と仲良くなるための一つの方法だった。


そんな旅の途中、二十二歳になった僕は、一台の列車に乗っていた。


そこで、一人のおじさんと出会った。


第四章 列車の中のロイ


特別なきっかけはなかった。


ただ、同じ旅人同士、隣に座っていたおじさんが何気なく話しかけてきた。


「兄ちゃん、どこまで行くんだ?」


「さあね。面白そうなところがあれば降りるよ」


「ははっ、俺と似たようなもんだな」


それから、僕たちは世間話をした。


これまで行った場所や、見てきた景色。旅先で出会った人たちの話。


話しているうちに、僕はこれからの暮らしについて話した。


「自給自足で適当に食べ物を作りながら暮らそうかな。小さな料理屋でもしながら。おまえは?」


おじさんは窓の外を眺めながら、少し考えて答えた。


「俺か? 俺はこの列車で旅を続けるかな。いろんな場所を見て、いろんな人と話して、気が向いたらどこかに住み着く。まあ、定住するのは苦手でね」


そして、僕の話を聞いて笑った。


「小さな料理屋か。いいじゃないか。畑で採れた野菜を使って、魚を釣って、たまに旅人に料理を振る舞う。そういう暮らしも悪くないな」


少し間を置いて、おじさんが尋ねた。


「もし俺がいつか客として訪ねたら、何を食べさせてくれる?」


「きたら考えるよ。てかメニューから頼めよ。くそじじい」


おじさんは一瞬きょとんとしてから、大笑いした。


「ははは! 口が悪いなあ! 分かった分かった、客として行ったらメニューから選ぶよ」


そう言って、おじさんはカバンから小さなノートを取り出した。


「じゃあ、店を開いたらこれを渡してやる。開店祝いだ」


中には、この世界の珍しい食材や調理法がびっしり書かれていた。


僕はノートを眺めた。


見たことのない食材、知らない調理法。どれも面白そうだった。


「そういえば、兄ちゃん。店の名前はもう決めたのか?」


「さあね。おっさん名前は?」


「俺か?」


おじさんは帽子を取り、ニヤリと笑った。


「ロイだ。ロイ・グランツ。昔は世界中を旅して、今はこの列車に住み着いてる」


「覚えておいてくれるのか。そりゃ光栄だな!」


ロイはノートに何かを書き足して、僕に渡した。


「そういえば、兄ちゃん。店の名前はもう決めたのか?」


「グランツにする」


ロイは少し驚いてから、豪快に笑った。


「グランツか! 俺の名前を店名にするなんて、なかなか気に入ったぞ!」


「よし、開店したら必ず食べに行く。常連第一号は俺だな!」


列車がゆっくりと停車する。


ロイは列車を降りる直前、ノートの最後のページを破って渡してくれた。


そこには住所も地図もなく、短くこう書かれていた。


「どこに店を出しても、俺なら見つけられる。」


こうして、僕たちは別れた。


また会う約束をしたわけではない。


ただ、いつか店を開いたら、あのおじさんが本当に来るかもしれない。


そんなことを思いながら、僕は再び旅を続けた。


第五章 小さな村


二十二歳から二十七歳まで、僕はさらに五年間旅を続けた。


特別に店を開く場所を探していたわけではない。


知らない土地を歩き、狩りをして、料理を作り、人と出会う。


そんな生活を続けていた。


そして二十七歳になった頃、ある村に立ち寄った。


その村には、店を建てられる土地があった。


牛を育てられる草地もあり、野菜を育てる畑にも困らない。


少し歩けば森があり、狩りもできる。


魚が手に入りやすい場所も近くにあった。


自給自足をしながら、小さな料理屋を営むには十分だった。


「ここ、いいな」


僕はその土地を気に入った。


村にはもともと住人がいて、外から来た僕にも親切に接してくれた。


ここなら暮らせそうだ。


そう思い、僕は自分で店と家を建てることにした。


三年かけて、少しずつ準備を進めることにした。


ある日、村人が牛を一頭連れてきた。


「この子、飼ってみないか? 人懐っこくて、乳もよく出るんだ」


「いいね! ありがとう」


僕は牛を受け取った。


牛を飼い始めると、想像以上に仕事が増えた。


餌やり、掃除、搾乳。畑仕事もある。


それを見て、牛を譲ってくれた村人に声をかけた。


「おい、村人。お前働けよ!」


「えっ、わしも!?」


「牛を一頭飼うだけでも仕事はあるんだよ。手伝ってくれ!」


村人は笑いながら、近所の若者を二人連れてきた。


二人は幼なじみで、どちらも十七歳くらいだった。


「こいつらも農業を手伝いたがっていたんだ」


「じゃあ、みんなでやろう」


こうして、最初の従業員が三人になった。


牛を譲ってくれた村人には牧場の管理を任せることにした。


村人はグランツの隣に住むことになり、若者二人は村から通って働くことになった。


もちろん、給料はきちんと支払う。


最初は小さな牛舎と畑だけだった。


牛は自分たちが食べる分と、少し余る程度の牛乳を作ってくれればいい。


野菜も自分たちで食べる分を中心に育てる。


グランツも、余った食材を使って気が向いたときに営業するつもりだった。


大きな店にするつもりはない。


自分が食べる分を育て、余ったものを料理にして誰かに食べてもらう。


それだけで十分だった。


ある日、村人が牛を指さして尋ねた。


「ところで、この牛、名前はどうするんだ?」


「そのうち食べる牛に名前はつけないよ。情が湧くでしょ?」


村人たちは顔を見合わせて笑った。


そんな何気ない会話をしながら、グランツの準備は進んでいった。


第六章 グランツ開店


三年が経ち、僕は三十歳になった。


小さな店と家が完成し、牧場と畑も形になった。


そして、ついにグランツを開店した。


最初は村人や旅人が時々訪れる程度だった。


僕は料理を作り、牧場や畑を管理し、時には森へ狩りに出かけた。


ある日、従業員たちに声をかけた。


「従業員も食べさせないといけないからね。牛も増やして、少しだけ規模を大きくしよう。あとは村人に任せるね。がんばって」


村人たちは顔を見合わせたあと、一斉に笑い出した。


「お前さん、ずいぶん気楽な経営者だな!」


若者Aは牛舎の拡張を引き受け、若者Bは畑を増やすことにした。


村人も牧場の管理を続けてくれた。


こうして牧場は少しずつ大きくなっていった。


一方、僕はというと、朝は気が向いたら牧場を見回り、昼はグランツで料理をする。


たまに森へ出かけて狩りをし、夕方はテラスでのんびり過ごす。


そんな生活をしていた。


そして、開店して間もないある日。


店の扉が開いた。


「おい! 本当に店を作ったのか! 約束どおり食べに来たぞ!」


そこに立っていたのは、ロイだった。


八年前、列車で出会ったあのおじさん。


僕はすぐに気づいた。


「ロイ!」


「おう! 久しぶりだな!」


ロイは店内を見回して、嬉しそうに笑った。


「本当に作ったんだな。お前ならそういう場所を作っていても不思議じゃないと思っていたよ」


「今日は何を食べたい?」


「何でもいい。お前のおすすめを食べさせてくれ!」


「今日おろした牛のステーキ!」


「おお! 今日おろしたばかりか! そいつは楽しみだ!」


厚めに切ったステーキを熱々の鉄板へ。


表面を強火で焼き固め、休ませてから仕上げにバターとハーブ。付け合わせは自家製の焼き野菜。


ロイは一口食べて、しばらく黙った。


「……うまい。自分たちで育てた牛を、自分たちで料理して食べる。贅沢だな」


そしてワインを一口飲んだ。


「ところで店主。俺、しばらくこの村に滞在しようと思うんだが、何か手伝えることはあるか?」


僕は笑った。


「グランツで一緒に料理しよ!」


ロイは少し驚いた顔をした。


「店名にした時から実はそのつもりだったし。ロイ、待ってたよ」


ロイはステーキを食べる手を止めた。


「……お前、最初からそのつもりだったのか?」


少し驚いたあと、照れくさそうに笑った。


「まったく、そういうことは早く言えよ。もちろんだ。一緒にやろう!」


ロイは厨房を見渡した。


「俺は世界中を旅してきた。珍しい食材も調理法も知っている。お前の料理と俺の経験を合わせたら、面白い店になるぞ!」


その日の夜、二人で厨房に立った。


ロイは主人公と同じ家で暮らすことになった。


こうして、グランツに新しい生活が始まった。


第七章 二人の厨房


ロイと一緒に料理をするようになってから、グランツは少しずつ忙しくなっていった。


ロイは世界中を旅してきた料理人だった。


珍しい食材の扱い方や、知らない調理法をたくさん知っていた。


主人公も旅の中で覚えた料理がある。


二人で厨房に立つと、次々に新しい料理が生まれた。


客も増えていった。


しかし、僕はもともとグランツを大きくするつもりはなかった。


ある日、ロイに言った。


「じゃあ、これでうまかったら俺は引退しようかな。もともとグランツはのんびりしながらやるつもりだったし」


ロイはニヤッと笑って、エプロンを身につけた。


「おいおい、引退するのは早すぎるだろ。まあ、俺の料理を食べてから決めてもらおうか!」


翌日、ロイは朝早くから厨房に立った。


市場で仕入れた魚、自家製のチーズ、牧場の野菜。それらを使って、旅先で覚えた料理を次々と作っていく。


夕方、完成した料理をテーブルに並べた。


前菜、魚料理、肉料理、デザートまでのフルコース。


「さあ、店主。遠慮せず食べてくれ」


僕は一口食べた。


ロイがこちらの顔を覗き込む。


「どうだ? 俺に店を任せても大丈夫そうか?」


「ロイに店を任せる。でも俺もたまに入るし、俺が育ててる野菜や肉もまた持ってくるよ」


ロイは一瞬驚いたあと、ゆっくり笑顔になった。


「そうか。じゃあ今日から俺がグランツの料理長だな!」


「でも、お前が育てた野菜や肉は必ず使わせてもらう。せっかく一緒に作った牧場だ。グランツの味は変えたくないからな」


こうして、グランツの経営と厨房はロイに任されることになった。


僕は牧場でのんびり過ごし、気が向いたときだけ厨房に立った。


たまには狩りに出て、珍しい食材を持ち帰ることもあった。


店の規模は大きくしなかった。


ただ、客は増え、ロイは忙しくなっていった。


それでも、僕たちの暮らしは変わらなかった。


ロイと一緒に暮らし、時々料理をし、牧場や畑を眺める。


それが心地よかった。


第八章 五年間の約束


三十五歳になったある夕暮れ。


牧場でくつろいでいると、ロイがやってきた。


「おい、店主。実は面白い話がある。昔の旅仲間から手紙が届いたんだ。どうやら、とんでもなく珍しい食材が見つかったらしい」


ロイは手紙を差し出した。


「久しぶりに一緒に冒険しないか?」


僕は少し考えた。


「でも条件がある。従業員のこともあるし、五年が限度だ。それで見つからなかったらグランツに戻るぞ」


ロイは手紙を折りたたみ、真剣な顔でうなずいた。


「五年か。分かった。それなら約束しよう。従業員の生活もあるし、グランツを放っておくわけにはいかないからな」


「五年後、珍しい食材が見つかっていても、見つかっていなくても、俺たちはここに戻る。グランツはなくさない」


その日の夜、村人たちにも事情を説明した。


牧場の管理は従業員たちに任せ、ロイと僕は旅の準備を始めた。


出発の日、ロイが尋ねた。


「さて、今回は何を持っていく? 料理道具か、それとも身軽に着替えだけか?」


「着替えと料理道具。思って旅しながらいろんな料理しようよ!」


「ははは! やっぱりお前はそう来ると思ったよ!」


ロイは大きな旅行鞄に料理道具を詰め始めた。


包丁、フライパン、鍋、最低限の調味料。


あとは現地で調達すればいい。


出発前、牧場の従業員たちが見送りに来てくれた。


「牧場は任せてください!」


「五年後、もっと立派にしておきます!」


ロイは笑った。


「よし! 五年間、世界中の料理を食べ尽くして、作り尽くそう!」


そして旅が始まった。


第九章 海の師匠


旅に出てしばらくした頃、二人は山と海に挟まれた小さな港町に到着した。


港にはさまざまな魚が並んでいた。


僕は市場を眺めながら言った。


「俺たちがまだまだ足りないのは魚だと思うんだ。野菜と肉は自分たちでやってるからね」


ロイは納得したようにうなずいた。


「確かにな。グランツには肉も野菜もある。でも魚だけは自分たちで安定して仕入れられない。今回の旅で、魚の仕入れ先を開拓するのもいいな!」


ロイは市場の漁師に話しかけた。


「この町で一番いい魚を獲る漁師は誰だ?」


漁師は沖合を指さした。


「魚なら沖の漁場だな。ただし、あそこは魚種が豊富な分、漁師でも知らない魚が多い」


そこでロイが提案した。


「どうだ? まずは漁師と一緒に船に乗ってみよう。魚を知るには、食べるだけじゃなく獲るところからだ」


「その漁師に弟子入りしよう!」


ロイは笑った。


「おお! 仕入れ交渉じゃなくて、漁師になるところからか! いいじゃないか!」


二人は港で一番腕がいいという漁師を訪ねた。


漁師の名前はガルド。


日に焼けた大柄な男で、長年この海で漁をしているらしい。


「料理人が二人して漁師に弟子入り? 面白いことを言うな」


ロイが答えた。


「魚を知りたいんだ。獲り方から教えてくれ!」


ガルドは豪快に笑った。


「いいだろう。ただし甘くはないぞ。明日の朝四時、港に来い!」


翌朝、まだ暗い港に集合した。


最初は漁の手伝いをしながら、魚の知識や扱い方を教わった。


網の仕掛け方、魚のいる場所、魚の種類、旬、鮮度の見分け方。


捕った魚の締め方、血抜き、保存方法。


知らないことばかりだった。


ある日、魚の種類を一度に覚えようとしていた僕たちに、ガルドが言った。


「全部覚えるのもいいが、まずは一つずつだ!」


その言葉を聞いて、僕たちは焦らず一つずつ学ぶことにした。


二年間、漁を手伝い、魚を知り、魚を扱う技術を身につけた。


そして二年が経った頃、僕はガルドに声をかけた。


「魚は完璧になったが、二年経った。ガルド、一緒に来ない? 俺たちのグランツに来てよ。あと三年は旅するけどね」


ガルドは網を修繕する手を止めて、こちらを振り返った。


「……俺をグランツに誘うのか?」


ロイが続けた。


「こいつの店だ。料理は俺が任されているが、魚の仕入れと扱いはまだまだ伸ばしたい。お前が来てくれたら心強い」


ガルドはしばらく海を眺めたあと、豪快に笑った。


「面白そうじゃねえか! だが、俺も条件がある」


「グランツに戻ったら、俺にも漁師として自由に海へ出させてくれ。それと、獲った魚は俺にも食わせろ!」


ロイが答えた。


「もちろんだ!」


「よし、決まりだ! 残り三年、世界の海を見て回ろう!」


こうして旅の仲間が三人になった。


第十章 世界の食材


三人は小さな漁船を借り、南へ向けて出航した。


数日後、透き通った海に囲まれた島へ到着した。


港には巨大な魚や色鮮やかな貝が並び、見たことのない食材もたくさんあった。


「ここはすごいぞ……魚の種類が桁違いだ!」


ガルドは目を輝かせていた。


ロイも市場を歩きながら、珍しい食材を見つけては足を止めた。


「せっかくだ。今日はこの島の食材で料理勝負といこう!」


島の市場を歩いていると、地元の漁師が声をかけてきた。


「お前たち、沖にあるサンゴ礁の向こうへ行くなよ。あそこには、とんでもない魚がいるらしい」


ガルドはすでに目を輝かせていた。


「……行ってみるか?」


「いこう!」


ガルドは船の準備を始めた。


「ただし、あの海域は潮の流れが複雑だ。俺の指示には従ってもらうぞ!」


三人は小舟に乗り込み、サンゴ礁の向こうへ進んでいった。


しばらくすると、海面が大きく盛り上がった。


ザバァァン!


船の横に現れたのは、船よりも大きな銀色の魚だった。


「こいつは……幻の銀鱗魚! 何十年も探していた魚だ!」


ガルドは興奮していた。


「食べられるのか?」


ロイが尋ねる。


「食べられるどころじゃない。最高級の食材だ!」


銀鱗魚は船の周りをぐるぐる泳ぎ始めた。


「よし、取ろっか」


ガルドはすぐに船の位置を調整した。


ロイは網の準備をし、僕は竿を持った。


三人の連携で、銀鱗魚が少しずつ船に近づいてくる。


そして、ついに銀鱗魚を船に引き上げることに成功した。


「やったな! これでグランツの新メニューが作れる!」


ガルドは笑った。


しかし、さっき銀鱗魚の後ろに見えた巨大な影が、船のすぐ下を通り過ぎた。


「……あれは何だ?」


ロイが海を眺める。


僕は言った。


「いったん見るけど、魚だけじゃなくて他の食材も忘れるなよ?」


「もちろんだ! 魚だけ集めて帰るつもりはないよ。グランツは肉も野菜も大事だからな」


巨大な影を警戒しながら、三人で海面を観察した。


すると、影は船の横を通り過ぎ、少し離れた小島の浅瀬へ向かっていった。


その島には珍しい植物が生い茂り、岸辺には大きな貝や甲殻類が見えた。


「おい、あそこは食材の宝庫かもしれないぞ!」


三人は島に上陸した。


少し歩くと、食材になりそうなものがたくさん見つかった。


巨大な貝。


紫色の果実。


香りの強い葉。


野生のキノコ。


天然の塩の結晶。


そのとき、茂みの奥からガサガサと音がした。


何か大きな動物がいるらしい。


僕は銃を構えた。


バンッ!


茂みから飛び出してきた大きな獣を仕留めた。


「おいおい! 反応が早いな!」


ロイが笑った。


ガルドが近づいて確認する。


「こいつは島に生息する野生の猪だ。肉も脂も上質らしいぞ。グランツへの土産にちょうどいい!」


こうして三人は、魚だけでなく肉や野菜、果実やハーブなど、さまざまな食材を探すようになった。


三年目には、南国で珍しい魚介類や香辛料を発見した。


山岳地帯では野生のキノコや山菜を学び、牧畜の盛んな地域ではチーズや発酵バターの製法を習得した。


港町では銀鱗魚の保存や熟成方法を研究した。


ガルドは各地の漁師と交流し、グランツへの魚の仕入れルートも開拓していった。


ロイは料理の腕をさらに磨き、旅先で何度も料理勝負をして勝利した。


四年目には、食材だけでなく料理そのものを学ぶ旅になった。


王宮料理人からソースの技術を学び、山奥の村で燻製と保存食を習得した。


海辺の町では魚の熟成と発酵調理を研究し、砂漠の市場ではスパイスの使い方を覚えた。


ロイと僕は旅先で何度も小さな食堂を開いた。


ガルドは漁師仲間を増やし、帰国後の仕入れ先を確保していった。


五年目は、今まで出会った人たちを訪ねる旅にした。


各地の漁師や農家と再会し、グランツとの取引を約束した。


そして旅の最後に、三人で大きな料理祭に参加した。


世界中の食材を使った料理を振る舞い、見事に優勝した。


ロイは笑った。


「これで思い残すことはないな」


ガルドが答えた。


「いや、まだあるだろ。グランツに帰って魚を卸さなきゃな!」


こうして、五年間の旅は終わった。


第十一章 帰る場所


四十歳になった僕たちは、グランツのある村へ帰ってきた。


村に近づくと、遠くから牧場が見えた。


牛は適正な規模まで増え、畑では季節ごとの野菜が収穫できるようになっていた。


そして、僕たちが村に戻ると、二人の従業員が笑顔で迎えてくれた。


「おかえりなさい!」


十七歳だった二人は、すっかり大人になっていた。


ロイは笑いながら言った。


「おいおい、ずいぶん立派になったじゃないか!」


ガルドも牧場を眺めて言った。


「こりゃあ、俺たちがいなくても大丈夫だったな!」


その日の夜、久しぶりに三人でグランツの食卓を囲んだ。


ロイが料理を作ることになった。


「おう! 五年ぶりに腕を振るうか。今日は俺に任せろ!」


ロイは市場から届いた銀鱗魚を取り出し、牧場の野菜と自家製バターを用意した。


「旅で覚えた料理を、お前に食べてもらいたかったんだ」


銀鱗魚のポワレ。


皮目をパリッと焼き、自家製バターとハーブで香りをつける。白ワインと魚の出汁でソースを作り、牧場の季節野菜を添える。


「どうだ? 五年間、遊んでいたわけじゃないぞ」


僕は一口食べた。


「うまいよ。でも肉は?」


ロイは笑った。


「あはは! やっぱりお前は肉もないと満足しないか!」


ロイは厨房に戻り、今度は牧場から届いた牛肉を取り出した。


グランツ牧場牛のステーキ、赤ワインソース。


表面は強火で香ばしく焼き、中はジューシーに仕上げる。赤ワインとフォンで濃厚なソースを作り、自家製ジャガイモとキノコを添えた。


ロイが言った。


「魚はガルド、肉と野菜はお前の牧場。俺たちの店、なかなかいい材料が揃ってるじゃないか」


「俺にも一切れくれ!」


ガルドが声を上げた。


「お前はさっき魚を食べただろ!」


久しぶりに三人で囲むグランツの食卓。


やっぱりこれが一番落ち着くな。


第十二章 グランツの日々


五年間の旅を終えた僕は、旅に出る前と同じ生活に戻った。


朝は牧場を見回り、畑の様子を確認する。


気が向けば森へ狩りに出かけ、珍しい獲物を持ち帰る。


ロイは料理長としてグランツを切り盛りし、ガルドは漁師として自由に海へ出る。


旅で知り合った漁師たちとのつながりもあり、グランツには以前より多くの魚が届くようになった。


それでも、店を大きくすることはなかった。


僕が望んでいたのは、あくまで自分たちで食べるものを育て、余った食材で料理を作る生活だったからだ。


グランツは営業を続けた。


ロイは相変わらず厨房に立ち、ガルドは時々珍しい魚を持って帰ってきた。


村の人たちも変わらずグランツを訪れた。


時間はゆっくりと流れていった。


ロイも、村人たちも、少しずつ年を重ねていった。


やがて、ロイも村人たちも亡くなった。


ガルドも高齢になり、体が不自由になっていった。


かつて十七歳だった従業員二人も、今ではすっかりおじさんになっている。


ある日、ガルドが僕に言った。


「お前とロイと旅した頃が懐かしいな……あの頃は毎日が面白かった」


僕たちは、あの五年間の旅の話をした。


銀鱗魚のこと。


南の島で仕留めた猪のこと。


料理祭で優勝した日のこと。


ロイが料理勝負で勝ち続けていたこと。


話しているうちに、時間が経つのを忘れてしまった。


グランツは今も営業している。


けれど、いつの間にか僕が村で一番の古株になっていた。


それでも、僕の生活は大きく変わらなかった。


知らない世界を見たくて旅に出た十八歳の頃から、ずいぶん遠くまで来たものだ。


最終章 最後の晩餐


ある日、僕は久しぶりにグランツへ顔を出すことにした。


特に理由はない。


ただ、なんとなく料理が食べたくなった。


店の扉を開ける。


カラン、コロン。


店内は昔と変わらない木の香りがした。


壁にはロイとガルド、昔の従業員たちとの写真が飾られている。


厨房にいた年老いた従業員が、僕を見て手を止めた。


「……店主! 本当に久しぶりですね!」


「久しぶり。なんか作ってよ!」


「もちろんです。今日は何にしましょう?」


僕は少し笑って答えた。


「これが最後の晩餐になる」


従業員は少し黙った。


それから、いつものように笑った。


「分かりました。今日は私に全部任せてください」


その夜、テーブルには特別な料理が並んだ。


最初に運ばれてきたのは、自家製野菜のポタージュだった。


自分で育ててきた野菜を使った、優しい味だった。


次は魚料理。


ガルドが教えてくれた魚の扱い方を思い出す。


続いて、牧場の牛肉を使った赤ワイン煮込み。


そして、ロイから教わったステーキ。


自家製チーズと焼きたてのパン。


最後は季節の果物を使ったデザートだった。


一つひとつの料理をゆっくり味わった。


どれも懐かしい味がした。


従業員は最後に、古いワインを一本持ってきた。


「店主、これを覚えていますか?」


「いや、なんだっけ?」


「ロイが大事に取っておいたものです。いつか皆で飲もうと言っていました」


ロイが残していたワインだった。


グラスにワインが注がれる。


従業員が話しかけた。


「店主、覚えていますか。ロイさんが最初にここへ来た日のこと」


「ああ、もちろん」


「あなたは、本当に面白い人でしたね」


「まさか店の名前が一度しか会ったことのない人の名前だったなんて思いませんでしたよ」


窓の外には、昔と変わらない牧場が広がっていた。


僕はグラスを持ち上げた。


「グランツに乾杯」


従業員もグラスを掲げた。


「グランツに。そして、あなたの人生に乾杯」


その晩、僕たちは昔の話をたくさんした。


カイルと過ごした船のこと。


列車で出会ったロイのこと。


ガルドと過ごした海のこと。


村に来たばかりの頃のこと。


何もかもが懐かしかった。


気づけば、ずいぶん長い時間が経っていた。


窓の外は暗くなり、店の中には温かな明かりが残っていた。


その晩、店には遅くまで明かりが灯っていた。


-完-

最後まで『小さなグランツ』を読んでいただき、ありがとうございます。


この物語を書きながら、人生には必ずしも大きな目標や立派な夢が必要なわけではないのかもしれないと思いました。


何となく始めた旅があり、偶然の出会いがあり、気づけば大切な人たちがそばにいる。


最初はただ面白そうだから始めたことが、いつの間にか自分の居場所になっている。


主人公にとって、グランツはそんな場所だったのだと思います。


旅の途中で出会った人たちも、それぞれの人生を歩んでいます。

別れがあり、再会があり、いつか会えなくなる日もある。


それでも、一緒に過ごした時間や交わした言葉は、確かにそこに残っています。


もしこの物語を読み終えたあと、皆さんの心にも小さなグランツの明かりが残っていたら、とても嬉しいです。


改めて、最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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